横断歩道は無くともパラレルワールドはある、かも?

ムーゴット

横断歩道は無くともパラレルワールドはある、かも?(「パラレルワールドの不条理」シリーズ第4作)

見通しの良い、片側一車線の幹線道路。

渋滞するほどではないが、多くの車が流れていく。

しばらく信号交差点がない区間で、

制限速度よりもちょっと速い速度で流れている。

天気は快晴。

遠くの山々もクッキリと見える。

田んぼの稲も青々と伸びている。

夏、真っ盛りだ。


「気持ちいい。出掛けてきてよかった。」


ショートヘアが似合う女子大生、朋皐由希(トモオカユキ)が運転する車は、

流れに乗って快走していく。


「父さん、ついに免許取ったよ。」

「父さんのタイプR、ちょっと心配だったけど、

今朝は一発でエンジンかかったよ。」

「ブースターケーブル繋いで、母さんに手伝ってもらったけどね。」

「母さんはオートマ限定だから、一年間お休みだったもんね、タイプR。」


昨年、由希の父親はロードバイクで走行中に、

無謀運転の車に突っ込まれて亡くなっていたのだった。


この車と一緒なら、亡き父と話ができる気がしていた。

「もっと気難しい車かと思っていたけど、

こんなに優しい車だったんだね、父さん。」


少し先の信号が黄色に変わる。

スムーズなブレーキを心がけながら、

徐々に減速。

信号は赤に。

クラッチを切って、

ギヤをニュートラルに。

交差点の停止線手前、先頭で停車。

カコカコッとシフトレバーの遊びを確認しつつ、ローギヤへ。

青信号を確認して、ゆっくりスタート。

加速につれてシフトアップ。


「やっぱりマニュアルだよね。父さん。」

「車を運転しているって感じ。」

「大学、これで通えたらいいのにな。」

「母さんは心配性なんだよね。安全運転するのにね。」


由希のタイプRが先頭で、一塊の車列が進んでいく。

スピードメーターに目を落とすと、

おおまかに55km/hと読める。

制限速度よりも5キロオーバーで、

そのままのペースを維持していく。


「この先にオービスがあるんだよ。」

「あの道は混むから、ちょっと遠回りでもこっちがいいんだよ。」

「普段のブレーキは、赤ちゃんを乗せているつもりで、優しくスムーズにね。」

「道を譲ってもらったら、ハザードランプを2回点滅、ありがとうの合図だよ。」


父親の言葉を思い出すと、涙が溢れてきた。

視界を妨げない様に、手の甲で拭う。




遠くまで見通せる、直線道路。

前方に信号のない交差点があり、

左から右へ道路を渡りたそうな親子の自転車に気がついた。

横断歩道はないし、道幅からしてこちらが優先だ。

だが、対向車線は、ちょうど車の流れが途切れている。


「もう少し先に行けば、押しボタン信号があるのだよ。

でも私は優しいから。」


スマートに交差点の手前で停車。

親子に腕を伸ばして、合図を送る。

「どーぉぞーー。」

小学2年生かな、3年生かな、

小さな男の子がちょこんと頭を下げて、横断開始。

父親も小さく手をあげて、感謝のサインで後に続く。





男は、少しイライラしながらハンドルを握っていた。

仕事でミスをして、その対応で急いで現場に向かうところだった。

車列は流れていたが、満足できる速度ではなかった。

「制限速度プラス15キロだよ。この道の常識は。」


前の車が、黄色信号に余裕を持って減速、赤信号で停車した。


「オイオイ、今のは行けたぞ、後ろから突っ込まれても文句言えないぞ。」

「あっ、なんだよ若葉マークかよ。新人さんかよ。」


青信号で再スタート。

「若葉ちゃん、慎重すぎ。怖いなら軽にでも乗ってろ。」

「こいつ邪魔!どっかで曲がってくれないかな。」

「俺でよかったよ、煽ったりはしないからな。」


「あれ、ここで止まるの!?」

初心者マークの前車はゆっくりと停車。


「オイ、止まるならもっと左に寄せろ。ヘタクソ。」

直感的に右急ハンドルで反対車線へ出る。


「ここで追い越すね、さよなら若葉ちゃん。」

男はアクセルを深く踏み込み、急加速する。





由希は手をあげて感謝する父親に、会釈で答えた。

その時、突然、右後方の視界から急加速する車が。

その前方には、横断中の男の子が。


「あっ!!!」


と、声が出た瞬間には、男の子の自転車は宙に舞っていた。

男の子は、十数メートルも先に着地して、さらに何メートルも転がった。

男の子の父親は、自分の自転車を投げ出して、

子供の名前を叫びながら走り出した。

子供の傍に座り込むと、必死に心臓マッサージを始めた。

急加速の車は停車して、ドライバーは車外に出たが、

開けたドアの外側には出ることができずに、呆然としていた。

由希は、ハンドルを握ったまま、震えが止まらなくなっていた。


「誰か!!!救急車を!」


父親の叫ぶ声で、由希は我に返った。

車外に出て、震える手で、スマホを操作しながら、親子に近づいた。


「今!救急車呼びましたから。」

父親に伝えると、


「あり、が、とう!!!」と悲しみいっぱいの絶叫の謝意が。

子供の状態を見ると、

もう意味がないかもしれない、心臓マッサージは続く。


由希は怖くて、体が固まって、それ以上は何もできなかった。





救急車が来て、救急車が出発して、

警察が来て、話を聞かれて。

「ドライブレコーダーによると事故発生は14時50分、、、、、」


車を脇道に移動して、

シートに収まったまま、ボーっと時間が過ぎて、

気が付くと、夕暮れで、現場には誰もいなくなっていた。


ラジオのニュースが伝えている。

今日、交通事故で男の子が亡くなったと。




「私が止まらなければ、こんなことにはならなかった。」




一つの結論が自分の中で導かれた。


「私が止まらなければ、、、、」


「私がドライブに出かけなければ、、、、」


「私が免許を取らなければ、、、、」


「、、、、父さんが生きていれば。」

溢れ出る涙は、これまでの人生で史上最大だった。


「神様!」

「タイムリープとか、パラレルワールドとか、

そんな都合の良い話は、今日のためにあるんじゃないの!?」

「ねえ!神様!」

初詣の時くらいしか意識した事ないのに、

つい神様なんて叫んでしまった。





コンコンっと、半分空いている窓ガラスをノックする男がいた。

「こんばんは、お話、お伺いしました。」

知らない男に、ちょっと身構える。


「なん、ですか!?」

まだ少し嗚咽が残る由希。

車の窓越しに話が始まった。


男「あなたの希望を受けて、検討しました結果、

あなたは当社のモニターに当選されました。」


由希「なんの詐欺ですか!?騙されませんよ。」


男「あなた、今日をやり直したいのではありませんか?」


由希「えっ!」


由希「《一瞬話に乗りそうになったぞ、いかんいかん。》

当てずっぽうにそんなこと言ってもダメですよ。」


男「あなた、今日の事故は自分のせいだと思っていませんか?」


由希「えっ!なぜ、そんな事言うの?」


男「当社のセンサーがあなたの心の声を捉えました。

このエリアの消費者のニーズを探っていたのです。」


由希「心の声なんてわかるわけないでしょ!」


男「心の声は、あなたの脳の活動を解析することで把握可能です。」


由希「うそでしょ。そんなことできるはずない。」


男は人差し指を左右に振って、チッ、チッ、チッ、違います、の合図。


男「あなたの第一希望を教えてください。

1)親子の横断のために車を停車しない。」


由希「えっ!」


男「2)今日のドライブは始めから中止にする。」


由希「えっ!」


男「3)昨日までに運転免許を取得しない。」


由希「えっ!」


男「4)昨年、あなたの父親は交通事故に遭っていない。」


由希「ちょっと、どういうこと?」


男「では、説明させていただきます。」

「我が社は、●△◾️と言いまして、」


由希「えっ、なに?」


男「この地球の言語では表現できない音ですので悪しからず。

●△◾️、タイムリープの総合サービス企業です。」


由希「えっ、地球では!?ってどう言うこと?タイムリープ!?」


男「はい、あなたはタイムリープを応用した

転移を体験していただくモニターとなりました。」


由希「あなたは宇宙人なの!?」


男「はい、地球外の者です。

正確に言えば、私は、9次元空間から来ましたので、

あなた方が知る、ビッグバンから発生した宇宙の宇宙人ではありませんが。

さらに言えば、自然発生した生命体ではなく、

超高度進化文明で人工的に作られた生命体です。」


由希「AIロボットなの!?」


男「ここでのスムーズな営業活動をするために、

この地球の生命を模した有機体です。

あなた方の科学レベルでは、見分けがつかない完全な人間です。」


由希「よくそんなデタラメが言えますね。」


男「これが事実なのです。まあ、私の事はさて置き。」


男「我が社は、パラレルワールドの研究を重ね、

ついに一般ユーザー向けのサービスを開始しました。

私は、まだ転移が利用されていない、この次元での市場調査を行っています。

その一環として、この地球が選ばれ、今回あなたが選ばれたのです。

あなたの希望が現実となる世界へ行ってみませんか?」


由希「美味しい話にロクなことはないわ。」


男「その通り。実用化された、と言っても失敗もあるのです。

ちょっと仕組みからお話させてください。」


男「例えば、今朝、あなたが朝食に、

パンを食べたか、それともごはんを食べたか、によって、

パンを食べた世界線と、ごはんを食べた世界線に枝分かれしていきます。

これがパラレルワールドの考え方です。

そしてそれぞれの世界線では、その後の出来事が変わってくるのです。

パンを食べた場合、昼食前に空腹になり、

お菓子を食べたり、もしくは我慢して食べなかったり。

そこでまた枝分かれ。

食べなかった世界線では、空腹が影響して、

仕事を失敗したり、しなかったり。

このように、どんどん世界が枝分かれして、

それぞれがそれぞれの世界線での現実となっていくのです。

無数のパターンの現在が、平行して宇宙に存在しているのです。」


男「地球人類ひとりひとりの一挙手一投足だけでなく、

動物や昆虫、微生物やウィルスまで、

その行動の一つ一つが把握され、

その違いが選択された瞬間から世界が枝分かれして、

別々の世界線、パラレルワールドが生まれるのです。

こうした状況がなぜ発生するのか、

我々の9次元世界でもまだ解明されてない事実ですが、

さらに高次元の文明によって操作されている、と言う仮説もあります。」


男「さて、こんな具合ですから、

例えば10年前に分岐して現在に至るパラレルワールドの数は、

もう、とてつもない、まさに天文学的な数字になっているのですが。

その中から、希望する結果の世界を探すことは、

それはそれはもう、とてつもなく困難なことなのです。

しかし、これを実現したのが、当社のサービスのキモなのです。」


男「ただし、成功率は今の所84.6パーセントで、失敗もあるのです。

成功例として自負しておりますのは、

広島、長崎の悲劇が回避された世界や、

恐竜が絶滅していない世界へご案内した実績もあります。

ただ、失敗の一例ですが、

結婚相手が、別の人と結婚している世界へ行ってしまったり。

勤めている会社が倒産した世界へ行ってしまったり。

そう言った事例もある事をご納得いただいた上で、ご利用ください。」


男「まずはお薦めとして、

比較的、最近枝分かれしたばかりの世界なら、

根本的な大きな相違点は、極々小さなはずですので、

その辺りからお試しいただければ、と存じます。」


由希「そういって、いくらお金を巻き上げるつもり?」


男「費用はかかりません。完全に無料です。

実際、あなた方の実態貨幣は、我々には意味がありません。」


由希「体で払え、とか、内臓よこせ、なんて話じゃないの?」


男「ありません。

過去の地球では、魂よこせ、とか言う悪徳業者もありましたが。

うちは、ご利用後のあなたのご感想をお聞きしたいだけです。」


由希「アンケートなの?」


男「ちょっとスキャンさせていただくだけです。」


由希「また頭の中を覗くのね。」

「でも、そうすることで、あの子は死なないで済むの?」


男「事故がなかった世界へあなたをお連れするのです。」


由希「事故が起こった世界を、

事故がなかったことに変えることはできないの?」


男「それはできません。過去を変えることはできません。」


男「でも、事故前の分岐点まで遡れば、それ以降には、

事故が起きた世界線の現在と、

事故が起きなかった世界線の現在が、別々に存在しています。」


男「それぞれの世界線の間を移動可能とするのが当社のサービスです。

あの事故が起きた歴史がある、この現在から、

あの事故が起きなかった歴史がある、向こうの現在へ、

転移するのです。

希望の出来事が実現している世界が、あなたの新しい世界になるのです。」


由希「よくわからないけど、とにかく、

私の目の前で、男の子は死ななくて、

あのお父さんが悲しまずに済むのね。」


男「それが現実である世界へあなたをお連れできます。」


由希「なんだか、私の自己満足のためにサービスを受けることにならない?」


男「不都合な過去を無かった事にして、

満足の今を実現するのが当社のサービスです。」


由希「いいわ。お願いする。あのお父さんが悲しむのを見たくない。」


男「ご依頼ありがとうございます。

では、あの事故の前に分岐した世界線の中から、

事故が無かった世界線へお連れします。

今回の転移では、計算上は、96.4パーセント以上で事故は回避できるはずです。」


由希「それでいいわ。どうすればいいの。」


男「では、最寄りのムーブポイントをご案内します。」


由希は、なんらかの金属のような小さなカードを受け取る。

男「このカードには、行き先の世界線への情報が記録されています。

これを手にして、ムーブポイントを通過すると転移が起こります。

ご希望の条件を満たした世界線へ一瞬で移動できるのです。」


男「ただし、転移後の事態の変化に、我が社は責任を持ちませんので、

くれぐれもご理解の上、よろしくお願いいたします。」


由希「わかりました。では行きます。」


男「お達者様で。」


由希「《言葉使いは、日本語ネイティブではないな。》」

妙な納得。事故の後、初めて顔が緩んだ由希。






車で5分ほど走行した先の、ナビアプリにセットした問題のポイントは、

この先の道路上のようだ。


「この辺だよね。もうちょっと先かな、、、、」

ローカルでちょっと有名な大仏様が見守ってくれている踏切で一旦停止。

右、左、右、確認して再スタートすると、急にめまいが。


「あれっ。」

そして視界は真っ白に霧がかかったように。


「ホワイトアウト!?」

だが、一瞬で晴れた。


何事もなかったかのように、車は走行し続けている。

「あれ、カードが無くなった。」


手にしていた鍵となるカードが消えていた。

「あれ、が、そうだった、のかな。」


時計を見ると時刻はそのまま進行しているようだ。

「日付は?」

スマホを開いて年、月、日を確認。

「20●●年●月●日。そのままだ。」

「これで成功なの?やっぱりデタラメだったのか?」


その時、すれ違ったパトカーが急にUターンした。

静かだったパトカーは回転灯とサイレン全開!

「そこの車、止まりなさい!」


「しまった!スマホ見てたのがバレたか!」

車を停めて、外へ出る。


「ごめんなさい。ちょっとだけ見てました。」

と言い終わらないうちに、お巡りさんに囲まれ、両腕を抑えられ、

「朋皐由希だな。」

「は、いー?」

カチャンと手錠。逮捕された。


「えぇーーーー。スマホ見てただけですよ。」


「取り調べ中に急に消えては、ダメですよ。」


「煽ってきた車を煽り返して暴走を繰り返して、

さらに取り調べ中に逃げるとは。」


「しばらく帰れませんよ。」


「えぇーーーー。」


警察署で夜遅くまで取り調べが続く。

聞けば、私は、あの車に煽られて、煽り返して、街中を走りまわったらしい。

それはあの事故が起きたはずの時刻の5分ほど前、

14時45分ごろに始まって、パトカーも交えてのカーチェイスだったと言う。


と、言われたところで、全く!!!!記憶がない。


私がいた世界とは、違う世界に来たと言うことなのか。

しかもその後の取り調べ中に突然消えた、車も消えた、と言う。

消えた!?

タイミング的にはちょうどホワイトアウトの時刻だ。


転移とは、そう言う仕組みなのか?

私や車が重複して存在しないような仕掛けがあるのか?


「あのー、私の暴走で被害にあった方とかいますか。」


「幸い、巻き添えとなった人も車も無いよ。ほんと幸いにね。」


「あのー、他に今日は交通事故とかなかったですか?」


「今日は、、、、、横断歩道で自転車の82歳女性が転んだ、

自損事故、全治一週間。それだけかな。」


「小学生の男の子の事故は?」


「、、、、うーん。そんな報告は無いねぇ。」


「《あーーー子供は亡くなっていない。よかった。》」

「《あーでも、免許がなくなるのかな?》」







翌日、今日は12時からシフトが入っている。

朝、このスケジュールに合わせた、いつも通り遅めの朝食を済ませて、

アルバイト先に向かう。


「昨日の出来事は、夢だったのか???

それとも???」


仕事場に到着したところで、

待ち伏せしていた、厳ついメンインブラック男に、いきなり声を掛けられた。


「君は、他の世界線から転移してきたね。」


男の濃い色のサングラスの奥から空想の声が聞こえた。

「お前は知りすぎた。生かしちゃおけねえ!」


「えっ!えっ!《怖い!怖い!殺される!》」


「担当は誰だ?★※⚫︎tyか?◉chか?」

男は由希に詰め寄って来た。


「えっ!えっ!えっ!《助けて、助けて、助けて!》」


「別に取って食おうってわけじゃないよ。

ライバル会社の動きを教えて欲しいだけ。

ほら、頭の中で思い出してくれたら、勝手に読み取っていくから。」


「えーーーーーーーー!《勝手に覗かないで!》」

とっさに頭を手で隠してみる。


「、、、私、これから、仕事なので、、、。」

役に立ちそうも無い言い訳とわかっていながら、

震える声を絞り出す由希。


「じゃあ、また後で。」


去り際にもう一言、言い残して行った。

「俺は、あんたの味方だからな。」


あっさり、すんなり、引き下がられて、

腰が抜けるようにしゃがみ込む由希。

最後の一言は、とても意味深なはずなのに、考えることができず、

それよりもなによりも、どうやらこれらは夢では無い事が確定!と自覚。

頭の中はキャパオーバー。

訳がわからず、混乱して舞い上がる。


そこへ駆け込んでくる一ノ瀬光輔(イチノセコウスケ)くん。

アルバイトの同僚で、年齢は由希と同じだが、仕事上は由希の後輩。

どちらかといえばイケメン。

どちらかといえば器用で社交的。

女子の同僚には、好感度ランキング上位の男の子だ。


「大丈夫!?朋皐さん!さっきの人に何かされたの?」


「あっ大丈夫。ちょっと道を聞かれただけ。

ちょっと怖い人だったけど、、、」


咄嗟に誤魔化そうとした由希だったが。


「いや違う!本当のこと話すから聞いて!助けて!

《きっと誰も信じてくれないような話だけれど、光輔なら。》」


「えっ!、、、僕でいいの!?どうして僕!?」


「光輔にしか話ができない。」


「コウ、スケ、なの!?《何で名前で呼ばれた!?》

光輔は、ちょっと不可解な顔をした。


「うん、光輔なの。」


「わかった。じゃあ、今日の仕事上がりに話を聞くよ。」


「お願い。ありがとう。

《あー、頼れる彼氏がいてよかった。こんな話、他の誰にもできない。》」






その日の仕事は、上の空ながら、

なんとなく無事に済ませたつもりの由希。


閉店間際となって、いつも以上に疲労困憊ではあるが、

カフェのカウンターで、まばらになったお客を誘導する。


「ご注文はこちらへどーぞ。」


「アイスコーヒーとレモンソーダを。」

注文主の顔を見た途端、涙が溢れ、もう仕事にはならなかった。


「《あっ!!!!!あの、お父さん!後にはあの男の子!》」


そばにいた光輔の腕を引っ張ってカウンターに入れて、

「代わって、お願い。」


由希はバックヤードへ駆け込んだ。

もう、とにかく、何がなんだか、涙が止まらなかった。






タイムカードの代わりの二次元コードをスマホに読み込むと、

向こうでは光輔も帰り支度ができているようだった。

ロッカールーム前の休憩室は、

仕事を終えてリラックスしたスタッフの

退社の前の楽しい談笑タイムだった。


「ねーねー昨日のニュース見た?カーチェイス!!

由希のお父さんのクルマと同じだったよ。」

話を振って来たのは、アルバイト同期で、

ここでは一番の仲良しの柘植麻結子(ツゲマユコ)だ。


「それ、私です。」

案の定、あれだけの騒ぎ、話題が出ないはずがない。

否定しても誤魔化し切れないとの判断で、

針のムシロの覚悟を決める由希。


休憩室の同僚が全員集合だ。

「えっーーーー!うっそー!」


「一晩、警察で泊まって来ましたー。」

明るく振る舞いたい由希。


「ちょっと朋皐さん、どうしたの?何かあったの?」

「由希、本当に大丈夫?」

「先輩、今日ちょっとおかしかったのは、それですか。」


由希「うーーん、私もよくわからない。これ夢じゃないよね。」


「ちょっと、大丈夫か?朋皐ちゃん?」


一同からの事情聴取、質問攻めに疲れて来たところで、


「朋皐さん、今日この後、予定があったんだよね。」

光輔から助け舟が出た。


「それじゃあ。」

と言うことで、大方のスタッフは帰路についた。





外へ出てから、各方面へメンバーが散ったところで、2人は再度合流。

「朋皐さん、ファミレスでいいかな?」


「いいよ。今日は私に奢らせて。」


「だめ、割り勘でいいよ。由希の元気を取り戻すんだから。」

この声は、麻結子だ。光輔の影に隠れていたようだ。


「麻結子ぉーーー。ありがとー。」


「麻結子も心配だからって。一緒に朋皐さんの話を聞かせて。」


「《ほんとは光輔だけと話がしたかったのに。

麻結子は、こう言うところがおせっかいなのよね。》

《あれっ、そういえば

なんか変だな。違和感がある。》


《光輔が私を苗字で、しかも、さん付で呼ぶ。

仕事中の癖が抜けないのかな。》

《でも、最近は、仕事中も、ユキィ、だったのに。》


《で、麻結子がなんで光輔から名前呼び? しかも呼び捨てなの?》

《いつから2人はこんなに距離が近くなっていたの?》


《でも、これだけ私の前で堂々としているから、浮気とかでは無いのよね。》

でもちょっと麻結子を名前呼びするのは嫌だな。》


ファミレスまでの散歩道、由希のモヤモヤが渦巻いていた。





カフェオレホットで一息ついた由希が話始めた。

「これから、私の話を聞いて欲しいのだけれど。

その前に、ちょっと気になることがあるの。そっちが先でいい?」


光輔は答えた。

「いいよ。朋皐さんの好きなようで。」


「それよ!どうして今日は、朋皐さん、なの?

いつものように、由希って呼んでよ。」


「!へっ?!?!?!?」

光輔と麻結子は、それこそ異次元から来た人を見るような目で、

由希を凝視した。


「えっ!?何その反応!?光輔今日おかしいよ。」

光輔の腕にしがみつく由希。


顔に怒りが出ているが、冷静に話す麻結子。

「由希、光輔困ってるよ。

私、前に言ったよね。

由希が光輔に告白するなら応援するって。

でも、あなたはしなかった。

今更、何!?」


「朋皐さん、僕は朋皐さんを助けたいよ。

麻結子だってそうだよ。

朋皐さんはどうしちゃったの!?」


「えっ!だって、光輔と私、付き合っているよね?

私、4月に光輔に告白して、それからずーっと付き合ってるよね。」


「由希!本気で言っているの!?

私は光輔の気持ちを知っていた。

由希もまんざらではなかったはず。

だから、最初に由希にはちゃんと話をしたよね。

でも、あなたは動くことをしなかった。

私は後悔したくなかったから動いたよ。」


「朋皐さん、僕は4月に麻結子に告白された。

それから付き合っている。

朋皐さんからもみんなからも、公認だと思っていた。

麻結子は僕には勿体無いくらい素敵な人だよ。

これからも大切に付き合っていきたい。

でもそれとは関係無く、

朋皐さんには辛い思いをしてほしく無い。

友達として何か僕にできる事はないかな。」


由希は黙って聞くしかなかった。

いつの間にか、目が涙で潤んで、2人の姿がぼやぼやして来た。

別のパラレルワールドへ転移する、とはこういう事なのね。


自転車の男の子は助かった。


私も、誰か、助けて。

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