第十話 女教皇

 数分程歩き、目的の廃墟じみた酒場へと辿り着く。相変わらず外装はボロボロで、中から人の気配はしない。 

 臆することなく歩みを進める女帝に付いて行き、愚者は入口から中へと入った。

 照明など無いため真っ暗で、しんと静まったその空間。奥にあるカウンターと、まばらに配置された丸机が辛うじて確認出来る程度。

 女帝は辺りを見回してから声を上げる。


「ねえ、いるんでしょ。早く出て来て」

 

 すると数秒後、重く静かな男性の声が聞こえて来た。


「そう焦んじゃねえ……お前らが来ることは知っていた、今出て来てやるよ」


 奥の部屋に続く扉からその人物が現れるも、暗闇ではっきりと姿を見ることが出来ない。目を凝らしてよく見てみると、明かりの点いてないランタンを手にしていることがわかった。

 ランタンを机に置き、懐から取り出すのは小瓶。中には羽が燃えているような、いや実際に燃えている蝶が翼をはためかせていた。


「あの蝶は……? こちらの世界特有の種のようですが」

「火踊蝶。体内に発火器官がある特殊な生き物よ」


 ランタンの下部には何故か針。女教皇と思われる彼は小瓶から火踊蝶を取り出し、もがくそれを針に突き刺した。胸部を貫かれた絶命し、同時に火が立ち上った。その火が明かりとなり、真っ暗だった店内を照らす。


「死ぬと亡骸が燃えるっていう何とも傍迷惑な生き物なんだけど、昔の人はその性質を利用して照明代わりにしてた。けど、四百年前に魔法が生まれてからは火の基礎魔法を使うのが主流になった。そっちの方が汎用性があって、手軽だからね」

「今の時代こんなのを使うのは、学校に行けなかった奴か俺みたいな貧乏人だけだ」

 

 言いつつ相手は、丸机の傍に備えられた椅子に座る。火に照らされたことでようやく彼の姿がはっきりと見え始めた。

 くすみのある茶色の長髪は後ろで一括りにしていて、灰色のベストと赤紫のジーンズを身に着けた中年の男。無精ひげを蓄えており、表情にも生気が無くくたびれた印象だが、そこらの成人男性より体格はいい。


「魔導書がありゃあ俺でも魔法が使えるようだが、あれは高すぎる。五百エギルなんて、一文無しでこっちの世界に来た俺には到底払えねえ額だ」

 

 どうやらこちらで使われてる貨幣はエギルと呼ばれ、五百エギルというのは高価な部類らしい。そしてこっちの世界に来た、という言葉からして彼の正体は。


「……女教皇、で間違いないようですね」

「ああ、そうさ。そして、そう言うお前は愚者……だろ?」

「? 何故、私が愚者だとわかって……」

「十九世紀、ロンドンの暗殺者。ベスティスに所属し、命令のままに百を超える数の人間を殺した。が、最期は上からの命令で毒薬により呆気なく死亡、だったな。中々破天荒な人生じゃねえか」

 

 まだ殆ど話していないのに、女教皇はこちらが愚者の権能持ちであることと、過去を答えて見せた。

 一瞬僅かに目を見開いたあと、冷静に質問。


「……まさか、それが貴方の権能の力ですか?」

「鋭いじゃねえか、嬢ちゃん。ああ、そうさ」


 右手を伸ばし、力を込め、『The high priestess』と刻まれたタロットカードを召喚する。

 ステンドグラス風に男の姿が描かれたそれを机の上に置き、手をかざす。光が放たれ、一枚のカードが古びた見た目の本に変化。


「女教皇の知恵に由来する力、『万物の教典』だ。この本は知りたい情報をすべて教えてくれる。流石に未来なんざは読めねえがな、それ以外ならすべてこの一冊で把握出来る」

「成程。私のことは既に調べてあったと」

「俺は他の権能持ちがどこにいるか常に調べている。既にこちらの世界にいる権能持ちはもちろん、新たにやって来た奴のこともな。嬢ちゃんがこっちに来てからのことも丸っきりお見通しだ」


 言葉からするに彼は女帝と戦ったことも、その後組んだことも把握しているとみていいだろう。未来以外のすべて、ということは他の権能持ちの能力や身体的特徴、過去まで知ることが出来るということ。女帝が死神や恋人について詳しかったのもそのため、女教皇と接触し情報を得ていたのだろう。

 女教皇、かなり強力な権能のようだ。


「まさにチート……名前の通り、万物を教えてくれるとは」

「そうか? むしろ俺には最弱の権能に思えたぜ」

「何故? すべてを知ることが出来るのに」

「すべてを知ることしか出来ないからだ。考えてみろ、これは殺し合いゲーム。殺傷力など一切無い権能で刻印を入手することなど出来ない。逃げるのは得意だろうが、精々その程度……他の権能持ちに見つかれば終わりだ」


 教典を見下ろし、女教皇は静かに愚痴る。


「全く、とんだハズレくじを引かされた。ひょっとしたら能力と呼べるものが無い愚者の嬢ちゃんより勝利は厳しいかもな。二十世紀のアメリカで保安官をやっていただけのおっさんで、この教典を除けば持ってるもんは銃弾の入ってねえピストルぐらい。それに『女教皇』なんてよぉ……俺は女でも高貴でもねえぜ」

 

 体系がやけにがっしりしていると思ったが、保安官をしていたなんて。醸し出す暗い雰囲気から想像もつかなかった。

 ならそれなりには戦えるだろうが、武器がなければそこらのゴロツキを倒すのでやっとだろう。勝利は厳しいと自分で口にするのにも納得だ。


「だからですか? 貴方達が組むようになったのは……自分一人では勝てないと悟り、女教皇が協力を持ち掛けたと」

「そんな単純な話じゃないわ」


 二人の会話を聞いていた女帝が口を挟む。前を向きながら視線だけ愚者へと向けて言った。


「『世界』を手にしたときに叶えたい願いが偶然一緒だった。だから協力してるの」

「『子供が苦しまないように済む世界を作る』、それが俺達の願いさ。俺は女帝の目的を知り、近付いた。叶えたい願いが同じなら、協力し合うべきだろ?」


 その考えは一理ある。権能持ちが戦うのは自身の願いを叶えるため、もしその願いが同じなら敵対する理由は無い。

 だが、どこかきな臭い。

 女帝がそう願っているというのは今まで行動から見てもわかる。けれど女教皇はどうも信じ切れない。

 願いが全く同じなんて偶然あるだろうか、利用するために嘘をついて近付いたのではないだろうか。

 女教皇は疑いの目を向けられていることを察し、言う。


「ハッ、似合わねえって? んなこと俺が一番わかってるさ。保安官やってる内に思ったんだよ、ガキがのびのびと生きられねえ世の中は腐ってるってな。俺一人に解決出来る問題じゃなかったが、『世界』の権能が手に入れば別だ」

「おそらくまだ関わりが薄いからそう思ってしまうだけよ。ともかく、これで女教皇についてはわかったでしょ? ようやく本題よ」


 女帝は相手に近付き、テーブルに手を置いた。女教皇に黄の瞳を向ける。


「今回女教皇から聞きたいことはただ一つ。それは」

「皆まで言うな、女帝の嬢ちゃん。お前がこれから口にする台詞も俺は知っている。『恋人の居場所を教えて』……だろ」

「……ええ。これから襲撃かけようってのに、別の場所に居られたら困るから」

「いいだろう。今教えてやる」


 一度目を瞑り教典の表紙に触れた女教皇は、開いてあるページを二人に見せた。

 そこには何も書かれてなかったが、やがて文字が浮かび上がってくる。英語でもこちらの世界の言葉でもない謎の言語。意味不明な文字が一行分綴られていたが、女教皇は顔色を変えず読み解き告げた。


「『廃村の南にある教会』。奴はいつもの場所で、いつものように信徒に祈りを捧げさせているようだ。ったく……支配下に置いた女に自分を祈らせるなんて、相変わらずイカレた奴だな」


 どうやら万物の教典に書かれた文字は女教皇だけが読めるようだ。

 彼の言葉で、村を回ったときに女帝が教会に行くなと言った理由がわかった。恋人が教会にいるため、近付くと奴に襲われる可能性があり、注意する必要があったから。


「ありがとう。教会か、予想通りね。聞きたかったのはそれだけ、早速向かいましょう」

「誰かを待たせてるわけじゃねえんだ、まあ待て」

 

 机から離れ、酒場の入り口へと進もうとする女帝の背中を見て、呼び止める女教皇。


「お前が愚者の嬢ちゃんに教えた恋人についての内容はざっくりしたもの。これから対峙しに行くんだ、奴についてより詳しく知っておいた方がいいじゃねえのか?」

「確かにそうね。既に大体教えてもらっていたから失念していたわ」

「まだ何か追加の情報でも?」

「ああ、恋人と戦うときは、とにかく弓に気を付けろ」

「弓……ですか?」


 女教皇は再び目を閉じ、次のページを開く。一面真っ白だったが、瞬く間に謎の文字で埋め尽くされた。


「恋人の権能、『小夜曲セレナーデ』。高さ二メートル越えの巨大な機械弓で、どんな相手でも矢で穿てば強制的に服従させる。奴はこの権能で若い女を自分の手下として集めているようだ」

「……一つ疑問なのですが、どうして若い女だけなのですか? どんな相手でも服従させることが出来るなら、片っ端から手下として従えて行くのが賢いやり方だと思うのですが」

「そりゃ奴が賢くねえからだろ。調べたところ奴は男という存在を心底嫌ってるようだ。まるで女ハーレムを作り上げるが如く、見事手下には女しかいねえ」

「とにかく弓に……という矢に気を付けるべき。命中すればその時点で意識を奪われ、相手のいいなりになる。そうなったらもう終わり、敗走待ったなし」


 矢が一本当てればジ・エンド。手駒として使わされるなんて、厳しい戦いなると予想できる。女帝が協力に応じたのも納得だ。


「それと、槍にも注意しろ。十三世紀のヨーロッパでシスターをやっていただけのくせに、槍術はかなりのもので力も速さもある。弓と違って何か特殊な能力があるわけではないがな」

「それと小夜曲で従えた手下にも気を付けないと。恋人の命令で動くから、きっと襲って来る……でも、攻撃しちゃダメだよ。無実な人は無理やり操られてるだけなんだから」

「伝えるべきは……まあこんぐらいか。まだ情報は沢山あるが、家族構成や現世での死に方、過去みたいな戦いには関係ねえモンばっかだぜ」


 教典を閉じ、女教皇は二人を見て呟く。


「早速行くんだろ? 正直一人じゃ不安だったが、愚者の嬢ちゃんもいれば心強い。健闘を祈る」

「ええ……必ず倒してみせるわ」


女帝は女教皇に決意を示し、酒場の入口から外へ向かう。隣を歩く愚者に視線を送り、告げた。


「これから恋人と戦うわけだけど。もちろん無策で挑むわけじゃない。作戦を伝えるから、しっかり聞いてて」

「作戦……? 是非聞かせてください」

「二人だからこそ、できることよ。まずは――――――」

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