いにしえの警告
坑道のイメージといえばなんだろう。
常に暗くて、狭い。ところどころで崩落を防ぐために木製の支柱が置かれている。ジメジメとした湿気に、反響する音……そんなところだろうか?
「ほえー、随分と明るいんですね」
「この辺りはよく人が出入りしますからね。資源となる魔石も豊富に採れますから、それなりに整備されているんですよ」
見渡す坑道の景色は魔石の埋め込まれたランプが爛々と明るく照らしていた。
壁には商品にならないサイズなのだろうか。微小の魔石がちらほらと埋まっており、それが色とりどりに光ることで、より幻想的な光景になっている。
「この坑道はいつから掘ってるんだい?」
「五年くらい前からですね。その辺りから開発が始まったと聞いています」
ほう、五年でこれだけ掘り出したのか。
通路としては結構広めで、数人が横になって歩くことは出来るサイズ感の道だ。
案内人のナビルスが言う。
「……この辺りは昔、禁足地だったそうです。なんでも有毒のガスが発生する場所として有名だったとか。ただある時、ここらに迷い込んだ旅人が魔石を見つけたことから、魔石鉱山ではないかと国に報告したそうです。それからここらの調査が行われ、実際に魔石が発掘されたこと。噂されていた有毒ガスは実際に発生していなかったことから、開発が始まりました」
「……有毒ガスは発生していなかった? つまりウソだったってことかな」
「はい、そう考えています。恐らく、昔の人はここが魔石鉱山であることを知った上で独り占めするためにあえてそういった噂を流したのでしょうね」
なるほど。
人を近づけさせないために、あえて魔石鉱山を毒ガスが出る禁足地として噂を流し、知っている人間だけで共有していたと。
「ふうん。じゃあ有毒ガスの調査はどのようにして行ったのかな?」
「魔物を使ったと聞いています。今も持っていますよ、ほら」
そう言ってナビルスは手で持った小さなケージを見せた。その中には緑色に光る、小石のような魔物が入っている。
「こいつは……カラーペブルか」
博士が呟いた魔物名に首を捻る。
カラーペブル……初めて聞いた魔物だ。
形は丸っこく、サイズは握り拳よりも小さいくらいだろうか。丸々とした目が二つついており、パチパチと瞬きしている。
ケージ内で拘束されているようで、身動きが取れないようにされていた。
「カラーペブルは面白い習性がありましてね。危険なガスに触れると色が変わるんですよ。なので、こいつの色を見ておけば危険かどうか分かるって寸法です」
「へえ、便利なんですね。でも魔物なのに危なくないんですか?」
「見ての通りケージに入れてますから安全ですよ。それにちゃんと餌は上げてますから」
どうやら長い間このやり方でやってきているらしい。慣れた声色で返答するナビルスの様子は当たり前だろう、という風合いを感じる。
そんなことを喋りながら坑道を奥へ、奥へと進むことしばらく。
ついに目的の部屋に辿り着いたようだ。
「この部屋です。よろしくお願いします」
「ここが、そうか……」
発掘された古代の部屋は、まるで時間に取り残されたかのような静寂に包まれていた。部屋全体が粗削りな石で作られ、壁には複雑な模様が彫り込まれている。無数の文字のようなものが並び、幾つかは風化していて読み取ることができないが、他はまるで彫られたばかりのように鮮明だ。
天井からは長い年月を経て崩れ落ちた石が積もり、床には古代の装飾品や割れた陶器が散乱している。
「あの中央の石碑が見えますか? あれが依頼したいものです」
ナビルスに言われてそちらを見ると確かにそこには大きな石碑がある。
高さは人の背丈ほどで、その表面は見たこともない紋様で覆われている。空気には古代の神秘が漂い、冷たく湿った感触が肌にまとわりつく。
「ふうむ、興味深いねえ」
とっとっと博士が歩いていって部屋の中を見回す。興味深そうに笑みを浮かべ、その目が爛々と紅く輝いていた。
そんな彼女は石碑の前に行くと、文字を読み始める。
「フィオラ博士いかがでしょうか? 解読出来そうでしょうか?」
「ああ、任せておきたまえ……ただ、少しばかり時間を貰うよ」
「はい、よろしくお願いします」
ナビルスにそんなことを言って博士は完全に読むことに集中し始めたらしい。
俺も邪魔するわけにはいかないし、適当に部屋を眺めることにした。
「……なんだこれ?」
部屋の隅に置いてある古びた小箱を持ち上げる。何かがハマりそうな窪みのついた箱だ。開けてみようとするが、開かない。
試しに振ってみると、ガサガサと音がした。
中になにかが入っているらしい。
「窪み……ねえ?」
それっぽいものが無いか探すと、ふと落ちている宝石が目に入る。
拾い上げて合わせてみるが、合わない。形が似てると思ったんだけどな。
そんなことをして遊んでいると、「うん。解読ができたよ」と博士の声が響いた。
博士の元に駆け寄ると、困ったような顔で彼女は言う。
「どうしたんですか? そんな困った顔して」
「内容を聞けば分かるとも。読み上げるけど、良いかい?」
「はい、お願いします。フィオラ博士殿」
ナビルスが頷いたのを見て博士は読み上げを始めた。
「……警告。我々は過ちを侵した。決してしてはならぬ過ちを。故に後世のためここに残す。鉱山を掘ってはならない。警告を破れば、来たる災厄が全てを滅ぼすだろう」
「…………、」
その内容に思わず無言になる。ナビルスも同様だ。こんな警告文が書かれているとは思わなかったのだろう。
「今言ったことが、この石碑に書かれている内容だ」
「…………そう、ですか」
どう扱えば良いか分からない、といった顔でナビルスは頷いて呟く。
「領主に。ペルディア様に報告しなければいけませんが……鉱山開発を止めることは無いでしょうね」
「そうだろうねえ。この街にとっては鉱山開発は生命線だろうし。その上でもう一つ残念なお知らせがあるんだが……」
「はい、なんでしょうか?」
「この石碑は少なくとも五百年は昔のものだと思う。そして真偽は確かめる必要があるが、石碑の最後のマークは見えるかい?」
そう言って博士が指差したのは星のような形をした複雑な紋様だ。
俺たちが頷くと彼女は語る。
「これはね、五百年前の王印だよ。王様が極めて重要な文書に押すハンコといえば良いかな。この王印は、私の見立てでは本物だ」
「なっ……!」
ナビルスが息を呑む。
五百年前の本物の王印。それが指し示すことはつまり……。
「つまり、これは王国の正式な印が入った警告文という可能性が非常に高い。災厄が何かは分からないけどね」
そういうことになる。
思っていたよりも遥かにスケールの大きな話に頭が追いつかない。
彼女はふうと息を吐いた。
「……領主判断では足りないな。これは国に報告する案件だね。非常に興味深い内容だけど……場合によってはこの街の鉱山開発が止まる可能性もある」
「…………っ!!」
鉱山開発が止まる? この街に来てから見た光景はどれも鉱山があるからこその人の営みだった。
もしそうなればこの街の人たちはどうなるのだろうか?
そこに考えが及んだらしいナビルスが深刻な顔で博士を止める。
「お、お待ちください! まずは領主、ペルディアに報告をさせていただけませんか?」
「ああ、構わないよ」
頷いて、博士は続ける。
「でもね……王印が持つ意味は重い。少なくとも真偽を確かめなくちゃならない。王国への報告はするってことは覚えておいて」
それは宣告にも等しい言葉だった。
フィオラ博士の魔物レポート 伏樹尚人 @FushikiNaoto
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