チート手に入れたら弱すぎて異世界生活、詰みました

ひらりん

プロローグ

 ―目を覚ます。

 そんな感覚はなかった。

 気付いたら目は覚めていて、いつの間にか俺はこの『空間』にいた。

 360°見渡してみてると障害物はなく地平線だけが俺を囲み、白い地面がどこまでも永遠に続いている。

 対して空は真っ黒だ。星もなければ雲もない。空ではなくただの真っ黒な天井なのかもしれないが、どこまでも暗闇が深く続いているような気がして、あえて空と呼ぶ。

 俺がちっぽけなただ一人の人間なのだと再認識されるような閉鎖的で開放的な、矛盾に矛盾を重ねた『空間』。

 そんな場所に俺はいたのだ。

 座っているとか立っているとかの感覚もない。

 ただ、―居る。

 ただ俺がその『空間』に存在しているということだけが明らかだった。

「や、来たね」

 すると後ろから不意に声がした。

 ―女の声。

 だがその声には高いも低いもなく、けれどあるといえばあり、ないといえばない、そんな曖昧さを際立たせていた。

 後ろを振り返ると、ジジッ!と頭に少しの痛みとと共にノイズが走った。

「っ―」

 思わず目を狭める。

 後ろにはソレがいた。

 ソレもまた、女という以外の情報が入ってこなかった。高身長か低身長か、ふくよかかスレンダーか、何も確定しない。認識できているはずの女という情報すら、宙で漂うような曖昧さと儚さを孕んでいた。

 唯一確定認識できているとすれば、ソレは人間であること。

 それだけは何故か分かる。

「……アンタ、誰だ」

 そう聞いた。

 そもそも声を出せているのか心配だったが、どうやらソレの反応を見る限り、聞こえているようだ。

 アホそうにあくびをしている。

「おい聴こえているわよ?」

 ?!心の声が聴かれた?!

「可愛いって言い直しなさい」

「おっぱい」

「どういうことよ?!」

 どうやら俺のおっぱいジョークは効かなかったらしい。

 いやそんなことより。

「…誰なんだよアンタ」

「………言ってもどうせ分からないじゃない」

 正論ここにあり。

 確かに俺には記憶がないので、言われてもまた「だから誰だよアンタ」と言うだろう。

 そう、記憶がない。記憶がなかったのだ。

 もう一度何か思い出そうと思ったが、何も思い出せない。この『空間』に来るまでの記憶が一切無い。俺がどこ出身でどこ育ちで親が誰で恋人は誰なのか…、俺が何者かすら分からない。

「恋人なんているわけないじゃない」

「決めつけるな?!」

 思わず突っ込んだ。

 いるに決まってんだろ、俺なんだから。

 いや、俺が誰でどんな顔をしていてどんな体なのかも、未だ分かっていないのだけれども。

 何か自信があったのだ。…自信があって何が悪い。そんなことでは女にモテないではないか。男は自信あってこそだろう。そうだそうに決まってる。

 そんな俺を見て、ソレはため息をした。……ように見えた。俺にはソレが曖昧な存在として見えているので、ソレが何をしたのかも曖昧なのだ。

「安定するの早すぎでしょ…。誰かが割り込んでるのかしら」

 ソレは何やら悩んでいるようだった。

「なんだ、何か手伝おうか?」

 まあ、体は無いので、手伝うにも口出しするぐらいしか俺には出来ないのだが。

 どちらにせよ、俺の厚意はソレが手を横に振ったことで無くなった。

「…アナタ、起きて早々訳分からない状況にいるのに人の手伝いなんかしてる場合なの?危機感ないの?」

 …なんだ心外だ。

「誰かの手伝いをするってことはな、誰かを救うってことなんだよ。ほら、かっこいいだろ?」

 再びソレがため息をついた。

 なんでだ、かっこいいだろ、正義の味方、ヒーローだぞ。

「……とにかく、手伝いはいらない。その代わり私の言う事を聞いて」

 なんだ、パシリはごめんだぞ。

「…とりあえずふざけるのはやめて」

 ふざけるも何もこれが正常なんだが。

「いちいちうるさいわね?!黙って人の言う事聞いてなさい!」

 …………ごめんなさい。

 ということで黙ることにした。

 ゴホンとソレは気を取り直すように咳込む。

「まず、アナタの名前は、――カミヤ・ユウマよ」

 カミヤ・ユウマ。

 そういえば自分の名前も知らなかったな。

 カミヤ・ユウマ、今日からこれが俺の名前。なんだ、悪くないじゃないか。しっくり来る。

「そして年齢は17歳よ」

 高校二年生か。

 確かにこれも何だか自分にしっくり来る気がする。そんな気がする。

「…アナタに教えれるのはそれだけ」

「え…」

 思わず声に出た。

「いやおい、俺の誕生日とか出身とか親が誰とか恋人は誰とか教えてくれないのか」

「そんなことアナタに教える必要はない」

 何を言っている。

 現代社会じゃあメアド、携帯電話、住所はたとえ崖の上、海のど真ん中、うんこをしている間でも言えるようにしておくべきことだろう!

 そう思ったが、「はあ?」とでも言いたげな顔をされた。


「――なんで異世界に行くアナタにそんなの教える必要があるの」


 ……告げた。

 だが、すまない。コイツは一体何を言っているんだ?頭でもイカれたか?

「―っ、女神の言う事が信じられないわけ?!」

 ……いやだって、ねえ?

 異世界だなんて行けるわけないではないか。そんなものはフィクションでの話だ。

 しかもコイツはどさくさに紛れて自分のこと「女神」だとも言っている。

 女神ならしっかり体出して俺におっぱいでも崇めさせろ。

「女神のこと何と思ってんの?!」

「おっぱい」

「死ね!」

 ほら、死ねなんて女神が言うわけあるまい。

 コイツは偽物だ。偽女神の偽おっぱいだ。つまり、コイツはパッドというわけだ。

「んなわけないだろ殺すわよ?!」

 ……まあ、ふざけるのも大概にして。

「……真面目な話、異世界なんて本気で言ってるのか?アンタ」

「私は最初からずっと本気なのよ……」

 どうやら睨まれているようだ。まあ、ふざけ過ぎたのは本当だ。

「ごめん」

 謝る。ここは謝るのが世の道理というやつだ。

「まあ良いわよ、とにかく、そんなに疑ってるなら実際に今から異世界に行かせてあげる」

「えっ―」

 また声が出た。

 異世界に行く準備の何かしら儀式とかはないのか大丈夫なのか。

 そう思ったが、よく考えたら異世界に行ける可能性のある方法は、主に2つある。

 転生と召喚だ。

 それがアニメや漫画でよく見る異世界へと行く方法であり手段だ。

 ということは―。

「……俺、今から死ぬのか?」

 転生が起きるきっかけとして、よく漫画では主人公が死に至ることで転生、つまり生まれ変わりを果たしている。

「いいえ、今からアナタがされるのはもう一つの方」

 もう一つの方。

 つまり召喚だ。

 こちらの場合、主人公が突然異世界にその姿のまま召喚されることが多い。

 召喚が起きるきっかけというのは特にはなく、作品それぞれだ。

 そして俺が今回されるのは召喚というわけだ。

 だが、やはりまだ実感が沸かない。

 召喚も何も、この場合召喚というより異世界に送りつける『移送』の方が表現として正しいし、あまりにも話がポンポン進みすぎてイマイチついて行けてない。

 俺が話をポンポン進めているというのに何を言うか、と思うかもしれないが、俺はその場のノリで進めているだけだ。

 正直最初っから何まで全く理解していない。

 何なんだここは。誰なんだこの目の前の人間は。俺は一体今どういう原理で存在しているんだ?

 疑問ならいくらでもある。

 だから信じれないものでも信じることしか出来ないから、無理矢理にでも自分に信じ込ませて、自分なりに今のこの状況を理解しようとしているのだ。

 理解する云々の話の前に、信じるか信じないかなのだ。

 だから俺は今この目の前のソレが言っていることを信じて頼るしかできないわけだ。

「もういい?飛ばすわよ?」

 確認を入れてきた。

 本当に準備はいらないらしい。今すぐ異世界に行けてしまえるのか。

 だがちょうどいい。異世界とやらに行く前に一つ訊きたいことがあった。

「―俺にはどんな才能があるんだ」

 異世界に行くのだとしたら外せない。いわゆるチート能力だ。

 それを手に入れ、異世界でハーレムを作り、世界最強になる……!いやもしくは陰の実力者とか⁈…ぐふふ、今から楽しみだ。

「いや、そんなのないわよ」

「は?」

 またもや、声が出た。

 チートなしで異世界に行けとでも言うのか、この女神は。

「…いや、そりゃそうよ。私女神だけどそういう力は持ってないもの」

 役立たず、と今言いそうになった。危ない危ない。

「いや聞こえてるってさっき言ったわよね⁈」

 ああ、そうだった。この女神とやらには俺の独白が聞こえているらしかったな。

「わざとでしょそうなんでしょ…」

 ……まあ、とにかく俺にチート能力は与えられないらしい。かなりショックだ。

 俺の念願のハーレム異世界生活はどこへ消えたのだ。帰ってこい。

「―――それで、今度こそ本当に異世界に飛ばすわよ?いい?」

 再び確認を取られる。

 グッと親指を立てる。

 どうせする準備もないし、チートも貰えないのだろう。

 もちろん、ここが何だったのかとか、お前は誰なんだとか、俺はそもそも何のかとか、色々聞きたいことはたくさんあったが、どうせ聞いても答えてはくれまい。先刻そういわれたばかりだ。

 だから、俺は今から起きる異世界召喚に身を任せるのだ。

 そうしてしばらくすると、空が白く光りだした。対して白い地は黒くなっていく。

 刹那、ぐわんっと真下の地が歪んだ。

「―っ!」

 歪み、ぐるぐると渦巻き、やがてあっという間にブラックホールのような穴が出来る。

 すると同時、女神が「ああそうだそうだ」と何かを思い出したかのように手をポンッと合わせた後、顔の横で人差し指を立てる。

「忠告っ!――――今からアナタが行く異世界はただの異世界じゃあないわよ!」

「は――?」

 それに反応すらする暇もなく、ふわっと体が浮いた。

 否、落ちていた。

 上も下もないただ闇が広がるその穴に落ちたのだ。

 あの自称女神もとうに目の前からは消え、遠く彼方へと消えていた。

 どんどん落ちる速度は上がっていく。

「――、」

 俺はそうしてどこかに落ちていく感覚に悪寒を感じ、同時に今さらだが、何だか怖くなった。

 これから行くのは未知の世界。

 本当に異世界に行けるかどうかはともかく、俺の想像している通りの異世界ならば、いわく異世界とは剣と魔法の世界。いわく世界はスマホと金さえあれば何とかなるみたいなのとはかけ離れているはずだ。

 だが、俺が本当に怖いのは世界じゃない。

 俺だ。

 俺自身が一番の不安要素だ。

 名前と年齢を教えてもらったからといって、自分がどんな人間なのか、イマイチ理解できていないのだ。名前と年齢を言われてじゃあ私のこと信じてね?みたいなことを言われてるのと同義だ。

 俺が俺を操って行動するというのに、自分の取り扱い説明書がなくて感覚で動かしているような…。

 そうして、俺は不安を積もらせながら、目を閉じ、暗闇へと沈んでいく。

「――やってやる」

 そうだ。やってやろうとも。

 たとえどんなに厳しくても俺ならやっていけるさ。

 ――待ってろ、異世界。

 そして。


 ―――意識が、暗転した。

 


 

 

 

 

 


 

 

 

 

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