歪んだ世界の片隅で

@sy040126

第1話

あの子は今どんな大人になっているのだろうか

お腹をすかせてないだろうか、痛い思いをしていないだろうか

人目でいいかからもう一度あの子に会いたい



いやきっと大丈夫あの子は幸せに生きている



1月の初め頃の風の強い日。隣の部屋がやけにうるさかった。壁の薄いぼろアパートに住んでいれば隣の部屋の音が聞こえるなんてよくあることだ。しかし私の隣の人は夜に帰ってきてすぐにまたどこかへ出かけていしまう事が多い。珍しいなとは思ったが特に気にしなかった。いつも派手な赤いリップをつけているあの人のことだ。どうせ彼氏と喧嘩でもしたのだろう。夜8時ごろになると騒音が始まり数分立つと止む。そんな日が数日続いた。


あ、止んだ。今日は長かったな。隣の騒音がやっと止まり一安心していると雪が降っていることに気がついた。今夜は積もるかもしれないらしい。今のうちに洗濯物を入れておこう、そう思いベランダに出て隣の部屋を見た。

すると一人の女の子がいた。

私は急いで部屋の中に戻った。

なんでこんな寒い日にあんな小さい子が?あの人の子供?顔に傷もあった5歳くらいとはいえ痩せすぎてる。私の頭の中は疑問でいっぱいだった。 


まさか虐待?


そう思った瞬間頭のなかに幼い頃の記憶がフラッシュバックしてパニックになった。

それから私は、隣の人がいない時間を見計らって帰るようになった。

しかし、隣に住んでいるのだ。私は再びあの女の子と会ってしまった。

ゆっくりと目が合う。思い出した。私は見て見ぬふりする大人を憎んでいた。

この世界は歪んでいて、大人は誰も助けてくれない、汚い存在だと思っていた。

私は今私が嫌いな人達と同じことをしている。


「君、名前は?」

「るか」

「よろしく、るかちゃん」


その日の夜私は警察に通報した。すぐに来てくれたが家の中を一通りみてすぐに帰ってしまった。怪我をしていたことやベランダに出されていたことを話しても証拠がないの一点張り。何も解決しないまま終わってしまった。

その日の夜は酷かった。

「お前が誰かに話したんだろ!!!!!!」そんな怒鳴り声と壁に何かを打ち付けるような音が何度も聞こえてきた。


私のせいだ。何も解決しなかったうえに余計状況が酷くなってしまった。

悔しい  悔しい 悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい

大人は助けてくれないんじゃない助けられないんだ。

自分の無力さを思い知ってしまった。

その日からるかちゃんは毎日ベランダに追い出されるようになった。

そのたびに私は自分の部屋にるかちゃんを招き入れるようになった。


「美味しい?」「うん」

「その傷痛くない?」「痛いよ。だけど大丈夫」

そんな生活が一ヶ月ほどたったある日。

5歳の女の子が虐待で亡くなったというニュースを見た。

急いで家に帰るといつもどおりあの子はいた。安心したと同時にこのままじゃなんの解決にもなっていないと焦りを感じた。

「るかちゃん、私と一緒に遠くにいかない?」

「お姉さん名前は?」

「あやの」

「いいよ。よろしくあやの」

この歪んだ世界の中でこの子だけはきれいに思えた。この子といると自分もきれいになれた気がした。


3月の暖かい日私たちは電車に乗って遠くの田舎町へ逃げた。

働いていた頃の貯金はあるけれど、ここでも働かなくては底が尽きてしまう。

この子にお腹をすかせない生活をさせて上げることができるのだろうか、勢いで行動したことを反省したが今さら仕方がない。

「このぴんくの何?」

「これはチューリップだよ」

「あれは?これは?」

るかちゃんはいろいろなものに興味を示してこれは何?と楽しそうに尋ねてくる。

その顔を見るだけで私の判断は間違っていなかったと思えた。

私の仕事も見つかり、贅沢ではないけれど幸せにくらしていた。


そんなある日2人で隣町に出かけると、年配の女性に突然「るかちゃん!?」と声をかけられた。話を聞いてみるとるかちゃんの亡くなったお父さんの母親で、3歳くらいまではよく会っていたがお父さんが亡くなって以来、連絡が取れなくなりずっと心配していたそうだ。るかちゃんは覚えていなそうだったがおばあさんにすぐになつき楽しそうにしていた。私の事情も話すと明日るかちゃんの母に会いたいと言い、今日はおばあさん家に泊まることになった。綺麗に整えられた花壇にはピンクのチューリップが咲いていた。


次の日おばあさんはるかちゃんの母に会いに行きるかちゃんを引き取る話が決定した。

「感謝はしている。だけど赤の他人であるあなたに預けることはできない」そう言われてしまえば何も言い返すことはできなかった。

るかちゃんはおばあさん家で楽しそうに遊んでいる。思い出せなくても昔ここで過ごした記憶が頭の何処かにはのこっていて安心するのだろう。

私と暮らすより幸せなのは目に見えてわかる。だったら私は身を引くべきた。

るかちゃんが幸せになる手助けができたのなら私はそれで十分だ。

私は元の暮らしに戻った。



あの子は今どんな大人になっているのだろうか

お腹をすかせてないだろうか、痛い思いをしていないだろうか

人目でいいかからもう一度あの子に会いたい


するとふとピンクのチューリップの匂いがした


いやきっと大丈夫あの子は幸せに生きている

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