灯台守と精霊の歌

 北の国の端にある小さな漁村の灯台。そこがナスティアの居場所だった。

 代々灯台守を務める一家の娘として生まれた彼女は亡き父の教えに従い、一人で灯台を守っている。

 灯室から見える海は黒一色で、何も見えない。今夜は夜漁に出る船もない。

 穏やかで、静かな夜だった。火床で薪の爆ぜる音だけが聞こえている。

 ナスティアはすう、と息を吸うと歌を歌う。それは、一人で火の番をしているときの彼女の習慣でもあった。

 海の守りを精霊に感謝する歌。それを教えてくれたのも父だった。


 安寧を、海の平穏を、精霊に感謝します。

 精霊よ、どうかいつまでも海をお守りください。

 どうか迷う船のないように。

 どうか沈む船のないように。

 嘆く家族のないように。


『この灯台には精霊が棲んでいる』

 とは、子供のころから何度も聞いた話だった。灯台に棲む精霊の話は、小さかったナスティアのお気に入りの話でもあった。

 しかし、彼女の父は海で死んだ。

 ある嵐の夜、灯台の高くまで迫ってきた波にさらわれて亡くなった。

 本当のところはわからない。父が波にさらわれるところを見た人間は一人もいなかった。ただ、朝になり嵐が止んだ後、父を心配して灯台を上ったナスティアが見たのは誰も居ない灯室と、水浸しになって炎の消えた火床だった。村の人々は父は嵐で波に吞まれたのだろうと言い、ナスティアに優しい言葉をかけてくれた。

 それ以来灯台守はナスティアの仕事になり、そして彼女は精霊の話を信じなくなった。

 しかし、ナスティアは夜に一人精霊へ捧げる歌を歌う。理由は自分でもよくわからなかった。

「精霊、ねえ」

 灯台に棲む精霊は、灯台の光に宿って海を守っているのだと父は教えてくれた。なら、なぜ父は死んだのだろう。精霊が本当にいるのなら、なぜ父を守ってくれなかったのか。

(——結局、そんなものいるわけないのよ)

 心の中でそうつぶやきながら、と火床へ新しい薪を放り込んだその時だった。

 ばちばちと薪の爆ぜる音が一層激しくなる。乾燥の甘い薪が紛れ込んでいたのだろうか。

 火床を整えようと火かき棒を手に取った瞬間、火床の炎が大きく燃え上がった。

「なに、っこれ……!?」

 髪の先の焦げる臭いに、思わず後ろへ飛びのく。何が起きているのかわからなかった。

 火床の炎はばちばちと勢いよく燃え上がり、そして次の瞬間、ぼう、と音を立てて炎から小さい光が飛び出した。灼熱色のその光は、まるで勢いよく燃え上がる炎そのものにも見える。

「なに、これ」

 同じ言葉をもう一度繰り返す。思わず指先でつつく。幸い、熱くはなく火傷することもなかった。代わりに、ぱちぱちと弾けるような音を立てる。

 気が付くと、火床の炎は元の大きさに戻っていた。

 小さい光はふよふよとナスティアの周りを漂っている。とりあえず害は無いようだった。

 訳が分からない。が、炎からこの小さい光が飛び出してきて、今ナスティアの目の前に居る。

「まさか、精霊……?」

 言って小さな光をじっと見つめていたが、やがてふるふると小さく頭を振る。

「ううん、そんなわけない。精霊なんているわけない。……けど」

 否定してみたところで、光は確かに存在している。

「……不思議なこともあるもの、ね?」

 強く浮かんだ考えを呑み込んで、とりあえずはその一言で済ませてみることにした。

 海を一瞥して、元の場所に座りなおす。炎はナスティアを追うようにその足元に寄り添う。もう一度つつくとやはりぱちぱちと音を弾けさせる。何となくくすぐったがっているようにも思えた。

 その様子にくすりとほほ笑むと、ナスティアはまた灯台守の仕事に戻る。

 海は本当に静かで、穏やかに凪いでいる。


 夜が明けると、一晩中守っていた灯台の炎を消して、そのまま火床の煤払いを片付けてしまう。

 そうして家に帰り、軽い食事を取るとベッドにもぐりこみ、夕方までぐっすり眠る。

「まだ居る」

 寝て起きても小さな光はナスティアのそばにいた。ふよふよと、つかず離れずの位置を漂っている。

 その日の火の番へ向かうと、光もナスティアを追いかけて灯台まで付いてくる。

「親鳥を追いかける雛みたいね」

 ちょい、と指先で軽くつつくと光は弾けるような音を立てる。

 そうして、ナスティアと不思議な光との生活が始まった。


 夜の海を眺め、今日も精霊へ捧ぐ歌を歌う。

 光はまるで歌に合わせるように瞬いていた。

 ナスティアはそんな光の様子に微笑む。ざあん、ざあんと穏やかな波の音が灯室に反響している。

「……きみにも名前、付けた方がいいのかな」

 火床の炎を確認しながら、ふとそんなことをつぶやく。

 光はナスティアの言葉を聞いていないのか。灯室内をふよふよと漂っている。

 不思議な光と暮らすようになってから、数日が経っていた。相変わらずこの光の正体は良くわからない。炎から生まれた謎の光。

 火床の炎に近づき、薪の弾ける音に驚いたように飛びのいてナスティアのそばに戻ってくる。ナスティアはまるで小さな子供のようだとくすくす笑った。

「——ひかり。光、か」

 ナスティアはちょいちょいと指先で光をあやすようにつつきながら考えを巡らせる。

「うん。『ルチカ』とか、どうだろう。きみは、ちっちゃな光だから」

 そういうと、光はナスティアの言葉にわずかに揺れ、次の瞬間一層強く弾けた音を立ててナスティアの周りをくるくると回る。ナスティアにはそれが喜んでいるように感じられた。

「ルチカ。今日からきみは、ルチカだよ」

 ちょいちょい、と指先で光——ルチカをつつく。

「改めて、よろしくね」

 ナスティアの指先に、ルチカは一層嬉しそうに音を弾けさせた。


「ねえルチカ、きみは一体なんなんだろうね」

 ルチカはナスティアの言葉や行動、そして歌に反応した。一度強めにつつくと嫌がるように音を立ててナスティアから距離を取ったことがある。まるで感情があるように思えた。

 ルチカは音で感情を示す。そう考えていた。だから、ナスティアのこのささやかな問いにまさか答えが返ってくるなんて、思ってもいなかった。——正確には、答えとも言えなかったかもしれないが。

『ぼ——く、るち——か』

「え」

『る——ちか』

「きみ、話せるの?」

『るちか!』

 三言目にははっきりした発音でそう答えた。

「ルチカ?」

「るちか!」

「じゃあ、私は?」

「なすてぃあ!」

「すごい、ちゃんと理解してる……」

 驚いたナスティアの様子に、ルチカはどうだと言わんばかりに誇らしげな音を立てる。

「けど、まだ完璧に話せるわけじゃないみたいね?」

 言ってからかうように軽くつつく。

「もしかしたら、本当に精霊……」

 言いかけて、やめる。しかしルチカは聞き逃してくれなかった。

『せ——いれ?』

 ルチカの問いかけに、ナスティアはため息をつき、少し考えるような間を置いて答えた。

「この灯台には精霊が棲んでるんだって。昔からずっと父さんが話してくれてたんだ」

『せい——れい』

 そう繰り返すと、ルチカは小さく音を立てたまま黙り込む。何かを考えているようだった。

 ナスティアはそんなルチカの様子をしばらく見つめると、やがて真っ暗な夜の海へと視線を転じたのだった。


「ねえナスティア」

「なに?」

「何をしてるの?」

「火床の後始末よ」

 ルチカが言葉を発してから数日が経ち、いつものように火の番を終えた朝——。ルチカの質問にナスティアは一言で答える。いつも通り、火床の煤払いをしている最中だった。

 一度話すことを覚えると、ルチカはあっという間に言葉を吸収し、ナスティアと軽妙な会話を交わすまでに成長していた。

 思えばぱちぱちと音を立てるしか出来なかった頃のルチカは、文字通り「生まれたて」だったのかもしれない。

「きみ、もうすっかり普通に話すようになったね」

 ナスティアの言葉に、ルチカはでしょう?と得意げに弾むような音を立てる。

 嬉しいときに音を立てるのは変わらないようだった。

「ナスティアとおしゃべりできるの、ぼく嬉しい!」

「そう。私も楽しいわ」

 くすくすと二人で笑う。思えば、父親が亡くなって以来、一人黙々と灯台守の仕事を続けてきた。昼夜逆転するこの生活では、人と話すことがあまりない。ルチカと話すようになって、ナスティアも夜の歌以外で声を出すことが格段に増えていた。

 そして、ルチカも積極的に灯台守の仕事を手伝うようになっていた。ナスティアが夜中についうとうととしてしまったことがあった。危うく火床の火が小さくなってしまったのをルチカが慌てて起こしてくれ、夜中に火を絶やす事故を起こさずに済んだ。他にも夜漁に出ていた船の戻りを教えてくれたりもしている。

 夜毎歌う歌にも、いつからか寄り添うようにハミングをするようになっていた。

 ルチカはナスティアの歌に合わせるように明滅し、静かにハミングを口ずさむ。

「きみ、意外と歌がうまいのね」

「うん!ぼく歌大好きだから!ナスティアの歌、ぼくすごく好きだよ」

「ありがとう。私もルチカの歌、好きよ」

 笑うことも増えた。ルチカとの生活はナスティアにとってとても心地の良いものだった。

 夜を歌とお喋りで過ごし、夕方まで眠り、そしてまた夜の海を二人で眺める。

 夜の海は、時折やさしい雨が降るだけで、いつも穏やかに凪いでいる。

 二人で話して、歌って、穏やかな海を眺めて。

 気付けばそんな日が幾日も続いていた。


 そんなある日。夕暮れの光を受けながらいつものようにナスティアは灯台へ向かう。今日も海は静かな波をたたえている。

 灯室に入ると、いつも通り火床に薪を積み火を点ける。火は初めは小さく、徐々に大きく。そうして準備をしていると、ルチカが妙に静かなことに気が付いた。

「ルチカ、どうかしたの?」

 いつもならふよふよとナスティアの周りを漂っているルチカが今日は灯室に開けられた大きな窓のそばにいる。

「ねえナスティア」

「うん?」

「今日は気を付けた方がいいよ」

 ふより、とナスティアのそばへと戻る。

「どういうこと?」

「あらしが、来るよ」

 そう言うと、ルチカは不安な様子で小さく音を鳴らした。

「え——」

 思わず海を見るが嵐の気配はない。しかし。

「わかった。薪はいつもより多く用意しておこう」

 ナスティアはルチカの言葉に頷き、追加の薪を取りに降りていく。

 ルチカは珍しいことにナスティアにはついていかず、まるで海の向こうの嵐を見ているかのように窓のそばでゆらゆらと揺れていた。

 そうしてしばらくの後、陽は暮れて夜が来る。

 びゅう、と風が強く灯室へと入り込んできた。ナスティアは風で乱れる髪を手で押さえながら、今日も歌を歌う。

「嘆く家族のないように……か」

 歌い終えて、最後の歌詞を小さくつぶやく。

「ナスティア?」

 ルチカの問いに、ナスティアはわずかにほほ笑む。

「私のお父さん、……先代の灯台守はね、嵐の日に死んじゃったの」

「……うん」

「前にした話、覚えてる?この灯台には精霊が棲んでるって話。父さんが教えてくれた。……子供のころは大好きだった。父さんにお願いして何回でも聞かせてもらった」

 ナスティアの言葉にルチカは答えない。

「だけどね、父さんが死んじゃった時、私精霊なんて居ないんだって思ったの」

「ナスティ……」

「ねえルチカ」

 呼びかけるルチカの声を遮って、ルチカの名を呼ぶ。

 風は徐々に強くなっていく。じきに嵐がここまで来るのだろう。ルチカの言う通り。

「きみは、一体何者なんだろう。本当に、灯台の精霊なのかな」

「ぼく……ぼくは」

「……そんなわけないって思った。ルチカは少し不思議だけど、小さな私のお友達」

 ぐ、と強く手を握り込む。

「考えないようにしてた。してたんだけど……」

ねえ、と静かな声でルチカに問いかける。

「きみは、一体何者なの」

 ルチカは答えない。重い沈黙が塔室の中に落ちる。

 やがて、パラパラと雨が降り始め、あっという間にごうごうと音を立てる勢いになり、いよいよ嵐がやってきた。

 ナスティアはそこで話を切ると、風雨で火が消えてしまわないようにいつもより早いペースで薪をくべていく。

 ルチカは、その間ずっと無言だった。ナスティアはそんなルチカの様子に、つい強い感情をぶつけてしまったことを後悔していた。

(あんなこと、言うんじゃなかった。ルチカは私のお友達。それだけでよかったのに)

 ——ルチカが本当に灯台の精霊だったなら、なぜ、父さんを助けてくれなかったのだろう、と。

 つい、そんなことを考えてしまったのだ。

 嵐はどんどんと大きくなり、海は荒れ模様となっていた。波が徐々に高くなり、灯台の半ばに届くほど。

「——きゃあっ」

 びゅおう、とひときわ大きな風が吹き込み、ナスティアは一瞬吹き飛ばされそうになる。

「ナスティア!」

 ルチカが思わず声を上げる。が、ナスティアは何とかその場に踏みとどまり、一瞬ルチカへ視線を投げるが、気まずさを思い出してとっさに視線を外す。その時だった。

「ナスティア、あそこ!船が!」

 ルチカの声に、はっと荒れ狂う海へ振り返る。灯室の窓の向こう。分厚い雨の向こうにわずかに光が見えた気がした。

「まさか!?」

 目を凝らして雨と波の向こうを見る。

「——居た!」

 波間にマストが一本見える。商船だろうか?このあたりでは見かけない船だった。

 船は波にもまれ、進路を見失っているように見えた。このままでは港に入れないどころか沈没の危険すらあるように見えた。

「早くこっちに呼ばないと……」

 風雨で炎が小さくなりかけていた火床に、なるべく大きな炎になるよう高く薪をくべる。

「お願い、気付いて!」

 祈るような気持ちで船を見守るが、波間の船は気付いた様子もなくよろよろと波に翻弄されている。

 風雨は容赦なく灯室内にも吹き込んでくる。波はいよいよ高くなり、灯室の窓にまで迫ってくるほどだった。このままでは船だけでなく、ナスティアの命すら危ない。——彼女の父親のように。

「お願い……お願い……」

 気付けば薪は尽きていた。最後の一本を炎にくべる。後にできることはただ祈るだけだった。

 船はこちらに気付く様子はない。波が窓から灯室へと侵入してくる。

(だめなのかな——父さん)

 ナスティアが諦めかけた時だった。

「ナスティア!」

 ルチカの声。

「ナスティア!歌って!」

(うた……歌??)

 突然何を、と思うがルチカの声は必死だった。ばちばちと焦るように音が弾ける。

「お願い、歌って!」

 ルチカの声は強い懇願の色に満ちているが、ナスティアの唇は動かない。

「ナスティア、お願い!僕を信じて!!」

 その声は泣き声のようにも聞こえた。

 ——泣かせてしまった?私が。ルチカを。

「ナスティア!」

 ——私の小さな、お友達。

 悲鳴にも似たルチカの叫び。

 葛藤は一瞬だった。

 ナスティアは胸に手を組み、すうと息を吸って。

 そして、歌った。毎夜に歌う、精霊へ捧げる歌を。


 ——安寧を、海の平穏を、精霊に感謝します。

 ——精霊よ、どうかいつまでも海をお守りください。


 ナスティアの唄声に、ルチカのハミングが寄り添う。


 ——どうか迷う船のないように。

 ——どうか沈む船のないように。

 ——嘆く家族のないように。


 歌い終わると同時。ルチカの体が強く光り始めた。

「ルチカ!?」

 ナスティアの声も届かない様子で、ルチカは高く声を張り上げ、そして歌を歌う。

 それは、ナスティアの歌に応えるように。


 ——安寧を、あなたたちに。

 ——海の平穏を、あなたたちに。

 ——私はいつまでも夜の闇を照らしましょう。


 びゅお、と強い風が吹き込む。しかし、それを最後に風が止む。


 ——迷う船のないように。


 フレーズを歌う毎に雨は止み。


 ——沈む船のないように。


 次に波が少しずつ平穏を取り戻し。


 ——嘆く家族のないように。


 最後に、嵐はすっかりと治まっていた。


 ナスティアは、呆然とルチカを見つめていた。

 ルチカは歌い終えると光を収め、いつものようにふよふよとナスティアのそばを漂う。

 先ほどまでの嵐が嘘のように、海は静寂を取り戻していた。

「……ナスティア」

 ルチカの呼びかける声に我に返る。

「きみ、やっぱり灯台の精霊だったんだね?」

「……うん。だけど」

「うん」

「ぼくは、ナスティアに初めて会ったあの夜に生まれたんだ」

「そっか。……うん、そうだよね」

「……怒らないの?」

「怒らないよ。……謝らなきゃいけないのは私の方。父さんのこと、ルチカには関係がないことだったのに」

「でも」

「ルチカ。きついことを言って、ごめんなさい」

「……ぼくも、おとうさんのこと、ごめんなさい」

 二人で謝りあって、そこでようやくふっと張りつめていた糸が緩む気配がした。

 窓の向こう、海の方へ視線を巡らせる。

「ああ、あの船もこっち気付いてくれたみたい」

 ナスティアの視線の先、先ほどまで哀れなほどに波に翻弄されていた船が港へと舳先を旋回しているのが見えた。


 そして夜が明けて——。

「あー……ひどい有様ね、本当……」

「ぐっちゃぐちゃだねー」

「……この精霊さん、他人事みたいに」

 朝の光に照らされて塔室内の惨状が改めて明らかになる。灯室内はそこかしこが海水に浸食され、火床も最後の方はただひたすら薪を放り込んでいただけに燃え殻がうず高く積みあがっていた。

「外壁の洗浄は……一人じゃ無理か」

 早いうちに村長に相談する必要があるだろう。

「とりあえずは……」

 ナスティアは火床の片付けに手を付ける。

 ルチカはナスティアを応援するようにその周囲をふよふよと漂っていた。

 なるべく手早く片付けようとするが、さすがに疲労がたまっている。思うように作業が進まない。

 結局いつもの倍近い時間をかけて火床の掃除を済ませ、ふらふらと家路につく。

「大丈夫……?」

 ルチカが心配そうに声をかけてくる。

「無理……疲れた……眠い……」

 疲れのせいだろうか、ナスティアは力の抜けた声でもごもごと答える。

 なんとか帰宅し、倒れこむようにベッドへもぐりこむ。

 そうして眠りに落ちるその直前。

「ねえ、ナスティア」

 ルチカがナスティアに話しかける。

「なあに、ルチカ」

「ぼく、ナスティアのそばにいて良い?」

「どうしたの、急に」

 思わずくすくすと笑いがこぼれる。そして笑いを収めると、まっすぐにルチカを見つめ。

「ええ。ずっと、一緒よ。私の大切なお友達」

 言って、指先でちょい、とルチカをつつく。

 ルチカは嬉しそうに、ぱちぱちと音を弾けさせながらナスティアの周りをふよふよと漂う。

「ありがとう。ナスティア」

「ありがとう、ルチカ。これからもよろしくね」

 その言葉を最後にナスティアは深い眠りへと落ちていった。

 ルチカはナスティアのそばにふわりと寄り添う。

 窓の外、カーテンの隙間から除く向こうには、穏やかな海が青く輝いていた。

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ショートストーリーズ 篠宮空穂 @lyudmilla

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