夏の夜空に、あなたを望む

ノロア

夏の夜空に、あなたを望む

昔むかし、とある小さな村に「王鳥」という守り神が住まう山があると言われていた。

身体は人間、背には一度羽ばたけば地も轟かせるような翼、脚には鷹のような鋭い鉤爪。

そして胸には紋様のような刺青が入っているという。

それに、王鳥は願いを持つ人間の前に現れ、その願いを叶えてくれるのだと…。

遠き昔には村を守るように、そしてその威厳を表すように悠々と飛んでいたが、今となってはもう飛ぶ姿も見られないという。

そんなありもしないようなおとぎ話に魅せられた、一人の少女のお話。



「ここかなぁ……」

風もなく、夏の暑さが引かない放課後。

一人の少女が「王鳥山」の麓で地図を映したスマートフォンを片手に呟いた。

村を囲む山の中では小さな「王鳥山」だが、何故かそれを覆すような圧迫感がある。

しかし少女はそんなことも感じず、ろくに整備もされていない獣道を見つけると、目を輝かせながらそこに飛び込んでいった。

スクールバックを肩に掛け直し、柔らかい革靴で急な斜面を駆け上がる。

時々湿った落ち葉に足を取られ滑りそうになるが、少女は無我夢中になって獣道を進む。

なんで…こんな必死になってるんだっけ……。

ふと少女はそう思う。

しかしその疑問の答えとなるものをすぐに思い出し、遅くなった足を速めた。

額に汗が滲む中、暫く山道を歩いていると、少女は息が上がっていることに気付いた。

少女は足を止め、座るのに丁度良さそうな切り株を見つけるとそこに腰を下ろした。

「ふぅ~」

軽い鞄を太ももの上に置き、一息ついた。

額の汗を拭い、鞄の中から水色の水筒を取り出して一口水を含んだ。

ひんやりとした感覚を味わうように口の中で水を転がす。

水が温くなると、静かにこくんと飲み込んいだ。

その時、今まで音を出さなかった木々がざわめいた。

風が少女の髪を弄ぶ。

「あ…」

少女は心当たりがあった。

こうやって、風の無い日に突然強い風が吹く。

この時こそが条件だと、少女は知っていた。

少女は慌てて持っていた水筒を地面に置き、目を伏せて両手を合わせた。

「……王鳥様、王鳥様」

ええっと…と続く文を思い出す。

「いらしてください、風の鳴く方へ。いらしてください、声が響く方へ」

「いらしてください、願いある者の方へ」

最後の言葉を言い終わる。

しかし、暫くすると風は遊ぶことを止め、静寂が続いた。

「……はぁ…だめかぁ…」

そうため息をついて、肩を落とす。

帰ろうかな…

そう思った時、再び強い風が吹いた。

瞬間、目を瞑る。

羽が空気を切る音。

少女はハッとして、閉じていた目を開く。

「あっ」

少女はその小さな眼で姿を捉えた。

鷹に似た焦げ茶色の翼、鱗のような羽に包まれた男の身体、全てを切り裂くような鉤爪を持った脚、素肌の見える胸には不思議な模様の刺青。

一目で分かる。

彼は……

「王鳥…様?」

少女はそう、無意識に口にしていた。

すると、地に響くような低い声が少女の鼓膜を揺らす。

「余を呼んだのはお前か…人間よ…」

王鳥の鋭い瞳は少女を蔑むように細められた。

すると少女は、その無情さに臆することなく清々しいほど満面の笑みで

「そ、そう!私が呼んだのっ!」

と乱暴に鞄を地面に落とし、立ち上がりながら叫ぶように言った。

すると王鳥は、少し時間を置いてから細めていた目を和ませた。

そして、うっすらと笑顔になり

「ケケケケ…面白い人間もいたものよ」

と可笑しな笑い声と共にそう言った。

王鳥の口調が明るくなったのを感じた少女は、つられて「えへへっ」と笑った。

そして王鳥は笑いを落ち着かせると、小さく首を傾げた。

「ところで…なぜ余を呼んだのだ?」

そう王鳥が言うと、少女は少し考えるような仕草をして、わざとらしく照れた。

「あのね…い、一緒にお話したいな…って思って…」

少女は目を伏せながらそう言い、再び機嫌を取るように王鳥の目を見つめた。

すると王鳥は少女の言葉の意味を理解し、

「話とな……ケケケッ…人間と話すのは久しぶりだ」

と言うと、大きな翼を一度大きく羽ばたかせた。

王鳥は地面を強く蹴り、宙を舞った。

少女はそれに驚き、目と口を大きく開いたまま王鳥が飛んで行く先を見つめる。

王鳥はこの辺りで一番大きい一本の木を、なぞるように高く飛んでいく。

そして地上から王鳥が小さく見え始めた頃、王鳥は一本の太い枝に足を着けると、少女のほうに向き直った。

そして大きく息を吸い

「良きぞ、話したいのならここまで来い!」

と王鳥は力強い声でそう言った。

するとその瞬間、少女の身体が震える。

少女は満面の笑みを取り戻し、王鳥が立つ巨大な木まで走った。

木の根元まで来ると、少女はワイシャツの袖を捲り、ヒョイヒョイと木を登り始めた。

枝と枝の間を上手く飛び、着々と王鳥のいる所を目指して登っていった。

そしてあっという間に王鳥のいる太い枝まで辿り着くと、少女は息を切らしながら自慢げに

「私、こういうのは得意だから!」

と不安定な枝の上で両手を腰に当てた。

その様子に王鳥は

「ケケケケッ!やはり面白いのぉ…」

と大きく笑いながらそう言った。

少女は木の幹で傷ついた手のひらを気にすることなく「ふふん」と得意気に鼻を鳴らしながら王鳥の隣に腰をおろした。

村が一望できる高さまで登った為か、足をゆらゆらとさせるのが気持ちいい。

すると、少女は何かを思い出したような表情になり、王鳥のほうを向いて顔を覗き込んだ。

「そういえば、本当に飛べるんだね。びっくりしちゃった」

少女はにへらと柔らかい笑みを浮かべそう言った。

王鳥は「ケケッ」と短く笑うと翼を小さく震わせた。

「当たり前だ。お前はこれが飾りに見えるのかえ?」

そう可笑しな話し方でからかう王鳥に少女は

「あはは、そんな訳ないじゃん。…あ、でも昔は飛んでたんでしょ?この村の周りを」

と言って、少女はまた王鳥の顔を覗き込むようにして首を傾げた。

「そうやの…時が流れれば役目が無くなっていくものだ」

「…なんで?」

村を見つめ、懐かしそうにそう話す王鳥の横で少女は声を落ち着かせてそう言った。

「昔はなぁ、魔物の類いも多かったのだ。神に頼る自我の無い人間はそんなものに敵いやしない。故に余が魑魅魍魎どもを追い払っておったのだ」

王鳥の「魔物」という言葉に、少女は目を見開く。

その様子を横目に薄く微笑み、王鳥は話し続けた。

「だが、時が過ぎると人間は神になんぞ頼らず、自身で生きていくことを学んだのだ。強き自我が芽生えれば魔物も近づけやしないからな」

王鳥はしみじみと景色の移り変わりを感じるように、日が落ちていくのをじっと見つめた

「…魔物はもういない…?」

震えた声でそう聞く少女に王鳥は誤魔化すように笑うと優しく「もうおらぬよ」と言った。

「この翼も、もう価値がなくなってしまった。今しがた言ったように、これはただの飾りなのかもしれんな」

そう軽く笑い飛ばすと、少女は少し神妙な面持ちになり

「…価値がなくても良いんじゃない?」

と呟いた。

その言葉はしっかりと王鳥の耳へと届いたが、王鳥にはそこに他の感情も混ざっていることは分かっていた。

「……これが羨ましいか?」

王鳥は翼を揺らしながらそう聞くと、少女は少し俯き、「うん」と静かに相槌を打った。

「私、高校に行ってるんだけどね」

「…こうこう…」

「そう。あの、勉強する場所」

「学び舎か…」

王鳥がその言葉の意味を理解すると、少女は「そうそう」と頷きながら言った。

「そこでね、私一人ぼっちなの。友達はいるけど、表面上というか。そんな関係、嫌でしかなくて」

少女は話しながら、段々と目線を下げた。

「みんなよそよそしいんだよね。それにね、誰も私のこと分かってくれないの。なんか…何て言えばいいのか分からないけど…」

王鳥は少女を直接見ることはせず、横目で見守るように話を聞いた。

「誰も、私を認めてくれない。どれだけ頑張っても、努力しても、もっとできるだろうって…。あの子はもっと頑張ってるんだからって…もう……よく分からなくなっちゃった」

と少女は薄く笑ったが、目には今にも零れてしまいそうな程の涙が浮かんでいた。

「私、自由になりたい…。王鳥様みたいな翼で、空を飛びたいの…。ううん、飛べなくてもいい、価値がなくてもいいから…」

そう言いながら少女は涙を拭う。

「……何故価値がなくても良いのだ?お前にとっての自由は、余のような翼で空を舞うことだろう。それでなければ何故翼を欲する」

王鳥は少し強めな口調で少女にそう言った。

すると少女は涙目ながらも「あははっ」と笑い飛ばし、王鳥の方を真っ直ぐ向いて、

「だって、飛べなくても翼があれば、“飛べるっていう夢だけでも、見させてくれるでしょ?”」

そう、目尻にうっすらと涙を残したまま弾けるほどの笑顔で言った。

それを見た王鳥は少し驚いたように目を見開いた。

「それに、私には空を飛んで良い権利なんてないと思うし…てか、なんでこんな泣いてるんだろ」

少女が薄い笑みを浮かべならそう口にした後、王鳥は直ぐに「ケケケケッ!」と笑いだし、

「良きぞ良きぞ!」

と翼を大きく羽ばたかせながらそう言った。

「んへへ、これの何が良いのよ」

と少女は鼻を啜りながら言った。

すると王鳥は段々と浮かんできた星を見つめるように夜空を見上げた。

「自由を求めることが良きことなのだ。だがな、自由には責任が伴う。余はこの翼がある代わりに、この村を守る責任があるのだ」

「…そうだよね…」

少女は王鳥と同じように夜空を見上げた。

無数の星達が少女達を見守る。

「お前も自由があれば対照に、学ぶべきものは学ばなければならぬ。それがお前の責任だからな」

王鳥がそう言った横で、少女は申し訳なさそうに目を伏せた。

すると、王鳥は少女を鼓舞するように声を上げた。

「だが、“自由を夢で終わらせるのは良くないな!”」

そう言うと、王鳥は突然枝の上で立ち上がった。

すると枝が強く揺れ、少女の重心が後ろに傾く。

「わわっ!」

枝から落ちそうになる少女を横目に王鳥は大きく羽ばたき、飛ぶと同時に少女の腕を掴んだ。

少女は「えっ」と小さな声を溢すが、気づけば掴まれた腕は王鳥に引かれ、身体が枝から離れた。

「うわぁ!?」

少女が悲鳴を上げると、王鳥は楽しそうに「ギャっギャっ!」と笑った。

そして王鳥は少女を抱きかかえ、大きな夜空へと飛び込んだ。

少女の身体に強い風が打ち付け、翼が空気を切り裂く音だけが辺りに響く。

少女は何が起こっているのかすらも分からないまま、王鳥の首に手を回し、眉間に皺が出来るほど強く目を瞑った。

感じたことの無い浮遊感、それが少女の身体を恐怖でという鎖で縛った。

すると突然、翼が空気を優しく撫でるようにして、大きく羽ばたくことを止めた。

そして先程まで強く吹いていた風も、少女の髪を弄ぶだけになった。

それでも少女は目を開けようとしない。

小さな肩が震えている。

「ケケッ…目を開けてみよ」

と、王鳥は少女の鼓膜を優しく揺らした。

その声によって、少女を縛っていた恐怖の鎖は次第に溶けていき、強く瞑っていた目をゆっくりと開けた。

「………わぁ…!」

目の前に広がるのは、村の眩しい程の明かりと、それと調和した星月だった。

まるで光が宙を舞う少女達を照らすように集まっている。

少女はゆらりと吹く風と王鳥の体温を感じながら、自分が強く憧れた空を飛んでいることを知った。

私…自由なんだ…

ふと頭に浮かんだ言葉。

それは、少女の縛られた心を解き放つような言葉だった。

「お前が自由を望むのなら、余がお前の翼となろうぞ」

王鳥は少女の目を真っ直ぐ見つめながら、そして少し微笑みながらそう言った。

「本当…?」

少女は少し控えめにそう言ったが、隠しきれないほどの興奮がそこには隠されていた。

それも見透かしている王鳥は、また「ケケッ」と笑うと、

「当たり前だろうに。お前が望むところ、何処へでも連れていってやる。それが、余の翼の価値となったからのぉ」

と、王鳥が自慢気に胸を張ってそう言った。

少女は王鳥のあどけない表情を見て安心すると、

「ありがとう…!」

と涙を流しながら言った。

そして少女が王鳥に抱きつくと、王鳥も少女の背中を撫でた。

すると王鳥は何か思い立った様子で、抱きつく少女に語りかけた。

「それと、お前に一つ頼みたいことがある」

「なに?私、なんでもするよ!私に自由をくれたお返し!」

少女は抱きつくのを止め、目に溜まった涙を拭いながら意気揚々と言った。

その様子に王鳥は安堵し、話始めた。

「…余には翼があるが、それが余にとっての自由ではない。たとえ翼がお前の自由だとしてもな」

王鳥は物寂しそうに村を見つめるのを隠すように薄く笑った。

「そうなの…?」

少女は小さく首を傾げながらそう言った。

すると王鳥は声色を変えて、少女を不安にさせないように話し続けた。

「余はこの村を守る役目が薄まってから、お前達が住むあの村への憧れが強まってしもうての。それ故、余はこの世界を知りたい。だからな、お前には村でのことを余に話して欲しいのだ。学び舎のことでも、お前の家族のことでもな」

王鳥は少女の目を見つめ直しそう言った。

すると少女は次第に目を輝かせた。

「それでも良いかえ?」

小さく首を傾げながら少女の顔を覗き込む。

すると少女はこくんと頷き、

「私も、王鳥様の為だったらいくらでも話すよ!王鳥様の心が自由になるなら!」

と、王鳥の心臓さえ震わせるような声で言った。

すると王鳥は再び「ケケケッ!」と笑い、

「よろしゅう頼んだぞ」

と少女に言った。

そして少女はその言葉を面白がるように「えへへっ」と笑い、改めて

「うん!」

と王鳥の方へ向き直りそう言った。








「わぁ、足がガクガクする…」

少女達は満足するまで空を飛ぶと、王鳥はあの大きな木の根元に降り立った。

長く空にいたせいか、それとも、振り切った恐怖の為か、自分の体重を支える筋力もコントロール出来ない。

すると王鳥は「ケケケッ」と短く笑うだけで、それ以上は何も言わなかった。

少女は電池の少ないスマートフォンの電源をつけると、あっという間に過ぎていった時間に目を見開く。

「もうこんな時間になってたんだ。お母さんに怒られるかも」

鞄を地面から持ち上げながら困ったように笑うが、その顔には後悔という文字はないように感じられる。

少女は鞄の持ち手を肩にかけると、王鳥の方を向き、少し照れながら

「今日はありがとう、ほんとに…ほんとに嬉しかった…!それに、王鳥様と出会えて良かった!」

と、弾けんばかりの笑顔でそう言った。

しかし王鳥には、少女の喉につっかえて出てこない言葉があることを知っていた。

「…お前は、余と話を…まあそれだけではなかったがな。…願いはそれだけではなかったろう。他になにかあるように感じるが」

王鳥は少女の心の内を探るような声でそう言った。

すると、少女は一瞬驚いた顔をして、王鳥から視線を外し「んへへ、バレてたか」と呟いた。

すると少女は少し恥ずかしそうに、そして無邪気に

「私ね、王鳥様と“友達”になりたかったの!」

と言った。

王鳥はその言葉の意味を理解し、「ケケケッ!」と口元を隠すようにして笑うと、

「良きぞ、お前の望み通り、友となろう」

と言って翼を大きく羽ばたかせた。

「ほんと!?やったぁぁ!」

少女は勢い良く両手を上げながらそう叫び、ピョンピョンと跳ね回った。

「然れど、友として接する前に、もう友らしくいたであろう」

そう呆れた様子で言う王鳥に、少女は「まあ、確かに」と苦笑いを浮かべた。

しかし少女はそんなことを気にすることもなく、

「それじゃあ、ずっと友達だよ!約束!」

言った。

王鳥はいつものように「ケケケッ!」と笑う。

すると王鳥は当たり前のように、少女に向けて小指を差し出した。

「余は知っておるぞ。約束というものをするとき、指切りをするとな」

王鳥が楽しそうにそう言うと、少女は目を輝かせ、飛び付くように小指を絡ませた。

「えへへ、じゃあ私たちはずっと友達ね!破ったら針千本飲ーます!」

「針千本とな…なかなか鬼畜よのぉ…」

王鳥がわざと怯えるようにすると、少女は面白がって「あははっ!」と笑い飛ばした。

そして結んでいた小指を解くと、少女は突然、あることを言い忘れていることに気が付いた。

「あ、そういえば名前言ってなかったね、私、“とあ”っていうの!」

少女がそう言うと、王鳥は

「とあ……良き名前だ。大切にするが良い」

と言って優しく微笑んだ。

少女は王鳥の表情を見て頬を崩し、またにへらと笑った。

すると突然時間のことを思い出した少女は

「あっ、そろそろ帰んないとヤバい!」

と言ってずり落ちてきた鞄を肩にかけ直した。

「それじゃ、私帰るね!絶対また来るから!」

と、少し小走りになりながらそう言った。

「ケケッ、気を付けてお帰りよ」

王鳥が少女の背中にそう言うと、少女は振り返って手を振った。

王鳥はそれに応えるように仕草を真似する。

すると少女は、手を振り返してくれたことを喜ぶように「いひひ!」と笑うと、再び王鳥に背を向け駆け出した。

少女は興奮を抑えられないまま、山肌を滑るように降りていく。

鼓動は落ち着くことなく、少女の背中を押すように鼓舞し続ける。

息が荒くなるのも気にせず、ただ思うままに足を動かした。

しかし、少女が王鳥山を見上げたあの麓が見えてきた頃、ふと少女の胸に一つの疑問が浮かび上がってきた。

こんな…こんな私が自由なんて見ていいのかな。

何も頑張ってない私が…。

少女の胸が痛む。

締め付けられるような痛みで、呼吸も苦しい。

咄嗟に立ち止まる。

視界が淀み、目に入るもの全てがぼやけた。

少女は何も考えられなくなり、ただ呆然とその事実を疑問に思った。

無責任な自由を求めるから……。

…だから…みんな私を認めてくれないんだ。

なんの努力も…してなかったんだ…。

涙が少女の頬を伝い、地面に落ちていく。

その瞬間だった。

少女はやっと気が付いた。

自由を知って、やっと気が付いた。

私が、私の事を認めていれば良いんだ。

他人なんて、関係ないじゃん。

私は私なりに、頑張っていればいいんだ。

無意識にそんな言葉が少女の頭に浮かぶ。

それは少女にとって自分勝手な言葉だったが、その言葉を噛み砕いていくにつれ、腑に落ちていった。

私は、他人を見すぎていた。

いつも、他人を見ては自分と比べてた。

その隙間の大きさを気にして、私が、私を認めてなかったんだ。

自分の事を見ていなかったんだ。

そう気づくと、少女は無性に笑いたくなり、「んへへ」と控えめながらに笑った。

すると、重荷が外れたように身体が軽くなり、少女は一歩を踏み出せた。

再び、駆けるように麓を目指す。

息が上がり、苦しいけれど、少女は笑顔だった。

これも…王鳥様が教えてくれたんだ…

私に、自由を見せてくれた。

私自身を見せてくれた。

その事実を噛み締めながら、少女はいつの間にかあの麓に降りていた。

街灯もない道だが、無数の星と一人の月が道を照らしていた。

少女には明るすぎると感じる程の光だったが、その光を辿るように歩きだした。

夏の冷めない風に囁かれながら、時間の事も気にせずコンクリートの道を進む。

ふと少女は、これまで思ったことのない言葉に背中を押された。

よし、明日もがんばろ!





少女の足音が消えた頃。

暫く葉の隙間から夜空を見上げていた王鳥は、一息つくと翼を大きく揺らした。

そして夜闇に消えようと羽ばたこうとした時、少女が座っていたあの切り株が目の端に入った。

太い切り株の横に、少女が忘れていったであろう水色の筒があった。

王鳥は切り株に近づき、その筒をつまみ上げると、側面に書いてある文字を読んだ。

“篠崎 永愛”

そう少女の名前が記されていた。

とあ、と言われて、どう書くのか分からなかった王鳥は少女の名前を読んで、

「永遠を愛する者…か…」

と呟き、一人で「ケケケッ」と笑うと、筒を片手に大きな翼を広げ、夜空に溶け込むように飛び立っていった。

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夏の夜空に、あなたを望む ノロア @NOROA

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