花たちの告白

珊瑚礁

告白

 「好きです。」

その、たった一言で息が止まった。


 その一言を今しがた発した眼前の男は、いつでも澄ました顔で、まるで他人なんて興味ないと言うかのように表情の動きは最小限なのに。今はどうだ、いつになく真剣で、必死である事が読み取れ、表情は硬いけど想いを告げる直前から耳の先が髪の色と同化するほど赤く染まっていて、表情の硬さが普段とは全く別の意味を持つ事がわかる。

 今、私は衝撃が一旦抜けて、なんとか呼吸ができているが喉を声だけが通らない。逃げ出したいのに足は動かなくって、五感全てがこの瞬間、この光景を全部記憶するようにいつも以上に働いている。

 今日は、雲一つない快晴で、一面に広がる青空と太陽が優しく照りつける光をもってその存在を主張していた。けれども今はジリジリと焼けるような熱線に感じる。先程の一言以降まるで時が止まったかのように、響く声はなかった。その中で唯一、顔が赤く染まる音を聞いた。


 じゃあ、私はどうなのかって、この、眼前で繰り広げられる告白を見てしまった私は。

少し前、自室の窓から外を眺めている時に大好きな朱色が目に入った。パッと気持ちが明るくなって、目を凝らす。誰かと話しているのか横を向いていて表情は見えない。誰となのか知りたかったが、彼の身体に遮られ見えない。やきもきしながら部屋を移動してまで見ていると、森へ続く道へ入る瞬間見覚えしかない青が見えた。二人に接点があったのかと驚き、好奇心から追いかけた。


 声もしっかり届くほど近く、けれど二人から私の姿がよく見えない木々の中に隠れた。二人は森を抜けた先の原っぱで、私は青葉の香と共に彼の告白を見た。

 あの女の顔が赤くなるのを見て、彼はまた話し出した。表情の硬さはもう消えていた。柔らかい風に乗って彼の声が聞こえてくる。

「私は貴女が好きです。」

私だって好きだった。

「ずっと、好きでした。」

一目見た時から、好きだった。

「貴女の気持ちを、私に聞かせてください。」


 こんなことになるのなら、好奇心なんて無ければよかった。風に刺され、渇いた目が痛かった。我慢できずに瞑るとじわりと雫が浮かんだ。柔らかい風でも傷を与えられるのかなんて他人事に思っていると声が迫り上がってきた、けれど出したいのはコレではない。堰き止めるため手を当てたら、自分の手が汚れていることに気づいた。木屑だ。手を添えていた木の幹に知らず知らず傷をつけていたみたいだ。それでも手を外すことができなくて、口の中に木屑が入った。苦い。・・・・二人の世界に背を向けて駆け出した。少しだけもつれたけれど、ようやく足は動いた。

 一人になりたかった。その一心で、木の幹に足を取られつまづいても反対側の森まで進む足が止まることはなかった。


 止まったのは森の中の開けた場所に咲いてる向日葵の畑に着いた時だ。向日葵畑の中に中にと進む。ここなら、いいだろう。意地で留めていたものを邪魔するものは何もない。そう思った瞬間、嫌な、鈍い痛みが胸に走り自然と涙が溢れた。

 次から次に出てきて、頬を伝わりポタポタと向日葵畑に水が落ちる。この胸の痛みは、キュウと心が縮こまっているからだ。苦しくて、息ができるのにできなくて、我慢できずにしゃがみ込んだ。嗚咽までも溢れ出した。嫌なことに無視をしていた足のジクジクとした痛みが大きくなった。もう、無視できない。


 やっと、止まった。ひとしきり泣いたからスッキリしたように感じる。冷静になった頭で考えるのは、どうしても彼のこと。私は、彼が無関心を貫いているようで、その実とても甘さを含んだ柔らかい目になる瞬間があることを知っている。もし、あの眼差しが誰かに向けられるのなら、それは私であってほしいと、願っていた。

 あの・・・・思いを告げられ、顔を真っ赤に染め上げた女は・・これから、あの眼差しを、向けられるのだ。・・・私と違って、彼女は可愛らしいと形容される容姿をしていると思う。彼が顔で選ぶとは思えないが、私にも可愛げがあったら良かったな。そう思いながら、高飛車と揶揄される自身の顔を両手で挟む。爪の先が濡れた感触がした。

 まだ、止まらないようだ。


 私は、彼のことが好き。遠目で見ることしかできなかったけれど好きだ。初めて彼を知った、いや認識して見たのは彼の優しい目を見たからだ。優しいのは目だけではなかったが、とにかく私は彼のあの眼差しが忘れられなかった。私は柔らかい目に、顔に、お日様を幻視した。その顔は以降も見かけることがあった。だが、目線の先には誰も居ないか、居たとしても大勢のひとが居たりだったり。そのことに加え、普段の無関心そうな様子から、あの顔は本当の太陽のように誰かに向けられるものではないのだろうと思っていた。それなのに、彼女に向けられた顔は、何だったのだろう。彼女に向けられるのなら・・・私だって、気持ちを聞いてほしかったよ。


 私は今日、彼が私の太陽でなかったことを知った。

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花たちの告白 珊瑚礁 @sangosyo

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