高校生発明家による素敵な告白のデモンストレーション

尾岡れき@猫部

高校生発明家による素敵な告白のデモンストレーション



 変なヤツ。

 それが、アイツに対しての印象だった。


 車椅子のヘラヘラ笑顔野郎。アイツが支援学級にいるのは知っていた。でも、接点がなければ同じ学校にいる他人だ。


「ぬぬぬ……」


 背に腹は代えられない。

 これは、ウチの日頃の行いの成果だ。秋の練習試合に出たいのなら、夏休みの宿題は全て終わらせること――顧問のクソ野郎からのクソみたいな指示だった。


 宿題は終わらせた。


 でもなぁ。一つだけ苦手なのが、夏休みの自由研究だった。中学生になって、自由研究とか、馬鹿バッカじゃねぇの? と悪態をついても仕方がない。だって、夏休みはあと1日で終わるから。


「ふむふむ」


 支援学級で、悩まし気に顎を撫でる新田あらたに頼るしかないと思う


「……つまり、発明家・新田幸多郎あらたこうたろうを頼ってきた、と」

「偉そうだな、お前」


 手先が器用で、毎年、夏休みの自由研究で何かしらの賞をとっている新田。この夏も、ほとんど支援学級に来ては、何かを作っていることは知っていた。最早、頼める相手はこいつしかいなかった。

 校内ですれ違った時と同様、ヘラヘラと笑顔を絶やさない。


「発明とは、従来になかった新しいことを編み出すことですが。ちょっと、時間が足りませんね」

「……いや、あのな。ウチはそんなことはどうでもよくて。夏休みの宿題が終われば――」


「んー。風風かぜかぜさんは、そうですよねぇ」

「……風風さん?」


 なに、それ?


風晴風花かぜはれふうかさん。だから、親しみをこめて風風さんとお呼びするのが、初対面としてのボーダーラインか、と――」

「普通に呼べや!」


 調子が狂う。人を食った態度なのに、バカにしているとは全然思えないのは――悪い気はしない。何より、車椅子だからって、悲観気な目をしていないのが、良い。


 だいたい、男子達はガサツなウチを敬遠するのけれど、コイツはそんな素振り一つ見せない。


 むしろ良い――無意識に、そんなことを思ってしまった。


「……いきなり、ですか?」


 なぜか頬をぽっと朱色に染める。


「いきなりも何も、普通にウチのことを呼べばいいじゃんか」

「分かりました」


 コクンと頷いて。

 それから、一瞬の間。

 すぅっ、と息を吐いた。


「風花ちゃん」

「あ……?」


 ウチは思わず、固まってしまった。相変わらず、はにかむ新田あらたに――。






「分かれよ! 名字で呼べって意味だろっ!!」


 うちの怒りの声が、夏休み最終日の学校に響きわたったのだった。






■■■





 ――時間も無いし。蓄音機式のボイスメモを作りませんか?

 新田がニコニコと笑顔を浮かべながら、言う。


 うん、これは面白いですよ。絶対、作りましょう。そうしましょう、ねぇ風花ちゃん。


(……疲れる)


 新田こいつ、マイペース過ぎる。


 支援学級の奥から、用意していたと言わんばかりに、新田は材料を引っ張り出してきた。よく、車椅子でそんなに細やかに動けるものだと、感心してしまう。


 蓄音機――音による空気の振動を錫箔に録音する……とは、あいつが作業する間に、その関係の本を読まされて知ったけれど。正直、何を言っているのか、全然わからねぇ。


 新田に言われるがままに作業を手伝う。正直、新田の作品と言っても良いんじゃないかってくらい、ウチは役立たず――そう思った時には、もう作業も終盤だった。


「これで、良し。そうだ、テストしてみません?」

「テスト?」


「ボイスメモですから。そうですね、あえて名付けるなら『蓄音チクオン君only oneメッセージ2024』なんてどうでしょう。テストで、ちょっと僕が吹き込んでみて良いですか?」


「べ、別に良いけどさ。その後、ウチが吹き込んで良いんだろ?」

「そりゃ、もちろん」


 ニコニコ笑って、新田は変わらず笑む。

 新田は、息を深く吸い込んで――。






■■■





 正直なことを言うと、重かった。小型冷蔵庫くらいの大きさがあるのだ。もっと小型で良いんじゃないかと新田に言ったが、あいつはどこ吹く風。


 ――メインシステムを円滑に起動させることを考えたら、もう少し大きくしたいところですが、この当たりが妥協点でしょう。

 ワケが分からないことを言う。


「それでは、それぞれ皆さんの自由研究を見せてもらいましょうね」


 新学期――担任センコーが、そんなことを言う。

 だるっ、と思う。中学生で、自由研究とかげんなりだ。でも、ウチは課題をこなした。


「……素晴らしいですね、海崎君に拍手。それでは、次は風晴さん……ずっと思っていましたけれど、それ大きいですね? これ、蓄音機?」

「ボイスメモだ。これで、大事なメッセージを録音できるんだぜ」


 そう言いながら、スマートフォンで良いじゃんって思ったのは、ナイショだ。

 ――次の試合、ウチらが勝つっ!


 そんなシンプルなメッセージが録音されているだけという、面白みも何もない自由研究の成果。とっとと終わらせよう、と。ウチは再生ボタンを押した。


 ▶システム起動

 ▶学内ネットワークにハッキング。

 ▶成功しました。

 ▶音声データを送信しました。

 ▶再生します。


「は……?」

 私が目をパチクリさせて――いた時には、もうすでに遅かった。





『一生懸命な風花ちゃん、好きだよっっっ!!』






 新田あらたの声が、目の前の蓄音機から。

 そして校内のスピーカーから、響き渡ったのだった。








■■■






 ウチは、全力で階段を駆け下り、支援学級の戸を開け放ったの。養護教諭がいないのが幸いというべきか。そもそも、授業を抜け出した時点でアウトだったけれど、怒り心頭のウチには、冷静な判断なんてできるはずがなかった。




新田あらたぁっ!」

「ありゃ、意外に来るのが早かったね?」


 そう言いながら、車椅子を巧みに操作をして――いきなり加速して、廊下に飛び出す。


「はぁぁぁぁ?」

「ターボシステムを取り付け済みだからね。そんじょそこらの、陸上選手じゃ追いつけないと思うよ?」

「てめぇ、ケンカ売ってるのかぁ?!」


「え? 普通に、風花ちゃんのことは大好きだけど?」

「おちょくるなって――」


「前から、一生懸命で、ひたむきな風花ちゃんが好きだったんだよ。一目惚れだったんだ」

「は?」


 その言葉の意味が理解できず、ウチは固まってしまう。


「お前は、冗談でそんなことを言うんじゃ……」

「車椅子の僕が告白しても、信じてくれないでしょ? だったら、とっておきの告白じゃないとね」


 ニシシと笑う。


「返事はいらない。どうせ、振られるの分かってるし」

「はぁ?!」


「……ていうか、速いなぁ、風花ちゃん」

「陸上、なめんなっ」


「うん、陸女りくじょの風花ちゃん、可愛いよ」

理系女子リケジョみたいに言うなぁ!」


 逆に小っ恥ずかしい。

 階段だ。ようやく追い詰めた……とウチは勝利を確信す――る?


「はぁぁぁぁぁっ?!」


 車椅子の前輪が横に伸びた。後輪が、さらに過回転――加速する。


「障害物移動モードにシフト」

「ウソん?」


「障害があるなら、あるなりに便利に暮らせたら良いよね? 発明家たる者、嘆いているだけじや損でしょ?」


「……そこまで言い切るなら、ウチの返事くらい聞けよ!」

「……ほへ?」


 この間、車椅子は駆動を止めない。

 ウチも足を止めない。


 風を切る。

 でも、それ以上のスピードで新田あらたは車椅子を駆動させる。絶対に逃がさない。そんな風に思っている自分が、可笑しい。それが、なんだか可笑しい。


!」


 ウチは新田あいつの名前を呼んだ。


「へ?」

「ウチ、幸多郎のことまだよく知らないから、友達ダチからじゃダメか?」

「はえ?」


 幸多郎の車椅子がゆっくりスピードを落とす。

 アイツが、ウチの顔を見る。


 お構いなしに、幸多郎あいつの腕を掴んで――もう片方の手で、バッテリーユニットを抜き取った。






「あ……れ?」

「ウチさ、難しいことはよく分からないんだけどさ。これで、この車椅子って動いているんだろ?」


「す、すごいね。風花ちゃん。その観察力、発明家になる素質あるよ」

「ありがとう、な」


 ウチはニッと笑んで――幸多郎の頬を掴んだ。


「あ、あの? 風花ひゃん?」

「知らないのなら、これから知ってくれたら良いんだけどさ。ウチ、告白は真剣にしてくれる人が好きかな。公開告白とか、絶対にイヤ」


「そ、そうなの。意外にロマンチックなんだね、風花ちゃ――」

「ふざけたことを言うのは、この口かっ!」


「痛い痛い痛いいたいっっ、いひゃい――!」


 頬を両手で、抓りまわす。その反面、ハチャメチャなコイツと過ごすのも、ワルくないと思っているウチがいた。










 ――これは30日後、バカップルになる二人の馴れ初めである。





【おしまい】

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