二つの嘘は、やがて一つの恋になる

花籠さくら

第1話

「好きです。付き合ってください」


 ベタなセリフを口にした僕の目の前には、男子たちの間で一番人気の女子、石川瑠香さんが立っていた。


 地味で冴えない僕が、彼女のような高嶺の花に告白するなんて、罰ゲームでもなければ絶対に考えられなかった。


 向こう側で、僕が振られるのを今か今かと待つ男3人に視線を向ける。彼らは僕をいじり倒して、何かと笑いのネタにしてきた。特に失敗に敏感で、できないことがあれば嬉しそうに大声で笑う。


 笑われると自分が情けなく感じて、ついへらへらと笑ってしまう僕も悪いのだが、彼らの言葉や反応に傷つくこともある。すると、彼らは「怒ってんの?ごめんってー」とまた笑う。正直しんどいこともあるが、彼らがいなければ孤立することが目に見えているため、この関係を続けている。


 そして今日、先日行った試験の結果が返された。三人は真っ赤に染まった解答用紙を手に説教を食らっていた。それで機嫌が悪いのか、お前は勉強ばかりで遊びが足りない、彼女作りを手伝ってやると言い出し、『放課後、星空公園で待っています。野々村』と偽造した手紙を石川さんに渡した。


 最初は戸惑ったが、すぐにどうでもよくなっていた。なぜなら、僕がからかわれていることは周知の事実で、この告白を本気だと捉える人なんていないと思っていたから――彼女の返事を聞くまでは。


「喜んで。私もずっと前から好きだったの」


 石川さんがコテンと首をかしげながら、微笑んだ。


「……は?」


 信じられない言葉に、開いた口が塞がらない。呆然とする僕に近づき、周りに聞こえないように小さな声で呟いた。


「とりあえず、逃げましょう」


 そう言うと、僕の右手をバシッと掴み、その場から走り出した。


「……え、ちょっと?」


 頭の整理が追いつかず、引っ張られるがままに僕も走る。後ろを振り返ると、3人も唖然としていて、追いかけてくる様子はなかった。


 ビュンビュンと風を切る音が僕の鼓膜を支配する。徐々に息が切れてくるが、勢いを消すことなく、僕たちは走り続ける。繋がれた手の先には、楽しそうに走る石川さんがいて、まるで夢を見ているようだ。


 しばらく走って、ようやく立ち止まった場所は見たことのない広場だった。辺り一面芝生で覆われ、小さな子供たちが走り回っている。


 広場の端にポツンとたたずむベンチに、二人で距離を開けて座った。ふぅと息を吐き、改めて状況を思い返す。


 ――嘘の告白をしたら、承諾されてしまった。


 それに加えて、前から好意を抱いていたと言われた。石川さんが?僕に?考えれば考えるほど混乱する。悪ふざけに付き合わせてしまった後ろめたさを感じつつ、意を決して声を絞り上げた。


「い、石川さん。あの、さっきの告白なんだけど、ば、罰ゲームで……その、ごめんなさい」


 情けない謝罪と共に頭を下げる。罵詈雑言は覚悟の上だ。


「うん、知ってるよ。私も嘘だもん」

「え?」


 下げていた頭を勢いよくあげると、満足そうに笑う石川さんがいた。まるでいたずらが成功した幼稚園児のようだ。


「誰でも嘘って気づくよ。どうせあの男子たちでしょう?」

「まぁ、うん」


 彼らを悪者にするのは気が引けて、曖昧な返事を返すと、石川さんはムッとした表情を浮かべた。


「ねぇ、野々村君はこのままで良いの?」


 芯の通った声に息を飲む。彼らにからかわれているときみたいに、馬鹿なふりをして何のこと?と惚ければいいものの、喉が蓋をしているみたいに締まっていた。


 彼女の言葉が、僕の核心を突いたからかもしれない。


 何も答えずにいると、石川さんは眉を少し下げて続けた。


「良くないよね?私も嫌だもん。本人はきっと、もっと嫌」


 石川さんは立ち上がって、目の前でしゃがみ込み、僕の両手を握る。


「野々村君、好きな子いる?」

「……いない」

「じゃあ、私と付き合おうよ」

「は?いや、でも――」

「大丈夫、私も好きな人いないから。それに野々村君のこと、ずっと前から気になってたんだ」


 太陽のような満面の笑みで僕を見つめる。


 ――このままで良いの?


 彼女の言葉が頭の中を反芻する。


「このままは……嫌、かも」


 口から勝手に零れる。


 言葉にしてようやく分かった。今まで目をつむっていたことに。毎日バカにされ、笑いものにされ、心がすり減っていることに気付かないふりをしていた。ずっと、僕は僕自身に助けて、と叫んでいたのに――。


 怒り、悲しみ、喜び、心の中は混沌としている。一言では言い表せない、行き場のない感情を唇をかみしめることでやり過ごす。


 すると、彼女が僕の手をぎゅっと握った。石川さんはこんな僕に手を差し伸べてくれている。そう思うと、鼻の奥がツンとして、胸がほんの少しだけ軽くなった。


 ――何かが変わるかもしれない。


 改めて、深く頭を下げる。


「迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします」


 僕の精一杯の返事に、石川さんは優しく微笑んだ。

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二つの嘘は、やがて一つの恋になる 花籠さくら @sakura_hanakago

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