第20話 依頼報告書:吸血鬼はその手で掴む

 朱く染まる日が沈み、夜へと差し掛かる科学都市の巨大なビル。俺の内臓へのダメージと引き換えに、赤い閃光がその屋上へと降り立った。


「…ルティア…待っていたぞ」

「うん、にーさまお待たせ」


 転移した時のまま、俺にぴったりと抱き着いたルティアがささやく。これで役者は揃った。


「ふ、ふはは…バカめ!勇者が何をするかと思えば、自分から結界に飛び込んできおって!この中では貴様らの力は十全に出せんだろう!」


 空笑いをし、まだ悪態をついているアスモデウス。だがやつは、この結界について重大な見落としをしている。


「やっぱりあいつ気が付いてないんだね。…この結界なら確かにボクは力を出しにくいけど、使よ!」

「ああ、俺もそれを当てにしていた」


──ルティアとの、眷属との繋がりを意識する。ルティアの、が流れ込む。その力は俺の装備に、鮮やかな赤として刻まれていく。


<シャイニングレッド> 偽造開始フェイクアップ


 この身に勇者の光が満ちる。例え魔族を抑える結界の中であろうと、ルティアの力を借りた今。俺がこいつに負ける事は無い。


「ゆ、勇者がお前の眷属!?馬鹿な!あり得ない、データと違う!そもそもなぜお前が力を使える!結界で完全に抑えているんだぞ!」


 俺が勇者の力を取り込んだのが予想外と言うのもあるだろうが、信じられないと言わんばかりに声を荒げる悪魔。その魂はこの世界の出身であるのにまだ気が付かないか。


「キミ、魔族なのにまだ気が付かないの?これはにーさま用に、魔族に特化させた結界なんだよね?だったら、正反対のボクの力を防げる訳無いじゃない!」


 種明かしをするルティア。この結界は通常の魔力に加え、魔族の闇の魔力を封じるための物だ。その対極に位置する勇者の光の力に対しては、せいぜい力を弱める程度にしか効果が無いだろう。

 もちろん刻印に細工をし、光の力を封じる事も可能だが、その場合は闇の魔力を抑える事は出来なくなる。つまりルティアがここに来た時点でやつは既に負けているのだ。


「こちらでの基本を忘れ、科学力と言うものに傾倒し過ぎてしまった事が、お前の策に綻びを生んだ原因だ」

「このワタシが…そんな初歩的な事を…だ、だがまだだ!この体、明日見あすみ伝助でんすけの命がどうなっても良いのか!?」


 ついに己が宿主を人質に取る愚かな悪魔。そしてそれは、俺の推測が正しかった事を証明した。


「やはりか。アスモデウス、お前は向こうの世界に魂のみで転生したな?」

「なんだ…気付いていたのか。なら話は早いだろう。伝助でんすけの意識はまだ残っているんだ。俺を倒せば両方死ぬぞ?」


 アスモデウスがもしも明日見あすみ伝助でんすけとしてそのまま転生したとするなら、魔族としての特徴を色濃く残していたはずだ。だがやつも、その娘であるギンガも、その生命力エナジーの基本形は人間の物だ。 

 そしてギンガは言っていた。母が死んだ事で父は悪魔のようになったと。そこから考えられるのは、自分の波長と合う人間を探して憑依し、乗っ取る機会を伺っていた。と言う事だ。ギンガが産まれた時には既に伝助でんすけに憑依していたため、彼女は特異な能力を持っていたのだろう。

 …憑依されているだけなら、今の俺には対処できる。


「何を言っている?死ぬのはお前だけだ、アスモデウス」

「へ?」



 俺の言葉の意味を理解できていない様子の哀れな悪魔に、1歩1歩近づいていく。


「な、何をする気だ?」


 答えてやる義理は無い。


「おいギンガ!親父が死ぬんだぞ?」

「何言ってんだよ、お前は親父じゃねえんだろ」 


 少しでも娘として扱ってやるんだったな。


「ゆ、勇者!魔王退治でサイバネストの世話になっただろう?また協力し合おうじゃないか!」

「キミ、どうせ魔王が邪魔だったから協力しただけでしょ?ボクの大事な国民に手を出したんだから覚悟してよね」


 当然の報いだ。


「お、おい!同じ魔族の仲間だろう?お前の母親の事は謝る!だかギャプっ──」


 くどい

 俺は命乞いをするやつの頭を右手で鷲掴みにする。


「え、エナジードレインか?それではこの人間ごと死ぬぞ?」


 その通りだ。このまま生命力エナジーを吸い尽くすのならば、やつを消せるがギンガの父も死ぬ。だからここからが本番だ。


【ソウルリザレクション】


 本来魔族が手にすることのない生を与える光の魔力。その光の力が、アスモデウスの魂を強制的に元の魔族として復活させていく。


「暖かい?何が起きている!?」


 やつが困惑している間に、悪魔と引き離された明日見あすみ伝助でんすけの体は床に倒れ、俺の右手は再生されたアスモデウスの本体を掴んでいた。


「親父!」


 ギンガがすかさず父を抱き抱え、悪魔から遠のける。


「ギン…ガ…か?…私は取り返しのつかない事を…お前に…」

「良いんだ!ぐすっ…こうして戻ってきてくれたじゃねえか…おとう…さん…!」


 本来の意識を取り戻した父に、娘が抱き付く。これで憂いは無くなった。


「これは?ワタシの体が再生した?しまっ」


【エナジードレイン】


 右手から悪魔の魂すらただの生命力エナジーとして吸収していく。今度こそやつを完全に消滅させる機会を得た。もう逃がさない。


「ぐおぉぉぉ…!少しでも…魂を逃がさなくては…!」


 …それは予想済みだ


「にーさま待って!それだと──」


【ディバインライト】


 俺はアスモデウスを逃がさぬように、己の体ごと聖なる光で包んだ。


「ぐぉおおあああ!そんな事したらお前まで死ぬぞ!?」

「承知の上だ。どちらが先に消滅するか、根比べと行こうじゃないか」


 その通りだ。俺の体も魔族である以上、直接この威力の光を受け続ければただでは済まない。だがやつを一片も残さず消滅させるのであれば、これが確実なのだ。


「…………!!」

 

 夜の闇をまるで昼のように照らす光の繭の中。俺の意識は霞み始めていた。もう少し、もう少しで決着を付けられる…


「もうにーさま!帰ったらいーっぱい甘えさせて貰うんだから、勝手に消えちゃったりしないでよね!」


 声が聞こえる。


「アタイは眷属じゃない。けど何でも屋がいないと張り合いがねえ!だから…負けるんじゃねえぞ、アル!!」


 仲間の声が聞こえる。


『アルさん!聞こえていますか?あたし、この世界であなたに出会えて本当に幸せです。これからももっともっとアルさんと一緒に居たいです!』


 大切な家族の声が。


「アル様。私は信じています。ですからここは、貴方様の思うままにして下さいませ」


 俺を想うその声達に手を伸ばすように。渾身の力を振り絞った。


◇◇◇◇◇


 目を覚ますと鳥のさえずりが聞こえた。いつもより眩しい日差しが、吸血鬼には気だるい昼である事を嫌でも主張してきている。ここは≪ブラム≫のソファか。

 アスモデウスの気配はもうどこにも無い。どうやら俺は消え損ねたらしい。


「あー!にーさまやっと起きた!もー心配させないでよね!」

「心配をかけたな」


 俺を覗き込みぶーぶーと文句を言っているルティアに応えつつ、俺は起き上がる。すると俺を待ち構えていたかのように次々と声がかかる。


「へっ、アタイは別に平気だと思ってたぜ。親父の事、ありがとな…アル!」

「上手く行ったようでなによりだ」


 ギンガは照れながら俺の名を呼ぶ。彼女の父を救う事が出来たのは本当に良かったと思う。


「アルさん…良かった…生きててくれて良がっだぁー!」

「すまなかった。もう大丈夫だ」


 ミーナを泣かせてしまったな。これは今度埋め合わせを考えなくてはなるまい。


──そして俺は


「お帰りなさいませ。アル様」

「ああ、ただいま。エリィ」


 大切な笑顔に、微笑み返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

はぐれ者魔族の日常~科学都市ごと異世界転生してきちゃった幻想世界は今日も騒がしい~ 丸山マル @go-go-mountain

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ