Souvenirs
第56話 ショウウィンドウ
モルガンおじさんとその奥さんが
「お久しぶりです、モルガンおじさん」
城下町に買い物へ行く用事があり、昨日の朝早くから店を出て列車に乗ったが、不意に懐かしくなり、気がついたら故郷の街の駅で降りていた。
「心配なさらないでください、僕は大丈夫ですから。あの店をあの人の代わりに守っていくつもりです」
スヴニールの口から紡がれるのは、誓いのような覚悟のこもった言葉たちだった。
どれほど時間が経っただろう。孤児院のある教会の方から寂しい鐘の音が聞こえて来て、ふと寂しい香りが鼻腔を通ったけれど、孤児院の子ども達の声と春の香りがそれをどこか遠くの記憶へと飛ばしてくれた。
「また来ますね」
スヴニールは故郷を後にすると、本来の目的地の城下町へと向かった。生まれてこの方一度も訪れたことのない城下町。大きなお城へ向かって、おしゃれなお店がずらりと並んでいる。これでもかというほど装いをした店が立ち並ぶ城下町は、煌びやかで、少し落ち着かない気持ちになる。沢山の花が手向けられた道を進み、目的の店へと向かう。
「ここか。迷わずに済んでよかった」
駅に到着した際にまず最新の地図を買ったおかげで、入り組んでいて人も多い城下町を無事迷わずに歩いてくることが出来たようだ。
「ボンジュール」
ちゃんとした格好をした店員が挨拶をして迎えてくれたので、僕も挨拶をしつつ会釈をする。感嘆を漏らしてしまうほど豪華な内装に天井には豪華なシャンデリアがいくつか点在している。まるで屋敷の主を迎えるメイドのような立ち居振る舞いの店員に、恐縮してしまう。この辺りは富裕層が多く暮らしている。店員のマナーとして、これくらいが普通なのだろうか。僕にはよくわからない。
これでは緊張しすぎてゆっくり品物を選ぶことが出来ないなと困っていると、声をかけられた。
「どのような物をお買い求めですか?」
にこやかに尋ねられ、おずおずと答える。
「人に贈るティーカップを探していて…」
「素敵ですね。何方への贈り物でしょうか」
「近々結婚式を挙げる友人に」
「それはおめでたいことです。でしたら…こちらのティーカップなどいかがでしょう」
店員は店内に展示されているものから箱にしまわれているものまで、色々なティーカップを見せてくれた。
「沢山あって迷ってしまいますね…。どのティーカップなら喜んでもらえるでしょうか」
困り顔を見せると、店員さんは優しく微笑んだ。
「お客様のご友人様は、お客様が真剣に悩まれて選ばれた物であればどのお品でもお喜びになられると思いますよ」
そう言われ、背中を押されたスヴニールは、純白のティーカップを購入することに決めた。絵柄などはなくシンプルでありながら、カップそのもののデザインが洗練されていて、とても繊細な品だった。飲み口も口当たりがよさそうで、紅茶の赤茶も映えそうだ。
「ありがとうございました」
プレゼント用に四脚のティーカップ。それからせっかくなので、お店用にも四脚買うことにした。そちらもシンプルではあったけれど、お店の雰囲気と会いそうなセピア色の物を購入した。店員さん曰く、こちらはコーヒーカップ専用のようだ。
店を出ると太陽が真上に昇っていた。少し城下町を観光したい気持ちはあったけれど、今も店で依頼をするために僕の帰りを待っている人がいるかもしれないと思うと、自然と足は駅へと向かった。
「えっ…」
不意に、パン屋のショウウィンドウにラフィネさんの姿が見えた気がした。ショウウィンドウに目を留めると、そこに映っていたのは、どうやら僕だったようだ。
結婚式に呼ばれるのだからちゃんとした格好をしなくてはいけないと思い立ち、洋服も城下町で揃えようかと当初は思っていた。けれど、それは不要だと感じた。ラフィネさんが遺した服がクローゼットの中にこれでもかというほどかかっていたので、それらを譲ってもらうことにした。今日着ているものも、ラフィネさんの服だ。
それに僕はラフィネさんが亡くなる少し前から髪を伸ばしていた。あの人に憧れる気持ちがあって、密かに伸ばしていたのだ。それらが重なって、ショウウィンドウに映った自分の姿をラフィネさんがいるように見紛ってしまったのかもしれない。
「…列車で食べるか」
美味しそうなチーズたっぷりのパンとその横に並べられたケーキが店の中に並んでいるのを見て、僕は切ない気持ちを振り払うようにしてパン屋のドアベルを鳴らした。
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