終末世界の転生勇者

木子 すもも

前編

1/


 嗚呼、魔王さま。

 嗚呼、魔王さま。


 ――わたしの声が聞こえますか?


 親愛なるあなた様の御力により、世界は破滅へと突き進んでおります。


 もしも、もしも叶うなら、

 

 ただ一目だけ。

 ただ一目だけで良いのです。


 どうかどうか、あなた様のお顔を拝見させてください。


 〝この世界の絶対的支配者であるあなた様を、わたしは心よりお慕い申しております〟




2/


 この〝世界〟に来てから、幾年いくとせが過ぎただろうか。

 降りしきる雨に打たれながら、真っ暗な空を見上げる。


(今日も〝相変わらず〟だ……)


 ――現世。わたしが生まれた世界。

 華々しかったあの〝世界〟に捨てられ、わたしは今、阿鼻叫喚なこの〝世界〟にいる。


 友人・知人・家族。

 現世に置いてきた掛け替えのない者たち。

 もはや何もかもが皆懐かしく、そして遠いことのように思えるそれを、わたしは唾と一緒に音を立てて飲み込む。

 郷愁に浸っている暇などはない。

 わたしは一刻も早く魔王さまに逢いたいのだから。


(嗚呼、魔王さま……。わたしはあなた様を心の底から崇拝しております……)


 ――これは恋ではない。が、わたしにとって、堕ちることには変わりないだろう。


(嗚呼、魔王さま……。どうかわたしの声が届きますように……)


 わたしの名前は〝エリカ〟です――。




3/


 わたしがいるこの世界、〝ジ・オスク〟では、世界の終焉の音が響き渡っている。


 『アポカリプティックサウンド』と呼ばれるそれは、サイレンのように不気味な音で、どこから聞こえてくるのか誰も分かっていない。

 『アポカリプティックサウンド』は、ジ・オスクの人々に多大な不安感と恐怖心を抱かせ、そしてさらには天変地異さえも引き寄せた。


 〝立っていられないほどの大地震〟、〝絶対零度の大寒波〟、〝複数の超巨大火山の破局的噴火〟、〝雨のように降り注ぐカミナリ〟、〝無量無数の大型竜巻〟、〝全てを飲み込まんとする大津波〟などの超災害が、今ジ・オスクの人々を襲っている。


 泣き叫びながら逃げ惑う人々のその姿は、地獄の罪人のようでまさに地獄絵図と言った感じだ。


 次々と倒れ伏して行くジ・オスクの人々を横目に、わたしは少しずつゆっくりとその歩みを進める。


(魔王さま、嗚呼、魔王さま……。〝こいつら〟は本当に愚かですね……)


 息も出来ないほどの暴風の中、一歩ずつ確実に歩を進めていると、わたしの前に死体が一つ転がってきた。


 すかさずわたしは蹴りを入れる。


(ふふふ、こいつらに哀惜の念はいらない。あの世で永遠に慟哭していればいいんだ)


 汚い物を吐き出すかのように勢いよく唾を吐き捨てる。

 その後、わたしは狂ったように大きな声で笑った。


 この世界がもっともっと死で溢れますように――。


 〝奈落で踊れ、人間ども〟




4/


 天変地異が巻き起こる前、かつてのジ・オスクは、まるで童話のような幻想的で美しい世界だった。

 イメージとしては中世ヨーロッパあたりがそれに近い。


 しかし、この世界には、わたしがいた〝世界〟とは、たった一つ違う点がある。


 それは人間と対極をなす、魔族と呼ばれるモンスターが〝いた〟ことだ。

 魔族は魔王さまを筆頭に、この世界の人々に戦いを挑んでいたが、惨憺たるも敗北を喫してしまう。


 野蛮で凶暴なジ・オスクの人々を前に、温厚で優しい魔族たちは、まったくと言って歯が立たなかった。


 人間よりも長く存在した魔族の終焉。

 そこには様々な歴史があっただろう。


 ――が、魔王さまはそこで終わらなかった。


 ある日、魔王さまは、ジ・オスクの人々にこう告げる。


『魔族もついに我一人になってしまった。もはや滅びるのは必定。しかし、貴様らを生かしてはおかん。道連れだ。我はこれより、『アポカリプティックサウンド』を鳴らす。せいぜい最後の時を足掻くがよい』


 そして、ジ・オスクに天変地異が巻き起こった。


 人間たちは魔王さまの御力により、もはや虫の息だ。

 滅びるまでそう時間は掛からないだろう。


(嗚呼、魔王さま。この世界の人間たちに極上の恐怖をお与えください)


 わたしがこの世界に来てから、今この瞬間が一番楽しい。


 ――見ているぞ、人間ども。

 ――聞こえているぞ、人間ども。


 わたしを蹂躙したようにお前らも蹂躙されろ。


(どうかどうか、世界が苦しみで満たされますように……)




5/


 ――ケラ色の女。


 〝転生者〟であるわたしが、この世界の人々に呼ばれてきた名だ――。


 ジ・オスクでは、〝現世〟で言う、カラスのような生き物がいる。

 死肉を好むその鳥をジ・オスクでは『ケラ』と言う。


 『ケラ』は、特徴あるその習性と、真っ黒な羽を持つことから、不吉の象徴とされ、死を招く鳥として、世界中から忌み嫌われている。


 わたしは烏羽色の髪を持つことから、ケラ色の女と称され、長い長い年月虐げられた日々を送ってきた。


 たかが髪色。

 そう思うかもしれない。


 が、ジ・オスクの人々はそうでなかった。

 およそ考え得る全ての苦しみを与えられたように思う。


 何故ここまで人間の尊厳を貶められなきゃならない。

 そんなことも思った。


 しかし、されど髪色。

 人々から虐げられるわたしを見て、興奮の挙句、凌辱の限りを尽くす輩もいた。


 筆舌に尽くし難いあの日々は、今やもう思い返したくもない。

 思い返しても、ただただ怒りが湧いてくるだけだ。


 この世界に来てから、わたしは何一つとして良いことがなかった。


 〝転生〟したお決まりとして得た力――。

 チートスキル〝不死〟も、臆病で非力なわたしにとっては何の意味もない。

 正直あってないようなものだ。


 だがしかし、わたしにはある一つの決意があった。

 この世界の人間どもを根絶やしにしようとする魔王さまと謁見することだ。

 その為には何があろうとこの世界で生き抜くと決めた。


 〝不死〟は心が折れない限り、死なない。


 わたしは何としてでも魔王さまと謁見するんだ――。


(もしも、この声が届いたなら、どうかあなた様のもとへとお導きください)


 ――魔王さまの忠実なる下僕、エリカより。

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