第6話 社長の思い出
翌朝、会社で服を着替え、メイクをして自分のデスクへ寝袋と空のお弁当箱を持って行った。朝ご飯に何かを買いに行こうかと考えていると、佐々木さんがレジ袋をぶら下げてやってきた。
「火浦さん。朝ご飯一緒に食べましょう」
「いえ、一人で食べますから」
佐々木さんと一緒のところを誰かに見られたら、面倒なことになるのは明らかだ。
「……せっかく買ってきたのに。昨日、おにぎりをたくさん食べてしまったのでお詫びに」
「では、私の分はいただきます」
私は、レジ袋からクリームパンと温かいミルクティーを取り出した。そのままデスクへ戻ろうとしたが、佐々木さんはまた子犬のような目で訴えてきた。大の大人が、朝ご飯くらい一人で食べられないのか。
私は壁に掛かった時計を見た。時間はまだ早い。人がくるまでには時間がある。
「一緒に食べるのは、今日だけですよ」
佐々木さんは嬉しそうにレジ袋を振り回した。
「人が来るまでですからね」
昼過ぎ、私は社長室へ呼び出された。社長室の壁には、創業当時の写真が飾ってあった。その中には、若かりし頃の社長と昨日のおじさんが写っていた。思わず食い入るように写真を見た。まだ、髪の毛はふさふさしているが、あのおじさんに間違いなかった。
「出たのは、そいつかい?」
社長は悲しそうな顔をした。私はこくりとうなずいた。
「仕事中に心筋梗塞で亡くなってね。無理は駄目だと言っていたのに。やり出したら止まらないやつで……。理由はわからないけど、時々出てくるんだ」
「この会社は当分、大丈夫だと言われていましたよ」
「そうか。あいつにそういってもらえたら安心だな。昔、サーバーの納入時にお祓いごっこを始めたのもこいつでね。どれだけ自信を持って納入しても、原因がわからず不具合が起きることが続いてね。気休めだとは思っても、止められなかった」
「まだ続いてますからね」
「君が引き継いでくれているそうだね。お礼でも言いたかったのかな?」
「どうでしょう。佐々木さんのコンピューターの話を聞いて満足されていましたから、そういった話に飢えていたのではありませんか?」
「死んでも仕事がしたいのか。俺には信じられんな」
うん。私も信じられない。仕事など、最小限に済ませたい。
「で、何で佐々木君がそこにいたの?」
「おじさんと話をしたかったそうです」
「……わからんな」
うん。私もわからない。でも、おじさんは満足そうに消えて行った。それでいい。だが、あの調子では何年かしたら、また出てくるのかもしれない。面倒くさい人……いや、幽霊だ。
私は自分のデスクへ戻ると、メールをチェックし、急ぎの仕事が無いことを確認すると、早々に帰る準備をした。やはり寝袋では寝た気がしない。
あれから佐々木さんが、しょっちゅう私のデスクへ来るようになった。もちろん仕事でだ。人事システム構築の参考のためらしい。
ここの女性社員は、皆色めき立っている。面倒事はごめんだというのに、佐々木さんは私のお弁当を見て、しきりに話しかけてくる。
「お弁当、今日はそれだけなんですか?」
「普段は、こんなもんです。ああいう時が、異常なんです」
「また、あのおじさん出てきてくれますか?」
「多分ね。また出ると思いますよ」
「出たら教えてくださいね」
「はいはい」
よくわからない会話を交わしながら、佐々木さんの顔を見た。相変わらずイケメンなのに子犬のような顔をしている。
「火浦さん。明日、納品なんだけど」
すっかり、私がお祓いするのが当たり前になっしまっている。いずれ誰かに引き継ぐとして、しばらくこの面倒なコスプレは、業務の一貫として続けることになりそうだ。
転生すら面倒だと思うOLが、なぜか面倒くさい霊を相手にするはめになった 夜田 眠依 @mame_daifuku99
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