ep.46 お前はモブなんかじゃない
Aは、ショコラとの約束に従い、過去に戻る決断をし、BとCに会うためチームに辞意を伝える。タイムリープの真相は明かさず、「遠くに行かなくてはならない」と説明するが、新崎は「浮気男」と涙を流し、高山は「自分と働くのが嫌だったのか」と反省する。しかし、Aは過去にひどい仕打ちをしたBとCとの再会が大事であることを説明し、理解を得る。その後、Aは業務引き継ぎを行い、最後にショコラの元へ行き、過去へ戻る準備を整える。
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Aは重く沈んだ椅子に座ったかと思うと、突然顔に生ぬるいしぶきを感じた。シャワーのように水滴がかかったのだ。そう、自分が垂直に鼻血を噴射した直後だったのだ。顔には赤い水滴がスプレーのようにまだらに付着している。
「社長。ねえ、起きてくださいよ。汚いじゃないですか」と、聞き慣れた声が耳に届いた。
目を開けると、そこには自分が経営するAスクールの汚いオフィスと怪訝そうな表情を浮かべたBの顔があった。
「B……」
Aは呟く。
これは夢じゃないだろうか。眼前のBはいつもと変わらず、真面目で冷静な表情をしている。
「社長、なんて顔してるんですか。」Bの言葉に、Aは涙が溢れた。感情が急に込み上げ、抑えきれず泣き始めてしまったのだ。
「わ、わかったから、ちょっと待ってください。ティッシュを持ってきます」と、Bは慌てて走り去り、すぐにティッシュの箱を持って戻ってきた。そして――
「――それより、Bって何ですか、Bって。なんの略なんです?」
Bの問いに、Aはようやく気がついた。彼の名前は――そう、寺井、春樹。大学の後輩で、創業当初から一緒に手伝ってくれていた、寺井春樹だ。
そういえば、なんで寺井のことをBだなんて言っていたんだ……?
「Bって、僕モブキャラじゃないんだから、やめてくださいよ。僕って、そんな扱いなんですか?」寺井は半ば笑いながらも、不満が含まれているのがわかった。
「ああ、そうだよな。全くその通りだ。お前はモブなんかじゃない、立派な俺の、大切な部下だ……」Aは反省の気持ちを込めてそう言った。
「本当ですよ。社長、いつも人使いが荒いんですから」と、寺井は吐き出すように言った。「僕のことなんて何も思ってないんじゃないかって、ずっと思ってましたよ。」
村瀬はその言葉に打たれた。寺井をコマのように使っていたのは自分だ。名前さえも、呼ぶのを忘れ、「おい」や「これやって」と命令するだけの日々。いつの間にか、彼をB(記号)としてしか認識していなかった。
「頼みますよ、村瀬社長!」
寺井はしょうがないなといった具合で、こちらに苦笑を向けてくる。
「そうだよな……本当にすまん、寺井……」
Aは自分を取り戻し始めていた。そう。俺もAなんかじゃない。自分の名前は――村瀬。村瀬、達也だ。仕事に追われ、心を失っていたのは自分自身だったのだ。
その時、事務所のドアが開いた。朝日を背に、女性の声が響く。
「何やってるんですか、社長。」
村瀬と寺井は同時に叫んだ。
「辻!」
2人は同時に辻に飛びつき、村瀬はこれまでの悪行を謝り倒し、泣き叫んだ。寺井も「社長が変なんだ」とすり寄ってくる。
「ぎゃー!何なんですか、このカオスな状況は!」辻は驚いた顔で2人を見て叫んだ。
「辻〜、お前がいないとダメなんだ〜!」村瀬はさらに泣き叫んだ。
「キモい!村瀬社長、パワハラだけじゃなくて、セクハラも覚えたんですか!?逮捕されますよ!」
「逮捕は高山だけで十分なんだ〜」
「は〜?高山って誰ですか〜!?」
事務所の混乱は30分ほど続いた。寺井も辻も疲労困憊し、床に突っ伏して動かなくなった。村瀬だけが勝利の雄叫びを上げ、勝ち誇っていた。楽しかったのだ、2人とじゃれ合えるのが。
寺井はようやく自分のデスクに戻り、PCを確認すると、突然「あっ!」と声を上げた。
「計上漏れ〜!?」
村瀬は雄叫びの姿勢のまま顔を動かさずに言う。
「違いますよ。年末に行った自治体主催のセミナーあったじゃないですか。そこからメールが来てます。教育業界の皆様へ、大福県委託事業プロポーザルのお知らせですって」
一瞬息をためて、ああそれね、と言いながら余裕の表情で向き直る。
「県の委託事業のコンペ……だそうです」
Aの目に妙な光がともる。
「年間委託費用、5000万円」
「そう」
「そうですとも」
「そうだな」
「あれ、この案件って結構ヤバくないですか……?」
寺井は飛びついてこない社長に驚いている。
「そうだな。確かにヤバい。でもな、もっとヤバいことがある」
村瀬は息を吸い込んでからパワーを込めて提案する。
「わが村瀬スクールの新規サービスを出そう。異業種と手を組むぞ。未来を見通すような超高精度で生徒の合格率を図る診断サービスだ」
「なんですか、それ…!?」
胡散臭そうに、それでも驚きながら辻は言う。
「そんなこと言っても、どんな会社がうちと組んでくれるっていうんです?」
寺井は冷静に突っ込んでくる。村瀬はここぞとばかりに自信満々に返す。
「それはな、心当たりがあるんだ。ちょっと驚く社名だが、社長はとびきり優秀なエスパーなんだ。社員もクセがあるけどやる気があって、体育会系だからすぐ伸びるポテンシャルがある」
「嘘だ〜。でも、社長がそこまで言うなら興味あるかも。ちなみになんて会社なんですか?」
それはな、心して聞けよと前置きして村瀬は力強く言った。
「株式会社光と闇のはざまの少しのぬくもりと叫び」
※ここで村瀬(A)の物語は一旦終了です。お読みいただき本当にありがとうございました。
続編を書くかどうかは少しだけ考えたいと思います。
面白いと思ってくださった方は、ぜひ評価をお願いいたします。
同僚から創業会社を追放された俺はブラック企業に転職します 野島しょうきち【ブラック企業専門】 @nojisho
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