アルカディアの英雄

モンさん

第1話「英雄の目覚め」

 ガシャ…


 暗闇の中、ボロボロの鎧を纏った騎士がフラフラとおぼつかない足取りで歩いている。周りは暗く、一寸先も見えない闇の中を、明かりもなく壁に手をつき、それだけをたよりとしていた。


 だが一つだけ、その者の周りに薄らと光る板が一つあり、それはフワフワと周りで飛んでいたのだ。騎士はふとその光る板を見ると、驚いたのか急に叫び声を上げ始めた…


「あ~も!やってらんない!!!」


 …その叫び声の声色は驚きというよりかは怒りに限りなく近いものであった。光る板には、なにやら文字がずらずらと並んでいるようで、その内容を見てみると…


『下手くそかな?』

『そして10年後…放浪騎士ことに眠る…』

『gg』

『諦めてリスポしろ』

『¥1000 誰かアルカディアでフレンドなってください!』


 …等々、様々な人々に書き込まれた「コメント」が流れてきていたのだ。そう、何をかくそう彼…いや彼女こそがプロゲーマー(笑)兼配信者。その名も『放浪騎士』である。


 と言っても、プロゲーマーが何故こんなことになっているのか、それは今、彼女は最新作のフルダイブ型VRゲーム『アルカディアの英雄』をプレイしているからなのだ。


 …だが、開いてからぶっ続けで攻略やレベリングをしている最中、厄災が彼女に降りかかった。およそ初心者が来ていいのかわからない洞窟の中へと落っこちてしまったのだ。


 幸い、彼女は配信者であるため、現在配信中ではあるのだが…わざわざ同じサーバーに入り、更には訳のわからないところまで彼女を救助に行こうとする心優しき善良なる視聴者などいるはずもなく…今こうなったという訳である。


 「スパチャした人~?フレンドなるからさぁ~?助けてくんな~い?」


 その声は、先ほどきったない叫び声を上げていた人とは思えぬほど綺麗で、甘く誘惑するような艶やかな声であった…そしてこれを聞いた視聴者達の反応であるが…


『おええええw』

『あかん』

『俺恥ずかしいよ放浪騎士』

『すみません!リア友からパチンコに誘われました!』

『草』

『パチンカスニキさいなら』


 「クッソ…松明も耐久値切れたし、左手壁につけて歩き回ってもたどり着かないし、リスナーは使えねぇしお腹減ったし…」


 どうやら、視聴者達は茶化しているが、今の彼女の内心としては、この洞窟から脱出して気持ちよく配信を終わって、飯を食べるのが理想なのだろう。正直今すぐログアウトして早食いすればワンチャン同じ場所から再び始めれるのだが…


 そんなことを彼女のプライドが許しはしない。やっぱりこういうとき足を引っ張るのは、有能は敵ではなく無能な味方というのは良く言ったものである。


『リリース当日にやらかしてしまう配信者』

『⬆おいプロゲーマー(笑)兼をつけろ』

『プロゲーマーだろなんとかしろ』

『そうだぞ。プロゲーマーだろお前。』

『配信者 穴に落ちては 恥さらし

   リスナーからも 助けはいらず』


 「あ~もう…私が言うのもなんだけど、なんで今日過去一同接高いのよ…」


『恥が見たいから』


 彼女はもうすっかり足を止めているようで

、道に座り込んでリスナーとそんな感じで小競り合いをしていた。諦めムードが流れ始め、町へとワープしようかと悩み始めた頃であった…


 ピロン♪


 この音は、ゲーム内での仲間である「フレンド」からメッセージが来たことを知らせる通知音だ。このメッセージの場合は、別のゲームでフレンドになったプレイヤーから送られたメッセージである。


「誰からかしら…」


 もちろん彼女は配信者であるため、フレンドはほとんど仲の良い配信者や、良く撮影を手伝ってくれる視聴者だけである。そのため何かしらの企画のお誘いかくだらない冗談かと彼女は思っていた。


 しかし、珍しくもそのメッセージには写真が添付されており、その画像には何かのスパゲッティコードかとおもうほど真っ直ぐな線だけで作られた、どこか規則性や謎の綺麗さのある画像であった。


 「ん?」


 『あなたの配信を見て作った地図です。是非役立ててください。』


 そして、そんな淡泊な言葉が付け足されて送られていた。現在地と思われる部分には、赤い点がぽつんとおかれており、パッと見だと頭がクラクラしそうなほど細かで細い線だけの地図だ。余計な情報が無いのは良いが、結局どこから行けばよいのか…


『なにこれ』

『まさかの展開』

『プレイヤー名に見覚えは?』

『垢乗っ取り説』

『怖E』


 「いや、こんなプレイヤー名見覚えないわよ。地図無しよりかはありがたいけど…」


 配信画面にも手伝えと言わんばかりに例の地図を写して、床に座りながらその画像を彼女はひたすら睨んでいた。地図を見ると、どうやらこの迷路は円形上になっているようでどうやってもそれ以上外に出れなそうに見えてくる…


 そして地図とにらめっこすること1時間30分。視聴者全員と小競り合いしながらではあったが、全くといって進行しておらず、調査は難航していた。規則性として、この地図には行き止まりが無いことと、これだけ人がいへも目星がつかないほど巨大で複雑な形であることだった。


 一番脅威的なのは、それを全て見回ったであろう彼女と謎のプレイヤーの二人である。このとき、もう既に彼女の思考からは飯のことなど消えていた。謎のプレイヤーの地図を信じてしまった時点でもう詰んでしまっているのかもしれないが、そのときはそのときとして割り切るしかないだろう。


 様々な視聴者達の案に従い歩き周り、更には色々なアイテムを使ったりもしたが、結局全てはただの水の泡で、元の現在地へと一旦帰ってきた。


『結局現在地に帰ってきたじゃん。』

『中央行こうぜ』

『パチンコ当たった』

『黙れ』

『地図作った奴馬鹿だろ。』

『広すぎるっぴ』

『疲れた寝る』


 「あ~…やっぱ無理!」


 ここまで1時間半。この時間の努力を無駄にはしないと意地だけで食らいついてきたところはあるが、まさにその気力も尽き、諦めかけたとき。そのとき、幸福の女神は彼女に微笑んだ。


『左斜め下の方。現在地から後ろ振り返って右左右右左真右左真真左右真右あたりのとこ。分岐した道でまだ見てなさそうなとこある。』


 「えっ!?マジ?」


 そう、この円形の地図はどれも必ずどこかへと繋がっているのに、そのコメントの位置にはちゃんと行き止まりがあるのだ。そして、彼女の記憶が正しければ行き止まりに当たった記憶などやはり全く無い。だが、一つだけ二つに分岐しているのに片方は行き止まりになっている。


 普通地図をしらみつぶしで書くとき、分岐した道している道は、選ばなかった道の方もどっちに分岐しているかだけは書くはずだ。つまりは、分岐道で彼女が選ばなかった道である可能性がかなり高いのである。


 「あんた最高!!!」


『パチンコやりながら探してました。フレンドの件考えといてください。』

『寝なくてよかった。』

『「放浪騎士」最高の瞬間』

『帰ってきたらなんか盛り上がった取る…』

『他の配信者の動画見てきたけどさ、放浪騎士…火山とか沼地とか楽しそうだったんだよ…お前1時間半真っ暗な洞窟だぞ?』

『てっきり二時間経ったかと思ったよ。』


 彼女は歓喜の叫び声を上げ、流れてくるコメントも横目に、ようやく見えた可能性へと向かって走り始めた。走っている最中、もし地図が嘘だったら、ただの書き間違いだったら…など、今更過ぎる不安が襲ってくるが、それも気にせずそのコメントの位置へとがむしゃらに走った。


 「はあ…はあ…鎧は、やっぱり重いわね…」


 コメントに書かれた分岐道へとたどり着いた彼女は、息を切らしながらも行き止まりに書かれた方の道の奥へと、睨みつけるように目線を変える。謎のプレイヤーへの感謝の気持ちもあったが、まだゴールにもついてもいないのに、何かしらの達成感のようなものを感じていた。


 コツ…と一歩、道へと歩みを進める。何度も、何時間も暗闇の道を歩いて、慣れを感じてきていたが、この道は今までの暗闇の道とは違い、一歩歩くたび言葉にしずらい希望や不安がひしひしと足裏から伝わってくる。


 奥へと進んで行くと、これといった劇的な変化はなどは起きていない、だが段々と道が急な下へと向かう坂道に変わっており、更にはそこそこ歩いても分かれ道が一切出てきていないのだ。


 坂が少しずつ急になっていくほど、彼女は自身の感情が高ぶっていくのを実感していた。これがフルダイブ型の良さといっても過言ではない。この異常なまでの没入具合、まるで本当に暗闇の中を抜け出しているかのような感覚を全身で受け取る感じ。この感覚で人々を虜にしていったのだ。


 ズルー…


 遂には坂道が滑り台のようにもはや歩けるような角度ではなくなり、そのまま身を任せ、そのまま彼女は下へと落ちていく。


 ガシャッ…と鈍い金属音が辺り中に響く。彼女が滑り落ちた先には光があり、青白い炎が灯ったたいまつが壁には取り付けられている。部屋の材質も、さっきのような洞窟というよりかは石のレンガでできた独房のような部屋の中であった。


 たいまつに囲まれた部屋の奥には、古い青銅の王冠を頭に被り、ボロボロの布を纏った人の骸骨が椅子の上に鎮座していた。この骨の主がどんな死に方をしたのかは簡単に想像がつくが、何故こんなところを運営が作ったのか、ここがどういう意味なのかも、ストーリーを基本聞き流していた彼女には知るよしも無いだろう。


 「特にめぼしい物は無しか…一つを除いてだけど。」


『考察用かな?』

『というかこれ発見者初めてくね?』

『特にアイテムは無しと…』

『残念!報酬無し!』


 「いや、報酬はあるよ。」


 そう視聴者達に聞かせるように呟くと、手をつきながら立ち上がり、死骸へと近づいていく。すると、頭の上にあった王冠を取ると、値踏みをするように王冠を眺め始めた。


 「なんかしらの…歴史的価値はあるかもよ~。」


 かなりゲスい顔で舌なめずりをしていると…青銅の…とても綺麗とはいえないその王冠は、彼女の悪意を感じとったのか…はたまた、新しい主人を見つけたかのか突如として輝き出した。すると、彼女の鎧と同化するようにその光は彼女を包みこんだ。


 「は!?えっ!トラップ!!?」


『ヨシっ!悪は滅んだ!』

『あ~あ…』

『乙。』

『かいさーん!!』


 下心丸出しであった彼女にはふさわしくないその黄金の光は、次第に落ち着いていき、消えていった…だがそれと同時に、彼女の鉄の騎士の鎧は黄金の成金騎士の鎧へとすっかり変わってしまっていたのだった…


「は?え?はぁぁー!!?私の3万ゴールドの鎧がぁぁー!!」


 これに驚きを隠せなかった、彼女の悲痛な叫び声は、「草」と「w」と煽りコメとともに、地の底の底へと埋め尽くされていった。

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