栃木妖怪研究所

第1話 ツーリングにて

 私は高校生の時からバイクに乗っておりますので、ライダー歴も半世紀近くなります。

 最初はオフロードバイクで、モトクロスの真似事から始まりました。友達と泥だらけになってダートを走ったりジャンプをしたりと、田舎の荒地で走り回っておりました。

 やがてバランス感覚が勝負のトライアル競技に興味を持ちましたが、だんだんと過激な事は出来なくなり、ネイキッドのバイクでのんびりと走る様になって来ました。

 水平対抗エンジンの1100ccの排気量のバイクや、米国製の1200ccや1340ccのバイクでツーリング等もやっておりました。

 特に1340ccは古いタイプで、フロントは2本のスプリングが剥き出しで、常に充電をして置かないと、数週間でバッテリーが上がってしまい、振動を抑えるバランサーもなく、高速道路を走ると腕がビリビリくる、なんとも手のかかる奴でした。

 でも、そういう手のかかる奴をあやして乗り回すのも楽しいものでした。


 数年前の秋でした。元々体育の日であった10月10日は、晴れの特異日で、東京の晴天率は60%。オリンピック晴と呼ばれているそうです。

 その日をツーリングの出発日として有給をとり、群馬県から長野県に抜けてみようかと計画を立てました。

 予想通り出発日は晴天です。サイドバックにシートバックまで目一杯キャンプ道具に携帯の予備充電器にバイク用充電器、修理工具等を詰め込み、簡易テントにシュラフ、テント用のエアマットをシートバックに括りつけました。

 国産のバイクの場合は、色々と収納する所があるのですが、外国製のバイクにはETCもオプションで外付けで、車検証を入れる所すら無い物も多く、荷物がたっぷりになります。

 それをいかに上手くまとめるかが、ツーリングの上手さの一つになります。

 

 何とか荷物をまとめ、日の出とともに西に向かって走り出しました。風は冷たく、空気が澄んでいてとても気持ちがいいスタートになりました。


 栃木県の壬生ICから北関東道に入り、栃木都賀JCTで東北自動車道に合流し、岩舟JCTでまた北関東道に入って、藤岡JCTから上信越自動車道に入ると、山に挟まれた絶景の高速道路となります。

 以前から行ってみたかった妙義神社に寄ろうと、松井田妙義ICで自動車道を降りて、道の駅みょうぎにバイクを駐め、神社までは相当歩くと聞いていたので、ライダーブーツから持って行った登山ブーツに履き替えました。

 貴重品だけ持ち、道の駅が開店する9時を待って、朝食と昼食用の食料を買い、バイクにまたがって朝飯を食べ、神社に向かいました。

 妙義神社は噂に違わず、大変な石段を上がりました。素晴らしい神社でした。そこで欲が出ました。本来はツーリング時には、余計な体力は使わないのですが、その先に中之嶽神社があるという案内を読み、一般コースと上級者コースがあるとの事。一般コースなら、まだ午前中だし行けるか。と、そこから先を歩いたのですが、だんだん膝が笑い始めました。道の駅から4時間位かかって、やっと中之嶽神社に付きました。流石に鬼滅の刃のモデルになったとも言われる神社。途中も幾つも名所があり、これぞパワースポット!という感じで、こちらも素晴らしい荘厳な神社でした。

 妙義神社と中之嶽神社の御祭神の日本武尊と大黒天に旅の安全を祈願し、昼食を取ってまた引返しましたら、もう夕陽になりかけています。

 これは思ったより時間を食い過ぎた。と思った事に加え、足がガクガクになってしまったので、何処か近くに泊まろうと、道の駅の方にキャンプが出来る所はないか聞いて見ました。丁寧に教えてくださったのですが、連絡しても繋がらないので、とりあえず教えて頂いた方に行ってみることにしました。


 この時程、自分のバイクがクソ重い。アメリカンタイプでは平地しかもう行かない。と思った事はありませんでした。


 ところが、道を間違えたのか山だらけの道でだんだん人家もなく、左手に垂水川だと思われる川を確認しつつ走っておりました。


 どんどん道が分からなくなったので、道の脇にある公園か公民館の様な所の庭にバイクを停め、時計を見ますと、もう20時になっています。

 

 スマホのナビで見ると、周りに何もなく、どうやらここは安中市か富岡市のはずれの様です。

 どうやら今居る場所は小さな廃校らしく、建物は塞がっておりましたが、小学校らしく、ブランコや滑り台がありました。


 もし管理人の方が来たら事情を話して一晩泊めてもらおうと、校庭の隅に簡易テントを建て、キャンプ用のガスコンロでパーコレーターでコーヒーを入れ、カップスープと道の駅で買ったラスクで夕食を済ませて、バッタリと寝入ってしまいました。

 

 夜中。不意に鳥の鳴き声で目を覚ましました。夜中に鳥?と、テントからそっと顔を出しますと、よく田圃で見かける白鷺が数羽。灰色の大鷺が数羽、校庭の真ん中に降りて、ぼんやりとした街灯の中、鶴の様に上を向いて鳴きあっています。

 なんだこれ。鷺ってこんな習性があったのか?と思ったのですが、疲れ切っていたので、また寝ようとテントを閉めようとした時です。

 大鷺より大きな鷺が、まるで鳥達のボスの様に奥の暗闇から現れたのです。

 なんだあれは?と眼鏡を直してよく見ますと鳥ではありません。身体は浴衣の様な物を着た老婆の様です。白髪がバサバサで肩下まで伸びております。顔がよく見えません。何故鳥だと思ったのか?ともう一度顔が見えないか?とテントからこちらの顔を出してしまいました。

 

 すると、光の加減で見えた顔は、17世紀18世紀にヨーロッパにいたと言うペスト医の様な、クチバシがついた仮面を付けていたのです。

 思わず、ヒェ!っと声が出てしまいました。すると鳥達が一斉に鳴き止み、鳥の顔をした老婆がこちらを見ました。

 

 急に鳥達が物凄い勢いで飛び立ちました。すると老婆は私の方を無表情に、と言うか、目もペスト医の様な丸いレンズの、まるで水中眼鏡のような物で覆われて表情が全く分からないのですが、じっと私を見ていました。

 

 私は動く事も声をあげる事も出来ずに、睨み合ったままになっておりました。やがて老婆は、まるで闇が後ろから迫ってきた様に、そのまま暗闇に消えてしまいました。

 

 完全に老婆が消えてから、やっと身体を動かせる事に気づき、テントを閉めて神社で買った御守りを握りしめ、寒い季節なのにじっとりと汗が出てきて、テントの中で息を殺しておりました。

 すると、突然、テントが突かれました。棒ではありません。大きなクチバシの様な物で、背中の部分をズン!と突かれ、わっ!とテントの真ん中に身体をずらせまさした。

 すると、右周りにズン!ズン!とテントが突かれます。もう訳が分からず、思わず、

「何するんだ!こら!」と叫んでいました。すると、

「ケッケッケッ」と、鳥とも人ともつかない笑い声か鳴き声のような声をあげて、しばらく周りを回っておりました。

 

 やがて静かになり、朝までまんじりともせず、夜明けになりました。

 

 明るくなって来たので、こっそりとテントを開けましたが、もう何もおりません。

 

 なんだったんだ?と思いつつ、廃校の外にトイレがあったので、警戒しながらトイレに向かいますと、校庭の一部が白くなっている事に気づきました。

 トイレを済ませて、白い所に行ってみますと、それは大量の鳥の糞でした。

 

 本来は今日は長野に抜ける予定でしたが、その気力もなく、慎重に帰宅したのでした。 了

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