第4話 領主館にて
「へぇ、やっぱり領主館だけあってそれなりに立派な建物ね。予想通り人の気配は
無いけど・・・・まあいいわ。早速中に入りましょう」
弥彦の案内で港に程近い、門構えが立派な赤レンガの建物の前に着いた依子は
率直な感想を述べると人の気配は無いが一応扉の前に立ち獅子の装飾のある
凝ったドアノッカーで、ゴンゴンゴンっと叩いてみる。
しばらく待ってみたが、やはり人の気配は無く辺りはシンと静まり返っている。
「どうする?入ってみるか?まあ開いていればの話だが」
「そうね・・・・」
依子がドアノブに手を掛けると横にいた夜叉が彼女の手を掴み、首を横に振る。
彼は依子を軽く押して後ろに下がらせると、部下達に指で合図し
扉の周りに配置させ終わると、刀を構えつつゆっくりとドアノブを回す。
鍵はかかってなかったようでギイっという音と共に観音開きの扉を大きく
開くと夜叉達は音を立てずに建物内に侵入し、敵がいないか確認する。
これだけの瘴気の中にあった街だ。住人がいるとすれば魔物と化していても
不思議ではない。
だがやはり玄関ロビーを夜叉達が索敵するも、人の気配のしない建物はまるで
何年も人が住んでいなかった様にシンとしており誰かが出てくる気配もない。
刀銭迦は貿易港として栄えているだけあり、西側諸国の近代的な造りの
建物が多い。
ここ領主館も例外ではなくまさにその最先端を感じさせる異国の佇まいだ。
夜叉達からすると、ただでさえ人の気配のしない不気味な街の薄暗い洋館で
冷たい大理石の床でできた玄関ロビーは今にも何か出てきそうで
腕の立つの武士達でも居心地の良いものでは無かった。
「やはり人の気配は無さそうだな。よしお前ら、念のため二人一組で館を索敵。
何かあった時は念を送ってくれ。30分もあれば安全確保できるだろう」
「「御意」」
「依子、お前には俺が着く。どこか調べたい部屋があるなら言え」
「そうね。まずは領主の執務室かしら?そこで何か手がかりになる物があるかも
知れない。丁度そこの受付に見取り図があるみたいだわ」
「お誂え向きだな。どうやら執務室はこの吹き抜けの玄関の階段を上った先か」
「行きましょう」
依子と夜叉は互いに頷いてから螺旋階段を上ると、やがて壁にかかった大きな額縁
が見えてくる。恐らく歴代領主の自画像なのだろう。
やはり貿易港なだけあってこれだけ見てもかなり羽振りが良さそうなのはわかる。
夜叉は愛刀に手を掛けながら、重厚な造りの部屋の扉を開ける。
「ふん、やっぱり誰もいないか。あの瘴気の海にあったから街中はさぞ死体が
ゴロゴロしてるかと思ったが、一体何なんだ?誰もいやがらねえどころか
魔物一匹いやしねえじゃねえか」
「そうね。この執務室に何か手がかりがあるといいのだけど。さてさて・・・・
鬼が出るか蛇が出るか・・・・さ、貴方も手伝って!」
「なっ!?俺も探すのかよ?俺はお前の護衛だぞ?そんなのは専門外だ」
「あのねえ!これだけの蔵書量よ?私一人じゃ下手すれば何日もかかるかも
知れないわ。それに資料を読んでなんて言わないわ。何か怪しい物が無いか
教えてくれるだけでいいのよ」
夜叉はため息をひとつ吐いてから、こめかみに手をやり諦めたかのように
手近な所から部屋の中を物色しはじめた。
執務室は貿易が盛んな港町なだけあって、この国にはない珍しい調度品や
木製の重厚な造りの執務机は、高級そうな万年筆が置かれて
小奇麗に整頓されており持ち主の性格が出ている。
夜叉は本などに興味は無さそうに、ゴミ箱の中や調度品のツボの中などを
見て回るがすぐに飽きてしまったのか、応接用のソファにドカっと
身を投げ出して、天井を見上げてしまった。
依子はその様子を横目で見て小さくため息を吐くと、執務机の上の書類の束
を読み漁り、気になるところが無いかチェックしている。
30分程経った頃、部屋をノックする音がしたので、目をやると夜叉の部下達が
屋敷の中の探索を終え夜叉に報告している。
「依子、屋敷の中は案の定誰もいなかったみたいだ。どうする?台所みたいな
部屋があったそうだ。保存食もあるみたいだから飯は作れそうだが」
「そうね、もう夕刻だものね。腹が減ってはなんとやら。食事にしましょう」
「若、それなんですがこの国の台所とは大分造りが違うようで、
食材も我々の知る物とは大きく異なるので、ちょっと難しいように思います
兵糧であれば少し持って来てあるのでそれで拵えようかと思いますが」
「おいおい、まじかよ。そんなに長期滞在できるほどの兵糧はもってきてないぞ
どうする?あとで山猪でも狩りに行くか?」
「待って。どんな調理器具なの?魔道具を使った調理器具ならむかし旅先で
使ったことがあるから何とかなるかも知れないわ。ちょっと見せてもらえる?」
夜叉達は顔を見合わせると、コクリと頷いて依子を一階の台所と言っていた
場所に案内する。
皆で扉を開ければ、台所というよりは大きな厨房がそこにあった。
大きな鍋に清潔な水回り、魔道具を使った調理器具は魔石を使って
火をおこす最新のものだ。屋敷も大きいので使用人も多いのだろう。
30人分は優に作れそうな、立派な厨房だった。
食材は充電式の氷の魔石で動かしている氷室に、新鮮な野菜や肉に魚などが
所狭しと置かれており、この人数であれば一か月は暮らせそうな備蓄があった。
「驚いたわね。ここの領主は相当なやり手みたい。こんな立派な厨房、そこらの
小国の城にあるレベルと大差ないわ」
「じゃあ、料理は依子に任せてもいいのか?」
「ええ、任せておいて。ただ誰か包丁扱える人がいるなら手伝って欲しいのだけど」
「ああ、それなら私が。この隊の料理番を任されておりますので」
ヒノエが名乗り出てくれたので、2人は頷きあってまずは使える食材を出してくる。
夜叉達料理の出来ない面々は、ここに料理が出来るまでここに居てもしょうがない
ので領主館の付近を見回ってくるそうだ。
「じゃあ、ヒノエさんは私の指示する野菜とお肉の下処理をお願いできるかしら?」
「承知しました」
2人はテキパキと動き、ヒノエは野菜を依子の指示した通りに切り分けていき
依子は肉に下味をつけて準備をしながら、魔導式調理器具に火を入れる。
ヒノエも調理器具の使い方を教えてもらいながら2人はあっという間に
皆の料理を盛り付けると、7人前を作るとダイニングの大きなテーブルに
置いていくと、良い匂いが部屋に充満していく。
「よし、簡単だけどゴロゴロ野菜のポトフに、兎肉の香草焼き、海藻のサラダ。
あとは保管してあった大きなパン!充分ね」
「すっごく美味しそうですね。お料理が冷めない内に若達を呼んで参ります」
ヒノエは少し嬉しそうに外を見回っている夜叉達を呼びに行った。
この街にきてからトラブル続きで、ここでどのくらい滞在しなくてはならないか
今の所全然わからないことだらけだが、とりあえず食べる物さえあれば何とかなる
と無理やり自分を納得させ、依子は先に席に着いた。
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依子と夜叉 野々宮のの @nonomiyanono
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