第36話 気づき
「生徒会長に立候補した東出沙智です」
今の私には、微塵も緊張感はない。
さっきまで、あんなに怯えていたことが不思議なぐらい落ち着いている。
「私はこの学校の生徒一人一人が自分の意志で行動して、持てる可能性を発揮できる環境作りを進めていきたいと考えています」
「それは詭弁ではないかな?理想を持つのは結構だが、生徒一人一人の意見なんて聞いてられないよ?」
予想通り、校長は私の演説にもケチをつけてくる。
「理想を掲げることで、終着点が見えてくるものです。実現できないこともあるでしょうが、実現しようとする心を掻き立て理想に向かうための原動力になると私は考えます」
私の発言が気に入らないのか、自分の意見を否定されたように感じたのか、校長はムッとした表情をしている。
「た、確かにそうだね。しかし、いついかなる時も反対意見を言ったり、時には妨害なんて事をしてくる人もいるかもしれない。その時はするんだい?」
「意見が食い違う人とは議論を深めたいですし、邪魔をしてくる人がいるなら相手が誰でも戦いますよ」
舞台袖から大勢の生徒たちの中へ戻っていった結斗が、私のことを見つめてくれているのが良く見える。
それだけで私は、何にも臆さない強い心を持つことができた。
「例えば、君の政策にケチをつけてくる上級生やOBの人たちが目の前にいても同じ事を言えるのかな?第一、君たち中学生が考えているほど世の中自分の思い通りにならないものであって」
「さっきからうるさいんだよ。肥満体形のハゲが」
皆の注目が集まる中、校長の話を遮った私は言葉を選ばずに暴言を吐いた。
「は、は…………ハ、ゲ?」
私の突然の暴挙に驚いたのか、校長も他の教員たちも唖然としている。
「自分の想いや意見を語りたい者に公の場を……勿論、それらに興味がない者は自分の時間を大切にする……そんな選択の自由を得られる環境作り。それが私の掲げる政策だ」
私は全校生徒に向けて言葉を続けた。
「お前たちも言いたいことがあるなら堂々と言えばいい。たとえ、その相手が上級生やOB……教員だとしても関係ない。正しい意見ならば受け入れられるべきだし、間違っていれば正してくれるのが学校だろう?」
ため口で高圧的に話す私の態度に、この場にいるすべての人間が目を丸くしている。
私のこんな姿を微笑んで見てくれている……結斗以外は。
「私からは以上だ」
最後にそう告げて、私は速足で舞台袖へと姿を消した。
正直、大勢の前でこのスタンスを続けることは限界に近かった。
「東出さん!凄かったよ!なんか感動しちゃった!」
私の前に演説を済ませていた川上さんや他の立候補者が集まっていて声を掛けてくる。
「本当によく言ってくれたって感じだよ!東出さん!」
「い、いや……あれぐらい、別に」
次の瞬間、舞台袖の外から大きな拍手の音が体育館に鳴り響いてきた。
「な、なんの拍手……だ?」
「なに言ってるの?東出さんに皆が拍手を送っているんだよ!」
「私に……私なんかに……」
『沙智なら一歩踏み出せる。皆を振り向かせることだってできる』
結斗の言葉が私の脳裏に焼き付いて離れない。
(結斗、ありがとう。私、大きな一歩を踏み出せたよ)
まだ鳴り止まない拍手が響き渡る中、私は一刻も早く結斗に会いたくて仕方がなかった。
▽▼▽▼
「演説自体は素晴らしかったよ。でも、出過ぎた発言があったのも事実」
生徒会選挙の演説が終わった直後、担任教師に呼び出しを食らった私は校長室でお説教を受けている。
「以後、気をつけるように」
私に偉そうに説教を垂れる校長。
今の私なら反論することは造作もないが、そんなことをしたら余計に時間を取られてしまう。
早く結斗に会いたい私にとってはナンセンスな行動だ。
「その……校長という立場でありながら私の行動にも問題があったことは認めよう。こちらも、以後……気をつけます」
そう弱弱しく言葉を発した校長の言葉を聞いて、私と同席していた担任教師は校長室を後にした。
「東出さん。今回は校長先生にも非があったし、お互い様だけど過激な発言は控えてね」
「わかっていますよ」
今度は担任からお説教か。
私は早く結斗に会いたくて落ち着かない。
「でも、知らなかったな。東出さんがこんなにガッツがある子だったなんて」
「どうも」
私自身も知らなかった。
あんなふうに行動できる自分なんて想像もしていなかった。
すべて、結斗のおかげ……。
「次の授業なんだけど。理科の実習で実験室を使うから、日直に実験室の準備をするように伝えといてくれる?」
「はい。わかりました」
確か、日直は結斗と美玖だったな。
「私は一旦職員室に戻るから。じゃあ、これから頑張ってね。生徒会長」
そう言って職員室に向かった先生と別れた私は、速足で教室へと向かった。
▽▼▽▼
「はぁ、結斗」
高まる気持ちが抑えきれず、少し息を切らしてながら廊下を走って教室に到着した。
落ち着くように大きく息を吐いてから、私は教室の扉を開けた。
「あ!東出さん、帰って来たよ!」
私を出迎えてくれたのは結斗ではなく、大勢のクラスメイトだった。
「東出さん!凄いね!あんなに堂々としててカッコよかったよ!」
「ああ!あのお喋りな校長を黙らせるなんて!」
「よく見ると東出さん、目つき鋭くてカッコいいよね!」
教室に帰るや否や、クラスメイト達が駆け寄ってきて私に賞賛を浴びせてくれる。
「ああ。ありがとう」
私は教室の中を見渡すが……結斗の姿は見当たらない。
「結斗……笠井は、どこに行った?」
「え?笠井君?確か、日直だから理科の実験室に行って」
私はクラスメイトから結斗の行き先を聞くと、一目散に駆け出した。
結斗に早く会いたい。
結斗のおかげで一歩踏み出せたって伝えたい。
結斗に、よく頑張ったって褒めてもらいたい。
無我夢中で廊下を走り、実験室の前に辿り着いた。
実験室の扉は開いていて、そこから話声が聞こえてくる。
(あ……いた。結斗……誰と話してるんだ?)
廊下から実験室の中を覗くと、そこには結斗の姿が見えた。
(結斗と美玖……か)
室内に入り彼に声を掛けようとしたのだが、美玖の姿も見えたため咄嗟に身を隠してしまった。
(なんで、私隠れてるんだ?美玖……そっか。二人とも日直だもん……な)
結斗と美玖……とても楽しそうに会話をしている。
(美玖……楽しそうだな。そうだよな、結斗と話していると楽しいよな)
なぜか胸がズキズキと痛む。
(結斗も……凄く楽しそうな顔している。初めて見る……そんな表情)
胸の痛みが、さらに強くなっていく。
(結斗……なんで、そんな楽しそうにしてるんだよ……?私といる時は、そんな表情してくれない……だろう)
そっか……この痛み。
美玖に対する嫉妬心。
私が結斗に持っているこの……感情。
「結斗……私は……」
私は結斗のことが……好きなんだ。
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