だから私は、球技が嫌いだ。

むらさきみどり

だから私は、球技が嫌いだ。



私は、球技が嫌いだ。




観戦ギャラリーの硬い椅子から男子バレーボールのコートを見つめる。隣では女子バスケットボールの試合が行われているようで、シュートが打たれるたびに歓声が巻き起こる。少し目を戻して、バレーボールの得点板へ。3-3対2-4の試合は後輩ながら2年生が少しリードしているようだ。


同じクラスの生徒達はサッカーの試合をコート近くまで観に行っているようで、私のまわりの席は荷物を残してガランと空いている。コートのなかでひしめき合うクラスメートを上から見下ろし、視線が合わないように試合展開を見続けていた。


赤いビブスを着た2年生からジャンプサーブが繰り出される。私の住む世界とは重力が違うのではないかと錯覚するほど、大きく跳躍して、バシンという大きな音と共にバレーボールが相手コートへ。


鋭い角度で打ち出されたボールを、姿勢を崩して後傾しながら緑のビブスを着た3年生は上空へ打ち上げた。無理に取ったせいで、ボールは何メートルも高く上がり、上空で少し止まったあと、勢いを増してコートへ降っていった。その長い滞空の中で、ボールの着地点をある程度予測したネット近くの生徒がオーバーで真上へ柔らかく持ち上げる。待っていたと言わんばかりに大きく助走をした背番号9番が、ネットギリギリから相手コートへ転がすように返し、3年生と何人かの観戦者達から感嘆の声が上がった。


勢い付いたアタックが来ると思っていた2年生は慌ててネットへ駆け寄る。スライディングをしながら片手で辛うじてボールを上げ、後ろへ走った生徒は大きく振りかぶったアンダー。ボールはネットを軽く越え、アウトラインさえも越える。アウトを確信した3年生はボールを追う素振りも見せず、豪快に飛ばした生徒はがっくりと肩を落とした。ボールが音を立ててバウンドしたあと、ゆっくりと3年生の得点が加算される。


応援の生徒たちの歓声と拍手が響いた。ボールを飛ばしすぎた2年生の背中を同じチームの生徒が励ましているのかふざけているのか、背中をそれなりの強さでバシバシと叩く。叩かれた生徒は少し背中を擦りながら、寄ってきた生徒に戻れと指示するよう手を払う。


私はそんなにバレーボールに詳しくない。何点で1ゲームになるのか、どうしたら点を取れるのか、何をしたら反則になるのか。その基本的なことは知っている。ただ私は球技が嫌いだ。何度かはオリンピックの試合を観たことはあるが、どういう体の使い方をしたらボールを思ったとおりに飛ばせるのか、どうしたら相手コートにボールを鋭く返せるのか、どうしたら相手の取りにくいサーブを出せるのか、そもそもどうやったらサーブがネットを越えるのか……無数のバレーボールの基本の動き方が私にはわかっていなかった。


ジャンプサーブをするため、コートから数歩離れる。大きく助走して、ボールを空中へ放って、音を立てて地面を蹴る。白いラインも、同時に踏んでいた。選手と多くの観客はサーブされたボールを視線で追っていた。が、高台に登っていたバレーボール部の審判はその一瞬を見逃すことはなかった。笛を大きく鳴らし、ゲームを中断する。サーブを失敗した3年生は自覚がなかったのか不思議そうに首を傾げ、しばらくしてから自分のミスに気づいたようにチームに軽く謝罪した。謝罪を受けた同級生は特に気にしていないらしく、謝るな、という様に手を振る。


いいな、と、ふと思った。ミスを認めて、謝罪する生徒も、それを許す関係も、さっぱり水に流すようにゲームをまた再開した会場も。きっとあのミスをした生徒が私なら、今頃自分のミスを引きずっていただろう。まあ、私にはジャンプサーブもできないけれど。


サーブ権の渡った2年生がボールを構える。先程のことを受けて少し意識したのか、更に大きくラインから距離を取ってボールが打たれた。


コートのラインギリギリを攻めたボールに、3年生は少し躊躇するような姿勢を見せながら打ち返す。迷ったせいか、変に力が入ったのか、ボールは1回のラリーで返された。


角度も勢いも厳しくはない。2年生は危うげなくボールを軽く上げ、オーバーでまたネット近くへ。アタックを警戒した3年生が1人、ネットへ駆け寄りブロックの準備をする。アタックをしようとする生徒とブロックをしようとする生徒が同時に、地面を蹴った。


ボールは鋭く、コートへ突き刺さる。ブロックをしていた生徒と、近くにボールが来たにも関わらず反応することができなかった生徒が、コートへ落ちたボールを呆然と眺め、これは無理だ、というようにヘラリと笑った。


観客席から大きな歓声が上がる。点は依然3年生には負けているが、すごいとしか言えないようなプレイに声を抑えきれなかったらしい。それは、私も例外でなかった。




私は、球技が嫌いだ。




思い切ってプレイする生徒たちを見て、得点に一喜一憂する生徒たちを見て、ミスをした同級生を励ます生徒たちを見て、素晴らしいプレイを見て感嘆の声を上げる生徒たちを見て、満足にパスもできない自分に、腹が立つから。

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だから私は、球技が嫌いだ。 むらさきみどり @murasakimudiori

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