試験の結果

 



 あの探索者試験から数日後。

 博士のラボに郵便が届いた。書類には『探索者試験結果』と書かれている。


「つ、ついに来た……」


 震える手で郵便物を手に取って、俺は丁寧に開封する。博士もその様子を固唾を飲んで見守っていた。

 心臓がドキドキと早鐘を立てる。これが不合格なら俺はクビなのだ。

 どきどき、どきどき。

 分厚い書類を開くとそこには……。


「ご、合格だ…………っ!」


 探索者シーカー試験合格、と記されていた。感情が爆発する。


「いぃよっしゃあああああっ!!!!」

「おめでとー」


 拳を築き上げて歓喜の声を上げると、博士がパチパチと拍手をしてくれた。

 嬉しい! 嬉しくてたまらない! こんなに嬉しかったのはいつぶりだろうか。

 うおおおおおお! と雄叫びを上げているといつの間にか博士が中の書類を取り出して読み上げる。


「ふんふん……合格者は認定品を渡すため、探索者シーカー協会支部に来るようにだってさ」

探索者シーカー協会?」


 聞き慣れない名前に首をひねると博士が答える。


「文字のままだよ。探索者シーカー達を管理する協会さ。あちらこちらに支社があってねえ、探索者シーカー達はここの依頼を受けて仕事をしたり、あるいは探索の許可を貰ったりするわけだ」

「へー、そんな場所があるんですね。じゃあそこに行けば……!」

「そ。晴れてアッシュ君は探索者シーカーとして認定されるわけ。これで私の調査に着いて来れるようになるわけだよキミぃ!」


 なるほど。

 つまり逆に言えばこれが無いと調査に俺が着いていけないから博士が困っていたわけか。

 

「協会までの地図を書いてあげよう。地図は読める?」

「……読んだことないですね」

「じゃあざっくりと説明するから。まずはーーーー」


 申し訳ない。筆記試験は受かっても基本的に学が無いのは変わらないので、正直に答えると博士は予想していたのか、サラサラと手書きの地図を書いて、俺によこした後に見方を説明する。


「まずここが今いる家。ここから大通りに出て、真っ直ぐ進んでいくとーーーー」


 順番通りに覚えていき、道順を頭に叩き込む。なるほど、分かってきたぞ。


「ーーーーというわけ。分かったかい?」

「はい! 大丈夫です!」

「良し、じゃあ行ってらっしゃい」


 そして博士に見送られて俺は家を飛び出したのだった。





 ルクレアの街。

 博士の家があるこの街は改めて歩いていると人が多い。ここいらでは一番大きな街ではないだろうか。

 街の中心を通る大通りには、レンガ造りの建物の外壁や街灯に埋め込まれた様々な色の魔石がきらめき、淡い光が常に辺りを照らしている。


「……やっぱ、村とは大違いだな」


 魔石の色彩は建物ごとに異なり、青白い光を放つ家もあれば、暖かな橙色の輝きで包まれる塔もある。道を照らす街灯は魔石のエネルギーによって自動で明かりが灯り、夜になるとまるで星空の下を歩いているような感覚を与えてくれる。


「……色んなモン売ってるなー」


 商店街では魔石を使った装飾品や道具が並び、店先に並ぶ品々も光を放っている。特に人気なのは、魔石のエネルギーで動く魔道具。水を浄化する器具や、家全体を温める暖炉など、日常のあらゆる場面で魔石が使われている。

 博士の家もそうだった。バスルームには親の出る魔石を入れており、部屋は魔石の埋め込まれたシャンデリアで照らされていた。


「……綺麗な景色だな」


 そんなルクレアの街並みに見惚れながら歩いて行くと、やがて目的地が見えてくる。

 それは大きな建物だった。未知を示すエンブレム。闇の中に光る一等星の装飾が目立ち、ここいらでも一段と立派な外観をしている。


「ここが、探索者シーカー協会……」


 こういう立派な建物はどうにも慣れない。とはいえ入らなければ資格は貰えないので、良しと呟いて中へと入る。

 まず目に飛び込むのは高い天井と広々としたロビー。壁には古びた地図や、過去の偉大な探索者たちの肖像画がずらりと並び、荘厳な雰囲気が漂っている。


「おお……」


 床は磨かれた黒の大理石で、足音が響くほどに硬質で冷たい感触を残す。天井には美しいシャンデリアが吊るされ、微かに揺れる光が床に映り込み、まるで星空のように煌めいている。壁の一部は魔石で装飾されており、その光が穏やかに部屋を照らしていた。

 特に、受付近くに配置された大きな青い魔石が目を引く。その光は柔らかく、訪れた者たちに安らぎを与えるようだ。


「どうぞ、こちらへ。何の用でしょうか?」


 受付の女性に声をかけられて俺は奥へと進む。

 合格証を見せると、ああと頷いた。


「今年の合格者さんですね。おめでとうございます。お名前をうかがってもよろしいでしょうか?」

「はい、アッシュです」

「アッシュさんですね。では、ロビーのソファに座って少々お待ちいただけますか?」


 言われた通りロビーのソファに腰掛けると再び俺はキョロキョロと周囲を見回した。

 ロビーの奥には、数本の柱がそびえ立ち、それぞれには古代の遺物や探索者たちが持ち帰った武具のレプリカが展示されている。また左手には数々の古文書や冒険記録が並べられた書庫への入り口があった。探索者シーカーたちはここで過去の記録を調べ、次なる冒険の準備を整えるのだろうか?


「あれは……掲示板かな?」


 今気付いたが、受付カウンターの近くには大きな掲示板が掲げられている。掲示板には依頼書だろうか? 紙がたくさん貼り出されている。

 たくさんの仕事がある、それだけで俺にとっては別世界に来たかのようだ。掲示板の前では、何人かの探索者たちが立ち止まり、任務の選定に没頭している様子が見られた。


「アッシュさん。準備が出来ましたので奥の部屋へどうぞ」

「あっ、はい!」


 立ち上がって奥の部屋へと向かう。

 木製の重厚な扉が開かれると、まず目に飛び込んでくるのは大きな窓だった。部屋としてはさほど広い部屋ではなく、静かな空気を漂わせている。

 床は深い赤の絨毯が敷かれている。足音を吸い込むような柔らかさで、奥には執務机と思われる木製の机が堂々と構えており、その表面には古い地図や巻物が無造作に置かれている。机の周りにはいくつかの書類や魔石が転がっていた。

 そこには老人が座っていた。


「やあ、君がアッシュだね。この度は探索者シーカー試験の合格おめでとう」

「あ、ありがとうございます!」


 恐らくお偉いさんだろう。慌てて頭を下げてお礼を言うと「そんなにかしこまらんでよい」としゃがれた声で言う。


「儂の名はエルダン。ここの支部の長をしているよ。数ある選択肢の中から探索者シーカーを選んでもらえたこと、嬉しく思う」

「は、はい」

「ほっほ、ちょいと緊張しておるな。ううむ……では、君に一つ話でもしようか」


 そこで一呼吸ついて老人、エルダンは言う。


「そも、探索者シーカーとは何か。その始まりは未知を探ることじゃった。世界に存在する様々な未知に、危険も顧みず飛び込んでいって、情報という財産を持ち帰る」


 また一呼吸。


「最近のトレンドはもっぱら魔物じゃな。あちこちで魔物たちに変化が起きておる。それは突然変異で現れた危険種だったり、同じ地域の魔物が以前より強力になっていることだったり、先日の竜の夜ドラゴンナイトもその一つじゃ」

「……!」


 竜の夜ドラゴンナイト

 忘れもしない。火竜フレイヴァーンとその子分たちによる無差別攻撃。

 夜な夜な飛び回り、地上めがけて炎を吐き出して山を焼き尽くした光景は今でも鮮明に思い出せる。


「これらの魔物たちに起きている変化を、儂らは異変と呼んでおる」


 異変。

 竜の夜ドラゴンナイトも異変の一つ。ということは逆に言えばあんなのがあちこちで起きているというのだろうか。


「今回の探索者シーカー試験。竜の夜ドラゴンナイトが発生した報告は受けておる。その上で今年の合格者はアッシュ、お主を含めて三名じゃ」

「たった、三人……?」

「未知を追い求めるには無力ではいかんのだ。まして異変が頻発するこの状況ではな。だからこそ数少ない合格者には期待しておるよ」


 そう言ってエルダンはカードのような物を取り出すと差し出してきた。


「これは探索者シーカーカード。君を探索者シーカーとして認めた証だ。受け取っておくれ」

「はい」


 青色のカードだ。硬いプレートのようなカードだが、不思議と重さは軽い。


探索者シーカーにもランクがある。アイアン、ブロンズ、シルバーとな。君のそれは一番下のアイアンランクのものだ。それがあれば大体の街には入れるし、いくつかのダンジョンにも入れるじゃろう」


 いわば身分証じゃな、とエルダンは言う。


「ランクは探索者としての活動に応じて上がる。高いランクでないと入れないダンジョンもあるでな。まあまずは一つ一つのことをこなしていけばよい」


 なるほど。

 探索者カード、そしてランクか。とりあえずは便利になったという認識でいておこう。俺自身は探索者シーカーとしてどうこうしたいよりは、博士の元で働くために受験したのだから。


「未知とは闇の中に光る星じゃ。どこにあるか、どうすれば手に入るか、分からないがそこにあると信じて突き進んだ者にのみ辿り着ける。まあ、頑張りなさい」


 そう締めくくってエルダンの話は終わったらしい。柔らかい笑みを浮かべた。


「それではな。これで以上じゃ」

「はい、ありがとうございました」


 頭を下げて俺は退室する。

 これで晴れて探索者シーカーだ。少し前は未来のことなんて全く考えていなかったのに、今では未来が輝いて見える。

 どこかワクワクする気持ちをかかえながら、俺は帰路につくのだった。





 家に帰ると博士が荷造りをしていた。


「……どうしたんですか? そんな荷物用意して」

「何って、調査に決まってるじゃないか! 西の街で異変が起きたそうだよ。私に調査依頼が来ているんだ。このために探索者シーカーになってもらったんだからね! さあ準備だよ助手くん!」


 そう言って嬉しそうな笑顔を浮かべる博士を見て、俺は慌てて荷造りに移った。

 改めて思う。この人のそばにいれば、退屈しなさそうだ。

 さあ、冒険の準備をしよう。

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