第57話 有限の別れ

 『死は永遠ですが、生きている限り永遠はありえない』



あの時は上手く呑み込めませんでしたが、今なら貴方の言ったことの意味がよくわかります。



「先生、見ていますか」



 あんなに小さかったシャルロットが魔法使いの立派な男性とたった今、結婚式を挙げています。

 晴天の空の元によく映える笑顔たち。新郎新婦である両親の間を通り抜けて、親族や来賓の間を縫って走り回る子どもは無論半魔法使いで、とても幸せそうです。

彼はもうじき兄になるそうですよ。

 ラフィネさんが亡くなられてから世の中は大きな動きを見せ変わり始めました。セルメントの努力と、両国民のお互いを理解しようとする、歩み寄ろうとする姿勢が功を奏したのでしょう。以前とは一変、この国で半魔法使いを異端視する者の方が今では少数となりました。

 それは氷山の向こうの魔法使いたちも同じ。

 互いに認め合おうとする心が芽生え、見るに堪えない凄惨な戦いの終わりを告げるように地面に落とされた武器の音が祝福の福音のように響き渡った。両国は和解の印として武器を捨てたのです。

 例え和解しても、戦いで命を落とした魔法使いと人間の遺族はそんな気持ちになれるはずがない。赦せない気持ち、殺してしまいたいと思うほど憎い気持ちが消えない傷跡として残り続けるでしょう。それだけのことが長年に渡って蓄積されてきてしまっているのですから。

 それでも確実に、両者は平和への道に近づいていると僕は思っています。

 まるでその時を見計らっていたかのように、両国を隔てていた氷山の雪も溶け山ごと姿を消しました。

 氷山の頂上近くに並べられていた魔法使いたちの結晶も溶け、閉じ込められていた魔法使いたちは無事家族の元に帰ることが出来たと風の噂で聞きました。

 粉々にされてしまった方々は、みんなやっと永遠の痛みという苦しみから解放され、待ちわびていた死を迎えられたそうです。

 それをきっかけに、魔法使いたちにも変化が現れ始めました。不老不死と信じられてきた魔法使いたちに、段々と寿命が訪れるようになったようなのです。

 魔法使いと人間の両種族を認め合う動きは、半魔法使いへの差別を本格的になくすきっかけにもなったんですよ。

 どちらの国でも少し前からお互いの存在を御伽噺のように考え憧れるパトリシアさんのような者が多くなり、交流が許可されるようになってから半魔法使いが沢山誕生したのも理由の一つでしょう。

 半魔法使いの義務として課されていた〝騎士養成所やファントムに二十年務めなくてはならない〟という法令もなくなりましたよ。

 その証拠がシャルロットの子どものはじけんばかりの笑顔です。



「綺麗になって…僕は」



ハンカチで目元を押さえるセルメントはお忍びでこっそり式に参加していた。



「シャルロットの晴れ姿を見ているだけで何だか胸がいっぱいになるね」


「こんなに幸せなことがあるかい?」



 視界いっぱいに広がる幸せな景色。

 でも、またいつ変わってしまうかわからない。ひょっとするとこの平和な時は、長く続いて行く歴史の中でほんの一瞬の出来事かもしれない。

けれど貴方の仰ったように、生きることは変化を伴う。どうやら僕は素晴らしいその変化の只中にいるようです。

 半魔法使いが差別されない世界、思わず涙を流してしまいました。ここに貴方もいたら、と思ってしまうのは僕の欲でしょうか。

 貴方がこんな平和な時に生まれることが出来ていたらと思う一方で不謹慎だと思われるかもしれませんが、貴方がこの時に生まれなくてよかったと思う自分もいるんです。

 貴方に起こった全てのことが、僕の知っているラフィネさんを形作りロン・ドルミールを開店したのですから。

 両親を亡くしてからずっと心のどこかで運命を呪っていた僕が、貴方と出会えた運命に感謝する時が来るなんて…生きていると可笑しいくらい変わっていく。

 貴方と違って僕は人間です。だからあの店もピアノも守れなくなってしまう日が必ず来る。店はなくなって、ピアノも売り飛ばされた挙句壊されるかもしれない。それどころか僕が没した後には周囲の環境も一変して、再び戦争が起こり、今度は魔法使いも人間も半魔法使いもいない、ただ植物に呑まれた瓦礫ばかりが残った世界に変わり果ててしまうかもしれない。

 そんな恐怖と同時に、僕もいつか死という永遠になることに浮足立っている節もあります。

 死はロン・ドルミール――永い眠りなのか、それとも死の向こう側には別の世界線が広がっているのか。想像はいくらでも出来ますが、実際のところは何もわからない。

 だけど何故か再会出来る確信のようなものがあります。だから今は有限の別れの最中、ですよね?

 どうやら僕も貴方と同じくらい変人になってしまったようですね。



 クロシェットさんがあのヴァイオリンで奏でるイストワールの曲に合わせ、式場に花が降り始めた。誰が考えた演出だろう。

 僕の気持ちを表しているかのような儚さを纏う花々は、この景色に僕と似た思いを抱く魔法の使える誰かがかけた特別な魔法なのかな。

 それとも使?。なんて…そんなこと、ありはしないか。

 美しいその光景を見て、ふとこの場に彼と一緒に参加したかったという寂しさが込み上げてくる。

 胸のブローチに自然と手が伸びた。

 貴方と過ごした日々は、僕に抱えきれないほどのものを与えてくれた。

 ラフィネさんと過ごした日々の一日一日はそう、僕にとってかけがえのない思い出。




                               Fin

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骨董品店ロン・ドルミール 青時雨 @greentea1

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