きれいな顔の君が好き
ch-neko
きれいな顔の君が好き
『凍死体は一番綺麗な状態で残るらしい』
これだ…私は藁にも縋る思いでこのネットの記事を読んだ。そして、すぐ彼にメールを送った。
「ねぇ、今度一緒に山登り行こうよ!」
……はぁ、スマホの電源を切り、重いため息をつく。後は連絡を待つだけ…
自宅の窓の外を覗く。まだ雪がしんしんと降っている。もうすぐクリスマスか…家に籠もっている私とは対照的に近所の子供たちが無邪気にはしゃいでいる様子が見えた。きっと雪が降って嬉しいんだろうな。子供たちの楽しそうな笑い声がまるで私を嘲笑っているようで自分が惨めに見えた。
「……早く準備しないと。」
❤❤❤
プープープー
まだ雪が降っている12月のある日、僕は家でこたつに入りぬくぬくとテレビを見ていると彼女から連絡が来た。
「ねぇ、今度一緒に山登り行こうよ!」
……!久しぶりの彼女からの連絡で僕は舞い上がりそうになった。というのも、最近の彼女は何か悩んでいそうな重たい表情をする事が増えていた。何か僕にできることはないかと思い、理由を聞いても「何でもない」と言う彼女を心配していたがメッセージを見る限りどうやら元気になったようでよかった。
「もちろん!行こ!いつ空いてる?」
僕は素早く連絡を返し、期待に胸を膨らませていた。なんたって彼女と一緒に山登りなんて1年ぶりだ。最近会えていなかったこともありさらに期待が高まる。この場ではしゃぎ回りたいぐらいだ。
外では雪遊びをしている子供たちの楽しそうな声が聞こえた。それはまるで僕を祝福しているようでとても気分が良かった。
よし!早速準備しよう!
その後いくつか連絡を交わし、1週間後、A山に行く事が決まった。どうやら彼女の叔父さんが経営しているコテージがあり、彼女もその山に何回か行ったことがあるらしい。
「朝日がとっても綺麗なんだよ」
彼女から言われた言葉を思い出しつつ、僕は物置きから使い慣れた登山セットが入ったカバンを出していた。すると、カバンの中から彼女と二人で撮った写真が落ちてきた。懐かしいな、もう付き合って2年だなんて考えられない。そう思えるくらい彼女との時間は幸せであっという間だった。彼女との出会いはまさに運命だったとしかいいようがなかった。
昔の僕は女性に対して恐怖心を持っていた。あの絡みつくような目線を僕に送ってくるのがどうしても怖かった。1度友人に連れられて飲み会に行ったことがある。その時女性からキスを迫られてから女性に話しかけられるのも怖くてだめになった。
♡♡♡
まるで太陽のように輝く金色の髪を風になびかせる彼、どこまでも無限に広がる空色の瞳を持った彼、笑うとくしゃっと親しみが増す彼、寝ている時の撫でなくなるような愛おしい彼……
私は昔の彼を思い浮かべながら睡眠薬、折りたたみ式シャベル、ロープなどの必需品をカバンに入れ準備をしていた。これできっと大丈夫…そう自分に言い聞かせていた。
私の世界が色付き、時が動き始めたのは彼を見た時からだった。
初めて会ったのは忘れもしない、大学の講義で一緒になった時だった。その時の衝撃を超えることは今後ないだろうなぁ。彼は教室で椅子に座り朝日を浴びながらあくびをしていた。なんてことない動作なのに私は芸術品を見ている気分になった。
鼓動が今までにないぐらい昂る。
こんな自分が一目惚れするなんて思いもよらなかった。すぐに話しかけようとしたけどまずは情報収集が大事だと思い、踏みとどまった。私はお母さんから教わった言葉を思い出す。
「いい?
そう言ってぐーぐーとクマさんのようにいびきをかいて寝ている知らない誰かの隣でお母さんは煙草を吸っていた。あの時見たお母さんのすべてを諦めたような真っ黒な目をきっと忘れることはできない。
ということで友人達に彼のことを聞いてみた。友人達によると彼は女性恐怖症らしい。そっか、なら手っ取り早いや。もし彼女がいたなら奪わないといけなかったから手間が1つ減ってよかった。女性が怖いなら女性だと思われなきゃいいじゃん。そう思い、私は今の自分を一旦捨てる。みんなに媚びるためのふりふりがついたワンピースやアクセサリーや香水、ぶりっ子のような高い声や長ったらしい髪を全部捨てた。そして、ジーパンに白いTシャツを着て素に近い低い声にバリカンで剃ってもらった刈り上げの髪…よし!これでオッケー!私は鏡の前で自信たっぷりに呟いた。
相手に気に入られる為なら私はどんな姿にもなれる。
やり慣れたイメチェンだけどいつもとは少し違う。こんなに胸がわくわくでいっぱいになったのは初めてだった。
早速彼に話しかけよう!と意気込んたものの彼は警戒心が結構高そうだからな…ちょっと大変かもしれない。そんな事を考えながら大学で彼を見ていると彼がベンチから立ち上がった拍子にハンカチを落としていた。これはチャンス!
私はハンカチを拾って、そっと彼に近づいた。
❤❤❤
あの時の衝撃を僕はきっと忘れられないだろうな。
「あの、ハンカチ落としましたよ。」
後ろから突然声をかけられた。僕はポケットの中を確認する。珍しく寝不足で気が抜けていた僕は自分がハンカチを落とした事に気づいていなかった。
恥ずかしすぎる…
「えっ、あっ、ありがとうございます。」
拾ってくれた人にお礼をするため後ろを振り返る。
そして、僕は息を呑んだ。
そこに立っていたのはかっこいい美少年だった。凛とした佇まいで短い黒髪をサラサラと風になびかせている。そして、吸い込まれるような魅力的でそれでも力強さを持った目で僕を見ていた。
一体誰なんだろう…
ハンカチを受け取った後気が付くと彼はいなくなっていた。
僕はその時から君を無意識に探すようになっていた。
それから大学でよく会うようになり、趣味が同じ山登りだったこともあり、すぐに彼とは仲良くなれた。名前はクドウカズミというらしい。そうだ、もう1つ忘れられない衝撃があったんだ。
2、3回一緒に遊びに行った時の事だろうか。その頃はまだ気の合う憧れの男友達としか彼に対して思っていなかった。
いつものように街で買い物をしたり、ゲームセンターで楽しんだ後、僕達はカフェでまったりとしていた。すると彼の口から一言、普段の日常会話と同じような軽くてなんてことないように、
「私、実は女なんだよね〜」
僕は飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになってむせ返った。
「ゴホッ、えっ、そうなの!?」
全然気付かなかった…でも確かによく見れば喉仏の膨らみがない。僕が信じられないというような顔をしていると彼?はニヤニヤとからかうような顔をしながら僕に言った。
「やっぱり〜気づいてなかったんだね。私よく男に見間違われるだ〜」
そしてそんな顔から一転、真剣な顔でこちらを見て一言ボソリと言った。
「こんな私のこと嫌いになった?」
いつもなら女性と話すだけでもやっとなのになぜだか彼?といても身の毛がよだつような怖い気持ちにはならなかった。それにあのドロドロした嫌な視線を僕に向けず、今も優しく僕の目を見ている。
「いや、嫌いじゃない。好きだよ。」
考えがまとまるよりも先に言葉が出ていた。すると彼女は嬉しそうに目を細めて僕に尋ねる。
「それはプロポーズってこと?」
…しまった、今更になって自分が言ったことに対して恥ずかしくなる。
すぐに否定しようと口を開けたけれど言葉は出なかった。彼女は相変わらずニッコリ微笑みながら僕の返答を待っていた。
好きって何なんだろう…
『顔が好き…?』
それもそうだけどそれだけなら遠くで見てるだけで十分だし、こんなにもっと話したいとは思わない。
『彼女が女性に見えないから好き?』
始めはそうだったかもしれない。
でも次は君と何を話そう、何をしようかと考えながら心を踊らせたのは人生で初めてだった。
『君は彼女の何が好きなの?』
僕は恥ずかしがりながら答える。
「うん、好きだよ。カズミ」
――僕は彼女と一緒にいる時間が好きだ――
彼女は一瞬驚いたように目を見開き、微笑みながら「やったぁ。」と呟いた。それからの時間は現在進行形で幸せそのものである。
♡♡♡
今までも何回か男にプロポーズされた事があったけどこんなに嬉しくて達成感が湧いたのは初めてだった。
よかった、ちょうどばったり会えるように彼が何の講義を受けるのか調べて。彼の趣味を周りに聞いて自分も同じだと嘘をついて。男の真似事をして彼に近づいて。彼が嫌がりそうな目線にいち早く気づいて彼にそれを向けないようにして…………本当によかった。
ついに私が望む顔を、幸せを手に入れられたんだ。
それからの時間は幸せだった。
私はバスでA山に向かうためにバス停にて一人、彼を待っていた。辺りは早朝だったこともあり、静かだった。
今日、自分自身の達成しなければならない目的を改めて確認する。
――今日、私は夢を叶える――
すると、彼が約束の時間ギリギリでやって来た。
「ごめん!待った?」
彼は申し訳なさそうに笑っていた。そんな彼の頭には寝癖が少し付いていた。きっと直そうとして遅くなったんだろう。
「大丈夫、私もいま来たところだよ。」
本当は1時間も前に来て準備していたけれど私は嘘をついてなんてことないよう彼に言った。
彼は私と付き合ってから少しずつ変わっている。それを彼にとっては成長というものなのかもしれない。でも、私にとっては許しがたい変化だと感じてしまった。
そう感じ始めたきっかけは1年前、一緒に山登りに行っていた時、私の不注意のせいで彼の顔が蜂に刺されてしまった。私は戦慄した。そしてつい本音が出てしまった。
「あ、ありがとう…は、早く薬を塗らないと、せっかくの顔に傷がついちゃう!」
「大丈ー夫。全然痛くないし、それに僕の顔なんて一美を守れるならどうでもいいよ。」
彼は自分が大変な状況にいるのになんてことないように落ち着いた声で私に言った。
違う…違うよ……
彼は自分の顔の価値をわかっていない。
彼が変わってしまう、私のせいで…そんなの耐えられない。
それから私は彼と山登りに行くのをやめた。
そう、今日までは……
私達はやって来たバスに乗り込んだ。
「今日は雪が降りそうで天気が少し悪そうだね。本当に行って大丈夫かな…」
隣で窓を眺めながら彼は心配そうに呟いた。
「大丈夫だよ、天気予報ではこれから晴れるって言ってたし、それに今日しかないんだから。」
私は得意な嘘で彼を安心させる。本当はこれから猛吹雪がくるらしい。けどその方が都合が良かった。彼はまだ少し不安そうだったけれど「そっか…」と言って納得してくれたようだった。私達はほとんど会話をしないままバスを降りて目的地のコテージに向かって山道を歩いていく。周りに私達以外人がいなかった。天気のせいでもあるけど、この山は道は険しく入り組んでいて上級者向けだったからなのもあるんだろう。
❤❤❤
バスから降りてどのぐらい歩いたかな…彼女は相変わらず真っ直ぐに前を見つめ緩やかとは言えない山道を突っ切って進んでいる。僕もおいていかれないように彼女に付いて行く。前へ、前へと進む彼女の様子はなんだか焦っているようだった。今日コテージに泊まって次の日に朝日を見に行く予定なのだからそんなに急ぐ必要なんてないのに。何をそんなに焦っているんだろう。
更に30分ぐらい歩くと僕達は目的地のコテージに着いた。中に入ると室内は今までの外の冷たい空気が嘘のように暖かかった。僕は中にいるはずの管理人さんに挨拶をするため辺りを見回した。けれどここには誰もいなかった。そんな僕に気付いたのか彼女が事情を説明してくれた。
「そうそう、ここのコテージ貸し切りで叔父さんも2人っきりで楽しめよって言って私に鍵を預けたの。だからここには私達だしかいないんだ〜」
なるほど。自分の状況を理解し、ほんの少しだけ身体が緊張で強張る。彼女と2人きりになるとついこうなってしまう。これだけは何年経っても変わらない気がする。僕達は洒落た暖炉のあるリビングに荷物を置いてすぐそこにあったソファーでくつろいだ。
「疲れたーー」
そう言ってソファーに倒れ込む僕を見て彼女はクスクス笑っていた。いくら山登りに慣れていても流石にあれだけ歩けば疲労で何もする気が起きない。今日はぐっすり眠れそうだ。そんな疲労困憊な僕に彼女はホットココアを注いでくれていた。何気ない彼女の優しさに僕は胸を締め付けられそうだった。
「ありがとう。」
「どういたしまして。……あのさ、もし自分の大事な人が変わっていったらどうする?」
彼女は急に言葉では何でもなさそうな、それでも顔つきは真剣そうに僕に質問をした。
「………」
「あっ!いやそんな深刻な話じゃなくてね、友達のことでちょっと相談したくて……」
今まで暗い顔をしてたのはその友達のことで最近悩んでいたのかな。なんて、友達想いなんだろう。きっとその友達はよっぽど大事な人なんだろうな。僕はほんの少し考え込んでから自分なりの答えを出した。
「僕は嬉しいかな。変わることっていいこと思うよ。人は生きているからこそ変化してその分成長するんだから。」
「そっか、でもその成長が私にとっては恐ろしくていつか許せなくなって関係がぐちゃぐちゃになりそうで……」
彼女の顔を見ると不安そうで何が迷いがあるような表情に変わっていた。
「君は――――――――」
「――――――――――――――――」
彼女はそれを聞くと、「そうだね…」と呟いた。彼女がその友達とうまくいくといいな。
上手く答えれたか心配していると彼女は、
「よし!じゃあ暇になったしトランプでもしようよ!」
と言っていつもの明るさに戻っていて安心した。
僕はココアを飲みながら彼女トランプをしていたが、10分も経たないうちに疲労のせいか急激な眠気に襲われた。
♡♡♡
眠ったかな?私は彼が本当に眠っているのかじーっと顔を見て確認した。
うん、寝てる、寝てる。
私は持ってきていたソリに彼と一応彼の荷物も乗せてここの近くにある目的地に運ぶ。貸し切りになっているけれど、もし人が来たら大変だからね。ソリを引っ張ると重くて思ったより大変だった。意外と鍛えていたんだ。私は感心しながらやっとの思いで洞穴に着いた。辺りはだんだんと雪が降り始め視界が悪くなっていた。私はここで彼を殺して腐らないように彼を雪に埋め一緒になる計画を立てていた。そしたらずっと美しい彼といられる。そのために私は持ってきていたロープを探した。すると、薬の量が少なかったのか彼が目を覚ましていた。
❤❤❤
僕は目を開けると冷たく湿って閉塞的な空間にいた。まるで洞穴のようだった。
あれ?さっきまでコテージにいたはずなのに……目の前の異様さに頭が追いつかない。なんでこんな所に…それに彼女は無事なのか。僕はハッとして辺りを見回した。すると、驚いたような様子の彼女と目があった。
ほっ、よかった。ひとまず彼女が無事なようで安心した。それになぜか彼女のすぐ横を見ると自分の荷物もそのまま置いてあった。
「無事でよかった。ここはどこだかわかる?」
僕は彼女に質問する。きっと僕を驚かすために連れてきたのだと思ったからだ。しかし、彼女の返答は予想外だった。彼女は躊躇ったように答えた。
「………それが、私も知らないの。目が覚めたらここにいて……」
何だってそれじゃあ誘拐ってことになる。
「そうなんだ…早くコテージに戻らないと。僕が探してくるからちょっと待っててね。」
僕はここがどこだか知るために外に出ようとした。すると彼女が僕の服の裾を引っ張って僕を引き留めた。
「わ、私も外に出ようとしたけど吹雪が酷いから外の方が危険かと思って。だから吹雪が止むまで一緒にいようよ。お願い。」
確かに外は一度出ると戻って来れる保証がないぐらいに吹雪いていた。それに誰かが僕達を運んだということはその犯人がまたここに来るかもしれない。そうなると彼女の身に危険が及んでしまう。
「わかった、言う通りにするよ。吹雪が止んだらここから逃げるために一美はもう寝たほうがいいよ。大丈夫、僕が見張っとくから。」
僕は彼女を安心させるために隣に座って持ってきていた毛布を彼女にかけた。彼女の頭をポンポンと撫でる。
「……ありがとう、それじゃあお言葉に甘えて。」
♡♡♡
焦った…でも大丈夫、外はまだ吹雪は酷いし、私を置いていくなんてことしないから。絶対に。
予定外のこともあり、疲れていたせいか私はいつの間にうとうとして眠ってしまっていた。眠い目をこすりながら彼を探す。
彼はちょうど洞窟から走り去ろうとしているところだった。彼の表情は焦っているような早くここから出たいと言っているようで。
えっ…ちょっと待ってよ、なんで私から逃げようとするの?もしかして嘘がバレた?
焦って周りが見えなくなる。呼吸がうるさい。心臓が、頭が痛い…
…………………私は傍にあったちょうど両手に収まるほどの大きめの石を持った。
《一美は力の限り彼の頭を殴った。》
ゴッン゙――――――
重く鈍い音が洞穴に響き渡る。
❤❤❤
一美は小さく寝息をたてながら僕の隣で寝ていた。
フフ、こんなときでもつい可愛くて笑みがこぼれてしまう。駄目だ、駄目だ、気を張ってないと。犯人がいつ戻ってくるかわからない。
僕は頬を強めに叩き、緩みきった顔をもとに戻した。
冷静に吹雪の止まぬ外を眺める。
まさかこんな事になるなんて…さっきからスマホで救助を呼ぼうにも電波が悪く繋がらない。こんなドラマみたいなことあるのか?本当に?
もしかしたら彼女が嘘をついているのかもしれない………
いや!彼女を疑っては駄目だ。あんなに優しい彼女がこんな事するわけがない。きっと僕には説明できない事情があるんだろう。
僕は彼女を信じている。大丈夫だ。
そう思いながら再びスマホを眺めていると電波の強弱を示す棒が1本立っていた。もしかしたら今なら電話が繋がるかもしれない。僕は焦って滑る指でなんとか番号を押した。お願いだ、繋がってくれ。
ッーッー……ガチャ
「は…、こちら警……で……す。事…ですか?……件か?」
音質はとても悪く途切れ途切れだが繋がった!こうしちゃいられない、早くもっと電波の良さそうな外に出て救助を求めなくちゃ。これで僕達助かるだ!
僕は急いで立ち上がり外に出ようとした。すると、背後から頭を誰かに殴られたような衝撃と激痛が走り、僕の意識は途絶えた。
「もしもし、聞こえますか?もしもっ」ピッ、ツーツーツ――――
✘✘✘
はぁ、はぁ、はぁー
そ、そうだ、頭、殴ちゃった、けど、顔は大丈夫かな。私はそう思いうつ伏せになっている彼の顔を確認した。
良かった、なんとも、ない、みたい。
そこにいたのはいつもと変わらない美しさで眠っている彼の顔だった。早速、私は彼を引きずり洞穴を出てすぐ近くに用意していたシャベルで雪を掘った。雪をかき分ける音だけが耳に聞こえてくる。それ以外の音は何も聞こえない。
ザクッ…ザクッ…ザクッ…
『これで良かったの?』
うるさい。大丈夫だから。
ザクッ…ザクッ…ザクッ………
よし!これくらいでいいかな。私は毛布を彼の体にかけるようにそっと雪をかぶせてあげて彼の顔に触れ、そっと彼の額にキスをした。雪に埋もれてもやっぱり彼は美しい。これでもう彼が変わることはない、ずうっと。
大丈夫、大丈夫、私は間違っていない。
あっ、この荷物捨てないと。もう目的は達成できていらないしね。彼との思い出が詰まったスマホだけは持っておこう。うーん彼の荷物はそのままでいっか。
「ちょっと待っててね。」
私は重い足取りで自分の要らなくなった荷物を捨てに行った。
『これからどうするの?』
もうどこにも行きたくないな。家にも、大学にも、……バイト先にも、ずっと彼の隣に居たい。
そう考えているとあらかじめ事前に場所を確認していた少し急な崖に着いた。吹雪はより一層激しさを増している。視界がさらに悪い。
私はその崖から重い、重い荷物を遠くに投げ込んだ。スコップも、ロープも、お金も、地図も、食べ物も、水もいらない。彼と彼との思い出以外もう何もいらない。荷物はすぐに闇の中に溶け込んで消えた。
早く戻らないと…
私は思考がまとまらずボーっとした頭で来た道を引き返す。
もう少しで彼の所についたはずが踏み込んだ場所が悪く私は足を滑らせてた。
あれ?さっきまでいた場所がどんどん離れていく。手を伸ばしてももう届かない。彼のいる場所から離れていく。
✘✘1週間後✘✘
何だか暖かい。
いつの間に寝ていたんだろう。頭がズキズキと痛む。目を開けると眩しい光が差し込んでくる。
雪とは違った真っ白な空間で私は目を覚ました。病院みたい。
辺りを見渡すと看護師らしき人が私を見て驚いていた。
「あっ!一美さん!よかった、意識が戻ったんですね!すぐ医院長を呼びます。」
そう言ってその人はどこかへ行った。
あれ私……あっ、そっか、落ちたんだっけ。
彼はどこにいるのだろう。きっとまだあの山にいるはず。
医者の話によると私は雪山で足を滑らせて崖から落下したらしい。でも運良くそこに駆けつけていた救助隊に見つかり、雪がクッションになっていたこともあって命に別状はなかった。
「ご両親か親族の方とご連絡は取れますか?」
「………連絡先は知りません。」
「……そうですか、それはすみませんでした…ではこちらで調べますね。いくら目が覚めたからといってもまだ無茶はいけません。最低でもあと1ヶ月は入院してくださいね。」
「は、はい。」
そんな…あと1ヶ月も……
こんなところ早く飛び出して彼のもとに戻りたい。視界が歪み、目から涙がポロポロこぼれ落ちる。
泣いているとすっかり夜になってしまっていた。冬の星空が孤独な私をキラキラと照らしている。
私は運良く残っていたスマホの電源を付ける。待ち受けにしている美しい彼の写真が画面に表示された。早く彼に会いたい……
私はある人に電話をかける。
「もしもし、叔父さん?こんな遅くにごめんね。最後にお願いしたいことがあるの。」
私は病院から抜け出して叔父さんの車に乗った。彼のもとへ帰ろう。
「こんばんわ、カズミちゃん。こんな夜中にどうしたんだい?それにそんな格好で…」
「こんばんわ。説明はまた今度するからA山まで早く行ってください。」
「分かったよ。それで、計画は上手くいったかい?」
「…………いいから早く出してください。」
30分ぐらいでA山に着いた。その時間は無限に続く暗闇のようだった。その間私は彼の写真を見てどうにか気を紛らわせていた。
気が付くと叔父さんが車のドアを開けてくれて、心配そうにこちらを見ていた。
「ここ何週間か前に雪崩が起こったらしいし、危ないしおじさんもついて行こうか?」
嫌だ。やっと2人きりになれるんだから邪魔しないで。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。一人で行けます。それに叔父さんは家族がいるんだし早く家に帰った方がいいですよ。」
「…………」
私は叔父さんの返答を待たずに車から飛び出して走った。
『凍死体となった彼は一体どれだけ綺麗なんだろう』
頭痛が続く頭の中は彼のことでいっぱいだっだ。
走って、走って、走って、コケて、血が出て、走った。会いたい。寒い。
とっても寒い。当たり前だ。こんな冬の夜中に薄っぺらい入院服だし、病院のスリッパを履いていたはずだけど途中で脱げてしまっていた。足の裏霜焼けがひどく皮が破けて肉が少し見え、そこから血がドクドクと出ていた。
でも、大丈夫。痛みなんてない。
私は道中で捨てた荷物を拾った。また必要になるなんて思ってなかったなぁ。
私はよろつき、雪に足を取られそうになりながらもなんとか彼と最後に会ったコテージ近くの洞穴まで来た。
前よりも雪が積もっていて、コテージがなければここが本当に合っているのか分からないほど周りの景色が変わっていた。どうしよう…彼がどこにいるのかわからない…
そうだ。私はスマホで彼に電話を掛けた。
プープー
ほんのかすかに電話の着信音が聞こえてきた。よかった彼のスマホは壊れてなかったんだ。私は音を頼りに進んだ。どんどん洞穴から離れていく。おかしいな、彼は洞穴のすぐ横くらいにいたはず…こんな遠かったけ…?そして音の発信源だと思われる地点まで着いた。そこは辺りが林に覆われて雪がたくさん積もっていた。
ここに彼がいるんだ!やっと会える!
私は期待に胸を膨らませシャベルで雪を掘った。
ザクッ…ザクッ…ザクッ…ザクッ…ザクッ…ザクッ…ザクッ…ザクッ…ザクッ……
彼のことを考えながら掘っていると鼓動が高まり、体がとても暑くなってきた。私は着ていた肌着を全て脱ぎ捨てた。さらに掘り進める。冬の風が冷たく突き刺すように私を撫でる。
ザクッ…ザクッ…ザクッ…ザクッ…ザクッ…ザクッ…ザクッ…ザクッ…ザクッ……
全然見つからない…もしかしたら彼はここにはいないのかもしれない。
グジャ!
そう不安を覚え始めた矢先シャベルがナニカにぶつかった音がした。
……彼だ!きっとそうだ!私は爪が割れ、指先は黒ずんで血だらけのもうろくに動かせない手で雪をかき分けた。すると、だんだんと雪ではないナニカが見えてくる。
そこには手足がおかしな方向に曲がり、皮膚は水ぶくれと打撲跡でズタボロの人とは形容しがたいほど醜いニクカイがあった。何?コレは?
イヤイヤ、こんなの彼なわけない。きっと動物の死骸かなにかだろう。彼はこの近くにいるはず。私はもう一度電話をかけた。
プープープー
するとそのニクカイが持っていたスマホが鳴る。画面には私のメイクも何もしてないブサイクな寝顔が表示されていた。
これは彼のスマホだ。
「……………………○○?」
思わず私はそのニクカイに対して彼の名前を呟こうとしていた。けれど名前が出てこない…
あれ?彼の名前は何だっけ………………
彼と何を話して、何を食べて、どこに行って、何が好きで………
こんなにも彼の顔は鮮明に思い出せるのに他のことは何ひとつ覚えていない。
『君は彼の何が好きなの?』
顔だよ。見ているだけでこんな私を救ってくれる彼の顔。
『ホントウニ?』
1つだけ彼が言ってくれたことを思い出した。
「君はいつも周りのことを思いやっていて僕には無い行動力に溢れている。だからそんなに心配しなくても……」
「大丈夫、大丈夫、きっと上手くいく」
ハッハッ……
最低じゃん、何やってるんだろう、私。
体力の限界が来たのか私はその場で倒れ込んだ。
―🚓次の日🚓―
とある病院の受付室で看護師と2人の警官が何か話していた。
「警察のものですが行方不明の○○さんについてお尋ねしたくて来たのですがここに入院中の一美さんはおられますか?」
目の前の看護師は切羽詰まったような表情をしていた。
「すみません…それが今朝から一美さんがどこにもいなくて病院中を探しても見つからないんですよ……」
「それは大変だ。」
彼女は確か行方不明者と雪山へ行き、彼女だけが生還していた。頭を打った後遺症は無いもののどこかへ行けるほどの体力はまだ戻っていないはずだ。
そう思っていると、無線機から連絡が入った。
『斎藤聞いてるか?どうやら昨晩入院服でA山に入る女性を見たと不審に思った近隣住民から通報がたった今来た。至急そこに向かってくれ。』
そこで無線は切れた。嫌な予感がする。
俺は部下である鈴木と共にパトカーでA山へ向かった。
「斎藤さん、これヤバいんじゃないですか?」
「……あぁ、気を引き締めとけよ。」
パトカーに降り、装備を整え山に入った。山を少し歩くとすぐ異様な光景に気付いた。一美さんのスリッパと思われるものが無造作に転がっていた。そして、そこから雪に血の跡が点々と付いている。
俺たちは血痕の跡を探って行った。
それは奥に行けば行くほど血の跡は広がりどす黒く跡は続いていた。
「こんな遠くまで…斎藤さん、一旦息を整えませんかこのままだと僕達も遭難してしまいますよ。」
ここに来る前登山用の靴と防寒ジャケットを準備したが、確かにそれだけでは心もとないぐらいこの山は険しかった。だが……
「いや、もう少し行かせてくれ。」
この光景は異常だ。一刻も早く一美さんを見つけないといけない気がした。
しかし、こんなところまで行って彼女は何をしようとしていたんだ。
コテージを横切り、更に進んで行くと大きな林道に着いた。すると、鈴木が声を上げその場にへたり込んだ。
「はぁ、はぁ…もう、限界ですよ!自分ここで待っていていいですか?」
「駄目だ、しっかりしろ、訓練が足りていないからそんなすぐにへばるんだ」
「そんな〜勘弁してくださいよ…………?斎藤さん、何か見えます、何ですかねあれ?」
鈴木が指した方向を見ると何やら倒れている人影が見てた………
「…ッ早く立て!人だ!行くぞ!」
俺は鈴木を連れて人影の方向へ急いだ。
そこには男女2人が倒れていた。
男の方はおそらく先週起こった雪崩に巻き込まれたであろう見るも無残な様子で生きている状態ではなかった。そのすぐ横で一美さんと思われる女性が横たわっていた。
早く本部に報告しなければ。
『白く透き通っている。』
そうだ、損傷具合を確認しなければ。まだ、息があるかもしれない。
『彼女は本当に人間だったのか。まるで蝋人形のようだ。』
誰かが彼女を誘拐し、ここに放置したのか。そんなわけがない、道中の血痕を見ただろう。彼女自身が歩いてここに来たんだ。
『生命の力強さを全く感じさせない代わりに彼女の一瞬を切り取ったような繊細で儚い姿。』
一体なんで…『それにしてもなんて…』
いつだったか妻が俺に欲しいと言って見せてくれたあの花を思わせるようだった。
確か、名をゲッカビジンと言ったような。
あぁ、その死体はホントウに……
「美しい………」
俺は鈴木の言葉で我に返り横を見た。
鈴木はうっとりしていて、口をポカンと開き、目の前の惨状に見惚れているようだった。俺もきっとこんな顔をしていたのだろう。
背筋が凍って気温は零度を下回っているはずなのに脂汗が止まらない。恐ろしい。自分の本能がこの場から逃げろと言っている。それなのに足は固まって去ることを許してはくれない。
「な、なに馬鹿なこと言ってるんだ……!早く本部に連絡しろ!」
俺は鈴木を殴った。そして、鈴木とまったく同じ事を思った自分も殴りたくなった。
【午後のニュースをお伝えします。今日午前8時ごろA山で当時行方不明だった○○○○さんと工藤一美さんが遺体で発見されました。
警察は付近のコテージのオーナーである
続いて本日の花言葉紹介のコーナーです。今日は、月下美人についてご紹介します。この花は白く大きく非常に強い香りが特徴です。気になる花言葉ですが「儚い恋」や「ただ一度だけ会いたくて」などがあり、一晩の間にしか咲かないため別名一夜花とも呼ばれています。なお、ピッ…】
fin.
【人物紹介】
♡✘
最近の趣味…買い物、マッチングアプリ
将来の夢…幸せになりたい
父は多額の借金を残し蒸発。母は風俗店で働き、ほとんど育児放棄の状態だった。一美が中学生の頃、母は店で出会った男性と再婚し、失踪。親戚付き合いはほぼ希薄状態だったため、孤児院で生活していた。それから大学生になり、バイトもしたことで念願の一軒家を手に入れた。
『出血多量と寒さが原因の衰弱死』
❤○○○○:大学4年生
最近の趣味…山登り、編み物
将来の夢…大切な人を守れるような強い男になりたい
母親が日本人で父親がアメリカ人のハーフ。本人は自覚していないだけでかなりの美形。何度か芸能界のスカウトを受けていたが学業が忙しいからと断っていた。付き合っている彼女のことが大好きで3時間は彼女の事を語れると豪語し、友人たちにウザがられていた。大学生になり、一人暮らしをするため家を出ようとした時母親が泣きながら引き留めていた。
『雪崩に巻き込まれたことによる窒息死』
・
最近の趣味…ゴルフ、マッチングアプリで出会った女の子と遊ぶ
将来の夢…サンタさん
一美とはマッチングアプリで出会った。未来ある若者の夢を叶えることを生きがいとしている。財力はかなりあり、自身でコテージを経営していた。逮捕後、殺人の容疑は晴れたが児童わいせつの罪で再逮捕された。
・○○
最近の趣味…なし
将来の夢…アイドル
○○○○の母親。俳優であったアメリカ人男性と結婚。○○○○を出産した後すぐに離婚。女手ひとつで彼を育てた。○○○○が死亡したと連絡が来た後、『自殺』した。
きれいな顔の君が好き ch-neko @ch-neko
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