第3話 港町「刀銭迦」

「人の気配が全くしないわね・・・・一体この街で何が行われていたというの?」


依子は先程まで魔素と瘴気が渦巻いていた街の中を中心部に向かって歩いていた。

大きな街であるのに人の気配が無く、遠くから波のさざめきと木を揺らす風の音だけが

空虚に聞こえてくる。


港町「刀銭迦(とうせんか)」


島国であるこの国において、諸外国から多くの交易品が行き交うこの街は、

国の重要な拠点の一つだ。人口もこの国で三番目に多いと聞いている。

恐らく三か月前まではこの大通りも行き交う人で、ごった返していたに違いない。


それがいくら高濃度の魔素と瘴気で汚染されてたとしても死体どころか生物の痕跡

すら無いのはいくら何でもおかしい。

この街の住民は一体どこへ消えてしまったというのか?


「うーん、やはり街の中心部の教会前広場に行かないとわからないか」


「おい!おいって!召喚士!一体どういうつもりだ?勝手に先に進みやがって!」


追いかけてきた夜叉は依子の前にまわって、鋭い目つきで問いただすと依子は

止まる事無くそのまま夜叉の横を通り過ぎる。

夜叉は何かぶつぶつと呟きながら歩く依子に「ちっ」っと舌打ちをして、

無言で部下に目配せすると彼らは黙って依子の周りを守るように一緒に

連れだって歩く。夜叉は依子の斜め後ろをついて行きながら

「おい!」と不機嫌そうに声を掛ける


「静かにして。考えに集中できないわ。多分中心部に行けばわかるからついて来て。

一時的に魔素と瘴気は取り払ったけど、発生源を早く処理しないとこの地はまたすぐ

瘴気に沈むわ」


「なんだと!?いやそもそもあの濃度の魔素と瘴気をお前どうやって取り払ったんだ?

あの短時間で。とりあえず色々説明してくれ。解からないと仕事に支障が出る」


怒りを表明する夜叉に、まったく意に介さずに静かな声で注意してくる依子に

護衛対象とは言え苛立ちを隠せない夜叉はだったがそれでも、あの量の瘴気を

たった数分でものの見事に消し去った疑問の解消を優先した。


「貴方達が戦っている間に、召喚した『異界の神トリニトロン』で魔素と瘴気を

一時的に飲み込んで貰ったわ。でもこの街の中心部に瘴気の発生源があるのよ。

その発生源を取り除かないと1日とせずにまたさっきの状態に戻るわ。

まあそれが何なのかは見てみないとわからないけどきっと碌な物では無さそうね」


「異界の神だと?聞いた事がない・・・っていやそもそも神を召喚だと?

お前は一体何者だ・・・・?あーいや、やっぱりいい。・・・・何も言うな。

何か変な物に巻き込まれても面倒だ」


「賢明ね。それがいいわ・・・・・さあ目的地はその建物の曲がった先よ」


依子が指示した比較的大きなレンガ造りの建物を全員が曲がると、皆思わず咳き込んだ。

広場の中心部から咽返るような濃密な霧状の瘴気が立ち込めているのだ。

全員反射的に二の腕を手に当てる様にして顔を庇って肺に入るのを防いだ。


「クソっ!!なんだあの広場の中心から大量の瘴気が流れてきやがる!!」


「待って。これくらいの瘴気なら、すぐ何とかするわ。

『清浄と浄化を司る風の精霊よ、瘴気にまみれ死悪しき穢れよりこの地を解放せよ』

 召喚! 風精霊 エアリアルバタフライ! 」


依子が詠唱とともに瘴気の発生元に向かって手を向けると、彼女の背後から無数の

光を纏った蝶々が光る鱗粉を撒き散らしながら現れた。

風に乗った蝶々達は、瘴気を浄化しながらその発生元へと殺到する。


「おお、すごい!あの禍々しい瘴気が立ちどころに浄化されていく・・・・ん?」


「な!?なんだあれは!?ま・・・まさか」


瘴気を発生させる広場の中心の黒い物体は、蝶々の見た目の精霊によってその全容が

見えてくると全員が驚愕の表情を浮かべる。


「カ・・・・カースドラゴンだと!?なぜこんな街中に呪われた竜が・・・・

動かないが死んでいるのか?・・・じゃあこの瘴気の海はこの竜が原因か?」


「これは・・・・元は地竜ね?自然発生的なものじゃなさそう。一体誰の仕業かしら?

・・・・興味は尽きないけど、早めに燃やした方が良さそうね。精霊の力で抑えてるけど

いずれまた瘴気が溢れ出す。放っておけばこの地域一帯が地獄と繋がってしまうわ」


「ヒノエ、火の用意を」「承知」


夜叉の部下達はテキパキと動き、手ごろな藁束を用意してカースドラゴンの死体に

火を放つと独特の饐えた悪臭が辺りに広がり、堪らず皆距離を置いて眺める。

少し日が傾いて来た広場で、轟轟と燃えるドラゴンの死体は現実離れした光景で

皆まるでどこか異質な世界に迷い込んでしまったかのような錯覚を与える。


「気づいた?夜叉」「あ゛あ゛?」


少し試すような目で夜叉の顔を覗き込む依子に、彼は不機嫌そうに肩眉を上げると

頭をガシガシと掻いてから、めんどくさそうに答える。


「あの竜の事だろうが、まあ何本もの刀と矢が無数に刺さっていたのを見るに

街を守る警護兵とかなり激しい抗戦があったろう事は想像できるな」


「それだけ?」


「問題はそんでその激しい抗戦があったにも関わらず、その住民や武士共が

さっきから人っ子一人見当たらねえ。こりゃあ一体どういう事だ?」


「そう。・・・・・・それが解らない事には帰る訳には行かないわ。調査が必要ね。

この街には領主館があったはずよ。まずはそこに行って何かわかる事がないか

調べましょう。あわよくば食事と寝床の確保も出来ればいいわね。

もう日も傾き始めているし」


「領主館か・・・確かうちの者にこの街に詳しい奴がいたよな?」


夜叉は側近である鳶丸に目を向けると、鳶丸は「ああそれなら」と彼の後ろにいた

一人の浅黒い目に刀傷のある少し小柄な男が夜叉の前に進み出てきた。


「弥彦お前だったか。それで?お前領主館まで案内出来そうか?」


「勿論です。不肖ながら私が案内させていただきます」

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