第37話 吃驚
「明日から夏休みですが、皆さん体調には気をつけて規則正しい生活を────」
終業式。
生徒会長である姉貴が堂々と演説する姿に、沢山の生徒たちが聞き入っている。
「結斗、ありがとな。おかげで姉貴はいつも通り立ち振る舞えている」
「ああ。そうか」
結斗が咄嗟に自販機で買ってきたお茶を、姉貴は素直に受け取って喉を潤すと何とか落ち着いたようだった。
(俺が持ってきた水は飲まなかったくせにな)
「結斗……姉貴のこと、思い出したか?」
「え!?あ……そっか。壮太も俺の記憶の事知ってるんだな」
「ああ。北野に少し聞いてな」
舞台袖にいる俺たちは、堂々と表舞台に立つ姉貴を見ながら話を続けた。
「沙智……俺がいなくても頑張ってたんだな。高校に入っても」
「まあ、そうだな。俺はそんな姉貴に付き合わされて大変だけどな」
結斗は少し微笑みながら、姉貴の方を見ている。
どうやら記憶が少し蘇ったことによる障害はなさそうに見える。
「最近、姉貴は不安定でな。今まで学校で取り乱す事はなかったんだが」
「そっか。何か心境の変化でもあったのかな」
その原因が自分にあるとは、まったく思い至らないんだな。
今の結斗は、自分に無頓着すぎる。
「なあ、結斗。少し相談なんだけど……」
ここは少し責めてみるか。
「ん?なんだ?」
「来週、お前の地元で夏祭りがあるだろう?誰かと行く約束したか?」
「いや、特にそんな予定はないけど」
「もしよかったら、姉貴と一緒に行ってやってくれないか?最近色々と根を詰めているみたいだから、良い気晴らしになればと思ってな」
姉貴が不安定になったのは、結斗と再び物理的に近づけたのに心の距離が遠いことにある。
中学の時みたいに、姉貴の精神的支柱になってほしいところだが……。
「姉想いだな。わかった、沙智を誘えばいいんだな?壮太はどうする?」
「いや、俺はいい。あと……できれば他の奴は誘わないで姉貴と二人で行ってほしいんだが。いいか?」
「え?別にいいけど。なんで二人なんだ?」
「夏祭りって人が沢山いるだろう?二人だけなら、はぐれるリスクも少ないし。姉貴も楽しみやすいと思うんだよ」
「そっか……わかったよ」
これで結斗との距離が以前のように縮まれば、姉貴も精神的に安定するだろう。
もしも、そうならなかったとしても…………。
姉貴は淡々と生徒会長としての職務をこなして、一学期の終業式を終えた。
▽▼▽▼
「ねえ、陽菜。夏祭りなんだけど一緒に行かない?あと……その……」
「わかってるよ、波留。結斗も誘えばいいんだろう?任せといて」
終業式が終わり私と陽菜は、ほとんど誰もいない教室でそんな会話をしている。
私が結斗君と夏祭りに行きたいと思っていることは、陽菜にはお見通しのようで快く承諾してくれた。
「結斗君、帰ってこないね」
「ええ。体育館でも姿見ませんでしたね」
教室に戻ってきたクラスメイトが多くなり、陽菜はいつもの優等生の口調に変わる。
その素早い切り替えには、いつも感心する。
「やっぱり、東出生徒会長ってカッコいいよね」
「ああ。彼氏とかいるのかな?」
クラスメイト達からは、東出さんを絶賛する声が止まない。
全校集会や学校行事等で彼女の出番があると、このように賞賛されている。
「カリスマ生徒会長……か」
陽菜が、そう一言呟いた。
少し前に東出さんとは口論のようになって正直苦手だけど、やっぱり彼女は凄いと思う。
全校生徒の前で遺憾なくリーダーシップを発揮している姿は壮観だった。
「あ、笠井君。お帰りなさい」
そんなことを考えていると、結斗君が教室に戻ってきた。
「笠井君。終業式にちゃんと参加していましたか?姿が見えませんでしたけど」
「ああ、勿論。少し生徒会の手伝いをしていて舞台袖にいたんだ」
生徒会ってことは……東出さんと一緒にいたのかな……。
「あの……ひ、西条さん。今日、ちょっと放課後に少し用事があってさ」
結斗君が少し言いづらそうに、陽菜に言葉を掛けている。
「そうなんですか……。それで、その用事とは?」
「え?あー、大したことじゃないよ……少し私用があって」
これは恐らく、その用事があるから今日は一緒に帰れない、と遠回しに言っているのだろう。
生徒会のお手伝いをしてきた直後に、また放課後に用事なんて……。
もしかして、東出さんと何かあるのかな。
「そうですか。大変ですね、生徒会は」
そう言葉を返した陽菜は結斗君に笑顔を向けているが、目は笑っていない。
「いや、別に生徒会の用事ではない……よ」
陽菜も彼の言う用事が生徒会絡みだと睨んでいるようだった。
▽▼▽▼
最後のホームルームを終えて、ようやく一学期が終了した。
「西条さん。夏休みは遊べないんだっけ?もしも、予定が空いたりしたら連絡してね」
「そうそう。皆、西条さんと遊びたいしね。来年は受験だし」
「はい。都合が合えば、是非お願いします」
私がクラスメイト達に囲まれている間に、結斗は鞄を持って教室を出て行ってしまった。
「では、波留さん。帰りましょうか。では皆さん、良い休暇をお過ごしください」
クラスメイト達に別れを告げて、私と波留は少し速足で教室を後にした。
「ねえ、陽菜。もしかして結斗君の跡を付けるの?」
「当然。何の用事か知らないけど、波留も気になるだろう?」
「う、うん……そうだね」
そう話してはいるが、先に教室を出た結斗の姿を見失ってしまった。
「いないね。結斗君」
「本当にどこいったんだ?」
適当に校舎の中や外を見回ったが、結斗の姿は見当たらない。
「あれ、南田さん?」
私たちの後方から波留を呼ぶ声がしたので振り返ると、そこにいたのは結斗の幼馴染の北野だった。
「あ、北野さん。どうしたの?」
「実は、結ちゃんを探してて。どこにいるか知っていたりする?」
まさか、北野も結斗を探しているなんて。
これから夏休みに入るから、その前に距離を縮めようと考えているんじゃ……。
「知るかよ!こっちが聞きたいわ!」
「別に、西条さんには聞いてないんだけど」
前から思っていたが、こいつは明らかに私を敵視しているな。
「私たちも結斗君を探しているんだ。北野さんも何か用事?」
「結斗君……か。下の名前で呼んでいるんだね」
「あ、うん。少し前から……ね」
こんな所で時間を浪費している場合ではない。
早く結斗を追いかけたいが、北野が結斗を探している理由も気になる。
「で?北野は結斗に何の用事なんだよ?」
「西条さんには関係ないことだよ」
相変わらず、こいつの言動は私の癪に障る。
「来週、私の地元で夏祭りがあるんだけど……結ちゃんを誘って行きたいなと思ってるんだ。昔は毎年一緒に行っていたしね」
私たちにマウントを取るように、余計な過去の出来事まで説明してくる。
「そうか。それは残念だったな。結斗は私たちと、その夏祭りに繰り出す予定なんだよ」
「それって、もう結ちゃんと約束したの?」
「うっ!そ、それは……これからするんだよ」
すでに約束していると嘘をついてもよかったが、あとで結斗に確認されると面倒だし得策ではないだろう。
「ねえ、北野さん。もしよかったら、私たちと一緒に夏祭りに行かない?勿論、結斗君も誘って」
「は、波留!それでいいのかよ!?」
「私はそれでいいよ。全員でまとまって行けば、皆が結斗君といられるし」
まあ、波留の言う事にも一理ある……か。
「そうだね。別々に誘うと、結ちゃん困っちゃうもんね」
そんなこんなで、私たちは三人で結斗を夏祭りに誘うことになったのだが。
「結局、結斗はどこにいるんだ?全然見つからないし」
「そうだね。結ちゃん、もしかして生徒会のお手伝いでもしてるのかな?」
生徒会室を覗いても、いなかったし……あと探していないのはどこだ?
「あ!もしかしたら、あそこかも」
「ん?あそこって、どこだ?波留」
「旧校舎の方にベンチがあってね。結斗君、よくそこに行ってるんだって」
「旧校舎か……まだ探してないな」
放課後に結斗が、そんな場所に行っているかは懐疑的だ。
しかし、探していないのはその場所しかない。
「あ……いた」
その旧校舎に到着すると、すぐに結斗を発見した。
ダンボール箱を持って、荷物運びをしているように見える。
「いたね。結斗君。話しかける?」
「いや、少し様子を見よう」
「隠れる必要あるかな?」
私たち三人は物陰に隠れて、少し結斗の様子を観察することにした。
今、出て行って用事とやらを聞き出しても適当に誤魔化してくるかもしれないと思った。
「沙智。これは、どこに運べばいい?」
「ああ。ここに置いてくれ」
旧校舎から姿を見せて、結斗と会話しているのは生徒会長の東出だった。
「やっぱり結斗君の用事って、生徒会のお手伝いだったんだね」
「ひ、東出のやつ……生徒会でもない結斗をこき使いやがって」
「まあ、結ちゃんは優しいからね」
結斗も何をいいように使われているんだよ。
「悪いな、結斗。手伝ってもらって。それに……今日は助かった。ありがとう」
「別に大丈夫だ」
少し遠いが、結斗と東出の話声が微かに聞こえてくる。
「それで、結斗……私に話があるって言っていたか?」
「ああ。その……沙智さえ良ければなんだけど」
結斗の方が東出に話があったのか……?
「来週、俺の地元で夏祭りがあるんだけど」
その言葉を聞いた私は、心臓がドキッとした。
恐らく、隣にいる波留と北野も同じだろう。
「ああ、知っている。私の自宅からも、それほど遠くはないからな」
「もしよかったら……一緒に行かないか?」
「え……え?わ、私を誘ってくれているのか……?」
「そ、そうだよ。沙智……最近、頑張りすぎているように見えるし。良い気晴らしになればと思って、だな」
まさか、結斗から東出を夏祭りに誘うなんて……予想していなかった。
「そ、そうか。気を使ってもらってすまない。では、壮太と美玖も呼んで……四人で行こうか」
「いや……その……二人で、行かないか?」
私は……私たちは……結斗のその言葉に、ただ吃驚した。
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