第38話 夏休み
窓から差し込む光とセミの合唱で、俺は目を覚ます。
「7時か……」
いつもなら、起きて学校へ行く準備と朝食の用意をしなければならない。
しかし、今日からは学生待望の夏休み。
慌てて朝起きる必要も学校に対して憂鬱な気持ちになることもない。
二度寝を試みようと枕に顔をうずめるのだが……。
「起きるか」
今日は、とても頭がスッキリしていて目覚めも良かった。
こんなに気持ちが晴れやかなのも久しぶりな気がする。
「あれ、結斗。もう起きているのかい?今日から夏休みだろう?」
リビングへ行くと父さんと夕子さんが慌ただしく仕事へ向かう準備をしている最中だった。
「ああ。ちょっと早く目が覚めて……洗濯と洗い物は俺がやっておくから」
「ありがとう、結斗君。助かるわ。じゃあ、お願いするわね」
最近、また会社で繁忙期がやってきたらしい。
朝早くから夜遅くまで働いている二人には感謝の気持ちしかない。
「結斗、なんだか今日は良い顔をしているね」
「良い顔?」
「うん。その……昔みたいに、ね」
父さんは、俺にそう言って夕子さんと共に仕事に出かけて行った。
「昔みたいに……か」
昨日の終業式で沙智と接した時、少しだけだが昔の自分を思い出したからだろうか?
言われてみれば、昔のように行動的というか意欲的というか……そんなテンションに今は近いかもしれない。
まあ、今日から夏休みで俺も少し浮かれているのかもしれないな。
朝食を食べた後、回しておいた洗濯物を干し終えて洗い物をする。
時刻は午前8時を過ぎ、一通り家事を終えてソファに座り一息ついているとリビングの扉が開いた。
「おはよう、陽菜」
「おはよう」
休日はいつも遅く起きてくる妹が、目を擦り眠そうにしながらも今日は早起きである。
「目玉焼き食べるか?」
「あ……うん。自分で作るよ」
今まで朝食を自分で作ることなんてなかった陽菜が、そんなことを言い出して呆気にとられた。
「え……あ、そう」
恐らく料理の知識が全く無いであろう陽菜の事が心配になり、その動向を近くで見守ることにする。
「なに見てんだよ」
「え?いや……少し心配で」
「私だって、卵ぐらい焼ける」
そう言ってフライパンに油を引き卵を割り入れて蒸し焼きにしていく工程は、やや覚束ない様子だったが無事に目玉焼きは完成した。
「初めて作ったんだろう?やればできるところは、さすが優等生だな」
「毎日結斗が作ってるのを見てるからな」
スマホをいじりながら朝食を食べている陽菜だが、何となくいつもと様子が違って見える。
「今日から夏休みだな」
「あ?……うん」
いつもはもっと話しかけてきて、良くも悪くも会話が弾んでいるのだが今日は大人しい。
「そういえばクラスメイトから夏休みに遊びのお誘いがあっただろう?なんで行かないんだ?」
「全部の誘いを受けてたら、それだけで夏休みが終わる。一人の誘いを受けたら今度は別のところからも誘いが来るし……」
一層の事、全部断ったほうが丸く収まるということか。
「人気者は大変だな。でも、その断る理由に……なんだっけ?夕子さんの実家に行くとか言ってなかったか?」
「夏休みは毎年行っているからな。今年も行くかは知らないけど」
夕子さんにチラッと聞いたことがあるのだが、その実家というのは新潟でそれも結構な田舎らしい。
「新潟か。俺、一度も行ったことがないから行ってみたいな」
「あっそ」
やっぱり、少し陽菜の態度は素っ気ない。
勿論、いつもの乱暴な言動が名残惜しいわけではないが。
「陽菜、なんか怒ってる?」
「はあ?なんで?そう見えるのか?」
「いや、見えないけど。様子がいつもと違うような……落ち着いてる?みたいな」
「別に普通だよ」
今日から夏休みだというのに、浮かれている様子もない。
「この後買い物に行くんだけど。一緒に行くか?」
「行かない」
「あ……そう」
朝食を食べ終えた陽菜は自分に部屋へと戻っていった。
それから昼食の時以外は顔を合わせることもなかった。
▽▼▽▼
「結斗君。急なんだけど、二日後に私の実家の方に帰ることになったから、準備しておいてくれる?」
「え?そうなんですか?新潟ですよね?もっと早くに言ってくれても良かったのに」
今、家族四人で食卓を囲み夕食を食べている最中である。
「ごめんね。今年は仕事も忙しいし帰らないでおこうと思ったんだけど、再婚してできた家族で来なさいって両親に言われちゃってね」
今年を逃せば、俺と陽菜は来年受験だし父さんと夕子さんも忙しい事は毎年変わらないだろう。
「出版業界では『お盆進行』って言ってね。その付近はとにかく忙しいから、帰省する期間はいつもこの時期なの」
「そうなんですか」
父さんも昔からお盆前は、とても忙しくしていることは知っている。
この業界では当たり前のことなのだろう。
「陽菜も準備しておいてね」
「うん。わかってるよ」
「陽菜ちゃん。今日は何というか、大人しい……じゃなくて、落ち着いているね」
「別に普通です」
父さんや夕子さんに声を掛けられても淡々と言葉を返している。
「陽菜は、今日から休みなのに朝も早く起きて朝食も自分で作ってたんですよ」
「そうなの?偉いわね」
「何を言ってるんだよ。私は、子供か?」
不機嫌ではないと思うが、いつもと様子が異なる陽菜をフォローするように言葉を発したが特に効果は無かった。
「ごちそうさま」
「あら?もういいの?」
陽菜はいち早く食事を終えて、自分の部屋へと戻って行ってしまった。
夕食を済ませてた俺も自室のベッドに寝転んで、一人考えに耽る。
「本当にどうしたんだ?陽菜のやつ……」
色々と思考を巡らせてみたものの、何か思い当たることもない。
「まあ、別に今のままで何か問題があるわけでもないけどな」
気を取り直して、シャワーを浴びるため風呂場へと向かう。
部屋を出た廊下から、リビングにいる父さんと夕子さんの賑やかな話声と笑い声が聞こえてくる。
本当に仲が良いというか……俺と陽菜だって普段はあんなふうに和気あいあいとしているのにな……。
なぜだかそんなふうに、対抗意識のような感情が芽生えている自分がみっともなくて仕方ない。
溜息をついた俺は脱衣所の扉を開けた。
「いっ!?」
「はあ?」
そこにはバスタオルで頭を拭いている全裸の陽菜が目の前に立っていて……俺はその美しい裸体に目を奪われていた。
「おい……」
「あ!ごめん!」
タオルで体を隠す素振りも見せずに、俺を睨みつけてくる陽菜の視線と言葉を聞いた俺は慌てて扉を閉じた。
俺たちが家族になってから、こういうトラブルを避けるため入浴時には脱衣所の扉に『入浴中』のプレートを引っ掛ける決まりになっているのだが……。
扉にプレートは掛かっていない。
程なくして、着替えを終えた陽菜が脱衣所の扉を開けて姿を見せた。
「ひ、陽菜。ごめん。プレートが掛かってなかったから……その」
「あー、掛けるの忘れてた。別にいいよ。じゃあ、おやすみ」
彼女は俺の顔を見ることもなくそう言って、自室へと戻っていった。
「な、なんだよ……その態度……」
裸を見られたのに、微動だにもしない彼女を見てそう思う。
いや、今日一日素っ気ない態度を陽菜に取られた俺は……ただ寂しかったんだ。
親の再婚で妹になった学園のアイドルが、家ではとんでもない不良娘だった。 孤独な蛇 @kodokunahebi
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