耳と音楽

@at_akada

耳と音楽

現在の帆高航(ほだかこう)には、音楽鑑賞という習慣がない。クラシックであれロックであれポップであれ、家で音楽をかけることはめったにない。コンサートやライブに足を運ぶこともほとんどなかった。避けているというよりはただの無関心に近く、より正確な表現を使うならば、いつのまにかそうした習慣を失なったというくらいが適切だろう。

かつては、熱心なリスナーだった時期もあった。

それは帆高にとって決して楽しい時期ではなかった。幸いにも、大人になった帆高にとって、その記憶はもはやはるか遠方にある。その最中にあってさえ、音楽は思い出の最良の部分だった。しかし、帆高は音楽を聴くと、どうしても、その時期のこと、当時の暗い空気や何やかやを思い出してしまう。大学を卒業して数年後、音楽を聴くのをやめてしまったのは、そんなところにも原因があったのかもしれない。

当時の自分にとって音楽がどういうものだったか、現在でもよく思い出すことができる。銀色の小さなiPodに白いイヤホンをつなぎ、そこに耳を傾ける。たったそれだけで、自分ひとりの幸福な空間が立ち上がる。他の誰も立ち入ることができないひっそりした個人的な空間。

中古のiPodは父親から貰ったものだった。父親は自分の購入した楽曲のコレクションごと、帆高にiPodをプレゼントした。父親がくれた時点で、数百曲は入っていたと思う。半分くらいは、父親が好きだった九十年代のアメリカやイギリスのロックバンドで、残り半分は日本語の曲だった。

それが中学校の入学祝いだった。同時にその頃、父親と母親の関係は最悪の状態にあった。母親の精神が限界に近づき、家の中に嫌な緊張感が満ちていた。暴力沙汰が起きたこともあった。両親は結婚生活の破綻から、できるだけ帆高を遠ざけようとした。そして中学一年の夏休み、帆高は父方の祖父母の家に送られることになった。両親と一緒に住んでいた札幌を離れ、iPodと、数冊の文庫本と、教科書と、いくらかの着替えだけをもって、父親の実家がある北海道の穂野延町(ほののべちょう)に向かった。

とりあえずは夏休み中だけということだった。だが——その時点では知るよしもなかったけれど——結局帆高が戻ってくるのは、秋の終わり頃になる。


穂野延町は北海道の北東に位置する人口3000人程度の小さな町だ。札幌からは、電車を乗り継いで四時間近くかかる。父親の生まれ故郷だが、いくつか変わった風習が残っている。帆高は父親から故郷の町の話をよく聞かされていた。何度か家族で行ったことはあったけれど、電車でひとりで行くのははじめてだった。電車の中ではずっと、iPodでRadioheadのアルバムを聴いていた。それから、持参した小説を少しずつ読んだ。本はなかなか頭に入ってこなかったけれど、音楽は身に染み込んだ。ほとんどの時間は音楽に耳を傾けながら外を眺めていた。

窓からの眺めは、それほどおもしろいものではなかった。空はずっと曇っているし、植物相はおとなしく、寂しい場所ばかりだった。ただ、電車の窓から、天辺が白く煙る遠くの山々を見ていると、何とも言えない気持ちがかき立てられた。

両親がいずれ離婚するかもしれないことは理解していた。だが、その漠然とした不安について、帆高はあまり考えないようにしていた。考えても何にもならないから。家を離れること自体は嫌ではない。両親の衝突を見ているよりは、旅に出る方がはるかにましだった。

穂野延町の駅で改札を出ると、背の高い男性が待っていた。赤いシャツに、つばの大きな帽子をかぶり、横に房飾りのついたズボンを履いている。

「航ちゃん」と声をかけられた。

父親の従兄弟の佳祐おじさんだ。両親とともに、祖父母の家のすぐ隣に住んでいる。いつもカウボーイみたいな服装をしていて、変わり者と言われているけれど、帆高はこのおじさんのことがわりと好きだった。

祖父母の家につくと、西瓜と冷えた麦茶が待っていた。昔父が使っていたという二階の部屋が帆高に割り当てられた。今では物置のようになっているらしく、部屋の三分の一は荷物で埋まっていた。埃っぽい部屋だったけれど、窓を開けて空気を入れ換えると、それほど悪くないように思えた。

穂野延町での生活は、静かで落ち着いたものだった。無口な祖父母は、帆高の生活にほとんど干渉しなかったが、食事だけは一緒にとった。時々佳祐おじさんがやってきて、一緒に夕食を食べていくこともあった。

帆高はiPodに入っている父親のコレクションを片っぱしから聴いていった。アーティストとアルバム名を記録し、五段階評価でノートに感想を記録した。おそらく退屈していたのだと思う。


当時の北海道の家としては珍しくないことだけど、祖父母の家にはクーラーがなかった。普段はそれでもかまわなかったが、穂野延町でもたまには気温が三〇度を越える日もある。扇風機の前でじっとしていると、佳祐おじさんがクーラーのある生涯学習センターに連れていってくれた。本人は帆高を生涯学習センターに置いたあと、どこかに行ってしまったけれど。

生涯学習センターの中はどこもクーラーが効いてひんやりとしていた。照明は妙に薄暗く、患者の少ない病院のようにひっそりとしていた。一階には、穂野延原産の虫の標本がいくつか飾ってあった。標本を軽く眺めたあと二階の図書室に向かった。

帆高は、iPodで音楽を聴きながら、図書室の本を眺めた。何冊かを見繕い、ひとけのないソファーに寝そべって、ぱらぱらとめくっているところに、声をかけられた。

「ちょっとちょっと」

帆高が顔を上げると、ソファーの隣に丸テーブルがあって、椅子にひとりの女性が腰かけていた。肩までの髪を明るい色に染めている。暗くて気がついていなかったけれど、多分、帆高が来る前からいたのだろう。

女性が自分の耳を指さす。「音量、少し下げて」。ゆっくりと明確な発音でそう言った。とても静かな声だったが、ことばははっきりと聞き取ることができた。

帆高はあわててiPodの再生を止めた。「すいません」と頭を下げる。

女性は軽く手をふった。次の言葉を待ったけれど、それ以上何も返ってこなかった。会話はそこで終わったようだった。

帆高は本に目を戻した。どこか他の場所に行って、音楽を聴こうかと思ったけれど、そうする気にはなれなかった。普段は人見知りの帆高だったが、どことなく不思議な雰囲気をもったこの女性に、好奇心を刺激されていた。

帆高は女性の方を横目でうかがった。女性はテーブルに顔を乗せ、目を閉じていた。半袖の赤いTシャツを着ていて、軽く日焼けしたむきだしの腕がテーブルの上に放り出されていた。

「体調が悪いんですか?」と、思いきって声をかけた。「すいません、そこにいるの気づかなくて」

「ううん」と女性は目を閉じたまま言った。不自然に抑えたような響きのある声だった。

「ミミムシ」

「え?」

「ミミムシって知ってる?」女性は低い声で囁いた。

「ああ」と帆高は納得した。「音楽が頭から離れなくなるやつ」

全国的には「イヤーワーム」と呼ばれる虫のことだ。成虫は蠅ほどのサイズで、人間の耳の中に卵を生みつける。幼虫が孵ると神経系に影響し、歌や楽曲の特定のフレーズが耳から離れなくなるのだ。そう言えば一階にミミムシの標本も展示されていた。

「札幌ではもうほとんど見かけなくなったけど、穂野延では多いんだ。あの辺ではミミムシと呼ぶんだけど、あれにやられると困ったな」と父親が語ったことがある。帆高自身も幼ない頃に穂野延で卵を産みつけられた経験があった。

「育ててるの」

「虫起こしってやつですか? 」

これも父親から聞いたことがある。ミミムシを耳の中で成虫まで育てると、ご利益があると言われているのだ。だから、この辺では、ミミムシに願かけをするのだと。

「若いのによく知ってんね」女性は感心したように言った。

「父から聞きました。何の曲ですか?」

「音楽好き?」と言いながら、女性は帆高のiPodに目をやった。「昔の曲だけど知ってるかな」

「古い曲も好きですよ。父がiPodにいろんな曲を入れてくれたんです」

「井上陽水の『とまどうペリカン』。知ってる?」

もちろん知っているし、聴いたこともある。父のライブラリにあった曲だった。

「あなたラ……」と歌いかけたところで、女性が手で制した。

「歌わないで。頭の外でも聞こえると、変な気分になっちゃう」女性は自分の頭を指さして笑った。

「変な曲ですよね。ラブソングなのに、相手をライオン、自分をペリカンにたとえるなんて」と帆高はからかうように言ったあと、「井上陽水が好きなんですか?」と尋ねた。

「ほどほどにね。別に好きな曲とはかぎらないけど」

言われてみれば、帆高もイヤーワームのせいで好きでもないCMソングが頭から離れなくなったことがあった。そういうものなのかもしれない。

「どうせなら好きな曲にならないかなと思ったけど、全然だめ。嫌いな曲ばっかり。井上陽水はましな方。本当は『夢の中へ』ならもっと良かったけど」

「育つのにどれくらいかかるんですか?」

「一週間くらいかな」

「どれくらい続けてるんですか?」

「そろそろ五日くらい」

そこでようやく、女性は自分が話している相手のことが気になったらしい。

「この町の人?」とたずねられた。

帆高は、普段は札幌に住んでいて、夏休みに祖父母の家に来ているのだと説明した。

女性は「松田明美」と名乗った。

「春まで東京に住んでたんだけど」

「こっちに戻ってきたんですか?」

「離婚したの」松田はすごく嫌そうな顔をした。口を歪め、顔が急にくしゃっとつぶれた。

その顔に意表をつかれ、帆高は吹き出してしまった。

「ごめんなさい、笑いごとじゃないですね」

「いいの」と松田はいたずらっぽい表情をした。

「音楽のせいであまりうまく喋れないの」松田はそこで言葉を切った。気怠そうな表情をして、横目でこちらを見た。

「帆高くんが喋ってくれないかな」

帆高は困ってしまった。何を喋ればいいのか、何も思いつかなかった。

「何を話せばいいですか?」

「何でもいいよ。学校のことでも、部活のことでも」

「ライオンとペリカンの話でも?」

「ライオンとペリカン?」と松田は笑った。「もちろん」

そこで、帆高は中学校の教室について説明した。中学校の教室というのは、基本的にアフリカのサバンナのようなものだ。そこには、ライオンとペリカンがいて、ライオンはつねにペリカンを餌食にしようと待ちかまえている。ペリカンは、それぞれに自分なりの生存戦略を確立しなければならない。目立たないように風景に溶けこんだり、群になって身を守ったり、冗談を言いつづけて、ライオンに媚びを売ったりするのだ。

帆高の説明はうまくなかった。気を効かせて比喩をまじえて語りはじめたせいで、やけに抽象的な話になってしまって、あとが続かなかった。

帆高が困っていると、見かねた松田は「変に工夫しなくてもいいよ。普段の生活の話を普通にしてくれるだけでいい」と口を挟んだ。「ゆっくりでいいよ。単に退屈してるだけだから。もし帆高くんも時間を持てあましてるなら、話相手になってくれないかなというだけ」

仕方なく、帆高は普通に中学校の話をすることにした。

「同じクラスの何人かは小学校から一緒です。そのうちのふたりは元々の友だちでした。そこに新しい友だちがひとり入って、よく四人で話をするんです」

帆高は友だちをひとりずつ松田に紹介していった。松田はだまって聞いていたが、

「どんなことをして遊ぶの?」とか、時々質問を挟んだ。帆高が説明すると、いちいちおもしろそうに感心した。

そのうち、帆高の普段の生活に話題が及び、帆高は自分の家族を紹介した。帆高の父はシステム系の会社でエンジニアをしている。時々自分が使わなくなった電子機器をくれる。母は昔は映画館で働いていたけど、今は専業主婦をしている。ふたりとも音楽が好きで、以前はよく家族でカラオケに行った。そんなことを喋っているうちに、父と母が最近不仲であることを打ち明けていた。

「母は最近すごくイライラしていて、ちょっとしたことですぐにキレてしまうんです。食事を食べなかったり、大きな声をあげたり。このあいだも、怒って皿を割ってしまったんです。そのせいで父もピリピリしていて……」

松田は黙って聞いていたが、帆高の言葉がつづかなくなったところで、口を挟んだ。

「お母さんの気持ち、わかるよ。私もちょっと似たところがあってさ。怒ると、自分が何をやっているのかわからなくなる」

帆高にとっては意外な告白だった。目の前の松田はとても落ち着いた女性に見えたからだ。

「そんな風には見えません」

「今は怒ってないからね。でも昔からそうなの。怒るとどこかから声が聞こえてきて、自分でもコントロールが効かなくなる」

「声?」

「大勢の人が頭の中でいっせいに叫んだり怒鳴ったりしているみたいな声」

「声?」と帆高は繰り返した。「ミミムシみたいな?」

「似ているかもね。もっとずっと激しくて不快だけど」

「昔からそういうことはよくあるんですか?」

松田はこちらを見ただけだったが、それはどうやら肯定の返事のようだった。

「医者には年を取ればだんだん治るって言われたんだけど、そんなことなかった。むしろどんどんひどくなるみたい。このままじゃいつか夫を殺すんじゃないかって思って」

そこで松田は唐突に黙った。口を閉じ、何かを考えているような表情をした。『とまどうペリカン』を聴いているのかもしれない。

帆高は何かを言いたかったが、何も思いつかなかった。ふたりが静かになると、待合室のエアコンの音が聞こえた。どこか遠くで風鈴の音が鳴っていた。

「僕にも聞こえるかな」

「え?」

「『とまどうペリカン』。静かにしていたら、僕にも聞こえてくるんじゃないかと思ったんです」

「やってみる?」

松田は両手を丸く撓め、ヘッドフォンのように両耳に当てるまねをした。帆高も同じ姿勢をとる。手を耳に当てると、ノイズみたいな空気の音が聞こえた。錆びた鉄板みたいな濁った音だった。ソファーの上で尻をもぞもぞ動かして体勢を整えた。

音楽に合わせるように松田が軽く頭をゆする。同時にリズムに沿って、指を動かしていた。帆高は注意深く松田の動きを追った。そこにあるはずの音楽を発見しようと目を凝らす。

だが、その試みはどこにも行き着かなかった。自分の鼓動の音を聞き取ることはできたけれど、音楽にはならなかった。

「だめみたいです」かなりの時間をおいたあとで、帆高は言った。

「そっかぁ」と松田は気の抜けた声をあげた。それから横目で帆高の方を見た。

「ついでに耳の中を覗いてみてくれない?」

「耳の中?」

「どれだけ育ったのか気になってるの」

「見てわかりますか」

「あまり綺麗なものじゃないかもしれないけど、協力してくれないかな?」

「いいですよ」と帆高は言った。

松田はテーブルに顔をつけ、左側に頭を倒した。髪を指ですいて耳を露出させる。小ぶりな耳だった。

「右耳でいいんですか?」

「右耳だって聞いた」顔をテーブルに付けたまま松田が言った。テーブルの反響のせいで水の中を潛り抜けた声みたいに聞こえた。

帆高はソファーから立ち上がり、跳ねるように移動した。はじめ、松田の横に立とうとしたが、椅子が邪魔だったのでテーブルの反対の側に立った。松田は目だけを動かして、その動きを追っていた。呼吸のリズムで顔がかすかに上下していた。松田の髪の毛は根本まで綺麗に染められている。数本の髪の毛がほつれて、耳の上にかかっていた。

「すいません」と言いながら顔を耳に近づける。近くで見ても、耳たぶはずいぶん小さかった。柔らかい中に骨格が通って、表面に細い血管が浮き出ている。

ほとんど見えないのではないかと心配したが、耳の中は意外なほどくっきり見えた。虫はそこにいた。冬に備えるように、せっせと繭をつくり、懸命にはたらいていた。繭はもう半ば以上、完成しているようだ。虫は必死になって、周囲に白い壁をつくろうとしていた。帆高には何となくその繭の色が気に入らなかった。

「どう?」

「繭を作っています。ずいぶんできているみたいです」帆高は自分の見たものを細かく正確に報告した。

松田は小さく相槌を打った。表情は動かなかったが、真剣に報告に耳を傾けていた。

報告をしながら、帆高は軽い違和感のようなものを覚えた。何かひどく恥ずかしいことをしているように思えてきたのだ。

一通りのことを説明したあと、

「僕は今日はもう帰ります」と唐突に告げて、席を立ってしまった。松田は帆高の方を見たが、引き止めはしなかった。自分でもうまく理解できなかったが、帆高はどうしてか落ち着きを失なっていた。

本を図書室に戻し、荷物を持って、生涯学習センターをあとにした。帰りに時計を見ると、四時前だった。それから歩いて祖父母の家まで戻った。


次の日も快晴で、気温は三〇度を越えた。昼すぎに佳祐おじさんがやってきて、

「今日も生涯学習センターに行くかい?」とたずねられた。

かわりに、帆高はドライブに連れていってほしいと頼んだ。

「山の中にじいちゃんの昔の家があるから、そこまで行こう」とおじさんは言った。

おじさんの赤いスバル・フォレスターの助手席に座ると、

「航ちゃん、何かかけてよ」と頼まれた。帆高は迷った末に、井上陽水『GOLDEN BEST』にした。おじさんが知ってそうな曲を選んだのだ。一曲目は『少年時代』。

「古い曲だねえ」とおじさんは笑った。少なくとも季節にはぴったりだった。

「車もいないから」とはじめのうちおじさんはずいぶんスピードを出していたけれど、山に入ってからは道が険しくなり、スピードを出すことも難しくなった。助手席の帆高にもあまり話しかけてこなくなった。帆高は車に揺られながら、ぼんやりと道沿いの山肌を眺めていた。土砂崩れ防止の白いネットがあちこちにかかっている。それは人間が山を捕まえようとした痕跡のように見えた。祖父の古い家は、帆高が漠然と想像していたよりも山奥にあった。

「ついたよ」とおじさんが言ったときには、出発から一時間ほどが経過していた。

祖父母が昔住んでいたという家は、すでに廃屋になっていた。雪のせいで屋根はとうに落ちてしまったらしく、もはや家の姿も留めていなかった。家というより、家の抜け殻のように見えた。もちろん中に入ることもできない。

佳祐おじさんはつぶれた家を見ながら、煙草に火をつけた。煙草を一本吸って、つぶれた家をゆっくり眺めたあと、ふたりで車に戻った。

帰り道でも井上陽水『GOLDEN BEST』をかけた。帰り道の途中でディスク2に入り、一曲目の『とまどうペリカン』が流れた。耳を傾けながら帆高は、松田の気持ちについて考えてみた。『とまどうペリカン』が頭から離れないと、どういう気分になるものなのだろうか。

だが、それは帆高の想像の及ばないことだ。ついでに言えば、『とまどうペリカン』の歌詞もよく理解できなかった。恋愛関係と食物連鎖はそんなに似ているのか。どうしてライオンとペリカンなのだろうか。大人になればわかることだろうか。

かわりに帆高の頭に浮かんだのは、自分のことだった。ミミムシはどこか自分に似ているのではないだろうか。

「君は自分を白い繭に閉じ込めているのよ」と松田に言われる場面を想像してしまう。それはもちろんただの妄想だったけど、なぜかその言葉だけははっきりと克明に思い浮かべることができた。

それから、『とまどうペリカン』とは無関係に、四曲目の『娘がねじれる時』を聴いているうちに、帆高は感極まって泣いてしまった。おじさんは、気づかないふりをしてくれた。単に井上陽水がすごく好きな子だと思っていたのかもしれない。

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