第二章

炭鉱街マグナリッジ


 


 炭鉱街マグナリッジ。

 それはルクレアの街を西へ進んでいくこと三日、馬車に揺られると到着する新たな炭鉱街である。

 つい数年前に魔石の炭鉱が発見され、それを掘り出すことで急速な発展を遂げている。


「ほら、見たまえよこの招待状」


 博士が見せる手紙には『フィオラ博士へ』と綴られており、中には調査依頼が書かれている。


「それで、どんな依頼なんですか?」


 博士のために用意された馬車に揺られながら、俺は尋ねる。


「マグナリッジは炭鉱で成り立っている街なのは知っての通りだろうけど。古代の石板らしきものが出てきたらしいんだ。それを読み解いて欲しい、とあるね」

「古代の石板ですか……となると今回は魔物調査じゃあないんですね」

「いやいや。それが、そっちもあるんだ。マグナリッジ周辺の魔物は元々弱くて、討伐しやすかったらしいんだけどね。最近になって全体的な強さが増しているらしい」

「……異変、ですか」


 先日の探索者協会で老人エルダンに言われたことを思い出す。

 世界各地で魔物たちに起きている変化を異変と呼ぶ、と言っていたが……。


「まぁ、マグナリッジ周辺は私も詳しくはないからねえ。現地調査といこうじゃないか」

「分かりました!」


 そんなことを言っているとふと、博士が馬車の窓を指差した。


「助手君。そろそろ見えてくるはずだよ」


 窓から指差された方向を見るとそれは見えた。

 山の外壁に沢山の坑道が広がっている。黒々とした岩肌に無数の魔石鉱脈が光り、淡い緑や紫、青の光がきらめいている。

 坑道周辺には巨大な何かがガシャガシャと蒸気を噴き出しながら動いていて、採掘のためと思われる道具や機材が整然と並んでいた。

 多くの作業者で活気溢れる街、そんな光景だった。


「……あれが、炭鉱街マグナリッジ」


 ルクレアの街とは全く違う。

 見たことない景色に新鮮な気持ちになりながら、俺たちを乗せた馬車は炭鉱街へと辿り着いたのだった。





「到着ですぜ。領主館は街の頂上にありまさあ」

「ああ、ありがとう」


 馬車を降りると改めて新世界だ。

 マグナリッジは石造りの建物が多く、魔石を利用したエネルギー供給システムが導入されているため、いたるところに魔石を使った明かりに照らされている。

 魔石が燃料として使われる工場と見られる場所では蒸気がもくもくと上がり、その力で街の動力が賄われているようだ。


「今日の魔石が大量大量! うちは安いよ! ほら買ってけーっ!!」


 中心には大広場が広がり、賑やかな市場が立っている。商人たちは魔石や採掘された鉱石を売買し、周囲の酒場では採掘作業を終えた者たちが歓声を上げて談笑している。背景には炭鉱の採掘音が鳴り響き、街全体がまるで生きているかのような感じがした。

 キョロキョロと見回していると、博士も物珍しそうに街を見つめている。


「博士、あの動いているやつは何ですか? プシューって煙を吹き出してるやつ。生き物ですか?」

「はは、生き物じゃあないよ。あれは魔導回路マギアだよ。魔石を利用した最先端の道具さ。動かすには魔石から抽出したエネルギーを必要とするんだ」


 魔導回路マギアねえ。

 よく分からないけどすげえ! 生き物じゃないのに動くなんて。


「気になるものも多いけど、まずは領主の館へと行こうか。旅行じゃなくて、私たちの目的はあくまで調査だからね」

「はい、博士!」

 

 そんなわけで俺たちは領主の館がある頂上を目指し、歩き始めたのだった。





 マグナリッジの領主の館。

 山の頂上にあるそれは何というかアクセスの悪い場所に立っていた!


「着きましたね、博士!」

「ゼヒュー……コヒュー……」

「ちょっと、博士。大丈夫ですか!? 今にも死にそうな顔してますけど! ほら、水。あとタオル!」


 登り始めた頃は饒舌だった彼女だが、いつしか言葉少なくなり、最後はこの通りだ。

 どこからか調達したらしい大きな枝を突き、荒い息を吐いて苦しそうにする博士を甲斐甲斐しく世話をするとようやく呼吸が落ち着いて来たらしい。


「……ごほっごほっ……誰だ、こんなバカ高いところに領主の館なんてもんを建てたバカは」


 ふぅふぅと息を吐く彼女は怒りを前面にする。


「……ああ全く合理的でないとも! 頂上に領主の館なんて作ったら陳情を届けるのすら一苦労だし、そもそも出勤する自体大変だろう! 何を思ってこんな場所に建ててしまったんだ! ごほっ! ごほごほごほっ!」

「ああもう叫ぶから! ほら、落ち着いてくださいって……」


 背中をさすってまた落ち着かせる。タオルで顔の汗を拭いて、水を渡して、扇であおいで。そうして今度こそ博士は落ち着いたようだ。


「……アッシュ君、ありがとう落ち着いたよ。少々取り乱してしまったが、そろそろ領主とご対面といこうじゃないか」


 そんなわけで俺たちは領主の館へと入って行った。

 目に飛び込んでくるのはやはり石造りの内装だ。黒い石の床が広がるエントランスホールと、少し先には受付らしい場所がある。特産品である魔石をふんだんに使っており、装飾としてあちらこちらに書かれていた。


「やあ、こちらの領主から調査依頼を受けてきたフィオラだ。領主を呼んでもらえるかい?」

「フィオラ博士ですね。お待ちしておりました。応接室へご案内いたします。こちらは助手の方でしょうか?」

「私の助手だよ。探索者シーカーの資格も持ってるから、今回の件に連れてきたんだ」

「そうでしたか。では助手の方もご一緒においでください」


 受付に領主からの手紙を見せるとすぐに受付によって応接室へと案内される。

 部屋の奥には40代くらいの眼鏡をかけたオジさんがいた。


「ようこそ炭鉱街マグナリッジへ。フィオラ博士と……横の彼は?」

「助手のアッシュ君さ。彼にも手伝ってもらおうと思ってね」

「フィオラ博士の助手か。そうか、歓迎しよう。僕はこの街の領主をやっているペルディン・カルツだよ」


 そう言っておじさん……ペルディンは軽く頭を下げた。遅れて俺も頭を下がる。


「わざわざお越しいただいてありがとう。お会いできて光栄ですよ、フィオラ博士。噂通りお美しい方ですね」

「煽てるのは結構さ。それで、私に解読してほしい古代の石板とは何かな?」

「ああ、石板はここには無いんですよ」

「……ここには無い?」


 どういうことだろう? 不思議に思うとペルディアは説明する。


「見つかった石板ですがね、かなり大きいんです。正確には古代の部屋というべきでしょうかね。部屋の中心に巨大な石板があって、そこに何か文字のようなものが綴られている……そんな具合でして」


 だから持ち運びが出来ないんですよ、とペルディアは言う。

 なるほど、そういうことなら納得だ。


「ふむ。では石板の場所への案内をお願いしようじゃあないか」

「もちろんです。ただ僕は執務が忙しいものでね。代わりの者に案内させますよ」


 そう言ってペルディアがチリンと鈴を鳴らすと部屋の奥からパタパタと男性が現れた。


「君、すまないがフィオラ博士と助手の方を石室まで案内してもらえるか?」

「は、承りました」


 一礼した男性がこちらに向き直る。


「ナビルスと申します。それでは案内致しますので、後ろから着いてきてください」

「頼んだよ」


 そんなわけで俺と博士は発見された石室へと向かったのだった。



 

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