猫による猫の幸せと、ついでに人間
真衣 優夢
第1話
今日の夜は、やけに月が明るかった。
満月でもないのに煌々と金色に光る月。欠けた部位さえも弓張に美しく。
自宅へまっすぐ帰るはずだった私は、月のお陰で、寄るところを思い出した。
今は駐車場になっているアスファルトのスペース。
私は隅っこにしゃがみ、目を閉じて手を合わせた。
「月くん。お久しぶり。
あなたのお墓、なくなっちゃったけど、ここだったね」
今日のような、月のきれいな夜だった。
見つけた子猫は、たぶんカラスに因ると思われる大怪我をし、建物の隅に逃げ込んでいた。
子猫が怯えないよう、服の汚れも気にせず這い寄る。優しく掴む。私の手がべったりと血で濡れた。
ああ、もう、駄目だ。
かすかに息をする子猫は、もうすぐこの世を旅立ってしまう。
「つき。月くん」
私は子猫に名をつけた。
この子は産まれて数ヵ月も生きられなかった。
いったい何を拠る辺として、命を授かったのか。
自然は残酷なものだ。死は常にそこにある。それでも。
「月くん。
きれいな月だね。
君の目と同じ色。
私は君を忘れない。
君が生きた意味は、私に残るよ」
子猫には理解できないであろう言葉をかける。
子猫は特に反応せず、薄目をあけて、弱い息を吐くばかり。
十分もたたずに、子猫は私の膝で息を引き取った。
当時、草ぼうぼうの空き地があった。
私は木の枝で穴を掘り、子猫を埋葬した。
月と同じ色の目をした子猫。
勝手に名をつけた私のエゴ。
子猫にとってなんの意味もなさないもの。
私に依る私のための行為。
血で汚れた服は駄目になってしまい、捨てるしかなかった。
子猫を埋葬した空き地は、気づいたらアスファルトで覆われ、駐車場になってしまった。
私しか知らない、子猫の生と死。
こうして手を合わせるのも、私の自己満足にすぎなくて。
するん。
足元に、柔らかいものがすり寄る。
見ると、猫だった。
月くんそっくりの黒猫で、月くんそっくりの金色の目で。
「月くんなの…?」
思わず抱き上げた。猫は嫌がるどころか、私に顔をすりつけてきた。
月くん、生まれ変わった?なんて思ったが、その猫は女の子だった。
よく見るとかわいい首輪がある。飼い猫のようだ。
「おーーい!
どこいった、ルナ、ルナーーー!!!」
男性の必死の声が聞こえて、私はピンときて、そちらに手を振った。
想像通り、男性は汗だくで私に駆けてきて、何度も頭を下げて猫を受け取った。
いつもは近づきもしない玄関ドアから、急に逃げ出してしまったのだという。
「無事でよかったですね」
「はい。この時間は交通量が少ないけど、轢かれないとは言いきれないし…。
ずっと家猫だから、迷子になったらきっと戻れないし。
よかった、ルナ…!」
かつての子猫とよく似ていて、月を意味する名を持った猫。
この子は幸せそうだ。それが嬉しかった。
男性は、こんなところで何をしていたのか私に聞いてきた。
女性がひとりでいるには、不用心すぎると。
確かに、ちょっと目につきにくいこの場所にいるのは、変に思われても仕方がない。
帰る方向が近かったので、私は歩きながら、幼い命を終えた猫の話をした。
青年は驚いた。
「ルナのきょうだいだと思う」
ルナは、青年の家の先代猫が産んだ子猫で、4匹とも黒猫。
瞳は、二匹が金で、一匹が青、一匹が緑。
次々と貰い手が見付かる中、ルナと同じ金の目のオスは、どの子を引き取るか悩む里親が気づいたら、いなくなっていたという。
青年がどんなに探しても、その子はそれきり見つけられなかった。
「苦しい最期だったのは悲しいけど…。
ありがとうございます、あの子を看取ってくれて」
「いいえ。
私が勝手にやったことです。
駐車場になるとわかっていたら、もっとちゃんとしたところに埋めてあげたのに…ごめんなさい」
「とんでもないです。
今度、日の高い時に、月くんのお墓の場所、教えてもらっていいですか」
「ええ、もちろん」
ルナは青年の腕の中で、ご機嫌に喉を慣らしていた。
二年後、私と彼は、新居の相談をしていた。
猫が増えたので、猫が心地よく過ごせる家を、と。
結婚は去年の末、とりあえず籍だけいれてある。
まだまだ元気で健在のルナ。
保護猫で、名前を受け継いだ月くん。
そして。
「縁(よる)ー、ごはんだよー。
ルナと月に食べられちゃうよー」
黒と白の二色猫、目は金と青のオッドアイ。
昼と夜を同居させたような子。
私と彼が結婚することになったのは、私が賃貸で猫を飼えないのに、縁を拾ってしまったことがきっかけだった。
今思うと、あの日ルナが飛び出したのは……
ううん。余計な詮索はやめよう。
猫たちは自由気ままに生きている。それでいい。
縁は小心者。
まだ8ヶ月くらいらしく、拾った私を母猫だと思ったのか、いつもくっついてくる。
私にすり寄るか、キャットタワーの一番上にいる縁が、先住猫のルナと月とうまくやれるかは、これからの観察次第。
「先代月くんは、短い人生だったけど。
俺に素敵な奥さんをくれるために、限界まで生きてくれたんだと思ってるよ」
「猫ちゃんの命を、人間の勝手にとらえないの!」
「ごめん…」
「でもね。
あの日の月明かりが、先代月くんと出会わせてくれたことと、ルナを保護できたことは、よかったなって思ってるわよ」
「う、うん!俺も、うん、俺もね!」
猫はきっと、人間のことなんてわからない。
猫は猫。
人間にはわからないなにかで、人間をうまく操っているのかもしれない。
少なくとも、ブラッシングの腕前は、青年はちょっと下手くそだったから。
猫たちは今、心地よいブラッシングに満足していることだろう。
これからも、猫の幸せのために、人間たちも幸せでありますように。
猫による猫の幸せと、ついでに人間 真衣 優夢 @yurayurahituji
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