デッドエンド計画

まりも緑太郎

デッドエンド計画

「何故、ダンジョンに罠はあるのに、ダンジョンの外に罠は作っちゃダメなんでしょうね」


 対策会議の沈黙を破ったのは、末席で議事録を作っている宮本環である。

 小柄な体格で、化粧気はないが濃い眉と大きな目、それに声の大きさに、彼女の気の強さを感じさせる。


「この会議『スタンピード対策会議』なんて名前ですけど、発生予想とか冒険者の配置とか周辺住民の避難の話ばかりですよね。

 罠を作って効率的に魔物を狩る方法って話し合えないんでしょうか?」


『スタンピード対策会議』は内閣府ダンジョン庁の定例会議である。議題は日本各地のダンジョンのスタンピードの頻発化、大規模化。一部では地球温暖化が原因なのではと言われている。


「宮本さぁ、スタンピードって魔物の大群がダンジョンから溢れる事を言うんだよ?

 どんだけの数の罠を仕掛けるんだよ」


 上司であり司会進行の坂田主任が鼻で笑った。

 だが環はめげない。


「そういうちっこい罠じゃなくて、戦術的な罠です。例えば、三国志とかで仲達が『しまったコレは罠だ』とか、そういう感じです」


 環の説明に皆、斜め上を見て何か考えている。


「あのですね、昨年11月にあった佐賀の吉野ヶ里ダンジョンのスタンピードの件なんですけど……。

 あそこってダンジョンが変な造りになっていて、入り口(魔物にすれば出口)なんですけど、右に直角に曲がるL字型になってるんです。

 で、収束後の調査で、そのL字の曲がり角にたくさんの魔石が落ちていたんです」


 参加者は、氾濫した魔物の集団が、角を曲がりきれずに押しつぶされ事切れる様を想像した。


「つまり、曲がり角をたくさん作れば出てくる魔物を減らせるということか?」


 危機管理課の長谷川課長が質問した。眼鏡のブリッジをクイっとあげる指はゴツゴツしていて太い。


「いえ違います」


 キッパリと環は否定する。


「私が考えてたのは長い下り坂の地下トンネルです」

 そう言うと彼女は立ち上がって参加者を見渡した。


「ダンジョンから出ると正面に真っ直ぐ地下へと下っていくトンネルの入り口が現れるんです。その先は地上への出口では無く、行き止まりです。

 先頭の魔物は行き止まりに気付いたとしても後ろが来てきますので引き返せません。そして魔物は次々に圧死、ドロップアイテムに成り果てていくのです」


 環の説明に一同は沈黙する。

 と、主任の坂田が手を挙げた。


「通常の冒険者の出入りはどうするんだ?」


 環が鼻で笑って


「高速道路のトンネルみたいに、途中の壁面に人が通れるサイズの入り口を作ればいいでしょ」


 と答える。先程鼻で笑われた意趣返しかもしれない。


「だが、ダンジョンから出てきた冒険者が見つけられず迷うかもしれんぞ」


 という反論にも


「そんなのは、トンネルの壁に矢印や標識をつければ良い話でしょう。

 主任は魔物が矢印や標識の意味を理解できるとでも思ってるんですか?」


 ぐぬぬと言っている坂田に、周りの上司たちは同情の視線を向けた。



 かくしてダンジョンのこちら側にトンネルを作る、名付けて【デッドエンド計画】は異例のスピードで形になっていく。

 補正予算が付き、試験的にトンネルを設置する候補地が決まった。過去20年氾濫がなく、魔物の異常行動が少ないダンジョンで、近隣の用地が買収しやすく、中央から程よく近い場所。建築中にスタンピードが発生する可能性も考慮して、同時に3カ所にトンネルを掘る事が決定した。


 長さは500m、直径は30m、下りの傾斜は10〜15度の最初のトンネルが完成したのは、最初の発言から2年後、主任の坂田は係長に昇進していた。


「ほら坂田さん、緩やかにカーブするトンネルは、行き止まり付近の照明設備のお陰で外につながっているみたいに見えますよ」


 興奮する宮本環は坂田の両肩を揺らす。坂田がここで自動車を運転したなら、突き当たりの『く』の字のカーブの先は出口に見えるもんな、などと考えてヒャっとする。


「まあ、スタンピードが起こるまで待たなきゃいけないのがな…」


 坂田は両腕を伸ばしてあくびをした。


「何言ってるんですか。3箇所のうちここを急がせたのは、兆候があるからですよ。

 32層のポイズンフロッグが大量発生、23層のオークの仲間割れ、40層の川の増水、11層の砂漠で雨が降り、18層の竹林に一斉に花が咲きました。

 余りにもわかりやすい兆候なんで、規模もデカいんじゃないかって予測班は言ってましたよ」


 完成予定日よりひと月早い完成は、そんな理由があったのかと坂田は頭を掻いた。



 それから1週間後、環と坂田はダンジョンの管制室にいる。


「予測通りだと、あと3時間で先頭グループが出てきます」


 モニターを監視するオペレーターが坂田に告げる。


「ダンジョン内に残っている冒険者はいないんだな?」

「はい、確認済みです」


 同じやり取りをさっきから何度かしている。万が一の為の上級冒険者を控えさせ、周辺には自衛隊も控えていた。

 失敗は許されない。


「先頭きます‼︎」


 飛び出した魔物の群れは、真っ直ぐ進みトンネルへと吸い込まれていく。大群が移動する振動でマグカップがデスクの上から滑り落ちた。


「やったな宮本、大成功だぞ」


 モニターに映る魔物の群れは、トンネルの先頭の行き止まりで次々に押し潰され、ドロップ品に変わっていく。

 管制室は喜びの声に包まれた。


「ごめんなさい、ちょっと気持ち悪い…」


 環がモニターを見たあと頭を抱えて部屋の隅のソファーにへたりこんだ。


「宮本も女らしいところがあるんだな。魔物が押し潰されるところ見て気持ち悪くなるなんて…。

 だが安心しろ、今回の【デッドエンド計画】はお前の手柄だ。ゆっくり休んどけ」


 坂田は高揚していた。次々に現れる魔物がモニターの中で自動的に退治されている。

 ゴブリン、コボルト、ホーンラビット、オーク、オークナイト、ブラックベア、レッドボア、シルバーウルフ、メタルスネーク、ゴブリンジェネラル、ポイズンドレイク、ストーンキャンサー……。


「アイツら1匹を倒すのも面倒臭いのに、どんどん死んでいくな」



 だが、問題は起こる。

 トンネルの先頭で潰されずに生き残る魔物が出始めたのだ。防御力の高いグランタートルや飛ぶことができるワイバーン、そもそも物理攻撃が効かないゴーストの類などが、行き止まりから折り返し、そして押し返す。


 人の気配を感じたのか、ゴーストが人間用の出入り口から染み出してきて、待機していた冒険者が光魔法で始末する。


「くそっ、魔物の流れが緩やかになってるぞ」


 更に後方からは大きな足音が響いてきた。


「ドラゴンです!しかも上位種のレッドドラゴンです」


 それを聞いた上級の冒険者達も、眉をひそめた。


「あのレッドドラゴンが今回のスタンピードの大元ってわけか……」


 坂田の呟きが静まり返る管制室に響いた。

 スタンピードには何らかの原因がある。くしゃみをした、棘を踏んで暴れた、虫に刺された……など、大抵は巨大な魔物が原因である。

 最悪な事に、現在発見されている魔物の中でも5本の指に入る強さのレッドドラゴンだなんて……。


 ソファーに突っ伏していた宮本環はムクリと起き上がり、じっとモニターを凝視していた。


「やばい感じですか?」

「まあ、ヤバいな」


 坂田の返答に、環は開いたり閉じたりする自分の両手を見ながら


「ちょっと行ってきます」


 と呟いた。


「何言ってるんだ?」と止めるスタッフを押し退けて、部屋の隅に掛けてある日本刀を二振りと、柄が長いハンマーを手に取って廊下に飛び出していった。


 モニターに彼女が映り込んできた。左手にハンマー、右手に日本刀を持ち身長が倍以上の魔物の首を刈っていく。管制室の面々は呆気にとられ、彼女が映り込むモニターを指さしては声にならない声をあげていた。


 彼女を狙ってレッドドラゴンが火炎の息を吹きかける。が華麗に避けると後ろにいた魔物達が炎に包まれた。引き返してきた魔物がまた行き止まりへと走り出す。


「うまい、敵を減らしたぞ」


 避け続けていた環は取って返し、竜の背中を駆け上り手に持っていた日本刀を脳天に突き刺した。叫びながら首を振るドラゴンと、刀に捕まり耐える環。一瞬の隙を突きハンマーを日本刀の柄に打ち付けた。つばの手前まで刃がめり込んだ。

 結局はそれが致命傷となりレッドドラゴンは光の粒になった。




 予備の刀を構えて残党を狩ろうとする環に


「残りは我々で狩ります。お見事でした」


 と上級冒険者の一人が声をかけてきた。

 管制室に引き上げてきた環に、一同から大きな拍手が贈られる。

 

「宮本、お前強かったんだな」


 坂田が肩を叩く。


「いえ、ライセンスは持ってたんですけど、魔物を斬ったのは今回が初めてです……」


 環がそう言って、またソファーに倒れ込んだ。


「多分さっきの気分が悪くなったのって『レベルアップ酔い』です。

 だからなんとなく、あのドラゴンぐらいなら倒せそうな気になっちゃったんですよね」


 えへへと笑う宮本環はこの瞬間、日本で一番の冒険者となった。

 


                         終わり




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国境線が曖昧なんで、隙間に建国しちゃいます

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