後編

 学校を出て、松田さんの家に向かう。知った道をサクサク進みながら、おびえたような松田さんに動画以外の話題を振ってみる。こんな機会じゃなければ、彼女と話すなんてできないのをわかっているオレは、ちょっと調子に乗ったみたいで、五郎に「晴翔、しゃべりすぎ」と突っ込みを入れられてしまった。

 おびえていた松田さんも少し笑ってくれて、ちょっと安心したけれど、問題はこれからだ。

 お化け屋敷が見えてきて、松田さんの足取りが重くなる。

「意識しないように、自然に通り過ぎるぞ」

 うん、と頷く松田さんをオレと五郎で挟んで、通り過ぎようとしたそのときだった。

「イエーーーイ!」

 大声が屋敷から響いて、松田さんが「キャッ!」と反射的に悲鳴を上げた。すぐに口を押えて「しまった」って表情になった彼女をかばいながら「どうする」と五郎と目くばせした瞬間だった。

「こっちおいでよ」

「ほら、有名になりたいでしょキミたち」

「来いよ、来ねーと殺すぞ!」

 ゲラゲラ笑いながらだけど、最後のははっきり言って脅しだ。こんなのを聞いて、怖くないわけがない。

「逃げるよ!」

 思い切って、松田さんの手を引いて逃げた。追いかけてくるかもしれないけど、とにかく逃げた。

「こっち!」

 五郎が曲がり角を指さす。三人で飛び込むように曲がって、しばらくの間、声を潜めて固まっていた。

「追いかけてくる音はしないよ、大丈夫」

 しばらくして、五郎が様子をうかがう。オレはやっと体の力を抜いた。

 そのあと、オレたちは松田さんを家まで送り届けた。でも、松田さんは「ありがとう」と言ってくれたけど、顔色は真っ青なままだった。



 翌日、松田さんは学校を休んだ。先生はおうちの事情だと言って、詳しいことはわからなかったけど、間違いなく昨日のことが原因じゃないかと思う。

「晴翔! お前動画出てたよな! おばんじゃーずの!」

 突然、クラスメートのひとりが机にかじりつくような勢いで話しかけてきた。

「は? 動画??」

 そんなこと知らないんだけど!

「昨日の夜アップされたやつ。あれ、見てないの? 松田と五郎も一緒に写ってたよな?」

「はぁーーー⁈ そんなの知らねえ!」

「知らねえって……え……話とかしてないの、おばんじゃーずと」

「撮ってたのかよあいつら! ってか、顔隠れてないのか⁈」

「一応隠れてたけど、俺たちは服とか髪型でわかるし……」

 からかったうえに、勝手に動画にされてる⁈ 隣にいた五郎の顔も血の気が引いて、目を丸くしている。

「なんかうれしそうじゃないな。オレだったらめっちゃ自慢するのにもったいねぇな」

「うれしいわけない! あんな追っかけられて……」

 うれしくないワケを話そうと思ったのに、先生が来てうやむやになってしまった。



「ムカつく……ムカつく‼」

 帰り道、五郎と歩いているオレは、学校から出てからずーっと「ムカつく」を繰り返していた。だってうれしくねぇのに、勝手にうれしいって決めつけられてさ!

「聞き飽きた……と言いたいけど、ボクも同じだよ。あんな脅しをしたのに勝手に映像を使うなんて、許せない」

 五郎も珍しく、眉間にシワを思いっきり寄せている。

 本当に、なんであんな怖いことをするんだろう。

 あんなことするひとの動画に出たって言われても、まったくうれしくない。それに、なによりも、松田さんがかわいそうだ。一人きりで歩いていたら、もっとひどいことをされたに違いない。

 腹の中がむかむかとして苦しい。

「なにか、できないかな……ボクのちからで、きみや松田さんを助けられないかな……」

 五郎がぽつりとつぶやいた。思わず、歩いていた足が止まる。

「……なあオレ、今からめっちゃ悪いこと言うよ」

「なあに?」

「おまえの力で、あの大人たちを化かしてやるのって、できないか? 五郎」

 五郎がじっとオレの顔を見つめた。いつもの優しい感じが消えて、背中がぞくりとする。

「化けを悪いことに使っちゃいけないの、知ってる。でも」

「でも、それ以上に悪いことしてるよ、あのひとたちは」

「じゃあ……」

「やる。あのひとたちを化かして、松田さんときみの敵を討つよ。でも、ボクからもお願いがある」

「なんだ?」

 珍しく真剣な五郎の様子に、オレは唾をごくりと飲んだ。

「怖くなければ、一緒にいてほしい。ボク、晴翔がいれば頑張れると思うんだ……」

「なーんだそんなことか、いいよ! 一緒に行く気満々だったぞ、オレは」

 それに、あいつが化けるの近くで見てみたいし。

 わくわくの気持ちが沸き上がって、モヤモヤした気持ちがきれいさっぱりなくなったの、すごい。

「そ、そうなの? う、うれしいな。ボク、がんばる」

「よっしゃ、やろうぜ!」

 よかった、五郎がOKしてくれて。タヌキの化け力に頼るなんて、あいつにとって悪いかなって思ってたけど、気持ちが同じでほっとしたよ。

「でも、オレはなにをすればいいんだろう? そうだ、今からオレの家で作戦会議しよう!」

「うん!」

 こうしちゃいられない、とオレたちは駆け足で家に向かう。

 絶対に、あいつらをギャフンと言わせてやるんだ!



 夕方、日が沈み始めたくらいの時間。

 オレはひとり、自撮り棒を持ってお化け屋敷の前に立った。すうっ、と大きく息を吸い込んで……。

「おらーーーーっ! 撮りに来てやったぞ!!!」

 腹の底から叫ぶ。すると、案の定お化け屋敷から大人――おばんじゃーずがわらわらと出てきた。

「なんだぁ?」

「どーせ動画に出たいガキだろ。ちっ、女じゃねえのか」

 なんかムカつくし怖いこと言ってるけど、今は我慢。作戦通り、オレはダッシュでお化け屋敷の中に走った。

「あっ、不法侵入!」

「まてクソガキ!」

 大人たちに見つからなさそうな位置に入り込むと、自撮り棒がポン、と音を立てて消えて、五郎が現れる。

「ありがとう、ここからはボクの出番」

 また、ポン! と音がすると、今度そこに立っていたのは、もふもふのタヌキ。うわっ、久しぶりにタヌキのすがたの五郎を見たぞ。

 ちょっともふもふしてみたいけど、いや、今はそんな場合じゃない。

「本気で行くからね」

 もふもふのタヌキ、いや、五郎は、小さな手を体の前で結ぶ。すると、周りにぽっ、ぽっ、と赤い火の玉が宙を舞い始めた!

「クソガキ、どこ……わ、わわわ……!」

「な、っなんだこれ!」

「火事、火事‼」

 オレを追いかけてきた大人たちが、火の玉にビビッて騒ぎ始める。火事だ~なんて慌ててるけど、オレはあれが燃えないことを教えてもらってるから、そんなに怖くない。

「お化け坊主で、脅かしてあげる」

 五郎は体の毛をブチっと抜くと(めちゃくちゃ痛そうなのに!)フッと口で吹いてなにか呪文を唱えた。 すると、周りにたくさんのお坊さんが現れて、大人たちに向かってぞろぞろ歩き出す。

「ボクの友だちを怖がらせたの、許さない……」

「げえぇえっ、な、なんだよぉ、こいつら!」

 不気味な坊さん集団が、無言で大人たちに向かう。なにかお経みたいなものをぶつぶつつぶやいているから余計に怖い。

 坊さんはどんどん数が増えて、ついには大人の体に引っ付いて耳元でなにか囁き始める。

 

「どうが……やめろ……こどもを……まきこむな……!」

「殺せ……」

「くっちまえ……切り刻んで煮て食っちまえ……」

 空気まで震えそうな低くて怖い声が、こっちまで聞こえてくる。

「やめ、やめろ…やめる! わかった! ガキにはもう、手を出さなねぇよ‼ マジ‼」

「ひぃぃぃ」

 大人が情けない声を出して倒れていく。えっ、これ大丈夫?

「ほ、ホントに殺したわけじゃないよな?」

「もちろん。気を失ってるだけだよ」

「もう、子どもにいたずらしなくなるかな」

「しないと思いたいけど……もっと坊主の囁きを追加しとこうか?」

 五郎が本気の顔で言うから「もういいんじゃないかな!」と思わず止めた。

「そっか、そうだよね。ああ、疲れた……」

 ポン、と音がする。五郎がタヌキの姿に戻ったかと思うと、体がふらりと倒れそうになったので、体を支えた。

「おっとっと。大丈夫か」

「疲れちゃっただけ……ねえ晴翔、このままおうちの森の前まで運べる?」

「もちろん。オレはその役目があるし」

 タヌキ状態の五郎は、犬と同じくらいの大きさだから、多少の距離なら抱えていける。化け術を使ったあとは疲れて動けないかもしれないと言われて、だったらオレが運ぶと決めたのだ。

「お疲れ、五郎」

「うん、ありがと、晴翔」

 うわ~、めちゃくちゃもふもふ!

「もふもふ……」

「あんまり強く体をつかまれるのは嫌だし、触るなら頭だけにしてよぉ」

「わかったって」

 こういうときくらいしか、タヌキ状態の五郎を抱っこできないからな……人間体の時はまったくそんなこと思わないけど。

「まあ、晴翔はボクのこと、大事に運んでくれること知ってるけど」

「よせやい、照れる」

 これはオレだけが知ってる五郎の、もう一つの秘密。

 もふもふしてたって、オレと五郎は友だちだってこと。



 あれから一週間後。おばんじゃーずは謝罪動画を上げて、子どもの……オレたちの映っている動画は削除。一応活動は続けているみたいだけど、クラスで話題に上がることはほとんどなくなった。

「そもそも、お化け屋敷に居たのだって、不法侵入?になるからだーってじいちゃんが言ってた。実際、あの屋敷を持ってるひとが警告したかなんかで、出てったみたいだよ」

 帰り道、オレは五郎と一緒にじいちゃんから聞いたおばんじゃーずの顛末を話していた。

 かわいい猫ちゃん動画しか見ないはずのじいちゃんも、一応存在は知っていたらしい。

「松田さんも、学校に来れるようになってよかったね」

 今日の朝、久しぶりに登校してきた松田さんがオレと五郎にはにかんでくれて、本当によかったと思った。もちろん、松田さんはオレたちがあいつらを化かしたことなんて知らないはずだけど。

「謝罪動画は見たけど、一応ボクたちのことは言ってない……忘れるくらい化かせて、よかったぁ」

「ホントにすごかったよ! 火の玉も、化け坊主も」

「えへへ……昔のタヌキの化け術をね、ちょっとだけやってみたんだ」

「五郎ってすごいんだなぁ」

「へへ、へへ、それほどでも……」

 照れている五郎を見て、オレはぴーん、とひらめいてしまった。

「なあ、これからもなにか困ったことが起きたら、おまえの化け術で解決……できない?」

 一応、ふざけてないんだぜということを伝えるために、思いっきり真面目な顔で言ったつもりだった。五郎はぽかん、と目を丸くしてオレを見ているだけだ。

「ゴメン! 図々しかったよな。おまえの化け術がすごいから、つい」

「ナイスアイディアだよ、晴翔くん! でも、条件がある」

「な、なんだ……?」

 五郎は、すっごく真剣な顔でオレを見た。

「ボクは、晴翔くんが一緒ならやってみたい」

 なぁんだ、そんなことか。

 オレはふっ、と笑って、五郎の肩をがっしりつかんだ。

「もちろん! オレも絶対に一緒だ。二人でやっていこうぜ」

「うん!」

「そうだな……名前は……化け化けかいけつ団!」

「化けるから? 単純だけど、なんか元気だから晴翔らしいや。いいね」

「よっしゃ。おれたちはこれから、化け化けかいけつ団だ!」

 思い付きの名前だけど、なんだかしっくりくるぞ。

 よーし、これからオレもがんばるぞ!


おわり

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おれたち化け化けかいけつ団 服部匠 @mata2gozyodanwo

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