星座を目指して
納骨のラプトル
星座になるために
友人のエリカは、屋上の外柵の外に立っていた。十二階建てビルの高さだ、足を滑らせればひとたまりもないだろう。明らかに意図してそこに立っていることはそのただならぬ形相から察せたのだが、それで驚いて大きな声を発すれば、それが理由で驚いて落ちてしまうかもしれない。ただ放っておくわけにもいかないので、私はできる限り音を立てないように、それでいてエリカに確実に私の存在を認識させるように近づく。そうして彼女から3メートルほどまで近づいたところで、私の見立て通りに彼女は私に微笑みかけた。
「ああ、来たんだ」
いつものつかみどころのない声だ。高いとも低いとも言えない、それでいて聞き取りやすい、あのいつもの声だ。
私とエリカは、ただの同僚だった。同期入社して、たまたまデスクが隣同士だっただけの、本当にただの同僚だった。それで、同期の馴染みとでも言うべきだろうか、成り行きで仲良くなった、それだけの友人である。ただ、どうにも抜けている所があるというか、危なっかしいというか、刹那的というか。なんというか、目を離していると、すぐにでも空に飛んで行ってしまいそうな。そんなほっとけない友人だった。
「来たんだ、じゃないわよ。エリカさぁ、自分の立ってる場所確認してから話しなさいよ」
「ははっ、そういうと思った」
エリカは全く物怖じしていない。それどころか、むしろこの状況を楽しんでいるように見える。屋上の
「もうさ、私はいいかなって。この世界じゃ、私が生きていくには狭すぎるかなって。だったら、私は空に生きていく方が向いてるよ、きっと」
エリカは、一点に空を見上げながら続ける。
「星座って、あるじゃん。でもあれってさ、
聞いたことがある。星にも寿命があって、その寿命を迎えると星は爆発する。その際に光が放射されるが、光にも速度がある以上しばらくはとどまっているように見えるらしい。
「ならさ、私も――そうなのかなって。私が、輝ける時間は、もう終わったと、そう思うんだよね」
「でも」
私が口をついて否定しようとすると、エリカが制した。
「いやぁ、もうわかっちゃったんだよね。私、やっぱり人生向いてないなって。何やっても注意力散漫だし、すぐ他のことに目向けちゃってさ。」
エリカの乾いた笑いが、乾いた屋上の地面を支配していた。
「でも何も、死ななくたって――」
「いやぁ、楽しくない人生なんて御免だね。社会人になって二年ほど頑張ってみたけれど、そろそろ限界だ」
エリカはずっと、空を見つめていたが、ここでついに私に向き直った。
「じゃ、今まで、あんがとね。あんたぐらいだったよ、私のこと気にかけてくれたの。あんたが忘れるまで、私も星座ってことでいいのかな」
「ちょっと待って、まだ話は――」
私が必死にその言葉を紡ぎあげる間に、エリカはその
その日の速報でこの事件は報道された。十二階あるビルから飛び降りた、とそっちの方が大々的に取りざたされて、誰がとか、そういったことはさしたる問題になっていなかった。
私は、エリカの夢を見るようになった。そのたびに、もう、いないんだな、と喪失感があって、涙を流していた。しかし、エリカの最期に遺した言葉を思い出すと、どうにも泣くことすらばかばかしく思えて、私の負債的な気持ちは、ついに解消されることはなかった。
その次の週に、流星群が極大となっていたのだが、私にはエリカが星を動かしているようにしか見えなかった。多分エリカが横にいても、私は同じことを言ったと思う。
星座を目指して 納骨のラプトル @raptercaptain
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