公爵令嬢の華麗なる婚約破棄

藍沢 理

第1話 公爵令嬢の華麗なる婚約破棄

 私は鏡の前に立ち、最後の仕上げに取り掛かっていた。艶やかな金髪を丁寧に整え、深い青の瞳に軽く目を細める。完璧な姿――それこそが、ジャンヌ・ド・ダキテーヌの生き方そのものだった。


「お嬢様、準備はよろしいですか?」


 ソフィーの優しい声が部屋に響く。彼女は長年私に仕えてくれている侍女だ。私は軽く頷いた。


「ええ、大丈夫よ。さあ、行きましょう」


 私はドレスの裾を軽く持ち上げ、優雅に歩き出す。今日は特別な日。王太子カールとの婚約パーティーが開かれるのだ。


 宮殿に到着すると、華やかな雰囲気が私を包み込む。きらびやかなシャンデリアの光が、貴族たちのドレスや宝石を煌めかせていた。私は優雅に歩を進める。周囲の視線が私に集まる。


「あれが噂のジャンヌ・ド・ダキテーヌ公爵令嬢ですわ」

「まあ、なんて美しいの……」


 耳に入るささやきに、私は内心、冷ややかに笑う。彼らは私の本当の姿など知らない。完璧な淑女を演じる私の仮面の下に、計算高く冷徹な心があることなど、誰も想像すらしていない。


 そして、私の視線の先に彼の姿があった。王太子カール・ド・ロワイヤル。私の婚約者だ。彼は周囲の貴族たちに取り囲まれ、どこか落ち着かない様子で立っている。


「ジャンヌ!」


 カールが私に気づき、声をかけてきた。私は完璧な笑顔を浮かべ、彼に近づく。


「カール様、お久しぶりです」


 私は優雅にお辞儀をする。カールは少し慌てた様子で私の手を取った。


「君を待っていたよ。さあ、みんなに紹介しよう」


 彼の手を借りて立ち上がると、私たちは貴族たちの輪の中心へと歩み寄る。カールの手が少し震えている。彼は何かを隠している。そう直感した私は、内心で冷たい笑みを浮かべる。


 これから始まる茶番劇。私はその主役を完璧に演じ切ってみせよう。そして、誰もが予想だにしない結末へと導いてやる……。


 華やかな宴の幕が上がった。私の計画も、今まさに動き出そうとしていた。


 *


 宴がはじまってしばらくすると、カールが私に近づいてきた。その表情には、どこか居心地の悪そうな色が浮かんでいる。


「ジャンヌ、少し話がある」


 彼の声には、かすかな震えが混じっていた。私は優雅に微笑み、頷く。


「はい、カール様」


 私たちは人目を避けるように、宮殿の庭へと足を向けた。月明かりが静かに降り注ぐ中、カールは口を開く。


「実は……婚約を解消したいんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、私の心の中で何かが弾ける。しかし、表情には出さない。むしろ、この瞬間を待っていたのだ。


「まあ、突然のお話ですね。理由をお聞かせいただけますか?」


 私の冷静な対応に、カールは困惑した様子を見せる。彼は言葉を探るように、ためらいがちに話し始めた。


「聖女のアリアと……恋に落ちてしまったんだ。彼女と結婚したいと思う」


 カールの告白に、私は心の中で冷ややかに笑う。そして、ゆっくりとハンドバッグから一枚の書類を取り出した。


「そうですか。では、これをご覧になってはいかがでしょう?」


 カールは困惑した表情で書類に目を通す。そこには、彼の不誠実な行動の数々が細かく記録されていた。贈収賄の証拠、他の貴族令嬢との密会の記録……。彼の顔が徐々に青ざめていく。


「これは……どういうことだ?」

「ご自身の行動の記録です。婚約者として、あなたの素行を調べるのは当然のことではありませんか?」


 私の言葉に、カールは言葉を失う。その様子を見て、私は心の中で勝ち誇る。しかし、表情には冷静さを保ったまま、静かに語り続けた。


「カール様。私は婚約破棄を受け入れます。ですが、これらの証拠が世に出れば、あなたの評判はどうなるでしょうか? 王位継承権すら危うくなるかもしれません」


 カールの顔が恐怖で歪む。彼は必死に弁解しようとするが、私はそれを遮った。


「心配しないでください。私はこの証拠を公にするつもりはありません。ただし、条件があります」


「……何だ?」


「ダキテーヌ家の名誉を傷つけないこと。そして、私の今後の人生に干渉しないこと。それだけです」


 カールは震える声で同意する。彼の姿は、もはや威厳ある王太子のものではなかった。


 私たちが宴の会場に戻ると、王太子婚約破棄したという噂がすでに広まっていた。カールが先手を打っていたのだろう。貴族たちの視線が、私たちに集中する。滑稽だ。あまりにも滑稽だ。


 その時、一人の男性が私に近づいてきた。


「ジャンヌ様、大丈夫ですか?」


 レオナルド・フォン・シュナイダー。王国の騎士にして、私の幼馴染み。とはいえ、兄のような存在だ。彼の眼差しには、深い思いやりが宿っている。私は彼に軽く頷きかけた。


「ええ、問題ありません。ありがとう、レオナルド」


 私の毅然とした態度に、周囲の貴族たちはざわめき始める。カールへの非難の声が徐々に高まっていく。


 この騒動の中、私は静かに微笑んだ。計画は完璧に進んでいる。これで、私の人生は新たな局面を迎える。そう、魔法使いとしての才能を隠す必要はもうない。


 私の心の中で、新たな決意が芽生えた。これからは、誰にも縛られることなく、自分の力で道を切り開いていく。そして、本当の幸せを見つけるのだ。


 *


 婚約破棄の騒動から三日経った。私は、自室の窓辺に立ち、庭園を見下ろしていた。今日こそ、長年隠し続けてきた秘密を明かす時。胸がぎゅっとなる。


「お嬢様?」


 ソフィーの声に、私は振り返った。


「ええ、大丈夫よ。さあ、行きましょう」


 私は深呼吸をし、部屋を後にする。今日、父が主催する茶会に、王国の重要人物たちが集まるのだ。


 広間に足を踏み入れると、そこにはすでに多くの貴族たちの姿があった。私の登場に気づいた彼らは、一斉に私を見つめる。その視線には、同情や好奇心、そして……軽蔑の色が混じっているようだ。


 私は優雅に歩を進め、父の隣に立つ。


「ジャンヌ、準備はいいか?」


 父の声は、いつもより柔らかい。私は小さく頷いた。


「はい、父上」


 父は咳払いをし、列席者たちに向かって話し始めた。


「本日は、皆様にお集まりいただき、ありがとうございます。実は、私の娘ジャンヌについて、重要な発表がございます」


 会場に緊張が走る。私はできるだけ平静を保ちながら、一歩前に出た。


「皆様、私には長年隠してきた才能があります。それは……魔法です」


 私の言葉に、会場がざわめいた。驚きの声や疑いの目が、私に向けられる。


「それでは、ご覧ください」


 私は両手を広げ、精神を集中させた。すると、指先から淡い光が溢れ出し、やがてそれは美しい蝶の形を作り上げた。光の蝶は、ゆっくりと会場を舞い、貴族たちの頭上を優雅に飛んでいく。


「なんと美しい魔法……」

「繊細な魔力操作……こんな魔法見たことがない」


 驚嘆の声が上がる。私は更に魔力を解放し、今度は炎と氷の渦を作り出した。それらは互いに絡み合いながら、華麗な光景を描き出す。


 会場の隅で、カールが青ざめた顔で立ち尽くしている。彼の表情に、後悔の色が浮かんでいた。


 魔法の披露が終わると、会場は静寂に包まれた。そして、突然、大きな拍手が沸き起こった。


「素晴らしい!」

「ダキテーヌ家の隠れた宝物だったのですね」


 称賛の声が飛び交う中、一人の男性が私に近づいてきた。赤い髪と灰色の鋭い瞳を持つその人物は、王国筆頭魔導師のエルンスト・フォン・シュバルツだった。


「ジャンヌ様、素晴らしい才能をお持ちですね。ぜひ、魔法について語り合いたいものです」


 エルンストの言葉に、私は微笑んだ。


「ありがとうございます、エルンスト様。私も是非お話ししたいです」


 その時、レオナルドが私の側に寄り添ってきた。


「ジャンヌ、君の魔法は本当に美しかった。これからは、誰にも縛られることなく、自由に生きていけるね」


 彼の言葉に、私の心が温かくなる。そう、これからは自分の力で、新たな人生を切り開いていくのだ。


 魔法の才能を公表したこの日を境に、私の人生は大きく変わっていく。


 *


 魔法を公表してから、私の日々は目まぐるしく変化していった。王立魔法学院へ入学すると、貴族社会の態度が一変したのだ。以前は婚約破棄された哀れな令嬢として同情の目で見られていたが、今や皆が私に興味津々といった様子。その視線に私は冷めた視線を返した。


「ジャンヌ様、本日はどのような魔法を?」


 エルンスト・フォン・シュバルツの声に、私は顔を上げた。王立魔法学院の一室で、彼と向かい合っている。彼の瞳には、いつも知的な輝きが宿っているのが印象的だ。


「そうですね……これはいかがでしょう」


 私は指先に意識を集中させる。すると、小さな光の粒子が宙に浮かび上がり、次第に複雑な幾何学模様を描き始めた。エルンストの目が驚きに見開かれる。


「素晴らしい! これは高度な空間魔法の一種ですね。ジャンヌ様の才能は本物だ」


 彼の言葉に、私は微笑んだ。エルンストとの魔法研究は、思いのほか楽しい。彼の冷静な分析力と、私の直感的な魔法の操作が相まって、新たな発見が生まれることもしばしばだった。


「兄上、ジャンヌ様!」


 突然、弾けるような声が響く。振り向くと、そこには、リディア・フォン・シュバルツの姿があった。彼女はエルンストの妹。その明るい笑顔に、私の心が少し和らぐ。


「どう? 私の新しい魔法、少し進歩したわ!」


 リディアが得意げに手を広げると、小さな火花が散った。大したものではないが、彼女の努力は伝わってくる。


「よくがんばったね、リディア」


 エルンストが優しく妹の頭を撫でる。その光景を見て、私は何か懐かしいような、切ないような感覚に襲われた。


 魔法の練習を終えて学院を出ると、レオナルドが私を待っていた。というか、私の護衛として任じられているのだ。彼の姿を見た瞬間、心臓の鼓動が少し早くなる。これは一体、どういう感情なのだろう。


「お疲れ様、ジャンヌ。今日はどうだった?」


 レオナルドの穏やかな声に、私は思わずほっとする。


「ええ、とても充実していたわ。エルンストとの研究は面白いし、リディアの頑張りにも刺激を受けるの」


 私たちは並んで歩き始めた。夕暮れの街並みが、オレンジ色に染まっている。


「君が生き生きとしている姿を見ると、本当に嬉しくなるよ」


 レオナルドの言葉に、私の顔が熱くなる。今までにない感覚だ。彼の優しさに、少しずつ心を開いていく自分がいる。


 そんな私たちの様子を、遠くから一人の男性が見つめていた。カールだ。彼の表情には、後悔と苦悩の色が浮かんでいた。ちょっと怖い。


 私は彼に気づかないふりをして、レオナルドとの会話に戻った。カールの存在は、もはや私の心を揺さぶることはない。


 *


 朝日が差し込む窓辺で、私は大きく深呼吸していた。指先に魔力を集中させ、微かな風を起こす。髪が揺れる感覚が心地よい。


「ほーら、お嬢様、遅れますよ」


 ソフィーの声に、私は目を開けた。


「ふふ、いつもありがと」


 今日も王立魔法学院での特別研究が待っている。エルンストとの共同研究は、私にとって新鮮な刺激だった。


 学院に到着すると、いつもの研究室でエルンストが待っていた。彼の灰色の鋭い瞳が、私を見つめる。


「おはようございます、ジャンヌ様。今日は面白い発見がありそうです」


 エルンストの声には、いつもの冷静さの中に、わずかな期待が混じっていた。


「どんな発見かしら?」


「空間魔法と時間魔法の融合です。理論上は可能なはずなのですが……」


 彼の言葉に、私は興味をそそられた。空間と時間を操る魔法。それは、この世界の常識を覆すほどの力を秘めているはずだ。


 私たちは早速、実験に取り掛かった。エルンストが複雑な魔法陣を描く間、私は魔力を集中させる。


「準備はよろしいですか?」


 エルンストの声に、私は頷いた。魔法陣が輝き始め、部屋の空気が震えた。そして――。


「これは……!」


 私たちの目の前で、小さな光の球体が現れた。その中で、時間がゆっくりと流れているのが見える。別の世界を覗き見ているような不思議な感覚だった。


「成功しましたね、ジャンヌ様」


 エルンストの声に、私は微笑んだ。この発見が、どれほどの価値を持つのか。それを考えると、胸が高鳴る。


 実験を終えて学院を出ると、いつものようにレオナルドが待っていた。彼の姿を見た瞬間、またしても心臓の鼓動が早くなる。この感覚にも、少しずつ慣れていかねば。


「お疲れ様、ジャンヌ。今日はどうだった?」


 彼の優しい声に、私は思わず緊張が解ける。


「とても興味深い発見があったの。でも、まだ秘密よ」


 私の言葉に、レオナルドは柔らかく笑った。


「君の秘密なら、いつか教えてくれるでしょ?」


 彼の言葉に、胸が温かくなる。信頼されているという感覚が、こんなにも心地良いものだったなんて。


 私たちは並んで歩き始めた。夕暮れの街並みが、オレンジ色に染まっている。


「ねえ、レオナルド。私、少しずつ変わってきているの。それを感じるわ」


「うん、俺にもわかるよ。君は以前より、ずっと自由に、生き生きとしている」


 彼の言葉に、私は顔が熱くなる。昨日より熱い。


「それは、あなたのおかげよ」


 思わず口にした言葉に、私自身が驚いた。レオナルドは優しく微笑み、私の手を握った。


 *


 その夜、父に呼び出された私は、彼の厳しい表情に直面していた。


「ジャンヌ、お前の才能が周囲に知れ渡ったことで、危険も増している。用心するように」


 父の言葉に、私は眉をひそめる。


「父上、具体的にどんな危険なのでしょうか?」


「詳しくは言えんが……お前の力を狙う者たちがいる。特に、隣国のザイフェルト帝国には警戒が必要だ」


 父の言葉は、私の心に不安の種を植え付けた。


 ふと思う。これから私は、どんな事件に巻き込まれていくのだろうか。


 そして、レオナルドやエルンストたちとの関係は、どう変化していくのか。


 不安と期待が入り混じる中、私は天井を眺め、足をばたつかせる。明日もまた、新たな発見が待っている。そう信じていた。


 *


 朝靄の立ち込める庭園を眺めながら、私は深い溜息をつく。父の警告が頭から離れない。ザイフェルト帝国からの脅威とは、一体何なのか。


「お嬢様、エルンスト様がお待ちです」


 ソフィーの声に我に返る。今日も王立魔法学院での研究が待っているのだ。


「わかったわ。すぐに行くわ」


 学院に到着すると、エルンストが熱心に何かを書き留めていた。彼の鋭い灰色の瞳が、私を見つめる。


「おはようございます、ジャンヌ様。新たな発見がありました」


 エルンストの声には、いつもの冷静さの中に興奮が混じっている。


「どんな発見かしら?」


「空間と時間の魔法を融合させることで、未来を僅かに覗き見ることができるかもしれません」


 彼の言葉に、私は息を呑んだ。未来を覗き見る魔法。それは、この世界の秩序さえも揺るがしかねない力だ。


 私たちは早速、実験に取り掛かった。複雑な魔法陣を描き、魔力を注ぎ込む。そして――。


「これは……!」


 私たちの目の前に、昨日とは少し違う霧のような球体が現れた。その中に、ぼんやりとした映像が浮かび上がる。そこには、見知らぬ兵士たちの姿が。彼らの胸には、ザイフェルト帝国の紋章が輝いていた。


「エルンスト、これは……」


「ええ、おそらく近い未来の出来事でしょう。ザイフェルト帝国が、何かを企んでいるようです」


 実験の結果に、私たちは言葉を失う。この発見が意味するものは、あまりにも大きい。


 研究を終えて学院を出ると、いつものようにレオナルドが待っていた。彼の姿を見た瞬間、胸が締め付けられる。もし仮に戦争が起きたとしたら――。そんな考えがよぎったのだ。


「お疲れ様、ジャンヌ。今日はどうだった?」


 彼の優しい声に、私は思わず本音を漏らしてしまう。


「レオナルド、私……怖いの」

「どうした?」


 彼の腕の中に飛び込みそうになる衝動を、必死に抑える。


「ザイフェルト帝国が、何かを企んでいるみたい。私たちの魔法研究が、危険を招くかもしれないの」


 レオナルドは、私の肩に手を置いた。その温もりが、心強い。


「大丈夫だ。俺が君を守る。それに、君の力は王国にとって大切な宝だ。恐れることはない」


 彼の言葉に、少しだけ勇気をもらった。


 *


 その夜、父に呼び出された私は、実験の結果を報告した。父の表情が、一瞬だけ崩れる。


「やはりか……ジャンヌ、お前の才能は素晴らしい。だが、それゆえに危険も増している。ザイフェルト帝国は、お前の力を狙っているのだ」


「父上、私にできることはありますか?」


「今は、研究を続けることだ。そして、身辺には十分注意するように。レオナルドにも厳命しておく」


 父の言葉に頷きながら、私は決意を固める。この力を、王国のために使おう。そして、大切な人々を守るために。


「それと、これは取るに足らん話だが――」


 父は少し躊躇した後、続けた。


「カールのことだ。彼の立場が日に日に危うくなっているようだ」


 私は息を呑んだ。


「どういうことですか?」


「聖女アリアとの関係が破綻したらしい。そればかりか、彼の不品行が次々と明るみに出ている」


 父の言葉に、私は複雑な思いを抱く。


「王太子としての資質を疑問視する声が、貴族の間で高まっているんだ。このままでは、王位継承権を剥奪される可能性もある」


 私は黙って聞いていた。カールの没落。それは、かつての私なら喜びで胸がいっぱいになったかもしれない。しかし今の私は、ただ淡々とその事実を受け止めた。


「先日、彼の姿を見かけたが……」


 父は言葉を選びながら続けた。


「もはや王太子の威厳など、微塵も感じられなかった。ただの落ちぶれた貴族のようだった」


 その言葉を聞いて、私は先日見かけたカールの姿を思い出す。あの暗い目、うつむきがちな姿勢。確かに、かつての威厳ある王太子の面影はなかった。


「父上、カールの件は……」


「お前には関係のない話だ。ただ、気をつけておけ。没落していく者の行動は、時として予測不能になる」


 父の忠告に、私は静かに頷いた。カールの没落。それは、私たちの関係に終止符を打った出来事の、必然的な結果なのかもしれない。


 *


 昨晩はあまり眠れなかった。まだ頭がぼんやりしている。


「お嬢様? クマできてますよ! お化粧で隠さなきゃ!」


 ソフィーの声に我に返る。今日は王宮での重要な会議があるのだ。


「ほんと? ありがとね」


 宮殿に到着すると、ざわめきが耳に入った。貴族たちが小声で何かをささやき合っている。その視線の先には、憔悴し切ったカールの姿があった。


「聞いたか? 王太子様が王位継承権を剥奪されそうだそうだ」

「聖女との関係も破綻したらしいな」


 噂が飛び交う。カールは、地に落ちた王冠のような有様だ。彼の青ざめた顔を見て、私の胸に複雑な感情が渦巻く。


 そんな中、レオナルドが颯爽と近づいてきた。


「ジャンヌ、大丈夫か?」


 彼の優しい声に、私は思わず顔を上げる。


「ええ、ありがとう。ただ、少し複雑な気分なの」


「君の気持ちはよくわかる。でも、これは彼自身の選択の結果だ」


 レオナルドの言葉に、私は静かに頷く。彼の存在が、不思議と心を落ち着かせてくれる。


 会議が始まり、王国の危機的状況が報告された。ザイフェルト帝国の脅威が、日に日に迫っているのだ。


「我が国の防衛には、強力な魔法の力が必要不可欠です」


 エルンストの冷静な声が響く。そして、彼の鋭い眼差しが私に向けられた。


「ジャンヌ様、あなたの力が王国を救う鍵となるでしょう」


 一瞬、会場が静まり返る。私は決意を込めて答えた。


「私にできることなら、何でもいたします」


 その言葉に、会場からどよめきが起こる。かつて「ただの美しいだけの令嬢」と見下していた者たちが、今や畏敬の眼差しを向けてくる。その様子に、ちょっとだけ満足感を覚える。


 会議の後、カールが私に近づいてきた。彼の姿は、以前の威厳ある王太子の面影はない。


「ジャンヌ……申し訳ない。私は、愚かだった」


 彼の声は震えている。私は冷静に応じた。


「カール、もう遅いわ。あなたの選択が、この結果を招いたのよ」


 私の言葉に、彼は肩を落として去っていった。その背中を見て、胸に去来する感情を抑えきれない。憐れみ? それとも……。


「ジャンヌ」


 振り返ると、レオナルドが立っていた。彼の存在が、私の心を静めてくれる。


「レオナルド、私……」


 言葉に詰まる私を、彼は優しく抱きしめた。


「大丈夫だ。君は強い。そして、俺はいつでも君の味方だ」


 その言葉に、心が温かくなる。レオナルドの腕の中で、私は目をつぶった。


 *


 夜、父に呼び出された私は、事態の深刻さを知らされる。


「ジャンヌ、お前の力が王国存亡の鍵となる。だが、それはつまり、お前が真っ先に狙われる可能性も高いということだ」


 父の厳しい表情に、私は覚悟を決める。


「わかりました、父上。私は、この王国を守ります」


 *


 朝もやの立ち込める王城の一室で、私は目を閉じ、静かに呼吸を整えていた。今日こそ、私の力が真に試される日。ザイフェルト帝国の軍勢が、国境線を越えてきたのだ。


「ジャンヌ様、準備はよろしいですか?」


 エルンストの声に、私は目を開けた。


「ええ、大丈夫よ」


 私の言葉に、彼は静かに頷く。そして、私たちは作戦室へと向かった。


 部屋に入ると、緊張感に満ちた空気が私を包み込む。レオナルドが地図を前に立ち、鋭い洞察力で敵の動きを予測しながら、緻密な作戦を説明していた。その眼差しには決意と、わずかな不安が混ざっているようだった。彼の姿を見た瞬間、「かっこいい」と場違いな感情がよぎって、少し驚く。


「ジャンヌ、来てくれて助かる」


 レオナルドの声に、私は我に返った。


「ええ、私にできることなら何でもするわ」


 私の言葉に、彼は優しく微笑んだ。その表情に、嫌な予感がした。鼓動が跳ね上がる。


 作戦会議が始まり、私たちの役割が説明されていく。私の魔法で敵の進軍を阻止し、レオナルドの率いる騎士団が反撃に出る。もちろん命がけの危険な作戦だ。


「ジャンヌ様の力が、この作戦の鍵となります」


 エルンストの冷静な声が響く。皆の視線が、一斉に私に向けられた。その重圧に、一瞬たじろぎそうになる。でも、弱音を吐くわけにはいかない。


「わかったわ。私に任せて」


 自信に満ちた声で答えたが、実は不安が渦巻いていた。本当に、私にできるのだろうか。


 作戦会議が終わり、準備に取り掛かる中、カールの姿が目に入った。彼は、影のような存在感しかない。かつての威厳ある王太子の面影は、もうどこにもなかった。


「ジャンヌ」


 振り返ると、レオナルドが立っていた。彼の存在が、不思議と心を落ち着かせてくれる。


「大丈夫か?」

「ええ、問題ないわ」


 彼の優しい眼差しに、勇気がわいてくる。レオナルドは私の手を取り、静かに語りかけた。


「俺はいつでも君の味方だ」


 その言葉に、心が温かくなると同時に決意を固めた。


 *


 戦場へと向かう途中、父が私を呼び止めた。


「ジャンヌ、気をつけろ。お前の力は王国の希望だ。だが、それはつまり、お前が最大の標的になるということだ」


 何度も聞いた言葉だ。父が私を心配しているのは明らか。厳しくも温かい言葉に、私は静かに頷いた。


「わかっています、父上。私は、この王国を守ります」


 朝日が昇り始めていた。新たな一日の始まり。そして、私たちの戦いの幕開けだ。


 私は深く息を吸い、魔力を全身に巡らせる。指先から、光が溢れ出す。この力で、大切な人々を、そしてこの国を守る。それが、今の私にできる唯一のことなのだから。


 そう決意を固めながら、私は戦場へと歩を進めた。


「ジャンヌ様、準備はよろしいですか?」


 エルンストの声に、私は静かに頷く。


「ええ、大丈夫よ」


 私の言葉に、彼は安堵の表情を浮かべた。そして、私たちは戦場へと向かう。


 私たちは丘の上に陣を貼っている。下の平原の先に、ザイフェルト帝国の軍勢が広がっていた。その数の多さに、一瞬たじろぎそうになる。でも、弱音を吐くわけにはいかない。私の魔法が、この国を守る鍵であるのなら。


「ジャンヌ!」


 振り返ると、レオナルドが馬に乗って駆けてきた。彼の姿を見た瞬間、胸がドキドキし始める。この感覚にも、少しずつ慣れてきたような気がする。


「絶対に死ぬな!」

「ありがとう、レオナルド。あなたも無事に帰ってきて!」


 私は丘の頂上に立ち、眼下に広がる戦場を見渡した。ザイフェルト帝国の軍勢が、地平線の彼方まで続く黒い波のように押し寄せてくる。その数たるや、優に我が国の軍の三倍はあるだろう。


「ジャンヌ様、準備は整いました」


 エルンストの冷静な声が耳に届く。


「分かったわ。始めましょう」


 私は両手を高く掲げ、魔法陣を空中に描き始める。指先から放たれる青白い光が、幾何学的な模様を空に刻んでいく。魔法陣が完成すると、一瞬の静寂の後、大地が轟音と共に揺れ始めた。


 敵軍の前線で、突如として巨大な地割れが発生。驚愕の叫び声が響き渡る中、何十、何百もの兵士たちが深い溝へと落ちていった。


「見事です、ジャンヌ様! 敵の前線が崩れました」


 エルンストが興奮気味に叫ぶ。


 しかし、ザイフェルト帝国の軍勢はすぐさま態勢を立て直し、迂回路を探し始めた。私は次の魔法を唱える。今度は、青い炎の壁が地割れの両側に出現。敵兵たちは進退窮まり、混乱に陥る。


 その瞬間を狙って、レオナルド率いる我が国の騎士団が出陣した。彼らの鎧が朝日に輝き、勇ましい雄叫びが戦場に響き渡る。


「ジャンヌ、見ていてくれ!」


 レオナルドの声が風に乗って届く。


 レオナルドの剣さばきは神業のようだった。しかし、一瞬の隙を見せた彼の顔に焦りが浮かぶ。すぐさま態勢を立て直し、冷静さを取り戻した彼の姿に、真の強さを感じた。一振りで三人の敵を倒し、馬上からの華麗な技で敵の将軍に切り込む。騎士団の猛攻に、敵軍の隊列が乱れ始めた。


 だが、ザイフェルト帝国も黙ってはいない。彼らの魔導師たちが反撃を開始。火球や雷撃が我が軍に降り注ぐ。


「くっ」


 思わず呻き声が漏れる。このままでは、せっかくの優勢が覆されてしまう。


 私は再び魔力を集中させ、今度は防御の魔法陣を展開した。透明な半球状の障壁が、我が軍を覆い尽くす。敵の魔法攻撃は、水飛沫のように障壁ではじかれていく。


「よし、これで……」


 安堵の息をつく間もなく、突如として激しい痛みが全身を走る。障壁を維持するための魔力の消耗が、予想以上に激しかったのだ。


 エルンストが駆け寄ってくる。


「ジャンヌ様! 無理をしてはいけません」

「大丈夫よ、まだ…続けられる」


 歯を食いしばりながら、私は踏ん張った。レオナルドたちの奮闘を無駄にするわけにはいかない。


 そして、決着の時が訪れた。


 私は残された魔力を全て注ぎ込み、最後の魔法を放つ。空が急速に暗転し、雷鳴が轟く。次の瞬間、巨大な雷柱が敵軍の中央に降り注いだ。


 眩い光と轟音。そして――――。


「敵将討ち取ったり!」


 伝令の声が響き渡った。


 ザイフェルト帝国の軍勢は、指揮系統を失い、瞬く間に崩壊していった。勝利の歓声が戦場に満ちる中、私はようやく緊張の糸を解いた。


「勝った……私たちが、勝ったのね」


 そう呟いた瞬間、意識が遠のいていく。最後に見たのは、駆け寄ってくるレオナルドの姿だった。


 *


 戦場の喧騒が遠ざかっていく。私は息を吐き、周囲を見渡す。ザイフェルト帝国の軍勢は撃退された。どうせまた来るだろう。しかし、目先は王国に平和が戻ってきたのだ。


「ジャンヌ様、素晴らしい活躍でした」


 エルンストの声に、私は顔を上げた。


「ありがとう、エルンスト。あなたの協力がなければ、ここまでできなかったわ」


 私の言葉に、彼は静かに頷く。そして、私たちは勝利の報告をするため、王城へと向かった。


 *


 王城に到着すると、歓喜の声が私たちを迎える。貴族たちが口々に祝福の言葉を投げかけてくる。その中に、カールの姿はなかった。


「ジャンヌ!」


 振り返ると、レオナルドが駆けてくるのが見えた。彼の姿を見た瞬間、鼓動が早くなる。この感覚にも、もう驚かなくなっていた。なぜそうなるのかも理解できている。


「無事で良かった」

「レオナルド……私、本当は怖かった」


 私は思わず彼に抱きついていた。彼の腕の中で、今まで抑えていた感情が溢れ出す。レオナルドは優しく私の背中をさする。


「よく頑張ったな。もう大丈夫だ」


 彼の優しい声に、安心感が広がる。そんな私たちの様子を、周囲の人々が温かい目で見守っていた。かつては冷たい視線を向けていた貴族たちも、今では尊敬の眼差しを向けてくる。


 突然、騒がしい声が聞こえた。振り返ると、そこにはカールの姿があった。彼は、見たことのない別人のように憔悴しきっている。


「ジャンヌ……俺は……」


 彼の声には、後悔の色が濃く滲んでいた。


「カール、もういいの。過去のことは水に流しましょう」


 私の言葉に、彼は驚いた表情を浮かべる。


「でも、俺は君を……」


「確かに、あなたは私を傷つけた。でも、それがなければ、私は自分の力に気づくこともなかったし、レオナルドの気持ちに気づけなかったわ」


 私の言葉に、カールは静かに頷いた。彼の目には、涙が光っていた。


「ジャンヌ。俺は……これからは一から出直す」


 彼はそう言って、深々と頭を下げた。その姿に、私は複雑な思いを抱く。でも、それと同時に、何かが吹っ切れた。


 *


 戦勝式典が終わり、私は父に呼び出された。


「ジャンヌ、よくやってくれた。お前の活躍で、我がダキテーヌ家の名が轟いてる」


 父の言葉に、私は静かに頷く。


「ありがとうございます、父上。でも、これは私一人の力ではありません」


「そうだな。レオナルドのことか?」


 父の言葉に、私は顔が熱くなる。


「はい……彼は、私にとってかけがえのない存在です」


 父は静かに微笑んだ。


「わかった。お前の幸せを祝福しよう」


 その言葉に、私は思わず涙があふれる。窓の外を見ると、ぐにゃぐにゃになった夕日が美しく輝いていた。これから始まる新しい人生。レオナルドとの未来。そして、この国の平和。それらを守るために、私はこれからも全力を尽くすしかない。


 **


 俺は平民の騎士。ジャンヌは七歳も年下だが、公爵家の令嬢で手の届かない高位の存在だ。ガキの頃から護衛を任され、彼女を守ってきた。色々あった。色々な……。


 あいつが王太子と婚約したときは、護衛やめようかと思った。騎士もやめて田舎へ帰ろうかとも考えた。


 思えばあの時だったな。俺が彼女を好きだって気づいたのは。


 王太子の下半身の緩さは有名だった。ジャンヌは幸せになれないと思った。でも、俺はどうすることもできなかった。


 ウジウジしていると、ジャンヌは王太子の色恋沙汰の証拠を揃えて、華麗な婚約破棄へこぎ着けた。彼女はダキテーヌ公爵家の名誉を守ったのだ。


 ああ。正直惚れ直したよ。あのときは。


 そしていま。俺は一大決心した。



 **


 ザイフェルト帝国との紛争から三ヶ月。朝日が差し込む窓辺で、私は静かに目を閉じていた。今日という日を、どれほど長い間待ち望んでいたことだろう。


「お嬢様? また寝てるし!」


 ソフィーの声に、私は目を開けた。鏡に映る自分の姿に、思わず息を呑む。純白のウェディングドレスに身を包んだ私は、まるで別人。


「ええ、大丈夫よ」


 声に力を込めて答えたが、本当は緊張が高まっている。今日、私はレオナルドと結婚する。かつての婚約者カールとの関係が終わってから、ここに至るまでの道のりは決して平坦ではなかった。


 式場に向かう馬車の中で、私は窓の外を眺めながら、これまでの出来事を思い返していた。婚約破棄、隠していた魔法の才能の公表、ザイフェルト帝国との戦い……全てが今の私を作り上げた。


 教会に到着すると、父が私を出迎えてくれた。


「ジャンヌ、お前の幸せを祈っている」


 普段は厳しい父の声に、珍しく優しさが滲んでいる。


「ありがとう、父上」


 私は深呼吸をしながら、教会の扉の前に立った。扉が開くと、レオナルドの姿が目に入る。彼の凛々しい姿をみて、膝から崩れ落ちそうになる。


 一歩、また一歩、父と手を繋いで祭壇に向かって歩を進める。周りの人々の視線を感じながら、私は前を見据えた。エルンストやリディア、そして……カールの姿もあった。彼は、どこか寂しげな、でも温かい眼差しを向けている。


 祭壇に到着すると、父は名残惜しそうに手を離した。


「ジャンヌ」


 レオナルドが私の手を取った。彼の瞳には、深い愛情が宿っている。


「君と出会えて本当に良かった……長かったな、ここまで」


 その言葉に、私は涙が溢れ出した。


「私もよ、レオナルド」


 誓いの言葉を交わし、指輪を交換する。そして、私たちは深く見つめ合った。


「レオナルド・フォン・シュナイダー、あなたを夫と認めます」


 私の言葉にレオナルドが続く。


「ジャンヌ・ド・ダキテーヌ、あなたを妻と認めます」


 キスをした瞬間、教会内に大きな拍手が沸き起こる。私たちは、満面の笑みを浮かべながら参列者たちに顔を向けた。


 祝宴の席で、エルンストが私たちに近づいてきた。


「ジャンヌ様、レオナルド様、おめでとうございます」


「ありがとう、エルンスト。あなたの協力がなければ、ここまで来られなかったわ」


 彼は静かに微笑んだ。


「いえ、ジャンヌ様の才能があってこそです。これからも魔法の研究を続けていきましょう」


 その言葉に、私は頷いた。魔法使いとしての道も、これからも歩んでいくつもりだ。


 宴もたけなわになったころ、カールが私たちに近づいてきた。彼の姿は、かつての威厳ある王太子の面影はなく、ただの影のような存在感しかなかった。


「ジャンヌ、レオナルド、おめでとう」


 彼の声には、後悔と羨望が混ざっていた。私は心の中の冷たい氷を隠しながら、優雅に微笑んだ。


「ありがとう、カール」


 私の声は柔らかく、しかし感情を抑えたものだった。カールは深々と頭を下げると、震える声でこう続けた。


「俺は……全てを失った。王位継承権も、アリアとの恋も、そして貴族としての尊厳さえも」


 その言葉に、私は内心で勝利の喜びを噛みしめた。しかし、表情には慈悲深い理解を浮かべた。これこそが、私が長年培ってきた完璧な淑女の仮面。


「ジャンヌ、お前の力と才能を見くびっていた俺が愚かだった。本当に、申し訳ない」


 カールの懺悔を聞きながら、私は静かに答えた。


「カール、過去は過去よ。私たちはそれぞれの道を歩んできた。そして今、私は自分の選択に満足しているわ」


 私の言葉の裏には、「あなたの後悔など、もはやどうでもいい」という冷たい感情が隠されていた。しかし、表情は終始穏やかなまま。


 カールが去った後、レオナルドは優しく私の手を取った。


「大丈夫か?」

「ええ、むしろ清々しいわ」


 私は満足げに答えた。レオナルドの瞳を覗き込みながら、静かに続ける。


「あの婚約破棄が、私たちをここまで導いてくれたのよ。カールのおかげで、私は自分の本当の力に気づいた。そして、あなたという最高のパートナーを見つけることができた」


 レオナルドは微笑み、私を抱きしめた。


「君は本当に強くなった。でも、その強さの中に優しさも忘れていない」


 その言葉に、私は心から笑顔を浮かべた。確かに、私は強くなった。そして、その強さは単なる冷酷さではない。思いやりと共に、自分の意志を貫く力。それこそが、私が得た本当の強さ。


 宴の終わり近く、エルンストが私たちに近づいてきた。


「ジャンヌ様、レオナルド様。今後の王国の発展に、お二人の力が必要不可欠です」


 私は静かに頷いた。


「ええ、もちろんよ。これからも魔法の研究を続け、この国を守っていくわ。そして……」


 私はレオナルドの手を強く握りしめた。


「私たち二人で、新しい時代を切り開いていくの」


 レオナルドも力強く頷いた。


 公爵令嬢としての誇り、魔法使いとしての道、そして何より、真の愛。全てを手に入れた今、私の人生は最高の輝きを放っている。


 かつての婚約破棄は、決して悲劇ではなかった。それは、私を真の幸福へと導く、華麗なる一歩だったのだ。

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公爵令嬢の華麗なる婚約破棄 藍沢 理 @AizawaRe

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