第九話 私が必ず
「君と協力関係を結んだけれど、実は先に組んでいた奴がいる……それが『
「貴方と女教皇、貴方と私は同じような関係ということでよろしいですか?」
「まあね。組んだ理由は全然違うけど」
黒兎達はベレッタを置いて外に出た。
ミリデが言うには、女教皇は廃村の西にある酒場によくいるとのこと。廃墟も同然で人気など無かったあの場所に人が、それも権能持ちがいるなんて。
「女帝、死神、恋人。そして女教皇……まだこの世界に来てから数時間程度なのに、既に四人の権能持ちの名前を聞いている。ヴェルサス王国とは案外狭いのですか?」
「いや、そこそこ広かったはずだけど。単なる偶然、もしくはシンメトラに仕組まれてるのかもね」
シンメトラは王国のどこかへランダムに送ると言っていたが、嘘である可能性は否定出来ない。
権能持ち同士が接触しやすくするため、近くに転送した……なんて、考えすぎだろうか。
「それより、変えて欲しいのだけど」
酒場へ向かい二人で歩く中、ミリデは話を切り替え告げた。
「その呼び方。これからはそうね……それぞれの権能で呼び合うべき。私のことは
「何故呼び方を変える可能性が?」
「前までの関係性とは大きく違うから、そんだけよ。信頼していない相手に名前で呼ばれたくないの」
「……成程」
権能持ちがどこに潜んでいるかわからない、どこかで聞かれるリスクを回避するためにもそう呼び合うのは避けた方がいいはず。
伝えようとしたときにミリデが、改め女帝が唐突に足を止めた。
「! ……あの子」
彼女の視線の先にいたのは、少女だった。オレンジの長いくせ毛は腰まで伸びており、身に着けた服は飾り気のない簡素なもの。年齢は見た限り十超えているか超えていないか。果物が溢れそうな程詰められた紙袋を抱えながら、石畳の道を歩いていた。
女帝の存在に気付くと、表情を明るくする。
「ミ、ミリデお姉ちゃん……! あっ!」
「おっとと、大丈夫?」
つい中の果物を零しそうになるのを見て女帝は素早く駆け寄り、相手の体を支えるのだった。
「あ、ありがと……」
「よかった、落っことさなくて。今日も果物採ってきたの? シャロン」
「うん……お姉ちゃんがいない分わたしががんばらなくちゃだから」
シャロンと呼ばれた少女と女帝はどうやら知り合いのようだ。この廃村には恋人のせいで若い女性が殆ど存在せず、実際にベレッタと女帝以外に見たことがなかったけれど全くいないわけではないようだ。
彼女は愚者の姿を見て、首を軽く傾げながら聞く。
「そっちの黒い人は……ともだち?」
「え? ああ、この子……? まあー、そんなところね」
こちらに目配せをし、頷く女帝。話を合わせろということだろう。
「ええ、ミリデの友達をさせていただいてます。黒兎とお呼びください」
「くろうさぎ? 黒兎ちゃんって言うの? かわいい名前!」
「何それ、今考えたの?」
小さく呟く女帝に対し、同じく小さな声で返した。
「元いた暗殺組織でのコードネームです」
「ああ、そういうこと……まあ初対面の相手に
「ほ、ホント!? いいの?」
「もちろん。黒兎もいいよね、少し遅れるけど」
「ええ、構いません」
答えると、女帝は果実の詰まった紙袋を預かる。そして進路を変え、シャロンの家へと向かうのだった。
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辿り着いたのは質素で生活感の無い一軒家。明かりも無く、他の家族の気配も無い。
テーブルの上に紙袋を置き、女帝はふうっと一息。
「これ、中々重かったけどよく一人で持ててたわね。意外と力持ち?」
「ありがとう、ミリデお姉ちゃん。台所にもってくね!」
言ってシャロンは袋を抱え、奥の料理場へと向かって行った。その背中を見送りながらどこか悲し気な微笑みを見せる女帝に対し、黒兎は抑えた声量で質問する。
「彼女、一人で暮らしているのですか? この家から他の人間の気配がしません。それともただ外出しているだけ?」
「君の想像通り。彼女の両親は数年前に亡くなったらしくてさ、今は六歳離れた姉と二人暮らし。森の果実を売って生活してたんだけど……その姉は数日前に行方不明になってしまった」
「まさか……」
「それも君の想像通り。恋人のせいよ」
シャロンがあの重そうな紙袋を一人で運んでいたのはそのため。支えてくれる人がいないから自分だけで頑張るしかなかったのだ。
ミリデは短い溜め息を零す。
「しかもあの子、見てしまったんだって……姉が攫われる瞬間」
「……それは本当ですか」
「その当時のことをあの子は鮮明に教えてくれた。霧の森から中々帰ってこないのを心配して、シャロンは姉の元に向かった。無事数分程で見つけれて、声をかけたそうなんだけど……返事は帰ってこなかった。確かに意識はあってその場に立っていたのに、目は虚ろでボーっとしているみたいだったって」
「……」
「そして傍には、謎の女が立っていたとも言っていた。ウェーブがかったオレンジの髪をしていて、着ているのは修道服。百九十を超えるかなりの身長と、あまりに豊満な胸が特徴の女」
聞かずともわかった。その謎の女の正体は恋人。
攫ったと聞いて無理やり相手を捕まえたのかと考えていたが、話を聞く限り権能を使い従わせただと思われる。対象の意識を薄れさせ、服従させる権能。
「シャロンの存在に気付いてこう言ったらしい」
――――――『あら、可愛らしい子ですわね。少し小さいですが……いいでしょう、この子もわたくしの信徒にしてあげましょう』
「瞼を閉じ口角を上げ、笑みを浮かべながらその女は近付いて来た。底知れない恐怖を感じ、逃げたシャロン。必死で森から離れる最中、偶々私と出会った……って」
仮に相手を服従させる権能だとして、若い女性しかターゲットにしないのは不可解だ。狙う対象に制限があるのか、それとも別の何かがあるのか。
それと彼女の言った、『信徒にしてあげましょう』という言葉の意味も気になる。
「その女が恋人の権能持ちだとわかった私は、シャロンと約束したの。必ず私がそいつを倒して、お姉さんを助けるって」
女帝がそう口にすると同時、台所からシャロンが戻って来た。
「あ、シャロン……ねえ、聞いて」
「? どうしたの?」
「約束覚えてるよね、お姉さんを助けるっての。もう少しで叶えられると思う」
「ほ、ホントに……!?」
「うん、だからあと少し待ってて」
驚きつつも喜びが隠し切れない表情を見せるシャロン。彼女の目の前まで向かい身を屈め、女帝は相手の頭をゆっくり撫でた。優しさを帯びた笑みを浮かべながら。
どうやら女帝はかなりのお人好しのようだ。思えば正体を告げる前までは、こちらのことを親身に思ってくれていた。初めはただ刻印を集めるためだけに事件に首を突っ込んだのだと思っていたが違う。他人が困っていたら放って置けない性分なのだろう。
やがて二人はシャロンに別れを告げ、玄関から外に出た。愚者は女帝に真っすぐ目を向けながら言う。
「貴方、随分彼女に肩入れしていますね」
「このチート・ロワイヤルで勝利を得たいなら、助けるべきではない。そう言いたいんでしょ?」
送られた視線を感じて顔を逸らし、小さく口を開く。
「わかってる。わかってるけど……どうしてもほっとけないの。悲しんでいる子供がいるのに、無視するなんて」
この殺し合いゲームではあまり目立った動きをするべきではない。刻印を集めるより、刻印を集めたものを不意打ちで殺す方が得。相手を倒しても大した数の刻印を得られないのに、自身が恋人に殺されるリスクを冒してまで助けるメリットは極薄い。
彼女だってそれを理解しているだろうに、それでも助けるとは。
ただのお人好しという単語に収めるべきではない、弱者を助けようとする様は物語の主人公のそれ。
「理解できないでしょ。別にいい、理解してもらう必要はないから」
女帝は最後に愚者へと一瞥したのち、歩き出した。
「ほら、女教皇の元に行くよ。寄り道して悪かったね」
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