悲恋の物語の裏側で転生公女は初恋を手に入れる

ニノハラ リョウ

本編

 半年ほど前この国では『真実の愛』からの『婚約破棄』が話題となった。

 発端は、我が国の第二王子が、婚約者だった隣国の第一王女に婚約破棄された事だ。

 なんでも第一王女は隣国から連れてきていた護衛騎士と『真実の愛』に目覚めたらしく、わざわざ留学先だった我が国の貴族学園の卒業式で、『婚約破棄』を宣ったのだ。

 あの時の我が国の第二王子の暗黒微笑は今思い出しても体が震える。……もちろん恐怖で。

 直系王族の証である銀髪とアイスブルーの瞳から、冷気が漂う錯覚が見えたものだ。


 もちろんその宣言後、件の第一王女と護衛騎士は、二人以外の隣国の関係者達に抱えられるようにして、文字通り逃げ去っていった。

 そしてその後を我が国の外交官使節団が追いかけていく。

 その様はまるで、『ふはははは』と高笑いながら、某天空の王家の末裔の少女を追いかけ追い詰める、これまた某天空の王家の末裔のようだった。

 さりげなーく髪色を変えて変装した当事者の第二王子が交ざっていたのは見て見ないふりをした。だって怖いし。


 それが凡そ半年前の話。

 文字通り意気揚々と帰国した使節団(と変装した第二王子)は、大変良い笑みを浮かべていたので、だいぶ隣国から搾り取ったとみえる。もちろん第二王子の婚約は破棄された。


 その後、第一王女の『シンジツノアイ』にウッカリ感銘を受けたらしい下位貴族で何件か婚約破棄があったらしいが、我が家を含む高位貴族では幸いそのような(愚かな)事態は起きず、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。


 だからといって、安心するのはまだ早かったらしい。


 そんな風に遠い目をしながら、半年も前にあった『婚約破棄』騒動を今更ながら思い馳せているのにももちろん理由がある。

 なんとびっくり。今回わたくし自身がそれに巻き込まれそうだからだ。


 そう、今目の前で繰り広げられている、一人の儚げな女性を巡って二人の男が言い争っているこの状況によって。


 更に、わたくしは人生十八年目にして自分が何の世界に転生したのかを理解した。



「……ジゼルじゃん」



 わたくしの呟きは誰に拾われる事なく消えていった。





 わたくしが、異世界転生したと気付いたのは幼少の頃。

 遊びに来ていた男の子と木に登ってたら案の定、落ちた。わぁ、テンプレー。

 焦った表情を浮かべる男の子の銀髪が、木漏れ日を受けて綺麗だなぁと呑気に思ったのが、落ちた時の最後の記憶だ。

 そこで頭を打ったせいか、すぽんと前世の記憶とやらを思い出した。え?普通頭を打ったら記憶を無くすものでは?


 と、いささか混乱しつつ思った事。


 それは……


 ここなんの世界どこよ?


 だった。


 今世の名前はバティルド。とある大公家の総領娘だった。

 高位貴族の一人娘として蝶よ花よと育てられ……ず、将来この大公家を継ぐ人間として、そこそこ厳しく育てられた。

 そしてもちろん、我が家の血を繋ぐべく、公爵家の次男を婚約者としてあてがわれていた。

 記憶を思い出した頃は、これは所謂悪役令嬢転生か?婚約者は攻略対象か?ヒロインは何系か?と色々戦々恐々としたものだが、わたくしや周囲の人間が出てくる小説や乙女ゲーに何の心当たりもなく、舞台となりそうな貴族学校でもそういった展開はなかった。

 唯一アレかな?と思ったのが例の第二王子の婚約破棄騒動で、その時のわたくしは空気とかモブの立ち位置だったし。

 だからこそ、ほっと胸を撫で下ろし、つつがなく人生を過ごせるだろうと油断した時にこの仕打ち。

 やってくれるぜ、転生の神様。会ってないからホントにいるかも知らんけど。


 そう、わたくしがたまたま視察に来た村で、今目の前で村人と言い争っているそこそこ整った顔立ちの男こそ、わたくしの婚約者でもある公爵令息のアルブレヒトだった。


「だから、ジゼルはコイツに騙されてるんだ!!

 は隣村の人間なんかじゃねぇ! お貴族様なんだよ!!

 たかが村娘と添い遂げられる訳ないだろっ!! 目を覚ませっ!!」


 ロイスと呼ばれたアルブレヒトに相対している、これまたそこそこ整った顔立ちの村の青年が吠える。


「……そ、そんな…!? ロイスっ! 嘘よねっ?!

 貴方が貴族様だなんてっ!? わたしの事を愛してるって言ってくれたじゃないっ!!……ぐっ!けほっ」


 ぐらりと儚げな乙女の身体が頽れそうになる。

 そりゃ、あれだけ踊りまくった挙句、一息に長台詞を回せば疲れもするだろう。

 見た感じそこまで身体が丈夫なタイプでもなさそうだし。

 今日はこの村の精霊を称える祭りの日だったらしく、さっきまで村の娘たちが可憐な踊りを披露していたのだ。


 頽れそうになる彼女の体を支えようと、ロイスと呼ばれた青年が手を伸ばすが、それを阻むようにジゼルの母親らしき女性がジゼルを支える。

 更に村の娘達がジゼルを庇うように取り囲む。


 ……それにしてもこの村、辺鄙な割に美女率高いな。

 ジゼルは儚げ美少女。母親も儚げ美魔女風。

 村娘達もタイプは様々だが皆整った美貌の持ち主だ。

 人の少ない村の人口比率で考えても、ちょっと異常なくらいの美女率。男達は玉石混交って感じなのに。


 そんな事を呑気に考えながら争いを眺めていたら、わたくしの隣にいた男性が、憤懣やる方ないといった表情を浮かべていた。


「……このっ! 馬鹿息子がっ!!」


 吐き捨てるように絞り出された声には、男性の怒りが溢れんばかりに込められている。

 その様子を他人事のように眺めながら、チラリと斜め後ろに視線を投げる。


 そこには半年前からわたくしに付けられるようになった専属護衛騎士の姿があった。

 目に被る長さの黒髪の向こうで薄い水色の瞳が眇めらる……笑みの形に。

 それを見て覚悟……と言うか諦めがついた。

 一つため息を吐いて、パチリと持っていた扇を開く。


 その瞬間、村の青年が叫んだ。


「だから、ソイツはお貴族サマで、そこのおひぃさまの婚約者なんだとよっ!

 ほらよっ! これがロイスの本当の服と剣だ。

 こんなご立派な服を着てご立派な剣を佩いている村人なんかいるわけねぇだろうがっ!!」


 バサリと貴族令息の普段着一式が投げ出される。

 その上には、先日わたくしが婚約者に贈った剣も。

 柄の部分には、婚姻後我が家の紋を入れる予定だった空白がある。


 ふうと扇の陰で息を吐き、おもむろに口を開く。


「何やら勘違いなされているようですが、其方の男はわたくしの婚約者ではございませんわ」


「「「えっ?!」」」


 隣に立つ婚約者の父公爵アルブレヒトロイス、村の青年が同時にわたくしを振り返る。


 一番最初に気を持ち直した公爵が、はくりと息を吐いてから言葉を絞り出した。


「そ、それは……」


「当たり前でございましょう?

 大公家当家に迎える婿が、このような場所で身分を誤魔化して不貞を行うような人物であるなどありえませんわ。

 それ即ち、そこな男はわたくしの婚約者ではございません。

 宜しいですね?」


 最後の言葉は呆然としているロイスに、そして顔を蒼白にした公爵に言い聞かせるよう告げる。


 びっくりしているようだが、当たり前ではないか。

 ジゼルに対して本気にしろ遊びにしろ、格上の家大公家に婿入り予定の男がする事ではないし、そんな不実な奴はこっちから願い下げだ。


 わたくしには元々別の人間が婚約者としてあてがわれる予定だったのだが、色々あって毒にも薬にもならないアルブレヒトが選ばれたのだ。

 女大公になるわたくしの足を引っ張らないような、無難な家の無難な男を選んだつもりだったが、とんだ当てハズレだ。


 最近は今わたくしの隣に呆然と立ち惚ける公爵も、我が家と縁続きになるという事で、わたくしの見ていないところで周囲に驕った態度をとっていたようだったし、これ幸いと縁を切らせていただこう。


「そんな馬鹿な!? 俺はちゃんと王都で調べたんだ!!

 ここにいるロイスは、本当はアルブレヒトって名前で、公爵家のお坊ちゃんで、大公のおひぃ様の婚約者だってなっ!」


 なるほど?

 一介の村人にしてはよく調べてある。むしろている。

 ちらりとわたくしの護衛騎士に視線を送れば、今度はすっとぼけるように視線を外す。……全くもう。


「……それ以上の発言はわたくしに対する無礼となります」


 扇の向こうから目を眇めて村の青年を冷たく睥睨すると、ここの村人らしい壮年の男が青年の肩を引いた。


「ここは引け、ヒラリオン」


「っ! だけど村長っ!! ソイツは……っ!!」


 ヒラリオンと呼ばれた村の青年が悔しげに顔を歪め、呆然と膝をついたままのアルブレヒトを睨み付ける。


「ロイスが隣村の人間だろうと、お貴族様だろうと、我々には関係ないだろう。

 それより、森番のお前が森を離れた事の方が問題だ。さぁ!こっちにこいっ!」


 村長がヒラリオンを引きずって去っていくと、今度はジゼルが娘達の包囲を抜けて前に出てきた。


「……本当にロイスは貴族様なの……?」


 大きな瞳に涙を一杯にため、ジゼルが嘘だと言って欲しいと悲痛な願いを込めてアルブレヒトを見つめる。


「そ……それは……」


 ノロノロと顔を上げたアルブレヒトがジゼルに視線を投げた後、何故か縋るような眼差しをわたくしに向けた。なんでだよ。


「っ!! 最低っ!!」


 ジゼルが踵を返して元気に走り去っていき、それを追うように母親も走る。どうやら狂死はしなさそうだ。

 最後に母親からこちらに投げられた視線は随分と鋭かった。……なんでだよ。


 そんなジゼルに視線を送る事なくわたくしを見るアルブレヒトにいささか辟易していると、その視線を遮るようわたくしの護衛騎士が立ち塞がった。


「……公爵様、王家から依頼されたこの村の視察は充分だと思いますので、わたくしはもう戻ります。

 公爵様はどうされますか?」


 アルブレヒトと視線を合わす事なく公爵に話し掛けると、再び息子に対する怒りが再燃したらしい公爵は真っ赤になって全身を震わせながら、アルブレヒトを睨みつけていた。


「……私は少々用事が出来た為、どうか公女様は先にお戻りを……」


 その言葉にパチリと扇を閉じる。


「それではお先に失礼いたしますわ。

 ……そうそう、必要な書類は早急に送りますので、速やかにご対応いただいた方が……宜しいかと」


「そ、それは……もう……無理なのですか?

 我が家にはもう一人息子が……」


 息子アルブレヒトそっくりの縋るような視線を遮るように目を閉じて首を振る。


「溢れたミルクはもう戻せませんわ」


 そう言ってちらりとわたくしの護衛騎士に視線を送る。

 それに釣られるよう視線を投げた公爵様は、護衛騎士と目が合うとはっと表情をこわばらせ、そしてがっくりと肩を落とした。


「それでは、ご機嫌よう」


 アルブレヒトに一瞥もくれる事なく、この場を後にした。



◇◇◇



「で、何処から何処までが貴方様の手のひらの上なんですの?」


 父である大公への報告も済ませ、一息入れる為に淹れてもらった紅茶に口を付ける。

 紅茶の華やかな香気とその温かさに癒され、ほぅと息を吐く。


 そして、人払いを済ませても扉に佇んでいた護衛騎士に、背を向けたまま疑問を呈した。


「……お側に寄っても?」


 疑問を疑問で返してくるのが僅かに憎らしいが、コクリと頷いて是を返す。


「……て、近いですわっ!!」


 何を血迷ったか、護衛騎士はわたくしの隣に腰を下ろし、肩を抱き込むように身を寄せてきた。


「……婚約者なら当然の距離じゃないか?」


 平然と返すアイスブルーの瞳が憎らしい。


「……書類上はまだのはずですわ」


 するりとわたくしの腰に回された悪戯な手をペシペシ叩きながら言い返す。


「誤差の範囲ってヤツだな。

 そもそもウチ王家が主体で動いてるんだ。何も問題が起きる訳ないだろう」


「そこっ! それですわっ!

 一体何処からわたくし貴方の手のひらの上で踊ってましたの!?」


 わたくしの太ももをサワサワと撫で始めた大きな手を、自らの手で押さえつけて、不埒な行いを止める。

 押さえつけたことによって、じんわりと太ももに移っていく自分以外の熱が気になる。


「そんなの最初からに決まってるだろう」


「最初から? シレジア公爵様と共に王領の村へ視察に行けという訳のわからない御下命からですか?」


「いや? 半年前の俺の婚約破棄……の前からか。

 婚約破棄すらこちらで誘導したものだからな」


「……は?」


 思わず王族に対する礼儀とか、公女らしい気品とかそっちのけで、聞き返す。


「そもそもお前の婿は俺だったんだ。

 そこに変な横槍を入れてきた隣国に、手痛い仕返しをするのは当然だろう?」


「……アルブレヒトの前にほぼ決まっていた候補がいたとは聞いておりましたが、貴方様でしたの?」


 思わず胡乱な視線を向けてしまう。


「そうじゃなかったら、幼い頃からわざわざ第二王子自ら大公家に遊びに来る訳ないだろう。

 アレで大人達は俺達の相性を測っていたんだ。

 悪くないどころか、俺がお前に惚れたからほぼ本決まりだったのに、隣国の奴らが……」


 舌打ちせんばかりの殿下と相反して、唐突な告白にわたくしの頬が熱くなる。

 これ絶対真っ赤になってる。前世と違って抜けるような白さの肌だから、赤くなったら丸わかりだ。


「ん? 赤く染まって可愛いな」


 剣の鍛練を重ねているせいか、硬く締まった指先がわたくしの頬を柔らかに滑り落ちていく。


「ん……っ」


 落ちた指先が、無意識に噛み締めていた唇を擽るように這う。

 唐突に広がった甘い雰囲気に流されそうになるが、なんとか話の途中だった事を思い出す。


「……では、隣国の第一王女様の真実の愛のお相手は……」


「向こうが用意した。そもそも向こうの王太子と兄上は懇意でな。

 寵姫が産んだ第一王女を甘やかしてばかりの父王にいい加減腹を据えかねていたらしい。

 で、隣国の王太子が父王に見切りをつけたのが、俺との婚約話だった。

 アレも何処かで俺を見初めたらしい第一王女の我儘に嬉々として国王が応えた結果だそうだ。

 ウチとしてはなんの旨味もないし、寧ろクールラント大公家との縁の方が大事だから断ったんだが、無理やり捩じ込まれてな。

 どうしたものかと思っていたら、向こうの王太子が、自分が成人するまで待って欲しいと秘密裏に話を持ってきたんだよ。

 成人した暁には直ぐに王を退位させ、寵姫と第一王女共々幽閉するって事だったんで、話に乗った訳だ。

 いやぁ、実際に退位させる場面に立ち会ったが楽しかったぞ?

 王太子息子に第一王女のやらかしで断罪される王、あ、もう前王か。泣き喚くだけの寵姫。それを冷ややかに見つめる王妃。

 真実の愛のお相手が存在しないと告げられた時の第一王女は見ものだったな」


「もう……悪趣味ですわよ。わざわざ護衛騎士に扮してまで見学に行くなんて……」


 隙あらば悪戯に動こうとする手を軽くあしらいながら、じとりと見つめる。

 相手の方が顔の位置が高い為、図らずも見上げる形になってしまう。


 すると、ふっと影が差し、ちゅっと僅かな擦過音と共に自分のものではない熱が唇に触れた。


「?! な、な、な、な、な、何をっ!?」


 相手の胸に手を当て何とか距離を取ろうと腕を突っ張る。

 護衛騎士が着用する黒い騎士服越しに、鍛え上げられた胸筋を感じてしまい、胸が高鳴った。

 このお方、やんごとなきご身分の方なのに、本気で鍛えてらして、本当にお強いのだ。この半年護衛騎士として行動を共にしてきたが、その剣の腕で助かった事も一度や二度ではない。


「いや、誘われてるのかと」


「誘ってません!」


 少し上がってしまった息を、紅茶を口にする事で落ち着かせる。

 カップをテーブルに戻して、改めて殿下と向き合う、


「……では、アルブレヒトの浮気も……?」


「いや、奴があの村の人間むすめに魅入られたのは偶然だ。

 もちろんこんな好機を見逃してやるほどこちらもお人好しではないがな」


「……魅入られた……。という事はあの村はやはり……」


 精霊の……とそこまで呟いて思わず口籠もる。

 どうやらあの場でジゼルが亡くならなくても、アルブレヒトの今後は明るくないらしい。

 元婚約者の暗い未来に想いを馳せていると、顎を掴まれ、強制的に視線を氷のように燦く瞳に固定された。犯人はもちろん、半年前からわたくしの護衛騎士に扮していた第二王子殿下だ。


「……バティルド、お前は何を知っている?

 あの村の秘密は王家によって秘匿されていて、厳重に管理されているものだ」


 顎の手はそのままに、逃さないと言わんばかりに反対の手が腰に回り、側から見れば恋人達が抱き合って見つめ合っているようにしか見えない。

 その反面、殿下のアイスブルーの瞳は冴え冴えと冷気を発している。


「……産まれる前の記憶の話をしたでしょう?

 その世界で有名なバレエ……舞台の演目に今日のような話があったの。

 あちらの話では、ヒラリオンによって婚約者のいる貴族だとバラされたアルブレヒトロイスは、あの場で婚約者を選ぶのよ。

 そして恋人ロイスの裏切りを知ったジゼルは狂死してしまうの。

 その後ジゼルは精霊になって……。

 そしてジゼルの墓参りに訪れたヒラリオンとアルブレヒトの二人は精霊女王の命で精霊達と死ぬまで踊らされる事になるの。

 だけど……アルブレヒトだけはジゼルの想いによって何とか生き残れる……って話なんだけど……」


 わたくしもだんだん前世の記憶が薄れつつあるので、曖昧な部分が多い。そもそもアルブレヒトの婚約者の名前がバティルドだなんて知らなかったし。

 だから、前世の記憶を思い出しても、この世界が何の世界か見当もつかなかったのだ。

 それに恐らくこの世界はあくまでも『ジゼル』をベースにした異世界なのだろう。

 この国の名前も周辺国の名前も聞いた事ないし。

 ガチで中世ドイツの村だったら、前世の記憶がある人間はもっと生きにくかったと思う。色々と。


 ちなみに前世の記憶の話は思い出した直後には殿下に話してある。

 まぁ、自分と一緒に遊んでいた少女が、木から落ちてから何処となく雰囲気がおかしくなったのだ。

 彼なりに責任を感じて思い詰めていそうだったので、ペロリと伝えたのだ。面白半分だったのはここだけの話。

 随分食いつかれ、根掘り葉掘り聞かれたのも、今となっては良い思い出だ。


「……驚いたな。もしや、あの村の内情についても察しがついているのか?」


 本当に驚いた時の表情を浮かべている殿下に対して、ちょっとドヤ顔キメてしまう。

 だけど、何とか表情を取り繕って、決して愉快ではない考察を口にする。


「……恐らくあの村は……。言い方は悪いけど精霊達の為の村。

 村の娘達は精霊の血を継いでいるんじゃないかしら?

 そしてお話の中のジゼルのような不遇な死を迎えた娘は必ず精霊になる……。

 その為に、極端に体、若しくは精神的に脆い子がそれなりの頻度で現れるんじゃないかしら?若いうちに亡くなってしまうような。

 だからあの子の母親にわたくしは睨まれたのかと。

 アルブレヒトの裏切り……明確に婚約者を選んだアルブレヒトを見た事でショック死して精霊になるはずだったあの子が死ななかったから……。

 と言っても遅かれ早かれなのでしょうね。彼女の運命は。

 更に言うなら……さっきの貴方の『魅入られる』って発言から鑑みるに、ある程度の頻度で男の人があの村に吸い寄せられてるんじゃない?

 次代を繋ぐ為と……精霊達への生贄として……」


 考察を語り終えたわたくしが口を噤むと、室内はシンと静まり返った。

 パチリと一つ瞬きをした相手が口を開いた。


「流石バティルド。君の考えた通り、あの村は精霊の候補たる娘が生まれ落ち、生贄となる男を呼び寄せる」


「だから、不自然な場所なのに王領なのね。精霊達が暮らす森も含めて。

 それに呼び寄せられた側も不自然さを感じる事なく引き寄せられているのでしょうね。

 だから、村自体の存在は知られていても、その本質は秘匿される」


 悪戯な手を引き留めていた自分の指先を、相手の指の間にそれぞれ挟み込み、キュッキュッとマッサージをするように動かす。


「……その通り。

 そこまで見抜かれたら、やはり王族に嫁ぐしかないな」


 ニヤリと笑む殿下の頬を、繋いでるのとは反対の指でぐりぐり刺す。あらやだ、肌理細かくすべすべー。下手したらわたくしより美肌だわ。


「わたくしは大公家の一人娘。ですから、婿をもらうんですの。お嫁には行きませんわ」


「それもそうだな。

 では改めてバティルト。初恋の君。

 貴女を愛しているんだ。この哀れな男に貴女の隣に立つ栄誉を与えてくれまいか?」


 そう言ってわたくしの掌に口付けを落とす。


「……貴方が隣国の第一王女様と婚約された時、色々諦めたの。

 今になってこんな……。

 でも……」


「でも?」


「運悪く精霊に魅入られたアルブレヒトには申し訳ないけど、貴方と一緒になれるのはとても嬉しいわ。

 でも……返事は後日でいいかしら?」


 わたくしの返事に、殿下の片眉が上がる。


「何故?」


 ちらりと殿下のアイスブルーの瞳……よりも上に視線を送る。


「瞳の色は変わらないけど、髪色が違うとちょっと別の人みたいで……。

 せっかくのプロポーズですもの。本来のお姿の時にお答えしたいわ」


「……プロポーズは前世の言葉で求婚の意だったか?なるほど。ならば急いで身を整えてこよう。

 あぁ、確かプロポーズには薔薇の花と指輪が必要なのだったか。

 薔薇の本数は……」


 ぶつぶつと呟き出した殿下を慌てて引き止める。

 ていうか幼き日のわたくしは何故殿下に前世のプロポーズをアツく語ったのだろう。いや、答えは一つで、彼にそうして欲しかったからに他ならないが。


「お待ちください。髪色を戻された銀髪でアイスブルーの瞳をしたわたくしの初恋の王子様にお答えしたいだけですので、それ以外は不要ですわ。貴方様だけが必要なのです」


 言ってから自分の言葉に赤面する。これじゃあ熱烈な告白だ。

 これはもはや求婚に応えたようなものではないか。元々断るつもりは微塵もなかったけど。

 わたくしの言葉にふわりと破顔する殿下。

 その顔は、幼少の頃二人で庭を駆け回っていた時と同じ笑顔だった。


 こうしてわたくしは初恋の男の子を手に入れた。




 最後にその後の話を少しだけ。

 あの後比較的すぐにジゼルは亡くなったらしい。

 そしてどうやら物語の通りにヒラリオンとアルブレヒトはジゼルの墓を見舞って精霊達の踊りに捕まったようだ。

 更には、物語ではジゼルの愛によって助かるはずだったアルブレヒトは、あの騒動でジゼルからの愛を完全に失っていたらしく、ヒラリオンと同様に精霊の餌食になったらしい。

 て、そりゃそうだ。むしろ物語の方のジゼルも何故に自分を騙していた男を助けたし。

 やり口はどうであれ、ジゼルを大切に思っていたのはヒラリオンの方だと思う。


 ちなみに、そんな醜聞に塗れ、大公家から縁を切られた公爵家は没落の一途を辿っているらしい。

 これまた自業自得である。


 なんで滅多に王都を出た事がないアルブレヒトがあの村に近づいたのかとか色々ツッコミたい気もするが、公爵家のくせに凡庸だったあの家は遅かれ早かれ王家の手が入っていたのだろうと流すことにした。

 ……決してどこかの殿下が我を通した訳ではない……はずよね?


 ちらりと相変わらず距離の近い隣へ視線を向けると、今日も輝く銀髪とアイスブルーに燦く瞳を持った婚約者が、わたくしを見ながら満足げに微笑んだ。


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悲恋の物語の裏側で転生公女は初恋を手に入れる ニノハラ リョウ @ninohara_ryo

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