第42話(最終話)
その後のこと。
ネピエル付近の平原で、ラスキベルギン軍とパスチラーラ軍は全面的に衝突した。戦力は五分と五分。しかし、その士気には明らかに差があり、次第にラスキベルギン軍の方が優勢を示しはじめた。やはり誰しも、貪婪な破廉恥漢よりは絶世の美少女のために戦いたいということだろう。やがて、パスチラーラ軍は退却しはじめ、ついには総崩れになった。ラスキベルギンは自ら先頭を駆けて追撃戦を行い、パスチラーラこそ取り逃がしはしたものの、その軍勢に壊滅的な打撃を与えた。
これにより、アトロポシアの新聖堂に御座す「教皇」ジェラートゥス六世は後ろ盾を失った。彼らの苛政に恨みを募らせていた住民達は直ちに蜂起し、その住居に乱入した。ジェラートゥスの死体は正面のバルコニーに高々と掲げられ、新聖堂ともども盛大な荼毘に付された。
混乱の落ちついた頃、アリーネはアトロポシアに戻った。改めて、新教皇のお披露目式が催され、熱狂的な歓呼を受けた。全ては、ピーラッカから付いてきたジスレーヌ王妃の指図の下に執り行われた。彼女は摂政的な役割を担い、アトロポシアの復興は、ほとんど彼女の手腕により、迅速に遂げられていった。
そんなある日の夜のこと。引き続き侍従武官の職にある(実態はただの用心棒)ティルザの寝室に、アリーネが忍んできた。ティルザは寝入りかけを起こされて、不機嫌に上体を起こした。
「ちょっと困ったことになりそうなの。それであなたにお願いがあるの」
「どうした?」
「王妃が私を結婚させようとしているの。それも近日中に」
「……相手は?」
「ラスキベルギン候の甥。軍人で、今は国境守備隊の副司令官をしているとか」
「あたしは何をすれば?」
「彼を暗殺して」
「……余程ろくでもない人間なのか?」
「いいえ。頭も見た目も性格も非常に立派な好青年と聞いてるわ。部下達にも大変慕われているらしくて、非の打ち所ひとつ無いそうよ」
「……そんな君子を斬るのは、いかにあたしでも流石に嫌だな」
「それなら、どうすんのよ?」
「他の方法を考えよう」
「他の方法も何も、暗殺が駄目なら、あとはここから逃げて、姿をくらますぐらいしか手はないわよ」
「じゃあ、そうしよう」
「……そうね」
「ニナも連れていこう。彼女の魔法は何かと役立つ」
「ええ」
翌早朝、警備の交代に来た仮御所の玄関番は、前任者が不自然な態勢で地べたに横たわり、眠りこけているのを見た。また、ある城門の真ん前においても、同じ時間に同じことが起こっていた。報告を受けた王妃はすぐに事態を察し、ひとり頭を抱えて、うなり声を上げた。(了)
落魄聖女の逃避行録 小鷺田涼太郎 @kosagida
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