後編
6/
――
終わりの世界を征く――。
落ちながら、
飛ばされながら、
ぶち当たりながら、
打たれながら、
流されながら、
凍えながら、
潰されながら、
崇拝する魔王さまのもとへと、ただひたすら、ただひたすら歩を進める――。
〝逢いたい〟
その純粋なる想いを胸に秘め、わたしは、最北端にある魔王城へと突き進む。
幸運なことに魔王城へは地続きだ。
天変地異が巻き起こっているジ・オスクでも、諦めず歩いていれば必ずたどり着くことが出来る。
(嗚呼、魔王さま。あなた様のもとへはまだ遠いです……)
7/
――この世界、ジ・オスクには、いつ来たのかが分からない。
前世の記憶はあれど、肝心な記憶――わたしが死んだ時の記憶は、面白いようにすっぽり抜け落ちている。
気付いたら、本当に気付いたら、わたしはこの世界にいて、ケラ色の女として、迫害の日々を送ってきた。
〝不死〟
わたしに備わったチート能力。
〝昔〟読んだ小説のおかげで、わたしはこの能力にすぐ気付いた。
しかし、これは
物語のようには行かなかった。
〝不死〟になったところで、わたしは〝主人公〟にはなれず、ただただ絶望感に打ちひしがれた。
――そんな時だ。
魔王さまの声を聞いたのは――。
わたしは魔王さまの声明に心から歓喜した。
自分をとことんまで虐げた人間ども――。
そいつらが助けを乞いながら、地べたを這いずり回る。
こんなにも愉しいことが他にあるか。
わたしは偽善者が嫌いだ。
この世には〝生きていちゃ行けない〟人間がいる。
少なくともわたしはそう思っている。
そして、それはジ・オスクの
(嗚呼、魔王さま。わたしを救ってくださったこと、とてもとても感謝しております。たとえあなた様がそういう御つもりでなくても、わたしを救ってくださったことには変わりないのです……)
――こんなわたしを、
憎しみの業火に焼かれたわたしを――、
あなた様はどう御思いますでしょうか……。
願わくは、あなた様と共にあらんことを――。
(魔王城へはもうすぐです……)
8/
あなた様を想い続けて幾星霜――。
数々の困難に打ち勝ち、もうすぐわたしは――、
〝あなた様のもとへとたどり着きます〟
(魔王さま魔王さま魔王さま魔王さま魔王さま魔王さま魔王さま魔王さま魔王さま魔王さま魔王さま魔王さま魔王さま魔王さま魔王さま魔王さま魔王さま魔王さま魔王さま魔王さま魔王さま魔王さま魔王さま魔王さま)
――どうかどうかお願いです。
そのご尊顔を
(嗚呼、嗚呼、魔王さま……。ついにわたしは魔王城に到着致しました……)
聞こえますか? 魔王さま。
あなた様のエリカはもうすぐそこです――。
早く早く、あなた様と逢いたい――。
9/
大型の門扉をくぐり抜け、わたしは城の奥へと突き進む。
魔王さまは恐らく城の最奥にいるだろう。
(魔王さま、嗚呼、魔王さま……。わたしは逸る気持ちを抑えられません……)
――進む。
進む――。
頭を魔王さまでいっぱいにし、わたしは全力で魔王さまのもとへと突き進む。
もはや魔王さまとの謁見はすぐそこ――。
わたしの心臓が
城の最奥まで来ると、そこには巨大な鉄の扉があった。
わたしは力一杯その扉を開く――。
扉を開けると、そこは謁見の間だった。
奥の玉座には――、
憧れに憧れた魔王さまが――、
圧倒的威厳と貫禄で、穏やかに鎮座していた。
「魔王さま! 一日千秋お逢いしとうございました! わたしの名前はエリカと申します――!」
わたしがそう言うと、魔王さまは特徴的な衣装をひるがえし、大仰な口調でこう言った。
「よくぞ来たな。我は貴様が来るのを待ち侘びていたぞ……」
「魔王さま!」
(分かっていてくださった! わたしの純なる想いは魔王さまに届いていた……!)
「わたしは……! わたしは……!! あなた様とどれだけお逢いしたかったことか……!」
――一意専心。
思う念力岩をも通す――。
とにかく、わたしの願いは成就した――。
ずっと想い続けた魔王さまが、今わたしの目の前にいる。
こんなにも嬉しいことはない。
「嗚呼、魔王さま。もし宜しければ、あなた様と共に世界の終焉を見届けさせてください……!!」
大粒の涙をこぼしながら、わたしは魔王さまに微笑みかける。
――しかし、
「さぁ〝勇者〟よ、かかってくるがいい。貴様に本当の絶望を教えてやろう……!」
「ぇ……!?」
わたしは青ざめる。
――魔王さま。
いったい何を言ってるの――?
わたしは〝勇者〟なんかじゃない――。
あなた様を崇拝する、ただのか弱い〝転生者〟よ。
「どうした? かかってこないのか、勇しゃよよよよよよよよよよよよ――?」
――突如、魔王さまの首が大きく回転する。
「きゃあああああああああああああっ!!」
魔王さまの身体が不自然な形にねじ曲がって行く――。
――歪な、とても歪な形に変形すると、魔王さまは断末魔の叫びをあげた。
しばらくして、その場に倒れ伏す。
「何!? いったい何なの!?」
世界に響き渡っていた『アポカリプティックサウンド』がどんどん大きくなって行く――。
「頭が、頭が割れそう……!」
わたしは頭を抱えると、その場に倒れ伏した。
「ぐうぅうううぅぅううっ……!!」
意識を失いそうになったその時、何者かの声がした。
「――良かった! やっと見付けた! もう大丈夫ですよ! この〝世界〟は、まもなく――――します! 早く――――しましょう!」
そこで、わたしの意識は完全に途絶えた――。
10/
――静かだ。
カチコチと時計の音がする――。
わたしはいったいどうしたんだっけ?
「気が付いたようだね」
「あなたは……?」
ベッドで横たわっていたわたしは、身体を起こそうとする。
「おっと、いけない。まだ寝ていないと……」
椅子に座っていた男は、そう言って、わたしをベッドに寝かせる。
「ぼくはね、とあるゲームのディレクターさ」
「……はあ」
「キミはね、開発中のゲームである『ディストピア』のバグを取り除いているうちにアクシデントに巻き込まれたようなんだ……」
「はあ!?」
「先ほどまでキミがいた世界は、『VRMMORPG』。つまりキミが体験したことの全ては、
「『VRMMORPG』って、そんな馬鹿な話……」
「キミはね、我が社のデバッガーだったんだ。アクシデント以降、キミとの連絡が取れなくなってね。……恐らくだが、その時にキミは記憶障害を起こし、ゲーム内の世界を事実と思い込むようになった。そして、〝あの世界〟をただひたすら彷徨っていたんだ」
男は大きく息を
「あの世界が虚構? それならわたしは……!」
「この度の不祥事、本当に申し訳ないと思っている……」
「わ、わたしは! あの世界で膨大な年月を生きてきた! それこそ気が遠くなるような長い年月だ! それなのに、何故わたしは歳を取っていないの……!?」
「キミが言いたいことは分かっている。でも、現実とゲーム内では時間の流れが違う。キミが体感した千年の時は、現実では一年にしか満たない」
熱を持つ頭を抱えながら、わたしは男を見据える。
男は神妙な面持ちでわたしを見つめ返す。
「わ、わたしは……、わたしはやり直せるの……?」
男は大きく首肯する。
「ああ、やり直せるも何も、今この世界こそがキミにとっての現実さ。元の生活に戻るだけだよ」
――本当に、
本当に――、
ほんとうに?
「今回我が社が起こした不祥事は――」
それから後も、男は色々と話し掛けてきたが、わたしの頭の中には入ってこなかった。
わたしが体験した全てが、虚構で、ウソで、まやかしで――。
それならば、
わたしという存在はいったい何だというのだろう。
魔王さまとお逢いした〝あの時〟と同じように、大粒の涙をこぼしながら、わたしは小さく小さく〝それを〟呟く。
わたしに残された道は、もはやそれしかなかった。
――嗚呼、
〝こんな世界、呪われろ〟
終末世界の転生勇者 木子 すもも @kigosumomo
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