三章
第十二話 残された道は
「それよりィ、どうやら褐色の彼女の権能……武器を同時に一種類しか精製出来ないようですねェ。いいのですかァ? 信徒達を拘束していた鎖は消えてしまいましたが」
「っ!」
背後から気配を感じ振り返ると、三人の信徒が愚者の元へと近付き槍先を突き出すのが視界に入った。
後方へ大きく跳躍し、ギリギリで回避。しかし着地した直後別の信徒が襲いかかって来る。
重なる連撃を何とかいなしながら、女帝へと視線を送った。
「っ、どうして……。死んで……」
瞳が震えており、かなり動揺しているようだ。
「とにかく、この状況を何とかしないと……!」
彼女の元にも信徒が迫る。苦い表情を浮かべながら手にした金の果実を変化させた。
一つの林檎が、一本の杖に。
先を地面にトンと付けると、重力が発生。信徒達や恋人の体に大きな負荷がかかり、立っているだけでやっとな状態に。
「こ、これはッ……!? 小賢しいことしやがりますわねェ……!」
再度相手全員の動きを止めて隙を生じさせた後、辺りに信徒のいないスペースに逃げ、杖から前にも見せた黒槍に形を変えさせた。
重力が正常になり、沈んだ体を戻そうとするより先。投擲し、鋭い先端が豹変したシスターの腹部を狙う。
寸前まで到達するも、振るった槍に跳ね返されてあらぬ方向へ。
「ハッ! 浅はかだなァ……! んな単純なモンなんざに……ガぁッ!」
「単純なもの、だって」
「あれは、前に戦ったときの?」
「『自律して動き相手の腹部を貫く槍』が単純だなんて。随分単純な頭ね!」
弾かれた槍は宙で静止し、恋人の背後から腹部に向かって突き進んだ。人の体を容易に貫くその槍は、相手の背から腹を貫通し女帝の手元に戻る。
「がはッ!」
先の景色が見える程の風穴が開けられ、苦悶の表情の恋人。しかし不思議とその穴から血が噴き出してこない。まるで人形を傷付けただけ。
「――――――」
先程首を裂いたときと同じように、一人の信徒が腹から血を出して絶命する。それに応じるように恋人が受けた傷が再生した。
服が破れた箇所から確認出来た穴は既にもう塞がってしまったのだ。
「な、なんで、また? まさか……」
「……ヒャッハ!」
「致命傷を受けても、信徒にその致命傷を移すことが出来る……?」
「ヒャッハハ! ヒャッハハハ! 今更気付いたのかよこの――――――(自主規制)がァ! てめェの言う通りだ、わたくしは信徒が生きてる限り死なねェんですわ!」
恋人から告げられた事実を謦咳に接し、女帝は動揺が隠し切れない。目を見開かせ、汗を垂らし、誰に聞かせるわけでもないのに口にして言った。
「恋人を倒すためには、罪の無い村人達を全員殺さなきゃならないなんて……そ、そんな……」
驚愕の真実を知り、女帝は体を震わせて動かなくなる。そんな彼女の背後から接近する一人の信徒、胸を貫くため槍を引くのを見て、
背に槍の先が届く寸前、女帝を抱え長椅子の陰に避難。
「っ、あ、ありがとう……」
遮蔽になる場所へ逃げ込んだ後、愚者は物申した。
「貴方のサポートがあれば、数分で片付けられると思いますが。三十もの
信徒を倒し切ってみせます」
淡々と告げられた提案に女帝は語気を強めて返す。
「馬鹿! 何いってんの!? みんな元は無実の人達だって忘れたの!?」
「もちろん忘れていません、わかった上で言っているのです。このまま放置すれば奴は信徒をどんどん増やすでしょう。そうなれば被害は増えますし、信徒が増えれば増える程倒すのに苦労します」
「それは、そうだけど……私はシャロンと約束して……」
苦虫を噛み潰したような、憎悪を押し留めたような顔で女帝は細く呟く。
やがて不可解だと言いたげな表情を見せ、視線を落とした。
「そもそも女教皇から聞かされてない、そんな能力があるなんて。あいつの権能はすべてを知る力があるのに」
「伝え忘れた、なんて馬鹿な理由なわけありませんね。可能性としてあげられるのは、能力について知っていたけれどあえて言わなかった……でしょうか」
「あ、ありえないでしょ!? そんなことする必要性なんて――――――」
「敵の本拠地で雑談なんてよォ、随分余裕そうだなァ? 紅茶でも用意してやろうかッ、あァ!?」
狂乱に
「紅茶といってもただも紅茶じゃねェですわ、貴方達から噴き出した血で作り出した真っ赤な紅茶。ヒャッハハ! 地産地消というやつですのよッ!」
「チッ! 意味不明な台詞吐きやがって……このクソイカレクソシスターが」
怒りで拳を強く握る女帝に対し、愚者はいつもの平坦な声色で問う。
「どうしますか? 貴方の指示に従いますが」
「……取り戻すって約束したけど、それは叶わないみたい。こんな状況でまともにやり合えない」
単純な戦力差があり、ここで恋人を倒し切るのは厳しそう。その上無実の人達を犠牲にしてまで恋人を止めるという確固たる意志が無い。
まともにやり合えない、その判断は間違いではないだろう。
「ここは、撤退よ」
決断を下し、召喚した黄金の果実。次の瞬間には透き通った真円球に成っていた。
ただのガラス玉にも見えるそれは眩い光を放ち、近付く恋人達の視界を眩ませる。
「っ! また小賢しい真似を……!」
「『対象を念じた場所に瞬間移動させる宝玉』よ」
やがて二人の体も光に包まれ始め、端から泡沫となって消えていく。
両腕、そして両脚が消えかかった女帝が呟いた。
「ごめんね。約束……守れなくて」
愚者にはそれが自分に向けられた言葉でないとすぐわかった。独り言ちるようなそれは弱い口調。
「――――――」
恋人の視界が正常に戻った頃には、二人は最初からいなかったように姿を消していた。隠れた様子もない。
相手が逃げたと知り、恋人は猛毒のような殺気立った表情を見せる。
「なッ、あの――――――(自主規制)共……逃げやがった?! 神聖な場所に侵入して、親愛なる信徒を二人も殺しておいて、逃げやがっただァ~~~?!!」
息を荒くし、怒りを露わにする恋人。手にした槍を横向きに持ち、柄に力を入れる。勢いよく折った後俯き、興奮を抑えた彼女は笑う。
「ヒャッハ! まァ、いいでしょう。刻印を二つ逃がしましたが、別にいい。どうせチート・ロワイヤルで勝利するのはわたくしですもの! もっともっと信徒を増やし、圧倒的数、圧倒的チートで他の
シスター特有の優しい慈愛に満ちたものではなく、邪悪そのものの笑み。
「そして、神として君臨する。そのときが待ち遠しいですわァ……あの二人が来て中断したミサは、ふゥ、もういいでしょう」
一息ついた恋人は、傍にいた信徒に目をかけ近寄った。十代半ばで、淡い緑髪の彼女の前に立つ。
「消化不良で終わった戦闘のモヤモヤを、性で発散させていただきます。今回はあ・な・た・で」
三十センチ以上も上から相手を見下ろし、口角を上げた。身を屈め、相手の顔を下から上へねっとりと舌を這わせる。
「んゥ、じゅるッ……ヒャッハ! やはり若いメスの肌はたまらねェですわ。オスよりメス、舐められるより舐める、犯されるより犯す。さァ、服を脱いで共に懺悔室へと向かいましょう。そこで相手してもらいます」
「――――――」
信徒は顔を
矢で射抜いた相手を無理やり従えらせ、駒として使役する。この時点でも能力として一級品だが、その駒を増やす度に命のストックが増えるのだ。おまけに恋人自身も愚者に匹敵する戦闘力を有しているのだから、チートと呼ばずして何と呼ぶ。
「貴方は幸福です。今後神として顕現する存在にイかせてもらえるのですから」
そう口にする彼女の瞳は狂っていた。刻まれた卍がぐるぐると螺旋を描き、渦巻く。強欲、傲慢、色欲、いくつかの大罪を孕んでいて、見ているだけで吸い込まれそうで。
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