第3話「忌み嫌われる者」

放浪騎士「がっかりさせんなよ?」


 心の奥の底の底。そこから湧いて溢れるワクワクを、彼女は止めれずにいられなかった。彼女は手に握っていた彼の剣を目の前に差し出し、それを見た彼も短剣を腰に差して、剣を受け取った。


カート「じゃあ、今度はてめぇ…本気で来い。」


ビュンッ!


 彼は立ち上がると、彼女の顔を睨みつけてニヤリと笑い、彼女の首元を斬りつけるように横に振りかぶった。


カンッ!


放浪騎士「本気…か。最高だな。」


 彼の振りかざした剣を、彼女は左手につけられた鎧で見事にキャッチし、そのまま自分の方へと近づけるようにひっぱりだした。近づいた彼の体に合わせるように剣を前へと突き出した。


カート「ちっ…またおんなじかよ。」


 前に飛び出してきた剣を見て、体をひねらせて軽々と回避し、握られた剣を手放さず彼女の手がつばに当たるほど前へと移動させた…そのまま彼は彼女の体に体を密着させ、左手で彼女の右腕をガッシリと握ると、自身の頭を脇の下へと出させた。


 すると、剣を握っていた手を彼女の腰に回しながら腰を押し自分の体を脇下を通るように前に進ませ、左足を彼女の右足にひっかけるように置き、そのまま彼女の体を地面へと思い切り叩きつけた。


ガシャン!!


 簡易的な「大外刈り」である。鎧の視界の悪さを利用し意表をついただけではあるが、彼のその技量の高さと、鎧の重みによって繰り出されたその衝撃力は、想像を絶するものである。


放浪騎士「ガハッ!?…似合わないことするな…」


 地面へと横たわった彼女は、今の一瞬のうちに起きたこと全てを理解した訳ではないが、すぐさま左腕を曲げて肘の裏を隠し、いつでも起き上がれるよう左手の肘をつきながら足で地面を押して、上半身を丸めさせた。


 その状態のまま、剣先を彼の方へと向け、彼の剣を拾わないよう自身の鞘の中へとしまい、様子見の姿勢を取り始めているようだ。


カート「誰かさんが得意げに教えてくれたからな。人体の扱い方とやらを。」


放浪騎士「…そうかよ。」


 彼女は剣先を常に彼の方へと向けながらゆっくりと起き上がり、それを見た彼も短剣に手をあて居合いの構えをとっている。


カート「来な。その喉かっ切ってやる。」


放浪騎士「すぅーっ。」


 放浪騎士が大きく息を吸ったかと思うと、ゆっくりと吐き出し、先程の突きの構えを取り始めた。


放浪騎士「王国騎士流剣術・貫…」

カート「居合い!!」


 カンッ!!!


 細く短い短剣に、一寸のズレもなく彼女の剣先はぶつかり、黄色に光る火花が散り、辺りには甲高い金属音が鳴り響いた。


ブォォゥン!!


 両者の速度は視聴者達の目に見えぬ程で、周りに衝撃派が起こり壺や花瓶が吹き飛ばされ、窓へとぶつかりガシャンと割れる音がした。


 サンッ!


 彼女の剣先は一瞬下にズレ、短剣の下から彼の喉めがけてすり抜けていき、それを目で見てすぐに、彼は顔をずらして薄皮一枚スレスレでよけると、剣を左手で抑えつけた。


放浪騎士「王国騎士流剣術…斬!」


ビュンッ!


カート「!?」(隠しダネか!?)


 彼女は剣を両手で握ると、剣を抑えつけている彼の片手ごと軽々と一回転して剣を素早く振った。カートは意表を突かれたかのような驚いた表情をし、驚きを隠せずにいたが、短剣ですぐさま剣を抑えつけたことで、首の横に…浅くはないが即死とまではいかないダメージにすることに成功した。


 ガッ…ガガ…


カート「クソ…」


 放浪騎士はこのチャンスを逃さず、彼の力を上から押し潰すかのように、更に力を強めていく。だが、足の負傷のせいか十分な力を発揮できていないのか、あと少しというところで押し切れそうにない。


放浪騎士「あきらめろ!」

カート「てめぇがあきらめろや!!」


 どちらも引く気はないようで、なんなら引いたら負け。みたいな暗黙の了解がいつの間にか出来上がっていたせいか、お互いがお互いを抑えつけることで手一杯となり、両者の動きが止まりだしたそのとき…


ウオーン!!!…


 獣の鳴き声…いや、狼の遠吠えのようなものが聞こえ始めた。


ウオーン!!…ウオーン!…ウオーン!!!…ウオーン!…


 その声は一つだけではなく、二人の戦士を囲むように周りから聞こえてくる。


放浪騎士「何だ?これ?」


カート「一旦中止だ。索敵しろ。」


 不思議に思った二人は、すぐさま戦闘を止め、辺りを見渡した。すると、家の煙突の上や屋根の上、路地の中から…様々なところから人影のようなものが見える。


放浪騎士「まさかだけど。ここって貧困街だよな?」


 その言葉を聞いて、カートはハッとした顔をし、すぐに地図のようなものを読み始め、言葉に詰まるような顔をした。


カート「いや…ギリギリ民間区域だな…」


放浪騎士「なるほど…はぁ~~…」


 大きなため息をついたかと思えば、スッと切り替えたかのように剣を両手で握り戦闘態勢に入る。それに合わせるように、カートの方も短剣を腰につけたあと、放浪騎士の取った彼の剣を引き抜いた。


サッ…


 二人の目の前に…屋根の上から人が降りてきた。その者は猫耳なのか犬耳かはわからないが、獣の耳のようなものが頭についている。真っ黒なフードで体を纏い、顔には鉄の仮面をつけている。その者はゆっくりと彼らの方へと、武器すら握らずに足を進め始めていた。


 「そう構えるな。ただの人の子同士の争いだ。我々には関係無い。ただ…」


 彼の足が止まる。先程とは声色も雰囲気も一変し、更なる緊張が走り始めた。二人も戦闘態勢のまま、構えを戻しはしなかった…すると、徐々に周りからは足音が増えてきており、別の「獣人」達も姿を現し始めた。


 「穢れた人の民が、良民の土地へ足を踏み入れているのは、見逃すことはできないな。」


 スゥッ…


 腰の剣を握り、ゆっくり引き抜くと、彼女の方へと剣先を向けた。しかし、殺意などは彼からは感じないあたり、脅しのつもりなのだろうか?


 「だが、君は特別だ。先程の剣術とその鎧…王国騎士のものだろう?それを誰から教わった?教えてくれれば、君を見逃そうじゃないか。」


 教えなければ…どうなるかは想像に容易い。相手の様子は堂々としており、まるで斬られることを想定していないかのように隙まみれである。放浪騎士は片足を怪我し、カートは傷を負っている…戦闘は避けたい…


 だが、目の前にいる獣人達の、まるで自身に満ちあふれた。というよりも、自分達よりも下の者を見るようなその態度は、彼らにとって面白いものではなかった。


カート「帰れマヌケ。」


ヒュンッ!


 彼は唾を地面に吐き、ポケットから取り出した毒の仕込まれたナイフを目の前にいる獣人の腹に向かって飛ばす。放浪騎士はカートの背後につき、周りの獣人達へ斬りかかっていった。


 カンッ!


 「そうか…わかった。久しぶりだ、こんな馬鹿は。」


 体の姿勢を低くし、鉄の仮面で投げナイフを防ぐと、真っ直ぐ彼の方へと向かってそのまま走りだしていた。その速度は人のそれを大きく上回っており、かなり軽装なカートよりも上である。


カート「やっぱ獣は違うな!」


カンッ!


 真っ直ぐと走りだし、直剣を突き出した獣人の斬撃を、事前に予測していたかのように剣で弾き返し、逆手持ちした短剣で、致命傷とまではいかないが腹部を深々と切り裂いていた。


サバァ!!


 「くっ…!?獣人の速度に人の身で追いついた!?」


カート「獣はやっぱ獣だな。動きが読みやす過ぎるぜ。」


 カートはすぐに距離を離すと、「来いよ。ビビってんのか?」と言わんばかりに手巻きし、ニヤニヤと笑いながら構えを取った。先程自分達がしていたはずの、強者が弱者をあざ笑う笑みを、目の前にいるただの人の子がしているのだ。


 「貴様ああああ!!!うおおおお!!!」


 獣人は鉄の仮面を地面に捨てて体を反らせ、雄叫びを上げた。彼の目は充血し始め、理性を失ったかのようにヨダレ垂らし、先程負ったはずの傷口から垂れる血はだんだんと収まっていく。


「ガルルル…」


ビュンッ!


 先程の何倍にも身体能力が跳ね上がっているようで、これにはカートも冷や汗をかいたが、理性を失っているせいなのか近づいて剣をビュンビュンと振り回すだけだったりと、更に動きが単調になっている。


 カンッ!カンッ!カカンッ!


カート「ただせさえ単調なのに、更に単調にしてどうすんだよ…」


 呆れたような様子で、適当にただ剣を弾き返し続けた。攻撃する様子がなく、まるで彼はなにかを待っているかのようだ。


 「ウバアアウ!!」


 獣のうなり声を上げたと思えば、背中からは鷹のような翼が生え、空高くへ急上昇し、上から直剣を振りかざしてきている。


 カート「元から馬鹿だし変わんねぇか。ロックトス。」


 ダアアアン!!!…


 彼は地面に手のひらをつくと、地中から細長い先の尖った岩が飛び出し、上から落ちてきた獣人の足をピンポイントで貫いた。足に岩が突き刺さった獣は身動きがとれず、うめき声を上げて暴れている。


放浪騎士「こっちは全員片付いたぞ。お前は?」


カート「奇遇だな。今終わったとこだ。」


 放浪騎士の黄金の鎧は、ほとんどが赤黒く血塗られ、歩くたびに血でできた足跡を作っていた。剣先からもポタポタと血が垂れ落ちている。


 カートはそれを見て、また姿勢を低くして地面に触れ、「ロックトス」と呟くと上で喚いていた獣の頭を岩で貫通させた。そして、血が上から数滴だけ、カートの頭へと垂れ落ちていた。


フォンッ


 戦闘の終わりを告げるかのように、二人の目の前にそれぞれ画面が表示されていた。


二人「「?」」


 なんだろうかと思って画面を見れば、次のようなことが書かれていた。


「あなたは『懸賞首』になりました。『懸賞首』になるとプレイヤーネームに金色のドクロマークがつき、『懸賞首』のプレイヤーを倒すと倒した傭兵や騎士の数に比例した賞金が手に入ります。賞金は金色のドクロマークの横に表示されます。」


 …とのことだ。それを見た瞬間に二人は、お互いに相手のプレイヤーネームを見ると、放浪騎士には金色のが、カートのネームには赤色と金色のドクロマークが両方書かれている。


二人((まぁ…いっか…))


放浪騎士「若干狙われやすくなるだけなら、別に問題ないな。ところで配信は?」


カート「確かにそうだったな…」


 カートは空からドローンを呼び戻すと、コメントがいつもの2倍くらいの速度でながれていた。


『なんで獣人に勝てんすかねぇ…』

『最高だぜ~』

『魔法やっぱ便利だな』

『こういうのだよ!こういうの!』

『プロゲーマー(笑)の称号から(笑)が無くなってまう…』


カート「すまん。今日の配信はここでおわりだ。」


 いつもと比べてバカみたいな速度で流れていくコメントを見て、一瞬驚いてしまったからか、かなり急に終わらせてしまっていた。視聴者も満足そうだったが…


カート「飲みにでも行くか?」


放浪騎士「良いけど…酒屋ってどこだっけか?」


カート「中央にある宿屋の裏側だ。」


 そう言って、さっきまでのお互いに、まさに「犬猿の仲」のような喧嘩をしていたはずの彼らは、何事もなかったかのように、平然とした様子で酒屋の方まで歩いていった。


放浪騎士「ゲーム内で酔っても、現実じゃ影響ないから楽だよな。味も良いし。」


カート「タバコもあれば完璧なんだがな。おっ…あの宿屋の裏だ。」


 本当にさっきの喧嘩が嘘のように、二人は他愛もない会話をし、酒屋の中へと入店すると、席に着き、酒を飲みながら昔からの友人かのように話しをして、笑いあっていた…更には、サラッとフレンドになったり、お互いに欲しいアイテムの交換もしている。


「「ギャハハハハハ!!」」


 そのまま二人は、ゲームから強制ログアウトさせられるまで飲み続けていった…


※このゲームは安全性を考慮し、本体が一定以上の空腹状態になったり体調の変化がおきたり、脱水症状に近しい状態になっても、強制的にログアウトされます。

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