第一章「ラストメイド王都編」

第1話「目覚め」

 ―目を覚ます。


 そんな感覚を今度こそ俺は感じた。

 それだけじゃない。

 視覚、味覚、聴覚、それら全てが全身からしっかりと感じられた。

 これが目覚めるということなのか?

 格好良く言えば、覚醒か。なんと厨二病チックな響きか。特に星という字があるのが何とも良い。覚醒という言葉を考えてくれた人に永劫なる感謝と尊敬を!


 ガコン!


「いたっ」


 ―と、突然、仰向けに倒れていた俺の頭に、何かに打たれたかのような衝撃があった。


 …なんだ?

 車で横になっている時に車が大きな段差を乗り越えたりすると発生する衝撃と似ている。


 ……?けどおかしいな、今、俺、車に乗った記憶はないのだが、何故かそれと似ていると思った。車に乗ったことが無いとそんな懐かしい感覚は起きないはずなのだが。


 ……まあ、いいか。

 ムクリと、先刻とは違ってちゃんと実在する自分の体を起き上がらせる。

 久しぶりに体を動かした時に起きる痛みが少々したが、体を使っているという感覚が新鮮であまり気にはしなかった。

 むしろ気持ちが良い。


 いや、そんなことよりここはどこだ。

 俺が座っているだけでだいぶ窮屈だ。小さいベッド一つ分くらいの大きさだろうか。

 そして気づいた。


「馬車の、荷台の中…?」


 どうやらここは馬車の荷台の中だ。

 木製の荷台、それに覆いかぶさるように張られた白い布。薄いからか、うっすらと太陽光が中を照らしている。

 それに前方には御者だろう人間の背中の影があり、街の喧騒の中から近くから馬が地面を蹴る音も聞こえる。


「なんでこんな所に……」


「――だ、誰だテメェッ!?」


 ―と、いきなり、前方から男の戸惑う声が聞こえた。

 見てみると、御者らしき影の奥に覆いかぶさるように、もう一つ女のシルエットをした人影があった。

 今声を出したのは御者の男の方だろうか。


「オイ!邪魔だ!さっさと退けッ!!」


 御者は突然現れた女らしき人物に怒号をぶつける。

 そりゃあそうだ。今馬車はある程度の速さで走っている。そこに視界を遮るように人が来たら誰だって怒る。生死に関わる話なのだからな。

 しかも、忘れてはいけないことがある。


 その馬車には俺も乗っているのだ!

 理由も知らずにこのクソ狭い馬車に『移送』され、自分の行いのせいでもなく他人のそいつのせいで、理不尽にも殺される。そんなことあってたまるか。


 俺はバレない程度に布を押し上げ、様子を覗く。

 最初に見えたのは内側から見えていたのと同じ大きさの男の大きな背中。

 そしてその前に立ち塞がるように立っているのが黒基調のドレスを来た美女。

 その女がいて、それより先の前方は上手く見えない。


 隙間から見えるのは現代ヨーロッパ風の街並みだけ。これでは運転の邪魔だ。御者の男もそりゃあ怒るに決まってる。


 ……だが、何故だろう。

 彼女に触れるのはやめておけ、と体中の細胞が小さく叫んでいた。


 ―――嫌な、予感が、する…。


「オイ舐めとんのか!いい加減そこをどけ!!ぶっ殺されてぇのか!」


 全く動かない女に男はやがて焦り怒りだし、そいつを退かそうと馬車から振り落とすように手を横に薙ぎ払った。

 ―だが、それは叶わなかった。


「――?」


 男は空振りしたような感覚を覚え、そちらを見る。

 そこには未だ立ち尽くす女の体とそれを薙ぎ払うことに失敗し――。


 そこまで見て男はようやく気付いた。


「―ぁ?」

「っ?!」


 そう。

 ――男の手首から先が無くなっていたのだ。


 ぶしゃっ!!と男の手首から血が噴きだす。


「あああああああああああああ?!?!」


 男は狂ったかのように叫んだ。

 ドバドバとその切断された手首から夥しい血が溢れ出る。


「…あら、穢らわしい豚の血がドレスに付いてしまいましたわね」


 女は悶える男を軽蔑の眼差しで見下ろす。


「お…、お前……は、誰、だ……っ!」


 対して男は歯を思いっきり食いしばり、悶えながらもどうにか顔を上げ女を睨みつける。


「――気に入らないですわね、その眼」


 刹那、男の右眼が破裂した。


「―っ?!うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!?!」


 響く叫び。耳が痛くなるほどの叫びだった。それを聞いたせいか、ヒヒィィィィンッ!と馬は御者に呼びかけているかのように強く鳴き出した。


「―はぁ、全く…、耳障りですわ〜」


 依然として女は心底不機嫌そうに、悶える男を見下ろし、眉をひそめる。

 チッと舌打ちをし、女が男の頭を思いっきり横蹴りする。


「がッ――?!」


 瞬間、ぐしゃぁっ!と何か硬いものが砕け散った音がした。

 だが次の瞬間にはもう、その音は掻き消え、男は悲鳴も出せずに一瞬にしてその場所から消えていた。

 残るのは彼の体から溢れ落ちていた赤い血と何かの繊維のみ。


 それを何の躊躇もなく踏みつけ、女は中に俺がいる荷台の前まで足を運ぶ。


「っ?!」


 急に危機感を感じ、思わず後ずさる。

 状況が理解できない。

 何が起きていた…?

 …この目でしっかりと見届けたはずなのに、何が起きていたのか終始分からなかった。


 まさか……殺された?…殺された?殺された?殺された?殺された?殺された?

 ……殺された、だと?

 ――なんで?何故?

 何故男は殺された?…何故?何故?


 だがそうこう考えている内に女――否、殺人者は俺のいる荷台の前に立っていた。


 瞬間、ヒュン!と風音を立て、彼女が持っていた“突く”ための剣―、刺突剣が俺の眼前へと迫った。


「――っ!?」


 速すぎた。今の動きが全く目で追いつけなかった…。


 勢いで押し寄せた風が俺の髪を靡かせ、通り過ぎていく。


 …動けない。

 ……少しでも動いたら俺も“あんな”風に殺されそうで、俺は全く動けなかった。


「――アナタもこいつらの仲間ですの?」


 吸い込まれるように、俺は彼女の、血のように紅い瞳へと視線が持っていかれる。

 圧倒的な威圧感と存在感。まるで重力が一気に重くなったかのような…。


 俺は咄嗟に頭を横に振る。


「――そう。奴隷か何かですの?奴隷にしては良いからだをしてますけど」


 そう言いながらしゃがみ込み、俺の腹を艶めかしく撫でる。


「………っ」

「……、…まあ良いですわ。とにかく、ついてきてくださいまし」


 そう言うと女は立ち上がり、荷台を早々に降りようとする。


 い、いや待ってくれ!

 咄嗟に俺も立ち上がった。


「ちょっ、ちょっと!…つ、ついてきてって……、な、なんで…?」 

「なんでって…、そりゃあこのままここにいたらいつか死ぬからですわ。……それとも、自分で降りれますの?」


 …確かに、このままでは俺は死ぬ。

 御者が死んでしまった今、いつこの馬車が建物に突っ込んでもおかしくはないのだ。


 すると女は、人差し指を口元に置き少し考えてから俺の方を振り向いた。


「…そういえばアナタ、魔術障害持ちですの?」

「え…、まじゅ、……え?」


 何と言った?

 魔術障害?魔術はともかく、魔術障害とはなんなのだ。


「―ですから、魔術は使えるのか使えないのかって聞いてますのよ」


 魔術。やはりあるのか…。

 けど……俺は果たして魔術を使えるのだろうか?

 自称女神はチートは与えないと明言していたからおそらく無いとしても、魔術はどうなのだろう。

 魔術とチートは普通別物だ。

 チートは使えないとしても、魔術はもしかしたら使えるかもしれない。


 そんな淡い期待を抱いたが、よく考えると魔術の発動方法をまず知らない。知らないので使えない。                         

 なのでここは「多分、使えない」と答えておいた。


 それを聞くと、彼女はハァとため息をついた。


「仕方ないですわね…。ほら、手を取って」


 そう言い、右手を俺の方に差し出す。

 そしてこの女の手を掴もうとして………、


「…………、」

「――何を躊躇してますの!早くして下さいまし!このままだと馬車ごと私達も死にますわよ!」


 ……正直言ってこの女の手を取りたくなかった。躊躇した。

 するに決まってる。だってこの女は人殺しだ。

 御者の男の手を切断し、そして馬車から蹴り落として殺したのだ。

 俺も殺されるのでは、という疑心暗鬼が心に棲みついて仕方ない。

 ……だが彼女の言う通り、このまま何もしなかったら、俺は死ぬ。


 けど―!

 ―そう簡単に死ぬわけにはいかない!


 そう思って、躊躇いつつも女の手を力強く握った。

 するとすぐに、女は告げた。


「――『天地移送』」

 

 瞬間、世界が変わった。



 

 

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