3月・下旬

21日 拍手

(荒谷と柚)


「柚さんって、拍手をする時に真面目に手を叩く?」

「それは、まぁ……時と場合による」

「拍手をするときにさ、本当に祝う気があるやつはきれいな音を立てて拍手するよな」

「あー。逆に祝う気がないというか、やる気のないやつは形だけで音すら立てないのな」

「いるいる。まったく拍手しないってのは気が引けるからって、お情け程度に手ぇ動かすやつ」

「面倒くさがってんのがバレバレだっつーの、なあ」

「しまいには誰が一番大きな音を立てて拍手できるかって競うやつらとか」

「いたいた。もう祝うとか関係なく、やっかましく手ぇ叩くやつ」

「でも、そういうやつが一番拍手に貢献してんのな」

「誰よりも先に拍手しようとするやつなんかも、何だかんだで貢献人だよな」

「フライング拍手か」

「タイミングを見誤ると恥ずかしいことになるよな、あれ」



22日 タロット

(荒谷と柚と美和子)


「ねぇねぇ、二人とも知ってる? タロット占いってね、結果を見た占い師の言葉より、カードの持つ意味を聞いて感じたことの方が正しい解釈なんだって」

「バーナム効果だろ」

「大範疇の一結果としてはアリ、てやつか。なに? 柚さんってタロットとか信じないタイプなん?」

「どちらかというと験担ぎ程度にしか考えないタイプ。荒谷は?」

「同じく、当たるも八卦当たらぬも八卦タイプ」

「ンもう、二人ともロマンがないなぁ。タロットはかなり昔から伝わる占いだよ、年季があるんだよ。当たるよー?」

「年季が入っていても、占い師がそういう素質を持っていなかったら意味ないだろ」

「柚さん的には、素質ある占い師なら信じるってことか」

「素質もなにも、占いってのは本物だろうが見よう見まねだろうが、真に受けるものじゃねえんだって。そもそもタロットは、占い用に作られたカードじゃないだろ」

「え、そうなの?」

「あー、なんか僕も聞いたことあるわ。たしかトランプの起源って話だよな」

「まあセフィロトとか黄道十二宮とか関わっているんだから、なんらかの効力はあるんだろうけど」

「え? せふぃ……え?」

「でも柚さん、ギリシア神話だって欧州の作り話だろ?」

「一概に作り話と蹴飛ばすことができねぇんだよな。作り話だったとしても、人の意識が効果を生み出すこともある」

「そうなると、もう呪いみたいなもんだな。陰陽とか霊力とかも関わってくんのかな?」

「う、占いは呪いじゃないよ!」

「バーナム効果を考えると、存外占いは呪いかもしれねえな」



23日 心音

(荒谷と柚)


「ただいまー……って、ぎゃー! なにやってんだあなたはーっ!」

「……ああ、おかえり」

「おかえり、じゃねえわ! 包丁で心臓を一突きにして血まみれの同居人を目の前にして、僕にどうしろというんだっ!」

「……あー……」

「や、もういい黙れ。いいから黙ってそれを抜いて、そこに座れ」

「……いや、なんつーかさ……心臓の音がなんか……気持ち悪いから……」

「あーもう、バカだろ、あなたバカだろ。むしろスプラッタ苦手な僕に対する嫌味だろ。普通は心臓を刺しただけで死ぬんだからな」

「……気持ち悪い……」

「知るかバカ! 自業自得だバーッカ! じゃあ柚さんは、僕とか美和子の心音を聞いても気持ち悪いと思うのか?」

「……それとこれは……違う……」

「ああもう……僕まで気分悪くなってきた……。頼むから前触れなしに、物理的な自虐に走るの止めてくんね?」

「……心臓……」

「あ?」

「……止まんねえ……」

「当たり前だろ、ノーライフキング。あなたはまた生きているんだから」



24日 新調

(荒谷と柚と美和子)


「じゃじゃじゃーん! 荒谷、見て見て!」

「おお、ずいぶんとオシャレにしてんじゃん」

「おニューなの! この日のために買っておいたやつ! これから宇多辺君とデートなの。かわいいでしょ?」

「あぁ、なるほど。うん、似合ってんじゃね」

「えへへ、ありがとう! お披露目に来てよかった!」

「……あのさぁ、美和子。その格好は最初に宇多辺に見せてやれよ」

「え? うん、そのつもりだけど?」

「あー……いや、いいんだ。楽しんでこいよ」

「うん! じゃあ、行ってくるね!」

「デートの後はまっすぐ家に帰れよ。……ったく」

「はっきり『僕達に見せに来ないで、さっさと彼氏のところに行け』って言った方が、美和子には伝わるんじゃねえの」

「って、柚さん! あなたは昼寝をしていたんじゃなかったのか!」

「さっき目ぇ覚めた。いやはやしかし、美和子は少し鈍いな」

「相当だよ。あれでいて彼氏のことを優先順位のトップにしていると思ってるから、タチが悪い」

「懐かれているんだな」

「まあ、付き合いだけは長いからな」



25日 卒業旅行

(荒谷と柚と美和子)


「美和子は明日からだったか?」

「うん、柚さん。明日からだよ!」

「準備はできたのか?」

「ばっちり! 昨日のうちに済ませちゃった!」

「ははは。かなり楽しみにしているみたいだな」

「もっちろん! 来年の卒業を考えると寂しさもあるけど……でも、自分達で計画して旅行するのって、やっぱ楽しいじゃん!」

「行き先は京都だったか?」

「そう! 柚さんにも荒谷にも、ちゃんとお土産を買ってくるから!」

「そりゃあいい。荒谷に八ツ橋を買ってきてやれよ」

「わかった。荒谷には八ツ橋だね」

「いらん! そんな同情いらーん!」

「いつまでふてくされてんだよ留年」

「日頃からちゃんと授業に出てないから、こうなるんだよ」

「うるさいうるさいうるさーい!」



26日 シュレッダー

(荒谷と柚)


「僕さ、昔はシュレッダーってなんのためにあるのか、わからなかったんだよね」

「子どもが面白半分に遊ぶ機械だとでも?」

「いやいや子どものおもちゃにしてはリスクが高すぎるだろ」

「しかし便利だよな、あれ。これでもかってくらいに細かくしてくれるんだもんな」

「叔母さんに『処分して』と手渡された明細書、ワクワクしながら突っ込んだもんだよ」

「しっかり遊び道具にしてんじゃねえか」

「手動のシュレッダーもあったよな」

「ああ、小型のやつだろ。ハンドルを回す時にすげえ手応えがあるやつ」

「そうそう。凶悪な刃が表側から丸見えでさ、『うわぁ指を突っ込んだら痛そう』とか考えたもんだよ」

「めちゃくちゃ痛いぜ。骨まで砕きやがるからな、あの凶悪な刃」

「ははははは。全力で聞かなかったことにしまーす」



27日 まっすぐ

(荒谷と柚)


「なぁ、荒谷。美和子って一途だよな」

「ああ、うん」

「恋とか友情とかは置いといて、とにかく一途だよな」

「まあ、うん」

「でも、一途とまっすぐは違うよな」

「え、同じじゃね?」

「いや、一途はむしろ曲がりくねっている気がする」

「うーん……よくわかんねぇけど、美和子は目先しか見えてないんだと思う」

「だろうな。……美和子が辛くなった時に酒に溺れる癖、治してやった方がいいぞ」

「だよなあ」

「なにかあると、お前さんのところに来る癖もな」

「だよなあ……」

「……」

「え、なに、僕の顔になにかついてる?」

「いや……美和子は一途だけど、お前さんは存外まっすぐだなって思ってさ」

「寄り道だらけの人生っすけど」

「傍から見てりゃ、けっこうまっすぐだよ」



28日 迷子

(荒谷と柚)


「荒谷、悪いけどしばらく出掛けてくるわ」

「ん? しばらくって、どのくらい?」

「一週間か二週間」

「なんでまた」

「知り合い達が初めて日本に来たらしいんだよ。で、なんか迷子になっている上に資金難らしい」

「柚さんの知り合い? ……人間?」

「失敬なことを聞くやつだな。元人間だ」

「外国の人なん?」

「まあな」

「へえー、柚さんに外国の知り合いがいたんだ。ていうか、外国にもあなたみたいな人外がいたんだ。なんか意外」

「むしろ外国の方が多いと思うぞ。……ああ、もし連れてくることになったら、その時は追って連絡するわ」

「……日本語ペラペラな方々ですか?」

「俺の記憶が正しければ、どちらも英語しか話せねえはずだ」

「僕が英語苦手だって知っているくせに!」

「聞こえない、なにも聞こえない。じゃ、行ってくる」

「行ってらー……てか、その迷子になっている知り合いの居場所はわかるのか?」

「チャットで届く情報とGPS機能を駆使して、根性で探し出す」

「……携帯用充電器、貸そうか?」

「悪いな……そうしてくれるとすげぇ助かる」



29日 小さな親切大きな御世話

(荒谷と美和子)


「八ツ橋以外にも名産品とかいろいろ買ってきたよ! 観光名所の写真もたくさん取ってきたし、お土産もたくさん買ってきたし、八ツ橋もたくさん買ってきたし!」

「……美和子。それは好意か? それとも嫌がらせか?」

「もちろん好意だよ! 計算ミスで単位が僅かに足りなくて留年して、卒業旅行にも誘われなかった荒谷に嫌がらせなんてしーなーいーよー?」

「嫌がらせか! 嫌がらせだろ! 無駄に買われた八ツ橋に謝れ!」

「荒谷が全部食べるから無駄にはならないよ」

「さすがに飽きるし多すぎだってぇの」

「ちょっとで良いから、荒谷に京都の情景が伝わらないかなぁなんて……」

「この紙袋いっぱいの八ツ橋であなたは一体どんな情景を見せたかったんだ! てか、どうやってこんなに買ってきた! 一緒に行ったダチとかドン引きだろこの量は!」

「ううん、みんな協力してくれたよ? むしろニヤニヤしてやる気満々だったよ」

「鬼畜のダチは鬼畜だった!」

「やーだーなー。好意だってば、好意」

「押し付けの好意ほど迷惑極まりないもんはねぇよっ!」



30日 ふたりきり

(荒谷と美和子)


「荒谷って、実はすっごい寂しがりだよね」

「なんすか急に」

「今は柚さんがいるから良いけどさ、前はほとんど、このアパートにいなかったじゃん」

「まあ、たしかに。ダチのところに泊まったり、一晩中ほっつき歩いていたりしてたけど……」

「……むしろ今までよく単位落とさなかったね」

「日本の大学は入るのが大変な分、出るのは簡単なんだよ」

「留年したくせに」

「うるさい」

「たまにあたしが泊まってあげたりもしてさ」

「あれは単に美和子が酒飲み相手欲しかっただけだろ。一晩中あなたの愚痴に付き合わされる僕の身にもなれってんだ」

「とか言って、あたしが寝た後は律儀にお酒を全部片付けちゃうくせに。ザルだよねえ、荒谷は」

「酒なんて、あなたが来ないと飲まねぇし」

「——ってなわけで! 今日は柚さんがいないから、お酒を持って遊びに来てあげたよーん!」

「飲みたいだけだろ、なあ、あなたが飲みたいだけなんだろ。——でも今日は付き合ってやんよ! 愚痴暴露大会だーっ!」

「わーい! 久々のタイマン飲み!」

(つーか、実は美和子の方が寂しがり屋なんだろって)



31日 蓮華草

(荒谷と美和子)


「ねえ荒谷、ゲンゲって知ってる?」

「ゲンゲ? なにそれ?」

「中国原産の花だよ。ほら、乾燥させたのを煎じて飲むと、熱冷まし効果があるやつ」

「ぜんっぜん知らん」

「これだよ、これ」

「あー……レンゲソウのことか」

「別名でゲンゲって言うんだよ。紫の雲に英語の英で紫雲英ゲンゲ

「で、そのレンゲソウ改めゲンゲがどうしたって?」

「おまじない」

「おまじない?」

「これさ、あの白いチューリップの傍に一緒に飾ってほしいの」

「別に良いけど……飾ることになにか意味があるのか」

「意味はない、けど……荒谷、ゲンゲの花言葉を知っている?」

「白チューリップの花言葉も知らねえやつが知っているとでも?」

「ですよねー」

「で、花言葉は?」

「意味はないけど……やっぱさ、失恋って少しずつ癒されてほしいと思うんだよね」

「いや、だから、花言葉は?」


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nolifekingと大学生 ふりったぁ @KOTSUp3191

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