第2話「コーヒーの後味」


 気付くとそこは、馬車の荷台の中ではなかった。


「ここ、は……?」


 見渡すと、先程の荷台の狭く薄暗い空間とは一変、広く明るい空間だった。

 少しの茶色を帯びた明かりがいくつも上から建物の中を灯しており、何か色付けがされてるお洒落なテーブルと椅子が並べられ、色々な物が置かれてる棚が壁を埋め尽くしている。


 けどそれはどこかで見たことあるような感じの風景で……。


 それに、ゆったりとバイオリンか何かのBGMが建物内に流れてる。


「ふぅ、何とか成功しましたわね。アナタは?大丈夫ですの?」

「え、あ、ああ、大丈夫だ」


 女もまた俺と同様に周りを見渡す。


「うーん、どうやら喫茶店に飛ばされたようですわね」


 喫茶店。そう、喫茶店だった。

 この少し店に漂うコーヒーの匂いも何処かで感じたことがあると思っていたが…、通りで現代のお洒落な喫茶店とそっくりなわけだ。


 ―ふと、なんで俺は今、「現代の喫茶店に似てる」などとかつて喫茶店に行った記憶があるかのような事を思ったのか疑問に思った。


(この喫茶店…、一度来たことが、ある……?)


 だがそれを考える暇もなく、女は俺の手を引いていき、カウンター席だろう所に連れて行かれた。


 女はマスターと思わしき渋い顔つきの男に「マスター、おまかせで二つお願いしますわ」と注文をする。慣れているな。


「………それで、どうしてあの馬車にいましたの?アナタ」


 隣の席で彼女が俺の顔を覗き込む。

 けど…、そんなの聞かれてもな……。


「分からない…、気付いたらあそこにいた…」


 召喚されたからこの世界にいることはわかるものの、何故俺はあんな馬車の荷台なんかに召喚されたんだ…。

 いやそんなの決まってる、あの自称女神の嫌がらせだ。そうに決まってる。


 いや……。


「……いやそんなことより――貴方は一体、誰なんですか」


 真剣な顔つきで彼女を見る。

 美人な人だった。年齢は俺より少し高いぐらいか。凛とした顔つきで上品という言葉がとてもマッチするような衣装と雰囲気。肩を出した漆黒のドレスに、腰には先程使っていた刺突剣が刺さっている。


 肝心のおっぱいも……、おお…!なんと美しいのか!立派な大きさを兼ね備え、形もしっかりしていて美術館に飾っても芸術だと称されるような美しさ!そして加点なのが谷間にあるほくろ!その黒点が周りの肌の色を際立て、視線を自然と誘導し色気を増させている!満点である。


 っといかんいかん。

 気を許すと見とれてしまいそうだが、忘れてはいけない。


 そう、こいつは人殺しだ。俺の目の前であの御者の男を無惨にも殺したのだ。

 警戒を怠るわけにはいかない。


「……ああ、そういえば言ってませんでしたわね。――わたくしの名前はソリューカ・ハシエスタ。ソリューカと呼んでもらって結構ですわよ」


 ソリューカ・ハシエスタ。

 なるほど。

 ……やはりここは異世界らしいな。どう考えても日本にある名前ではない。ようやくここが異世界なのだと実感し始めた。


「……それで、わたくしは名乗りましたわよ、次はアナタが名乗るのが礼儀ではなくて?」


 む。

 それはそうだな。


「俺の名前はカミヤ・ユウマです」


「へぇ〜?随分と珍しい名前ですのね?もしかして外国の方なのかしら?」

「え、あ、あー、そーなんですよ!ちょっと東の国の出身で……、あはは……」

「東の国ですの?東の国といえば確か……アポロン法聖王国ですの?」

「そ、そうです!アポロ法聖王国です!す、凄い美味しそうな名前ですよね!」

「お、美味しそう…?何を言ってますの…?」


 おっと、いかんな。この世界にはアポロというお菓子がなかったか。

 失敬失敬。

 とりあえず笑って誤魔化す。


「ふぅ〜ん、そんな名前の料理もありますのね…。世界は広いですわ…」

 と勝手に何故か納得してくれた。


 ま、まあ良い。

 話を変えよう。


「それで、ソリューカさんはどうして俺をここに…?」


 まずは状況説明だ。

 最初っから何まで全く俺は分かっていない。さっき目の前で起きた殺人が衝撃的すぎて何にも頭に入ってこない。

 たとえ質問攻めになったとしても構いはしない。


「ああ…、まあ、咄嗟に思いついた落ち着ける場所がここでしたのよ」


 落ち着ける場所…。

 まあ確かにここは、いる客も静かに各々のことをしているし、落ち着ける場所には最適だな…。


 よし、そろそろ次の質問をするか。


「………話を変えるが、どうしてあの男を殺したんだ…?」


 これを聞きながら俺の声が震えていることが自分でも分かった。だが聞かなくてはならない。


「なんで殺したか?……そんなの、あの男が犯罪をしていたからに決まってるではありませんの」


 ………なに?

 …犯罪?


「…そんな重い犯罪をしたのか?あの男は」


 そう聞くとソリューカさんは笑い飛ばした。


「何を言ってますのよ〜!犯罪に重いも軽いもありませんわよ?犯罪は犯罪。――この世全ての犯罪は等しく公平に裁かれないといきませんの」


 犯罪は犯罪…。

 犯罪に重いも軽いもない、か……。


「……具体的にあの男は何をしたんだ?」

「銀行強盗ですわ」

「ぎ、銀行強盗…?」

「ほら、近くにある王立バルド銀行。―あそこが『漆終組』に襲撃されましたのよ」


 ……なに?


「『漆終組』…?」


 聞き慣れない、初めて聞いた言葉だ。


「ええ、『漆終組』。…それはこのハルモニア神聖王国にある暗部組織の中で最も組員が多くてデカい組織。――それの最高幹部が、あの御者に紛れて豚みたいに太った男、ヒズボラですのよ」


 ??

 ……???


 ハルモニア神聖王国?暗部組織?新出単語が多い。


「ちょ、ちょっと待ってくれ?一つずつ、説明してほしいんだが…」


 ソリューカはこちらを向き少し驚いたような素振りを見せたが、


「ああ、そういえばアナタ異邦人でしたわね。分かりましたわ」


 実際には異世界人だが、まあ都合は良い。

 ソリューカは続ける。


「まず一つ、ハルモニア神聖王国のラストメイド王都、それがここなのですわよ。名の通り、『調和の女神』を絶対神とした宗教王国。まあ、『調和の女神』からの制約がほぼないせいか、あんまり宗教王国って感じはしない普通の王国ですけどね。ただ、二つだけ、他の王国とは違うところがありますわ」


「…二つだけ、違うところ…?」


「ええ、それが――平等主義であることと王都以外の都市も技術がだいぶ先進してるところですわ」


 平等主義と先進した技術。

 …確かに、先刻ソリューカさんは言っていた。「犯罪に重いも軽いもない」と。それはこの平等主義性に由来した言葉だったのか。


 そして先進した技術というのも分かる。

 それはこの喫茶店を見れば分かった。今マスターが使っているもの。これは見たことある気がする。少し形状は違うが、おそらくハンドドリップではなかったか…?


 ……もはや、俺の知っている古代ヨーロッパみたいな異世界ではないな。この王国には電気がある。

 ここはまさに現代のただの歴史あるヨーロッパの街なわけだ。


「なるほどな……。それで暗部ってのはどういうことなんだ?」


 暗部。その言葉の意味は確か、いわゆる国の暗い部分みたいな所の意味だったはずだ。


「この王国の政治に関することで暗躍する奴らのこと、とでも言えばいいかしら…」


「そいつらで一番凄い組織なのが『漆終組』?」

「ええ、その認識で充分ですわよ。それに、暗部なんかに関わるような情報なんて持たない方がいいですし、死にますわよ」


 し、死ぬって……。

 まあ、だが本当なのだろう。嘘には俺もあまり思えない。


「……けど、ソリューカさんはその暗部のトップを殺したんだよな?大丈夫なのか?」


「あら、心配してくださりますの?」

「そりゃあ心配しますよ……。だって王国の裏情報を取り扱う暗部のトップの、そのトップを殺したんですよね?」

「まあ、そうでございますけど…、心配ご無用ですわよ」


 そんな、楽観的な……。


 すると、マスターから手慣れた手つきでグラスが配られた。高そうなやつだ。

 その中を覗けば、ゆったりとした気持ちになれるおいしい良い匂いがした。アイスコーヒーだ。

 ソリューカさんは俺と違って……、なんだろう。俺の見たことのない色、灰色の飲み物だった。


 それを一口、ソリューカさんは口に含める。


「…先刻もお伝えした通り、ここは「平等」と「調和」の国。暗部のトップだからと言って容赦してはいけないのですわよ。…罪を、しっかりと、償ってもらわないと…」


 だからと言って人の命を奪っていいのか、と俺は心の中で思った。


 確かにそれは悪いことで犯罪なのかもしれないが、それだけで死、なのか?

 どれだけ厳しい学校でも、前髪がすこし眉からはみ出ただけでは退学にはなるまい。

 本人は、ここを宗教王国ではない、普通の王国となんら変わりない、と言っていたが、俺からしてみれば、それは異様な宗教一色。

 嫌悪感すら抱く。


「気に食わない、といった感じの顔ですわね」

「っ、顔に出てたか?」


 まずい、と思った。無意識にそんな嫌そうな顔をしていたのか?

 ま、まさか殺される…?


「ですが、ご安心くださいまし。そういう反応は今まで何度も見てきていますもの。……それに」


「………それに?」


「――それに、「平等」なんて言葉、結局は嘘っぱちですわ。そこら辺の路地に行けば飢えで野垂れ死んでる子ども達でたくさん。誰も救おうとはしませんわ……」


「…………」


 いきなりの重い話。

 ただでさえ殺人現場をみた直後だというのに、なんたる仕打ちか。

 ――だが、笑い話で済ませて良い話でもないな…。


「………まあ、そう落ち込まなくても!元気出してくださいまし!」


「…ありがとう」


 トントンとソリューカさんが俺の背中を優しく叩いてくれる。

 優しい人だな。この人こそ女神なのでは?


「まあ!ということですので、そろそろ出ますわよ!」

 と、ソリューカさんが突然立ち上がった。


「どこに行くんだ…?」


 俺もカップの中に入っていたコーヒーを飲み干し、慌てて立ち上がる。


「わたくしの屋敷ですわ。そこならアナタをしばらく住ませることが出来るかもしれませんし」


 そ、ソリューカさんの屋敷…?


「家ってことか…?」

「ええ、まあそういうことになりますわね!」


 …おい。

 ……おいおい。

 なんだこの状況。

 こんないきなり女性の家に行くみたいなラブコメ的展開、予想もしなかった…。


 けど……。


「是非!連れてってください!!」


 ――行くしかないよなぁ?!

 

 ――と、いうわけで店を出ようとするとそこで、事件は起きた。


 ドンッ、と。


 俺の肩に誰かの体がぶつかったのだ。

 …別に痛くは無かった。なので「すみません」とだけ言って無視しようとすると、


「――おい兄ィちゃん」


 突然、グイッ!と腕を引っ張られた。


「―っ?」

「――何ィ、逃げとんのや。謝れェや」


 眼前に顔があった。


「―!」


 思わず手を振りほどいて、後ずさる。


 そこにいたのは屈強な男だった。身長は俺の2倍か?いかにもヤンキーみたいな服装で、だが俺の思っていた世紀末みたいなのではなく、少し現代的でむしろ近未来的な感じのモノだった。

 だが、それを上回るように溢れるイかついオーラ。後ろにいる屈強な取り巻きたちも相まって、絶対触れてはいけない雰囲気を醸し出していた。


 ソリューカさんが俺に気付き、「行きますわよ」と無視を促し、俺の手を引いて出口へ向かう。


 ―だが、そこに屈強な男の取り巻きの一人が立ちふさがった。


「………退いてくださいまし」


 ソリューカさんはあくまでも冷静に告げる。

 だが男がそれをまともに聞くはずもない。


「それェはアリタカ様に謝ってからにしろや」


 男は指を指す。

 先程の俺がぶつかってしまった、この男たちの中でも特にガタイが良い男。

 アリタカと言ったか。


「す、すみませんアリタカ様!」


 頭を下げ、謝る。

 ここは一旦こいつらの要求を聞いておくことが有効だ。聞かないと逆上してしまう。


「…………」


 ………。

 …………どうだ?

 そうして様子を見るため、顔を上げようとした、その時だった。


「ふざけとんのちゃうぞボケェッ!!」


 刹那、ドンッ!!!と俺の体が右方に吹き飛ばされた。


「ぐッ?!」


 吹き飛ばされた体は思いっきり喫茶店の棚に背中から打ち付けられる。


「ユウマさんッ?!?!」


 ソリューカさんが俺の名前を叫ぶ。

 っ!!

 痛い。痛い。痛い!

 俺の背中から全身へと激痛が伝播していく。


(な、なに、が、起きた……?!)


 顔を上げたらいつの間にか壁に体ごとのめり込んでしまっていた。


 ………男に頭を拳で殴られたのか?

 …っ、頭がずっとぐわんぐわんと揺れ動いてる。


「あ、あ、アナタ達……!一体何をしてますの!?」


 ソリューカさんがドシドシと鬼の剣幕で男たちへと歩み寄る。


「…はァ?謝るっちューたら金に決まってんだろ金ェ!」


 対して屈強な男も女に歩み寄り、ゼロ距離で睨み合う。


「おォ?なんだァ?このアリタカ様に喧嘩でも売るのかァ?あァッ?!」

「はッ!アリタカ様?…そんな無名な方わたくしが知るはずありませっ―――」


 そこまで言って、ソリューカさんは思い出した。

 アリタカ。

 アリタカ・グレイカラー。

 王都内でその態度と品の無さ、そしてその圧倒的な物量攻撃で名のしれた男。

 そう、その男の正体は――、


「ま、まさか……、アナタ…、『漆終組』所属の『雷電師団工兵隊』の副隊長、アリタカ・グレイカラー?!」


 その言葉の意味を、俺は分からなかった。

 だが、分かったことが一つだけあった。


(……『漆終組』?!)


 対して、ソリューカの言葉に男――アリタカは、面食らったようだった。


「………へェ、お前、よく知ってるんだなァ。――なら、話は早ェよな」


「――ッ!!」


 瞬間、ビリリリッ!!とソリューカさんと俺はその男の剣幕に体が震え上がった。


 瞬時に、ソリューカさんは腰にあった刺突剣を構える。

 だが――、


「―――死んでくれよな」


 時間は止まることなく、二人の戦いが始まった。


 

 



 

 

 


 


 

 


 


 



 

 

 

 

 

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チート手に入れたら弱すぎて異世界生活、詰みました ひらりん @utotooon

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