第7話 コンティニュー
「ひ、ヒバリさん。兄さんどうしちゃったのかな」
「寝ぼけて石鹸でも食べたんじゃないか? 朝ごはんにしよう」
「いや割とそれがあり得るレベルで異常でしょあれ」
生まれつき視力の低い子供は自分の視界が異常なことに中々気が付かないため、目が悪いことの発覚が遅れるらしい。
生まれた時からそうだった物が間違ってると気づくのは中々に難しいんだろう。たぶんこれはもっと短い期間の出来事にも適用される。
ここ数年見え続けてきたものが見えなくなるというのは、想像を絶する衝撃だった。
「うぉおおお‼︎ 家が変形しない! 家の中に知らないキャラがいないぃい‼︎ 」
「に、兄さん! 正気に戻ってぇ! 」
俺自身の咆哮とカナタの困惑の悲鳴が朝っぱらの静けさをゴミ箱送りにする。
アルゴとの共生初日。俺は幼少期から悩まされ続けていた厨二病の妄想が見えなくなっていた。
「完全に妄想が見えなくなったのか? 」
「ああ。綺麗さっぱりだ」
朝食のお茶漬けがいつも以上にサラサラと喉を通る。
久しぶりにヒバリさんの顔をちゃんとみているような気がした。
「何が原因なんだろね。あむ……昨日までは……もむ……見えてたんれひょ? 」
「心当たりは無いのか? スイ」
「心当たり…… 」
(お前のせいなのか?)
頭の中で、俺の体に潜む怪物に話しかける。
(後で話してやる。この場は適当に濁せ。)
「いやまったく」
「なるほどなぁ」
ヒバリさんが意味ありげな言い方をしながら鮭の塩焼きを解す。昨日の事と間違いなく関連付けて考えられているだろうが、昨日言っていた通りなら詳しく追及してくることはないな。
「そもそも兄さんの妄想癖って今でもそんなに影響あったんだ。『ミルカク』始めてからは結構抑えられてたイメージだったけど」
「昨日の朝ごはんの時には闇の組織からの襲撃が2回。俺の突然の覚醒が3回。ニュースで怪獣出現の報道が1回だったから、確かに一時期に比べればマシだな」
「ぶふぉっ! げほっけほっ。や、闇の組織がなに⁇ 」
「落ち着けカナタ。はい水。まぁ、それなら昔に比べれば良くなったな。消えたなら万々歳じゃないか」
「え。ヒバリさんは知ってたの? もー、僕だけ知らない事ばっかりな気がするんだけど……」
カナタが目を白黒とさせてから、ため息で体を萎ませてしょげる。
「カナタは優しすぎるからな。教えてたら俺のこと気にし過ぎてたろ」
「だって兄弟なんだよ⁉︎ ……心配するよ普通」
「分かった悪かった。心配されるの苦手なんだよ」
「思春期のガキなんてみんなそんなもんだ。気にするな」
ヒバリさんからひどく失礼なフォローをもらう。何か言い返そうと思ったところで、チャイムが朝食終了のゴングのように鳴った。
ピポーン ピポーン ピポピポピポ ピポーン
ピポピピピピピポーン! ピポーン
いや多い多い多いって。
インターフォン越しに返すのも面倒なので最後の漬物を噛み潰して直接玄関へと向かう。
「やぁ辰波翠。まったくもって退屈な朝だね」
「うちのチャイム壊す気かお前は。一回にしろ一回に」
「一回しか押してないさ」
サナがウサギ耳の携帯の再生ボタンを押す。
ピポーン ピポピポピポ ピポーン
ピポピピピピピポーン! ピポーン
「ほらね」
「最初の一回以外は録音だったのかよ…… 」
思わず肩から力が抜ける。
「さ、学校に行こう」
「ちょっと待て。お前のせいでカバン……は学校に置いてきたんだった。靴だけ変えるからちょっと待っててくれ」
「ふむ。ちょっとの定義とはなんなのだろうね。僕としては」
何か言いかけたサナを無視して扉を閉める。
流石に今咄嗟に履いたこのサンダルでは教師に目をつけられる。いや、昨日勝手に早退したからどの道か?
学校指定の革靴に足をはめ、紐を絞める。
「サナちゃんの録音ピンポンダッシュにまんまと騙されたなぁスイ」
ひょっこりと姿を現したヒバリさんがニヤつく。
「流石ヒバリさん。今ので分かるものなんだな」
「ハハハッ。分かる訳ないだろ。今朝サナちゃんから許可取りのメールが来たんだよ」
許可取りのメール⁇
ヒバリさんがスマホを開く。
「えーと……『早朝に失礼します。本日、辰波翠を迎えに行く際に少しからかってやりたいと思い、その許可を頂きたくご連絡させて頂きました。内容としてはいつものようにドアのチャイムを鳴らしたのちに録音した音声を——』。ップ、アハハッ。読み返すと余計ケッサクだな」
「……行ってきます」
「おーう。遅くなるなよー」
昨日の蹴りの痕跡が表面に僅かに残るドアを開いて外へ出る。少し先の家の扉に寄りかかっていたサナが駆け寄ってきた。
「まったく。僕が男だったら君を羨んでしまうよ。僕のような美少女が毎日家に迎えにきてくれるだなんて、夢のような日々じゃないか」
「いや、まぁ迎えにきてくれること自体は嬉しいよ? 俺友達いなかったから新鮮だし。普通に楽しいし。でも保護者に許可取ってまでのイタズラはもうなんか怖いよ。執念が」
階段を降りてマンションを出る。憎たらしいほどの快晴が汗腺のバルブを捻り始める。
「今回のは許可を取らないと雨夜雲雀さんや君の弟が驚いてしまうかもしれなかったからね。彼らからの心象は下げたくないんだ」
「微妙に答えになってないんだが? てかお前そういうの気にするタイプだっけ? 」
いや、思い返してみれば確かにサナは妙にヒバリさんに好かれてる気がする。いつの間にかヒバリさんと連絡取れるようになってたし。でも基本他人に我関せずスタンスのサナが、なんでヒバリさんにだけ……。
「根回しは大事だからね」
「何の? 」
「来たるべき日のためのさ。彼らとの関係が悪いとそれからが過ごしにくい」
「ハルマゲドンでも来るのか? 」
「いや。鳴らされるのは天使のラッパでは無く祝福の鐘だよ」
「それは最後の審判だろ。でも鐘……? 」
サナとの会話用雑学語録を漁ってみるも適切な返し方が思いつかない。
「すまん分からん。なんの話だ」
「……本当に分からないのかい? 」
サナの言い方に微妙な違和感を感じる。
「……? あぁ。だから教えて欲しいんだが」
「まったく。君はつくづく重要な所で勘が悪いねっ! 」
「痛てっ! 」
もはや恒例となったキックを背中に浴びる。ただ、今日のはいつもより少し痛いような気がした。
「正解は秘密だよ。ウケなかった話の解説をするのはつまらないからね」
「痛てて。ま、そりゃそうだな」
じんじんとした痛みを感じつつも、いつも通りの牧歌的な朝に昨日とは違う嬉しさを感じる。
一度この幸福を失ったからだろう。妄想が俺の邪魔をしなくなったのもプラスに働いていることは間違いない。
あれ。一時は殺されかけたはずなのに結果的にアルゴに体奪られてから色々状況が好転してきてないか?
「人生万事なんとやらってやつか」
「? ところで辰波翠。今朝は妙に生きた目をしているね」
「あ、そうそう。実は俺の厨二病が治りかけてるかも知れないんだよ」
サナが目を丸くする。
「すごいね。じゃあ今この道は誰が歩いてるように見える? 」
「そうだな」
念のため辺りをよく見回してからサナの顔を覗き込むようにして答える。
「俺にはお前しか見えない 」
「……」
サナがそっと目を逸らす。
「え、違う? え? 」
もしかしてなんか厨二病が変な方向に拗れ始めて見えるものが減り過ぎてるとか、そういうアレが起きてるのか⁉︎
「本当に治りかけてるみたいだね。普段なら異星人と地底人とマフィアぐらいは見えてておかしくないのに」
「大丈夫なんかい! 変な間取るなよ。普通に怖かったんだが? 」
「君の言い方が……いや、別にそれはもう良い。まぁ治りかけてるなら良かったんじゃないかい? 折角何か仕組んだ時でも気づいてもらえない切ない事故は今後少なくなるね」
「そんな事あったのか」
「スライムの沼に落としたのに気づかなかった時は君が歩きながら死んでるんじゃないかと疑ったよ」
「詳しく聞かせてもらいたいんですが⁉︎ 」
ギャーギャーとわざとらしく騒いでサナを軽くゆする。
そうやって無理にでもいつも通りを装う一方で、内心では胸を撫で下ろす。
やっぱり俺は今妄想が見えなくなってる。
つまり、今見えてる物は全て現実。
現実なんだ。
(なんだ。てめェ、この女まで自分の妄想だって疑ってたのか。悲しいやつだなァ)
黙りこくっていた俺の半分が突然口を挟んでくる。
「急に立ち止まってどうした辰波翠。転職先にカカシはオススメしないよ」
「俺のカカシとか誰得だよ」
「産業廃棄物にすらお断りかもしれないね」
(……初めての友達だったし。サナの性格がこれだったからな)
(ギヒヒッ。あー確かに変わってるよなぁこの女ァ。てめェと同じでよォ)
アルゴが妙に後半を強調する。
「でも大丈夫さ。君には幸運な事に僕がいる。僕が特別特価で君を買い取ってあげるから。そうだね、6円ってところかな」
「頼むからうまい棒よりは高く買ってくれ」
(用が無いなら、悪いんだけどそろそろ静かにしてもらえるか? 同時に喋るのは頭がこんがらがる)
交差点に差し掛かる。
ここを通れば学校はすぐそこだ。
(あーそうするぜ。だが、その前に1つだけてめェに伝えとこうと思ってなァ)
「…い……おい! 聞いてるのかい辰波翠」
「あ、ああ。悪い聞いてなかった」
「なんだ治ってないじゃないか。僕の話ぐらいちゃんと」
(てめェ
(ちょっと待ってくれ。本当に同時処理はきつい。頼むから後で)
(アレのおかげで、てめェ今まで随分無茶できたみてェだが)
「またスライムに落とされたいのかい辰な——」
(あの性質よォ)
パァァ————‼︎
絡まる頭を突如鳴り響いた轟音がさらに掻き乱す。
「避けろ‼︎ 翠‼︎ 」
気づけば、凶暴な鉄の塊が俺の元へと真っ直ぐ飛び込んできていた。数トンはあるであろう大型トラック。
距離的にサナには当たらない。
俺の身体能力なら避けられる。
そのはずだった。
「あれ」
地面を蹴った俺の体はわずかにその重たい体に空を飛ぶ夢を見せただけだった。
上空30cmへの余りにも凡庸な跳躍が、俺の体に次起こる事態を告げる。
それ即ち。死だ。
(使えなくなってるぜ)
パァンッ‼︎
全身の臓器と骨格をシャッフルする衝撃が、俺をボールの様に蹴り飛ばす。断末魔を上げることすらなく、全身の機能が地に着く前に臨終を迎えた。
そこからはもう何もかもが混ざって分からない。
(あーあー。言ったそばからよォ。もうてめェにあの身体能力はねェんだっての)
なんだよ……それ
(だが見返りはちゃんとあるぜェ? さ。立ち上がって試してみな)
(立てる訳ないだろ。死ぬんだよ。俺もお前も)
(いいや立てる。さっとしやがれ)
「だからぁ」
アスファルトの地面を突き飛ばす。
「立てる訳無いだろ‼︎ 轢かれたんだ……ぞ」
その時になって、ようやく俺は自分が立って喋っている事に気がついた。
厨二病の僕らは世界を滅ぼすのか 水細工 @MizuZaiku
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