第2話「王の騎士」
暗い一室の中、放浪騎士が大声を出してわめいている。彼女の体を覆った黄金の鎧は形や装飾も元の鎧とはかけ離れている様子であった。
「…ちょ~っと待ってね~…今アイテム確認するから…」
この時彼女は、最悪の事態を予測していた。そして、それと同時に嫌な予感も感じとっていた。その最悪の事態とは…
「嘘…だろ…」
体を一瞬だけ硬直させ、すぐに目の前に開いたアイテム一覧の画面を高速でスクロールし始める。しかし、彼女のさっきまで装備していたはずの鉄の鎧一式の名前は見あたらず、あるのはあの鎧と武器を買うときに売却したアイテムの残りカスだけである。
『男口調になってらっしゃる』
『えー…』
『金装備の性能が高けれりゃセーフ。』
『メシウマ』
『かわうそ』
流れてくるコメント欄からも、流石に何時間も暗闇の中を歩き周ったせいか、煽りコメントも少なくなり始め、同情の言葉もときどき稀に流れ始めていた。
「えー、金装備の性能は…」
指先を左上のボタンに当てると、今度は別のページを開き、自身の装備とステータスを確認しているようだ。
「あ~…衝撃への耐性が下がるかわりに魔法と状態異常に強くなるタイプか…」
『おっ、脳筋ビルドにはピッタリやん。』
『対魔法特化か。』
『しかも重量アホほど軽いし控えめに言ってもぶっ壊れやん。』
『メシマズ』
予想していた展開と違い、思ったよりも悪くない性能だったせいか、少し微妙な反応にはなっていたところに、またピロン♪というメッセージの着信音が鳴った。
「ん?誰かしら。」
メッセージを開くと、「MARU」というプレイヤーからのメールが届いていた。その名前は、彼女にとってかなり見覚えのある名前であった…そして、視聴者にとっても同じことが言える者であった。
『地図の人じゃん。』
プレイヤー名まで覚えていた訳ではないが、その人が今送ってきたメッセージの上には、1時間半以上見続けていた地図の画像とそれに付けられたメッセージが見えたのだ。
MARU『おめでとうございます。』
その一言だけが送られており、その後しばらく待ったとしても、続きの文を送ってくる様子も見られず、配信を見ている視聴者の中にもそれらしき人物は見られなかった。
「放浪騎士」がいくらメッセージを送っても、それに返信を見せることもなく、そのまま今回の配信は拠点にワープして終了となってしまった。そんな若干ホラーを漂わせる終わり方や、どんなプレイヤーも未発見の要素の開拓…という、ただ洞窟で迷子になっただけの配信は、ちょっとした伝説のような配信へと化したのだ。
…その後の彼女はというと、流石にぶっ続けで遊んでいたせいか、一旦遅めの朝食を食べた後、再び起動したのかゲームの世界へと入り込んでいた。
「よ~し!やってくかー。」
今現在彼女の座っている場所はとてもゲームの主人公が寝る部屋とは思えないほど汚れており、部屋中がボロボロになっている。そんな部屋の中で画面を開いて何か準備をしているようだ…どうやら、良い絵が撮れたときのために録画録画を回しているらしい。
今回、配信は回しはしておらず、別の理由で開いていた…彼女もプロゲーマーだ。彼女自身もゲームを楽しむ一人のプレイヤーということ。どうやら、今回行うのはレベリングらしい。
この「アルカディアの英雄」というゲームは、他のほとんどのゲームと同じで、レベルを上げて戦うタイプの王道系MMORPGだ。ちなみに「レベル」というのは、あればあるだけゲーム内で有利になっていくものである。今回は、それをどんどん上げていこう!ということだ。つまりは…「筋トレ」である。
そんな説明をしている内に、録画の設定を終えた彼女が宿屋の受付に料金を支払い、汚しい宿屋の中から出ると、宿屋が綺麗に見えるほど外は陰気に溢れゴミがそこら中にまみれていた…日本の都市の一部にも似たようにゴミが散らかった場所はあるが、それらのような文明の弊害に汚染…というよりかは、治安の悪さと貧困。この二つを体現したかのような汚さであった。
そこら中には地べたに座って破れたテントを張り、アイテムを売買している商人や、中には首に鎖が繋がれた人間…つまりは奴隷として騎士のような者達に連れていかれているNPCもいる。そして、それを見てガヤを飛ばしたり無視したりしているプレイヤーがたくさんいた。
「うわ~…そういやこんな街だったね。」
そんな汚い街中には似合わぬ黄金の鎧を着た彼女は、少し周りと比べて浮いているが、その異様ささえもかっこよさに繋げれる謎のかっこよさがその鎧にはあった。正直彼女もめっちゃ気に入ってる。
見慣れ無い装備のせいか、他のプレイヤーの目が少し多くなり始めていることに気付き、彼女はそそくさと移動を始めた。しかし、彼女は一応配信者だ。それなり名が知られている。そしてそれが災いとなることは少なくは無い。特に、オンラインゲームとなると一層増してそれは強くなる。これは、配信者にとっては切れない呪いのようなものである。
「おい、『放浪騎士』。…後ろだ。」
背後から、間違いなく彼女にからすれば何度も聞き慣れた…なんなら聞き飽きる程聞いた、彼女にとっては忌まわしい呼び声が聞こえてきた。それを聞いたときの彼女の足の動きは止まり、すぐさま頭を後ろに振り返らせた。そこには軽装の装備を身に纏った、黒髪の髭面の男性アバターが立っている。
その頭の上には「カート」というプレイヤーネームと…その横には赤色のドクロマーク。つまりはプレイヤーキルを行った印が刻まれていた。
「あんた…いや、お前このゲームにいたんだな?カ・ア・ト・さ・ん?」
彼女の今の様子のそれは、配信者のときの喋り方とは違った男口調へと変わっており、彼女というよりかは彼と言った方が正しそうな感じになっていた。何が彼女をそうさせるのか、その理由は目の前にいる「カート」という男性との因縁にある…のだが、今は昔話をできる程の余裕はなさそうだ。
「配信のときの喋り方じゃなくて良いのかぁ?今俺も配信してんだぜぇ?なぁ、トランスジェンダー野郎さんよ。」
彼女にメンチを切るかのように彼は前かがみになり、ニヤニヤと不吉に笑いながらにらみ返しながら、彼女に嫌味のようなことを吐きかけた。
それを聞いた彼女は足を後ろに下げ、体全体を彼に向けて、腰につけた鞘から剣を抜きだした。剣先はカートに向けられており、それを見た彼も待ってましたと言わんばかりに剣を背中から取り出し、片足を後ろに半歩下げた構えをとった。
放浪騎士「勘違いすんな。俺んとこの視聴者からのリクエストだよ。あれは…ただお前相手のとこの奴らにはいらないだけだ。」
キャラ作り…という訳ではないが、彼女の喋り方は男口調である。しかし、声も、配信にときどき写る彼女の姿も女である。だが、彼女の性格や心、性的嗜好は男である。そのため、視聴者から「脳がバグるから普段は女口調にしてくれ。それはそうとして、男口調は聞きたいからときどき変えてくれ。」というわがままを聞いているのだ。
そして彼女も、内心悪く無いと思っている。
カート「へぇ…お前のとこの視聴者も、俺の配信見てるみたいだがな。」
『キター(・∀・)』
『放浪騎士絶対コロスおじさんじゃん。』
『俺は放浪騎士に3万かけるぜ』
『なんでこんな粘着PK野郎の配信に人集まるん?』
先程まで見えていなかった、彼の配信画面がフワフワと浮かびながら姿を現し始めた。そしてその画面はドローンの形へ変形し、上空へと飛び立ち、両者を写すように位置取りをし始めた。
放浪騎士「うちは浮気に寛容なんだよ。」
カート「そうかよ…じゃ、先に来いよ。てめぇの吠え面世界に晒してやらぁ。」
彼女は、右足を後ろに下げ、左足の膝を曲げると、剣を横に真っ直ぐにし、左手を耳の横に置いて右手で剣の柄頭の部分に手のひらを当てるような突きの構えを取り始めた。しかし、彼との距離はおよそ剣のリーチで届くような距離ではなかった。
カート「あ?目でもおかしく」
放浪騎士「王国騎士流剣術・貫!」
カート「!?」
ガンッ!!!
金属と金属のぶつかるような音が、真っ昼の貧民街に響き渡る。放浪騎士は前かがみの姿勢で、剣で突くように体を伸ばしている。そしてその剣を、正面から間一髪で彼は剣を縦にしてズラしたのだ。
しかし、放浪騎士はあの瞬間、とてもゲームだとしても少しおかしい速度を出していた。更には、その一瞬の移動距離もただの瞬発能力とは思えないものであった…それをズラした彼もおかしいが。
カート「ちっ…知らねぇ『スキル』か…」
彼が今口に出した『スキル』というのは、このゲームにある特別な技のようなものである。これは、プレイヤースキルだけでは再現できない物などを、ゲームの仕様でできるというものである。例えば今彼女が使用していた『王国騎士流剣術・貫』という長ったらしい名前の技は、突き攻撃を鎧の重さに関係無く、とてつもない速度と距離で放つことができる。
ガシャンッ!
そして、ズラしたそのままの勢いで、剣を彼は下から腹部を切り上げるように振ると、彼女の黄金でできた腕に、ガッシリと見切られたように握られていた。
カート「てめぇ…誘いやがったな?」
放浪騎士「さぁ?お前がバカ正直な動きなだけだろ。」
ブンッ!
突き出したままの剣の先を、上から体重をかけて叩き斬るように振り下した。
ガンッ…
カート「バカ正直はてめぇみてぇだな。居合い!」
上から振り下ろされた剣を止めるように、腕につけてあった左手の鉄の小手で防ぐと、体の姿勢を低くし、握られた武器を手放した。その刹那に、彼は彼女の股下をくぐり抜けながら、腰に差した短剣を握り、鎧の弱点である「膝の裏」へと向けて、サッと居合いの構えの状態から振りかざした。
ズシャッ!…
放浪騎士「へぇ~…馬鹿も成長するのか。」
彼女の膝裏からは血が飛び散り、彼女の頭の上についていたHPバーが、地味だが少しだけ削れていた。本当にたった少し、削れただけだ。だが、そうだとしても、それを許せる程彼女のプライドの高さは甘くはなかった。その怒りと悔しさを心の底に一旦留め、振り返り背後についた彼を見下ろしていた。
カート「てめぇはマヌケ野郎だがな…今度こそ、てめぇに吠え面かかせてやる…俺はマジだぞ。」
このとき、空にあるドローンから、視聴者達の声が聞こえてくる訳でもそのコメントを見れる訳でもなかった。だが、想像することは容易い。ヤジ、茶化し、煽り、熱狂。そんな画面の前の者達からの視線は、ここにいる二人の戦士の緊張を更に引き締めた。
今まで、彼女はカートに何度も攻撃され、追い返した。そのたび彼も彼女も上達していたのは皆が気付いていた。だが、彼女が死にかけになったり、彼女が負けることは一度もなかった…そして、彼の方から一発。先に決めたこともなかった。つまりは、これが初めてであった。
『ざわ…ざわ…』
『ただのつばぜり合いしか見たことないんだけど…』
『はっや。よく自分でも動けるな。』
『神回の予感』
この初めての展開に、今までこの戦いを見てきた視聴者達も、そしてその異様な雰囲気に飲まれ、初めて見た者達も…この瞬間、興奮と緊張の渦の中にいた。
そしてその渦は、彼女を中心にして回っていた。
放浪騎士「俺もだ。」
(このゲーム…やって良かったぁ…)
黄金の兜の中にある、狡猾な、興奮した狂人のその笑みは、誰一人にも見られることはなかった。
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