nolifekingと大学生
ふりったぁ
3月・中旬
9日 ついてない。
(荒谷と柚)
「昨日の夜に目覚ましをセットし忘れて、寝坊した」
「荒谷が珍しく朝から慌ただしいと思ったら、それが原因か」
「しかも飯が炊けてねぇし」
「まさか夜中にぶっ壊れるとは思わなんだ」
「靴の紐は切れるし」
「買ったばかりだったなのにな」
「カラスにフンを落とされるし」
「ピンポイントでお前さんのバッグに三発も落とすそのカラスが、ある意味ですげぇよ」
「黒猫の行列が目の前を横切ってくし」
「満月の夜じゃないだけマシだな」
「僕の大好物は柚さんに食われてるし……」
「……それは本当に悪かった。賞味期限ギリギリで、甘いものを食いたい気分だったから、つい」
「ああもう……今日はマジでついてねぇ……」
「ここまで来ると、逆に運が良すぎだろ」
柚[ゆず]
nolifeking(人の生亡き王)。
極めて東洋人の容姿に近い外生命体らしい。
おとなげない。
荒谷誠[あらやまこと]
貧乏大学生。
偏った雑学を持つ。
ヘビースモーカー眼鏡。
10日 蕾
(荒谷と柚)
「種から芽が出て、つぼみになって花が咲くのが当たり前だと思うなよ」
「なんだよ柚さん、突然だな。種から芽が出て、つぼみになって花が咲くのは当たり前じゃね?」
「咲く前に枯れることもあるだろ。種自体が育たねぇこともな。地中から這い出て世界を知って、それでも動けなかったら景色は変わらんだろ? 生き物ってのはな、常に未知を知らないと生きていけねぇもんなんだ」
「知るを知るとなし、知らざるを知らずとなす、これ知るなり?」
「知らんことを知らんままにしていると、つぼみで枯れるんだろうな」
「才能を開花させずに一生を終えるってこと?」
「大人にならずに枯れるってこと」
11日 スプリング-ハズ-カム
(荒谷と柚と美和子)
「僕はふきのとうを見つけると、あぁ春だなーって感じがする」
「俺はコタツの中がやけに熱く感じた時、春だなぁって思うな」
「すげえ風が強いときも、心の中で暴言を吐きつつ春を感じるもんだよな」
「後は、そうだな……ピカピカのランドセルを見かけたときとか」
「美和子はどんなときに春を感じる?」
「……あたし? んーそうだなぁ、告白をしてOKを貰ったときは、春到来! って感じだよね」
「あーなるほど、そっちの春ね」
「荒谷には無縁の方の春か」
「柚さん、突然悲しくなる事実を言うのはやめて」
「もう天にも昇る気持ちっていうかさぁ……えへへ……」
「おい、荒谷。美和子の顔が蕩けているぞ」
「え? 美和子、誰かに告白したの?」
「昨日、宇多辺君に」
「マジか」
「ああ、この大量の酒は祝い酒か」
「そうそう! さすが柚さん! なかなか言い出すタイミングが見つからなくて……。という訳で、さっそく乾杯! かんぱぁーい!」
「柚さん、酔い潰れた人が多くなるのも春だよな」
「春だなぁ」
武者小路美和子[むしゃのこうじみわこ]
荒谷の幼馴染。
恋に恋する恋多き乙女。
荒谷依存症。
12日 ブランコ
(荒谷と柚)
「大人になると、なぜ遊具で遊ばなくなるんだろうな」
「……荒谷。お前さん、今いくつよ」
「21だけど……いや、別に僕が公園でひゃっほいと奇声をあげながら、地球儀を回したいわけじゃねえからな?」
「回したいのか」
「軸と外郭に挟まれて大怪我して以来、すっかりトラウマです」
「子どもって危険なことをするのが得意だよな」
「もちろん大人が子どもに混じって遊ぶのも、近所の人に奇異な目で見られるのも恥ずかしいけどさ。なんつーのかな……不思議じゃねえけど、不思議だなって」
「空き時間がないというのもあるんだろうな。大人になると、自分のことだけを考えて生きていくことができなくなるから」
「大人になると視野が広くなるもんな。子どもの時に大きく感じたものが、この歳になると小さく感じたりしてさ。あーやだやだ。誰か僕に、犬が目の前を歩いただけで喜べる純朴さを分けてくれねぇかな……」
「ま、子どもの時に見えなかったものが見えるようになるのは、ある意味で役得だと思わんとな」
「そうだけど……たまにはブランコくらい乗りたいんだよ」
「なんだ、さっきから。なぜ遊具ばかりに拘るんだ」
「ブランコって、考えごとをするときに最適じゃね?」
「まぁ、存外あの不安定感が心地いいというか、単純作業で思考がクリアになるというか……」
「あ、意外。否定されるかと思った」
「ぼんやりするのに丁度いいとは思うな。それで?」
「いや、ブランコに乗りたいなって思ったら、当たり前だけど公園に子どもがいたから」
「当たり前だな」
「公園ってさ、けっこう大人が近寄りがたい空間が形成されてるんだよ。子どもがひとりふたりしかいなくてもさ」
「そこから段々とさっきの疑問に擦り変わっていったのか。……で、その『ブランコに乗って考えたかったこと』というのはなんだったんだ?」
「スイカは果物だったか野菜だったか……。いや、なんつーかね、自力で思い出さねぇと世界の抗いがたき力に負けたような気がして……」
「……その努力に免じてノーヒントで放置しといてやるよ」
13日 予算
(荒谷と柚と美和子)
「荒谷、予算を立てたことあるか?」
「無い。というか予算を立てるって、明確にはなにをすれば良いんだ?」
「……そこからか」
「そこからですよ……」
「収入支出の計算……まぁ、金を使う計画を立てると考えれば良い」
「家計簿?」
「それは同じ収入支出の計算でも、金を使った軌跡だ。そもそもお前さんは家計簿すらつけてねぇだろ」
「柚さんだって付けたことないだろ!」
「同居人の俺が付けてどうするんだよ!」
「あなたが代わりに付けてくれていたら、僕だって……!」
「いやいや、お前さんが毎月の予算を立てていないからこういう……!」
「二人共、お金がないからって責任転嫁は格好悪いよ」
「金がない幼馴染の家に上がり込んで、悠々と白米を食ってんのはどこの誰だっ!」
「柚さんの言う通りだ! 残りが少ないんだから気を遣えっ!」
14日 ホワイトデイ
(荒谷と柚)
「ホワイトデーのどこがハッピーなんだか」
「ひがむなよ、モテない大学生」
「ええいうるさい」
「まぁ、三倍返しの意味は判らんがな」
「しかもホワイトデーがあるのって日本だけじゃん。ホワイトデーこそが菓子業界の陰謀だ」
「落ち着け、女に無縁の大学生」
「ええいうるさいっ」
「というか別にバレンタインデーになにも貰ってねぇんだから、お前さんには関係ない話だろ。むしろ得。三倍返しをしなくてもいいし、菓子業界にも貢献しない」
「なのに負けた気がするのはなぜだろうな」
「……つまり、なんだかんだ言ってお前さんもホワイトデーを重要視してるってことだ」
「……むなしい……」
15日 正装【非公開】
(荒谷と柚)
16日 チューリップ(白)
(荒谷と美和子)
「ねぇ荒谷、もしかして柚さん……最近、失恋した?」
「え、知らん。マジで? いつ!?」
「し、知らない! あたしだって知らない! ただの推測!」
「根拠は?」
「この前まであそこに、チューリップなんて飾ってなかったでしょ? 白いチューリップの花言葉ってね、失恋なんだよ」
「あー……」
「あ、あれ? もしかして地雷?」
「いや……あれさ、柚さんの亡くなった奥さんが好きだった花なんだって」
「え、あ……そうだったんだ……」
「実を言うと、なんか今朝から様子がおかしかったんだ。飯を食った後にふらっと出ていったと思ったら、あの白いチューリップを一輪だけ買って帰ってきたんだよ」
「それで……柚さんは?」
「しばらくチューリップを眺めていたけど、またふらっと出掛けていった」
「し、心配じゃないの? 荒谷、探さなくて大丈夫? 一緒にいてあげなくて大丈夫かな?」
「うーん、心配といえば心配だけど……見つけてどうにかなるわけじゃねえし。あの人は僕やあなたより大人なんだから、変な気を起こしたりしないだろうって」
「う、うん……」
(そもそも変な気を起こしても死ねないんだよな、あの人)
「……どうして好きな花が白いチューリップだったんだろう? 失恋なんて花言葉の花を好きになるなんて……ううん、悪く言うつもりはないんだけど。ただ、なんとなく気になって……」
「うーん。花言葉を意識するやつなんて、意外に少ないと思うぜ? 今なんかほら、形がどうの色がどうので好き嫌いを決めるじゃん。失恋が花言葉だって知らないで好きだったのかもしれねぇし」
「うん……そうだよね……」
「ところで美和子さん、失恋したのが実は柚さんじゃなくて僕だった……という推測には至らなかったんですか?」
「だって荒谷に女の影とかあり得ないし。柚さんならまだしも、荒谷が失恋してチューリップを飾っていたらちょっと気持ち悪い」
「歯に絹を着せろ! もう少しオブラートに包め! 泣くぞコラ!」
17日 監獄ロック
(荒谷と柚)
「世界ってさ、ものすごく広くて大きいと思うじゃん? けど、実際にずっとずっと遠くまで行ってみて、いろんなもの見て、ここに戻ってきて心のあり方が変わっても、それは一時的な変化でしかないんだよな。また同じところに行った時に、はたして最初と同じ感銘を受けられるのか? ……結局、世界なんて箱か檻かに違いないんだ」
「荒谷に哲学的な話は似合わんよ」
「だって、そう考えると人なんかちっぽけなもんじゃんか。胡麻粒みたいな人が世界になにしたって、なにも変わんねぇだろ?」
「変わるさ。文化の発展だって、胡麻粒が胡麻粒と結託して世界を変えた証だろうに」
「結託できればね。でも、四粒五粒程度の叫びなんて、蚊よりも効き目ないだろ。どんなに言葉にしても、文にしても、絵にしても歌にしても、伝わらねぇなら意味がない」
「俺が言いたいのは、なぜ意味がないってわかるんだ、ということだよ。さっきも言ったが、積み重ねれば世界なんざ簡単に殺せるんだ。お前さんが生きてる間……そんなたった短い間に、世界的な変革が起きるかどうかなんざ、もう運の問題だろ」
「うーん……」
「そもそも、世界のことわりに振り回されているこの俺に対して、世界に干渉できないと嘆くのはお門違いじゃねえのか?」
「む。それは、そうだな……すんません」
「それで? 今度はなんの影響を受けてそんなことを考え出したんだ?」
「昨日発売されたロックバンドのアルバムを聴いていたら、こう、世の中って支配されて束縛されているんだなって……」
「支配と束縛はほとんど同意義な上に、文句をつけられる世の中ほど平和な時代はねぇよ」
18日 足りない
(荒谷と柚)
「足りない」
「俺達はいつでも金欠だが」
「違う」
「じゃあ、やる気?」
「違う」
「若さ?」
「違う」
「降参。何が足りないんだ?」
「僕の単位」
「……あー……」
「単位。足りないんだ。何回数えても足りないんだ。あと二単位」
「……なんつうか、その……」
「おっかしいよなあ、計算が間違っていたとか? はは、そんな、三年目にしてそんなミスとか、は、ははは、いっそ笑えてくるね。ああ、おかしいわ……ほんと……」
「——もしもし、美和子? ああ、うん、そう、それで今からこっち来れるか? 鍋やろうぜ、鍋。とにかく荒谷を励ます方向で。え? いや、ヤバい。もうヤバいって言えねえくらいヤバい。……うん、悪いな、後で俺も払うから……」
「……足りない……目から汗がほとばしっても……足りないもんは……足りない……」
19日 名案
(荒谷と柚)
「かくれんぼで絶対に見つからねぇ方法を思いついた」
「どんな方法だ?」
「鬼になっちまえば見つかる心配もなくなるんじゃね? これ、僕が提示した《見つからねぇ》って規約は違反してないよな。鬼自身は誰かに探されてるわけでもねえし」
「……してやったり、みたいな顔すんなよ」
「でも間違ってねえだろ?」
「惜しい」
「えー」
「確かにかくれんぼ必勝法は《絶対に鬼に見つからないこと》だ。だが、鬼は自身を知覚してるから、他のやつらを見つけることができる。つまり鬼は誰よりも最初に、鬼を見つけてるんだよ」
「こじつけだ!」
「お前さんが言うなよ。筋は通ってるだろ?」
「それなら柚さんは、なにか良い案とか思いつくのか?」
「なぜそうなる……まあ、そうだな。俺だったら、いつまでも鬼の背後を取るように移動し続けるな」
「隠れてる側が移動すんのは反則だぞ」
「鬼にくだるよりかは正方向」
20日 シーユー
(荒谷と柚)
「荒谷」
「なに」
「さようなら、を英語で言うと?」
「ぇ、あ、シーユーアゲイン」
「うっわ。なんて素敵な片仮名英語」
「そういうあなたは正確に発音できんのかよ」
「え、See you again.」
「……嫌味すら出てこないほど綺麗な発音ですね……」
「It is desirable that a greeting is fluent.」
「ていうか嫌味だろ! なあ嫌味だろ!」
「せめて挨拶くらいは流暢になってほしい」
「い、いいんだよ別に! 海外に行くわけじゃねえんだし! 日本に来る外国の人が日本語を勉強して来りゃあいいんだ!」
「これだから英会話を重要視しない日本人は……。Repeat after me. See you again.」
「ぇ、あ、シ、シーユー……アゲイン……」
「……荒谷、明日から毎日英語の勉強な」
「ノー!」
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