おれたち化け化けかいけつ団
服部匠
前編
「ああ、また遅刻かなぁ」
朝から太陽がうざったいくらいまぶしい空と、その下に広がる坂の上を眺めて、オレはぼやく。
一緒に登校する友だちを待っているのだけど、そいつは、超、超々ねぼすけで、毎朝毎朝、オレたちは登校時間ギリギリなんだ。
「あっ! 来た!」
やっと、坂の上に誰かの姿が見えた。だけど、それは足音じゃなくて「ゴロゴロゴロゴロ!」なんていう、なにかが勢いよく転がる音だ。
「あーっ、五郎のやつ、また化けてる」
あっという間にオレの目の前に現れたのは――誰も乗っていないスケートボードだ。しかも、ふさふさの尻尾付きの。
尻尾付きスケボーが瞬く間に煙に包まれる。すると、中から
「おはよう、
オレの一番の友だち、
優しい目をして、ちょっと茶色がかった髪の毛の、ぼんやりした感じ(でも、顔はなんかやたら女子に人気があるんだよなぁ)の、フツーの小学生みたいに見えるけど、実は……。
「また寝坊か?」
「仕方がないよ。タヌキなんだもん……タヌキは夜行性で……」
「そりゃそうだけどさぁ」
五郎は人間じゃない。化けタヌキなんだ!
この町には大きな山があって、昔から化けタヌキが住み着いている。昔は町の人みんな知ってたらしいんだけど、じいちゃん曰く住む人が変わっていって、そのことを知らない人が増えた。だから、今はオレとオレのじいちゃんくらいしか、化けタヌキが人間の世界に紛れているなんて知らないらしい。
「っと、そんなこと言ってる場合じゃないよ、遅刻だ!」
「わわわわどうしよう……!」
周りを見る。よし、誰もいない。
「いつものあれやるぞ、あれ!」
「う、うん! 変化っ!」
ぼわんっ、と白い煙が五郎の全身を包む。やがて煙が消えると、そこには脚にスケボーがついた五郎がいた。オレはひょいと背中におぶさる。
「いけーっ! 速く走っちゃえば足元見えないんだから!」
地面をけって、スケボー五郎は走り始める。学校に近づくにつれ、登校する児童が多くなってくるのが見えた。五郎はひとの隙間をすいすいとよけて走っていく。それ、実はとっても楽しみだったりする。だから、どれだけ待たされてもそんなにいやな気はしないんだ。
「いえーい!」
「回るよ、晴翔!」
合図で五郎の体をしっかりつかむ。
五郎が、勢いよく空中にジャンプ! くるりと一回転!
しゅたっ、と地面に着地するときには、五郎のスケボーは消えて、人間の脚に変化済み。だから、周りにはなにが起きたかわかんないってワケ。
「こらーっスケボーでの登校は禁止だと! 言っとるだろうが! 大野‼」
げっ、サイアク。
今日は学校イチ怒鳴るとうるさい工藤勘太先生――クドカンが門番じゃん! ほかの先生は気付かないのに、クドカンだけはいつもいつも気付くんだよな。
だけど大丈夫。
「スケボーなんて持ってないです! ほら!」
手を広げて見せる。正真正銘、スケボーなんか持ってないのだからウソはついていない。
「玉貫は……」
「ぼぼぼぼボクもです!」
五郎もオレのまねをするように広げる。スケボーの影も形もないことがわかると、クドカンは「まったく、危ないことはするんじゃないぞ!」とお小言を一言言って、オレらから目を離した。
「はーっ、ドキドキしたぁ。工藤先生はほんと、鋭いなぁ」
「でも、ホントに持ってないんだし、証拠がねーもん。まさか、大の大人が、タヌキが化けてるなんて思うはずもないし」
「ふふ、そうだね。晴翔の言う通りだと思う」
正真正銘化けタヌキの五郎が薄く笑う瞬間、いつも不思議な気持ちがする。それに、このことを知ってるのは、この学校にオレだけって思うと、なんだかくすぐったい気持ちだ。
「なあなあ『おばんじゃーず』の動画見た?」
休み時間、クラスメートの鈴木が食い気味に話しかけてきた。
「おば……?」
「新しい配信者。男三人組の!」
「ごめん、ウチはじいちゃんが猫動画しか見てないから」
テレビでユーチューブは見られるけど、アカウントはじいちゃんのものだし、見るものは猫動画しか許可されていなんだ。
「三丁目にお化け屋敷があるじゃん? ぼろっちい家の。あそこで動画撮ってるんだってさ」
「あのお化け屋敷、入れるの? ってか、人住んでる……?」
「そこに住んでるんだよ、おばんじゃーずが。たまに生配信してる」
「へー……」
すげえよな! とちょっと興奮気味のクラスメートを横目に、オレは生返事になる。
「やっぱあの屋敷に住んでるの、おばんじゃーずだったんだ」
他のクラスメートたちもわらわら集まってきて「オレ知ってる!」と一番声のデカいやつが叫んだ。
「隣のクラスのやつがさ、配信中に覗いたんだって。そしたらさ『邪魔するな!』って驚かされて追い出されたんだって」
「そりゃそうだろ。配信の邪魔だし」
「あれ、でもさ、投稿された動画は『子どもたちが遊びに来てくれました~!』なんて言ってたよな?」
「そういえばそうじゃん」
「あれ……?」
なんだか、みんなの間に不穏な空気が流れてしまった。
「つまり、やってることと動画の内容が違うってこと?」
「どうなってるんだ?」
「オレ、おばんじゃーずけっこう好きなのに」
いつの間にかクラス中がこの話題でざわざわと騒がしくなってしまった。
「みんな見てるんだね……ボクはちょっと興味なくて見なかったけど」
こそっと耳打ちしてきた。タヌキなんだけど、新しいものに興味のある五郎はスマホを持ってて、オレよりはいろいろ見てる。
「なんで?」
「ちょっと……ことば遣いが怖いから」
「そっか~」
そうだよな。みんなが面白いと思ってるもの、みーんな楽しいわけじゃないもんな。
「五郎くんも、そうなの……?」
ふと隣から女子の声がした。松田さんだ。クラスメートの中でも、おとなしいけど優しくて、たまに話せると一日ラッキー、って思う。まあ、話しかけられたのオレじゃないけど。
「松田さんもちょっと苦手?」
「うん……」
それっきり松田さんは黙ってしまった。ざわざわと騒がしかった教室も、休み時間が終わってしまうとさすがに落ち着いた。
だけど、そのあとの休み時間もたびたび、クラスの中ではあの話が繰り返し聞こえてくる。そのたびに、斜め前の松田さんはすごくしんどそうな表情をして顔をそむける。
なんだかオレは、心にモヤモヤがひっかかったままで一日過ごすことになってしまった。
「そろそろ帰るか」
「うん。付き合ってくれてありがと、晴翔」
「たまには本を見るのもいいだろ」
「読んでたの漫画ばっかりだけど。まあ、本は本だね」
放課後、図書室からでたオレと五郎は、下駄箱に向かっていた。本に用事があったのは五郎だったけど、オレだってたまには図書室を物色したい日もあるんだ。
「あれって、松田さんじゃない?」
五郎が廊下の先を指さす。
「ほんとだ。でも、なんか様子が変だ」
松田さんは自分の下駄箱の前で、じっと押し黙ったままなんだ。
「松田さん、今から帰るの?」
話しかけると、彼女はハッとしたような顔になってオレを見た。
「あ、う、うん、そ、そうだよね、帰る、帰る……」
言葉では帰るとは言ってるけど、その手は靴を取る様子はない。不思議に思っていると、五郎が意を決したように口を開いた。
「ねえ松田さん、今日ずっと元気ないけど……なにかあった?」
「五郎っ、くん……!」
……ムムッ、単刀直入だな? しかも、なーんかあいつの声掛けの方が、ちょっと顔が赤くなって、ちょっとだけうれしそう。
わかってるよ、あいつ、女子に人気あること。オレみたいなガサツなやつは「トモダチ」だけどさ。
「……うちに帰るのがいやなの」
「えっ、どうして」
「通学路の途中に、あのお化け屋敷があって……通りたくない。でも、通学路以外の道は通っちゃダメだから……」
「ああ、松田さんのおうち、あのあたりなんだね。うーん、確かに別の道は通れないかも」
学校の決まりをきちんと守ろうとしている松田さん、真面目だな。オレなら平気で別の道通っちゃう。
「じゃあ、こちらから覗かなければいいんじゃない?」
すると、松田さんはふるふると頭を振って「実は、それでもだめだったの」と弱々しい声で言った。
「どういうこと?」
「……一度だけ、お化け屋敷の中に、引っ張られそうになって……」
「!!」
「たまたま前を人が通りかかったから、逃げられた、けど……」
「それ、ヤバいやつじゃん!」
「もう事件じゃないか……警察には話した?」
松田さんは「怖くて親にも言ってない……」と涙目だ。
「そんな……」
「ごめん、松田さん、嫌なこと思い出せてしまって」
五郎の優しい声かけに、ついに松田さんは泣き出してしまった。
覗いた奴がなにか言われるのは仕方ないと思ってたけれど、動画でウソをついたうえに、覗いてもいない子どもにいたずらしたなんてさ。
思わず、五郎の顔と顔を見合わせた。
「なんか、すげームカついてきた!」
「晴翔の言葉はちょっと乱暴だけど、ボクも同意見かな」
うんうん。こういうところ、オレたち気が合うんだよな。
「なあ五郎、オレと松田さん、三人で一緒に帰るのはどう?」
「ああ、いいね。一緒に行こう」
「でも、二人ともおうちの方向が違うんじゃない?」
「遠回りくらいなんともないって! オレ、生まれも育ちもこの町だから、知らない場所なんてないし」
下校時間過ぎちゃうよ、とせかすと、松田さんはおそるおそる靴を取った。
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