第十一話 狂恋のイカレシスター

 廃村の南には、教会がある。村の規模に反しその教会は中々の大きさを誇っていたが、廃村から人が減るにつれて、使われることが少なくなった。今では廃墟同然と化していたのだが。


「この世界に、神などいない」


 壁には巨大な絵画が飾られ、天井からシャンデリアが吊り下げられたいかにもな聖堂。殆ど使われてなかったのにも関わらず廃れた雰囲気は無く清廉とした内装だ。

 長椅子が等間隔で並んでおり、奥の壇上で彼女は高らかに声を上げる。


「神なんてものは人が作り出したただの偶像、まやかしなのだと……シスターをしていながらもそう思っていましたわ。けれど違う」


 百九十センチを有に超えるあまりに高い身長、あまりに豊満な胸。修道服を着ていて、ウェーブした橙色の髪、目を閉じていて口元には緩やかな笑み。そして足元には武器であろう銀で出来た槍が。

 女帝から聞いた特徴と全く同じ、つまり彼女が恋人ラヴァーズ権能持ちプレイヤーだ。


「確かに神はいた。そしてその神は、わたくし自身も神となるチャンスを与えてくださったのです」


 恋人が語りを聞くのは、壇下で膝をつく自身の信徒達。

 似た修道服を来ており、目を瞑って祈りを捧げるような仕草を取っていて、すぐ前には槍が横向きで置かれている。数は三十人程で、身体的特徴は大きく異なるが皆若い女性なのは同じだ。

 おそらく彼女らは恋人によって支配された人達だろう。


「わたくしがこのチート・ロワイヤルで勝利した暁には、男という醜い種を消し、女だけの世界を作り、楽園とも呼べるその世界で神として君臨するのですわ。そのために――――――」


 ――――――ヒュッ!


 恋人を対象とし、一直線に突き進む矢。恋人は笑みを保ちつつ槍の柄の先端を強く踏んで、手元へ呼び寄せ掴む。そのまま流れるように軽く振るって矢を落とした。


「邪魔者は鏖殺おうさつ惨殺ざんさつ滅殺めっさつですの」

「チッ……! そう簡単にはいかないか……」


 教会の外で待機し、不意打ちの機会を狙っていた女帝と愚者。語りに夢中でこちらに気付いてないと思い、『命中した相手の体を崩壊させる矢』を作り放ったのだが、あっさりといなされてしまった。


「戦闘は避けられないみたい……。愚者、作戦忘れてないよね」

「ええ」

「今回のミサは一時中断。これからは神聖な場所に紛れ込んだ鼠を排除する時間ですわ」


 恋人の言葉の後、祈るような仕草をしていた信徒達は槍を手にして立ち上がる。瞼は閉じたままこちらを向き、武器を構えるのだった。


「初めまして、恋人。初対面なのに悪いけど、随分な傲慢っぷりね。無関係の人を無理やり従えて、自分の勝手で男という存在を消して、おまけに神ですって? 大人しく頭ペコペコしながら祈ってなよ、シスター」

「神とは元より傲慢なものですわ。それになろうとしているわたくしが傲慢なのは至極当然。それより、わたくしを恋人と呼ぶということは……わたくしと同じ権能持ちのようですね」


 槍先をこちらに向け、不思議そうに首を九十度に曲げる恋人。


「何の権能を授かったのか? 何故わたくしのことをよく知っているのか? 何故二人で組んでいるのか? 疑問は尽きませんが、まあいいでしょう。何であってもやることは同じ、殺す他ないのですから」

「こちらは二、相手は三十以上」

「だけど、私の権能はその差をひっくり返すことだってできる。必ずみんなを救い出してみせる……!」

「『小夜曲セレナーデ』で信徒にしてあげてもいいのですが……反抗的なのは好みじゃないんですよねえ、わたくし」


 顔の角度を直し、天を仰ぐように両手を掲げ、恋人は大きな声で言った。


「さあ、わたくしの親愛なる信徒の皆さん! 足削ぎ腹裂き首落とし、お二方がメッタメタになるまで裁きを与えてあげましょう!」


 恋人の号令により、信徒達は一斉に目を開けた。並ぶ虚ろな目はこちらを定め、扇状に開くように駆け出す。大きく展開した後、二人へとそれぞれが突き進んで来るのだった。

 ある者は長椅子の上を渡って来るようにして、ある者は大きく跳躍して。元が一般人だと考えられない程の身体能力を駆使し、強い殺気を全身から発しながら。


「……『黄金の果実』」


 対し女帝は小さく呟く。緊迫する状況下でタロットカードを召喚し、権能を呼び出した。手にした金の林檎を地面に落とすと、着地と同時に黒い泥状に変化。


「成程、それが貴方の権能ですか。おや?」


 二人に三十を超える槍が同時に迫る中、信徒達や後方で待機していた恋人の足元に黒泥が沸き出、それらの中心から鎖が放たれた。

 『相手すべてを拘束する鎖』。いくつも体に巻き付き、二人以外全員の動きを止めたのだった。


 ――――――作戦は実にシンプル。


 圧倒的な数の差がある上、信徒達を倒して数を減らすということも出来ない。そのため女帝の権能で拘束し、動きを止めている間に恋人を殺すという作戦だ。

 女帝の権能で生成出来る武器は一種類のみだそう。だから女帝一人ではこの作戦は使えなかったが、愚者がいるため成立する。

 恋人は両手両足を鎖で繋がれた状態で考えた。


(彼女の権能はこの鎖そのもの? だがそれではチートと呼ぶには及ばない、つまりまだ何か……ん? それよりもう一人の少女は?)


 既に、背後にいた。拘束する鎖に気を取られている間に愚者は全力で駆け、すぐ傍まで迫ったのだ。強い殺気を感じた恋人は振り返る。


「なァるほど……そういう戦い方ですか」


 袖からナイフを取り出し、相手へ一直線に詰め寄る愚者。危機的状況だが、恋人は笑みを保ったまま全身に力を込める。


「はッ! 甘いですわ!」


 そして、体中の鎖を破壊するのだった。


「……!?」

「その反応。鎖が破壊されるとは想定していなかったようですわね」


 力があるとは聞いていた。しかし鉄を簡単に壊せる程の怪力だとは。恋人はすぐさま槍を構え、来たる銀の刃に合わせ突き出した。

 互いの得物が交わる。


(なんて、力……!)


 武器を通して伝わって来た振動はかなりのもので、右腕は痺れて動かなくなる。

 続けて繰り出された三連突きは後ろへ下がることで何とか回避。だが。


「ヒャハハハ! シスターの仕事は祈るだけではないのですよ!」


 二歩踏み出し放たれた一撃は、圧倒的なリーチと速度を有したもの。直撃はしなかったものの、頬を掠め血の粒がタラリと零れる。

 戦闘中傷を負うなんて何年振りだろうか。大抵は戦闘にすらならずに始末するか、もし戦うことになっても実力差でねじ伏せていた。長年感じていなかった痛みが右頬に走る。

 

(状況はかなり不味い。これ程強力な相手と正面戦闘になると想定していなかった)


 暗殺者の戦闘スタイルは不意打ちが基本。真っ向からの戦いでは不利を取る。

 紅鴉のように大きく強さに差が出ていれば別ではあるが、恋人の実力は高い。


(何とかして不意を突くしか……)

「あらあら痛そう可哀そう。でも、安心してくださいまし。死ねば痛みなど感じなくなりますよ」

 

 地を蹴りシスターらしからぬ脚力で追撃に来る恋人に対し、愚者は距離を取りつつナイフ投げで抵抗。二つのナイフが相手に向かうも、槍による薙ぎ払いで纏めて吹き飛ばされた。

 そのまま槍を突くのに対し、跳躍することで回避。宙から落ちながら相手の首元に刃先を向ける。

 白肌を抉る直前、恋人は大口を開け、迫る刃を噛んで止めた。

刃にヒビが入ったかと思えば、鉄製のナイフがいとも容易く噛み砕かれるのだった。


「!?」


恋人は体勢を変え、武器を失った愚者に右脚でのローリングソバットを浴びせる。何とか左腕で受け止めたが、衝撃は重く吹き飛ばされた。

数メートル程度距離を離して着地。


(権能を使わずにこの強さ。シスターというより怪物……)


もし権能を使われていたら、より苦戦していただろう。 恋人の動きに隙は無い、一撃与えることすら叶わない。

どうすれば……。

頭を悩ませていると、事態を静観していた女帝がポツリと零す。


「戦闘力は想像以上……ったく、どれだけ祈ればんな強くなれんのよ。このイカレシスター」


 彼女の右手には黄金の果実が。ドロドロに溶け、黒の短剣を生成。


「仕方無い……これを使って!」


 投げられたそれを愚者が受け取り、刀身を眺めた。一見ただの小さな剣だが、青白い電流が刃に纏っている。


「これは……?」

「ヒャッハ! さっさと天に召されろ、ですわ!」


 大きく飛び上がり槍を逆手に持ち、愚者の脳天目掛けて落とす。地を強く蹴り、後方へとステップして躱した。


「おや、新たな武器? 褐色の彼女の権能はやはり単なる鎖を召喚するだけではなかったようですね」


 攻撃の後隙に合わせ、新たに手にした得物を構えながら詰め寄る。

 視認出来ない程の速さで駆け、瞬時に相手の背後に回る。常人なら対応出来ず命を散らすが、恋人は素早く振り向き、槍を横にして斬撃を受け止めた。


「では貴方の権能は? その卓越した身体能力は権能由来だと思えませんが……ん?」


 槍とかち合った短剣が、纏った電流を強く放出する。銀で出来た槍は電気を通し、手にした相手に伝わる。


「っ!? がァッ……!!」


 おそらく受け取ったのは『何かに触れると電撃を放つ短剣』。銀は電気をよく通す、槍と触れたことで恋人は流れた電流を浴びたのだ。

 身を屈め、シスターの体は動かなくなる。

 大きな隙を晒した状態。


「っ……このッ……!」

「もらった」


 ――――――――――――/

   /――――――――――――


 続けて振るった刃は相手の首に届いた。電撃を放出した後の短剣が深く抉り、裂く。

 だが、何故か。血が噴き出すことはなかった。

 代わりに。


「――――――」


 信徒の一人が首から多量の鮮血を散らし、地面に倒れて動かなくなる。

 過去に何人も殺してきた愚者にはわかる。完全に絶命した。


「なっ、何で!? 何で、あの子の首から、血が……!?」

「恋人を攻撃したのに、死んだのは何故か……彼女の信徒……」


 視線を恋人へと再び向ければ、痺れも首へのダメージもまるで無かったように屈めた体勢から戻る。削いだはずの首元に傷は無く、ずっと閉じたままだった瞼は開かれていた。


「わたくしについてある程度調べて来たみてェだが、肝心の部分は知らなかったようだなァ……! ヒャッハ!」


 濁ったような翠眼で、卍が刻まれた瞳。二人に向け叫ぶ。


「このわたくしがァ、たった一回殺しただけで死ぬわけねェだろこのクソ――――――(自主規制)共がッ! 勝ち目なんざ最初からねェ、大人しく跪きやがれですわッ‼」


 口調は荒く、語気は強く。浮かべていた嫋やかな笑みは変貌し、口角を上げ舌を出した狂気的なものに。

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