探索者試験④
火竜フレイヴァーンが率いるドラゴン達が飛び回りながらあちこちを破壊して回る夜。
そんなドラゴンどもに狙われている最中、大男ガルム・バルドリックは俺に向かって共闘を提案してきた。
「足を貸せって、どういうことだ?」
「火竜に空を飛ばれちゃどうしようもねえ。それに奴さん、あれで中々賢いみてえだ。オマエに仕掛けた急降下攻撃を俺に仕掛けてこねえからな」
反撃できねえと分かってるから近づいてきやがんだ、と大男は言う。
「オマエはとにかく目立て。その逃げ足で奴らの目を引いて、そうしてオマエを狙って火竜が降りてきたところを、斬る」
なるほど。
作戦はシンプルだ。俺にめちゃめちゃリスクがあるが、さっき火炎弾を切り裂いたこの男なら火竜の分厚い鱗もぶち破れるかもしれない。
「分かった。アンタを信じる」
即決即断。
俺に対抗手段は無いし、ガルムを信用するしかない。
逃げ道があるなら、いくらでも避けてみせようじゃないか。
「即答! イイねえ。俺はガルム・バルドリック。オマエは?」
「……アッシュだ。早速やろうか」
ドラゴンが吐く火炎弾を切り裂いた大男、ガルム・バルドリックと自己紹介をかわし、俺は一気に駆け出した。
全力のトップスピードだ。わざと森の切れ目になっている、上空から見えやすい位置に移動してドラゴンどもを誘導する。
「……やっぱ、数が多いな」
ドドドド! と絶え間なく放たれる火炎弾が次々と地面へと着弾していく。
数は暴力だ。一発を避けるのとは話が違う。空を見上げ、今度は周囲を見て、どこに移動するのが最善かを瞬時に判断しなくてはならない。
「ふぅ、ふぅ、とっ、とと! 危ねえ!」
脳も身体も疲れてくるが、振り絞って避ける。
飛び込むように、転がるように、時には着弾したての燃えている大地すら逃げ場にして避けていく。
時折掠る炎の熱さを振り払い、どうにか避けていきながらどんどんと走る。
「あちちちち! 掠っただけでこれかよ!」
とはいえ立ち止まっている余裕はない。
今度はブレスが飛んでくる。既に何度も見た動きなのでもう覚えた。一、二、とタイミングを見計らい、避けていく。
そうやっているともはや周囲は火の海と化していた。
「そろそろ、燃えてねーもんの方が少なくなってきたんじゃねえか」
荒れ果てた大地を全力で駆け抜けながら呟く。見渡す限りの大火事だ。炭のようになってしまった木々も珍しくない光景である。
と。
「ッ!? ゴホッ、ゴホッ」
息を吸って、ゴホゴホとむせる。
煙が充満しているらしい。背を低くして、駆けていく。
「ギャアアアアアアッ!!」
中々仕留められない子分に業を煮やしたのだろう。獣の怒りに満ちた咆哮が轟いた。
そして次の瞬間、空気が揺れる。上空を見上げると火竜フレイヴァーンが大口を開けていた。
あれは、ヤバい!
「お、おおおおっ!」
俺は瞬時に飛び込む方向を決め、地面に転がるようにして一気に右に跳ねた。直後、凄まじい熱と轟音が背中を掠める。
流石に主のブレスは威力が違うようだ。爆風が地面を砕き、わずかに残っていた周囲の木々を火柱に変えた。
「ぐっ……ちょっと火傷したかも」
背中がチリチリする。しかし息を整える暇もない。俺は立ち上がって再び全速力で走り出す。このままヤツを釣り出して、俺だけに意識を向けさせなくてはならないのだ。
「っ!」
まるで狩りの標的になった獣のように、俺はジグザグに進みながら、地面に身を低くして飛び回る火の弾幕を避ける。フレイヴァーンの視線を感じるーーそれは獰猛で、確かに狙いを定めてきている。
「こっちだ、来い!」
俺はわざと大声で叫び、堂々と姿を見せつけた。いくらでもこいや! と手でポージングまでして見せる。
賢い生き物ならこれが煽りだってことは分かるだろう。ましてや竜からすれば人間なんて矮小な存在だ。
そんなやつに舐められれば、どう思うか。
「……グルルルルッ」
フレイヴァーンの目がぎらつき、翼が広がり、大きく旋回してくるのが分かった。
「おわっ! と、いくら火を吐こうが、当たらねえぞ!」
火炎が再び吐き出され、俺はその場から飛び退いた。燃え上がる草原の中を駆け抜けながら、必死にドラゴンの注意を引き続ける。
そうして、遂にフレイヴァーンはその巨大な翼を大きく広げた。
「…………来るっ!」
一度見た動きだ。
あとはこれをガルムのいる場所まで誘導出来れば!
俺は元来た道を一気に逆走し、ガルムの潜む場所を目指す。
直後、轟音と共にフレイヴァーンが一気に急降下を仕掛けてきた!
「お、おおおおおっ!!」
鬼ごっこをするかのように駆けていく。背後から感じるのは巨大な翼が空を切る音と、怪物が迫ってくるゾクゾクとした危険のシグナル。
目視はしない。そんな余裕はない。とにかく足元を取られないよう足場を見定めて、駆けて、駆けて。
「いま、だああああああっっ!!」
全身が叫ぶ感覚を信じて、目の前に空いた穴に飛び込んだ。
直後、空気を切り裂くように俺のいた空間が爪で薙ぎ払われる。同時に俺が飛び込んだ穴を一気にフレイヴァーンは通り過ぎていった。
急いで顔をだし、穴から這い上がる。
その直後の出来事だった。
「やるじゃねえか。後は任せな」
岩陰に隠れていたガルムが飛び出した。巨大な大剣を軽々と持ち上げ、構えを取る。
その真正面に突っ込んできたフレイヴァーンは爪を構えるが、それよりも速くガルムが動いた。
「
大剣に月が映る。鬼のように恐ろしい形相を浮かべ、目がギラリと輝いた。
直後。力強く踏み込んだ彼は半月の軌跡を描くように大剣を振り下ろした。剣の刃先が空を切り裂き、夜風に揺れる。
まるで月光が凝縮されたかのような輝きを纏った一撃は、火竜の片目を深々と切り裂いた。
「グ、ギャアアアアアアッッ!?」
つんざくような悲鳴ともにフレイヴァーンの目からブシュウウウウ! と勢いよく血が吹き出す。
たまらずフレイヴァーンはフラフラとしながら空に急浮上していった。
「……すっげえ」
「腕っぷしには自信がある。オマエも、良い仕事だったぜ」
ガルムの元へと駆け寄ると、彼は相変わらずの凶悪面でヘッと笑みを浮かべる。
彼なりに認めてくれたのだろうか。そうだとすれば嬉しいことだ。
「確実に片目は潰した。いつもならこれくらい痛い目見りゃあ、帰っていくらしいが……」
ガルムがボソリと呟いて空を見上げる。つられて俺も空を見上げて、固まった。
「……あの、ガルム。あれってどう見ても」
呟くとガルムもまた、仏頂面で言った。
「……奴さん、完全にキレてやがるな。チッ、面倒くせえな! 逃げるぞ!」
直後、無数の炎が降り注いだ!
俺とガルムは一気に逃げ出す。背後ではドカンバカンと破壊音と共に無数の火炎弾が着弾しているが、もはや見ている場合ではない。
「いや、どーすんのっ!? 帰っていくんじゃなかったのか!」
「そういう話だと聞いてたんだがな……見ての通りだろうが!」
やいのやいの言い合いながら俺たちは逃げる。どうにかして諦めてもらわないと街に帰れないままだ。
「もう一度やるのはどうだ? 両目潰せばあっちも諦めるんじゃないか!?」
「奴さんはアレで頭が良いと言ったろ! さっきので学習しただろうさ。同じ方法じゃムリだ!」
なるほど。同じ方法では駄目と。
とすると別の手法が必要になる。こういう時は、とにかく観察だ。
俺は向きを変えて、その場に立ち止まる。
「おい、どうするつもりだ!」
「じっくり見て、相手の弱点を見つけるんだよ!」
今までだってやってきたことだ。
人間より身体能力に優れる魔物から逃げ切るには、いつだって観察して弱点を見抜いてきた。
「ぐ、っ!」
まずは空を見上げる。
弾幕量は明らかに先ほどより増えている。フレイヴァーン自身も火炎弾を撃ってきているほか子分たちも狙ってきているのが見えた。
その中でもやはり注目すべきは親分であるフレイヴァーンだ。
無数の炎を避けながら、どうにか見る!
「…………ッ!?」
巨大な体躯はそのままだが、やはり片目を潰されたダメージはデカいらしい。上手くバランスが取れないのか、飛行が不安定に見える。
ヒュオオオオ、と吹いた風に少し体勢が傾いて、慌てて水平に戻しているのが見えた。
…………見えたぞ。
「ガルム!」
俺はガルムに声をかけて近づいていくと、彼に合流して走り出す。
「ア? どうした?」
「作戦を思いついた。どうする?」
そう尋ねるとガルムは即答で答えた。
「乗ったァ!」
作戦を話した俺は、ガルムと共にドラゴンどもを無視して帰り道をたどって逃げ出した。
切り立った山を抜け、三つの丘を超えて駆けていく。長距離を、しかもトップスピードを維持しながら、空からバカスカ撃たれる炎を避けつつ進むのは凄まじく体力を消費する。
「ハァッ……ハアッ……」
「ゼェ…‥ゼェ……」
流石に息も上がってきたが、気力で駆けていく。いつの間にか空は明るくなっており、昼間になっていた。
そのまま走り続けて、谷間へと辿り着く。
「……ここが目的地だ!」
どうにか辿り着けた。この場所なら、あのフレイヴァーンに追撃を与えられるはずだ。
行きの時には向かい風でかなり体力を持って行かれた場所だが、帰り道では追い風となる。相変わらず強い風だ。
だからこそ都合が良い。
「どこか、隠れられる場所……あそこだ!」
周囲を見回して上空から直接狙えない隠れ場所を探すと、合った。崖下のぽっかりと空いた空間だ。すぐに潜り込む。
いかに上空から火炎弾で狙えるとはいえ、地形を丸ごと消し飛ばす威力はない。精々が地表を削る程度だ。
つまりこの場所にいる限り、フレイヴァーンが攻撃するにはある程度高度を下げる必要があるのだ。
「来たぞ!」
火竜フレイヴァーンが空を裂き、高度を下げながら獲物である俺たちに再び狙いをつけて、口内に灼熱の炎を生み出す。バサリバサリ羽ばたきながらその巨体が空を切る音は、地上の大地すら震わせるほどだった。
だが、片目を失った竜の飛行は当初出会った時の安定感ある飛び方ではなく、どこか危なっかしく見える。
「かかった……ッ!!」
そして、その巨体がいよいよ山間の谷に差し掛かった時、異変は起きた。
「……グルルッ!?」
谷間に強烈な風が吹き荒れる。突如として襲いかかる突風に、フレイヴァーンの翼が大きく揺さぶられ、その体勢が乱れる。鋭い眼差しでこちらを捉えていた瞳が一瞬揺らぎ、バランスを崩していく。
翼を広げて立て直そうとするが、強風はさらに激しく吹きつけ、片目を失った体ではもはや立て直しは効かなかった。
「グ、グォォォォ…!」
苦悶の叫びを上げながら、フレイヴァーンは風に押され、空中で制御を失った。重力に引き込まれるように、その巨体が急激に下降し、無理に羽ばたいても翼は風に翻弄されるばかり。
翼の力を頼りにしていた飛行が完全に封じられ、フレイヴァーンは滑空ではなく、もはや墜落のように地上へと落ちていった。
そして、その先には大剣を構えた大男がいる。
「おかわりだ…………
俺の背丈よりもデカい大剣を構え、斬る。もう夜も明けて昼間だってのに、半月のように振るわれた一撃はフレイヴァーンのもう一つの目を切り裂いた。
両目を失った竜はもはや制御を失い、そのまま谷間の壁へと突っ込んでいく!
その巨体が轟音を立てて岩肌を削りながら落下していく様は、まるで黒い流星が大地を貫くかなようだった。鋭い爪でどうにか崖を掴むようにして止まろうとするが、猛スピードで突っ込んだ巨体は岩壁を引き裂きながら進み、ついには飛び出た崖に突っ込むと、崖ごと崩落させながらようやっと止まった。
「グォォォォッ…!」
苦しげな咆哮が岩壁の方から響く。
だが、その声も次第に弱まり、やがて静寂が訪れる。
「……やったの、か?」
「両目を斬ったからな。もうまともに飛ぶことすら難しいだろうさ」
疲労困憊で呟くと、ガルムが答える。彼の声色にも疲れが滲んでいた。
「……良かった、生きてる。死ぬかと思った」
「アレだけ軽々とドラゴンのブレスを避けたヤツの言葉かよ」
心からの言葉を吐くと、向こうも冗談混じりな言葉を返してきた。
ガルムとは二人で危機を乗り越えたからか、戦友にも似た友情が芽生えた、そんな気がする。
なんとなく嬉しくなった俺は笑みを浮かべて、気づく。
「……あの、ガルム」
「なんだ?」
「このパラパラって音、なんだ?」
「……そりゃあ、崖とかが崩落する前に落ちる小石の音じゃねえか?」
そこまで呟いた俺たちはふと岸壁の方を見やる。
同時に、谷間全体が不気味に揺れ始めた。
岩肌がひび割れ、崖上の巨岩が次々と崩れ落ち、粉塵が立ち上がるのが見える。
「逃げろ……ッッ!」
ガルムの叫び声が俺の耳に届いた瞬間、谷間の崩壊が始まった。岩が崩れ、土砂とともに巨大な岩塊が谷へと雪崩のように押し寄せる。轟音と共に次々と岩が崩れ、まるで大地そのものが崩れ落ちるかのようだった。
「お、わあああああああっ!? 死ぬっ! 死ぬーっ!!!!」
フレイヴァーンの巨体はすでに土砂に埋もれ、谷が奥から崩落して埋まり始めていた。
俺とガルムは全力で走り出す。後ろから迫る崩落の音はまるで死神の足音のように迫り、足元が揺れるたびに危険が増していく。振り返る余裕もなく、ひたすら前へ。崖の端まであと少し……!
悲鳴をあげながら俺は思う。
早く、お家に帰りたい。
そんなことを思いながら、どうにか俺たちは崖の崩落から逃げ切った。
夕方、這々の体で俺たちは街へと辿り着いた。
「た、探索者の書を持ってきました……」
開始を宣言した場所に立っていた試験官の元へと着いた俺たちは
それを見た試験官は探索者の書を確認すると、うんと頷いた。
「良くぞ戻ってきた!
「ありがとうございます!」
「ああ」
今度こそ全てが終わった俺は大きく息を吐く。無事に生きて帰れて良かった。今回ほど命の危機を感じたのはこれまででも初めてだった。
「アッシュ……と言ったな。オマエとはまた会う気がするぜ。じゃあな」
「ガルム、ありがとう。俺が生きてるのはアンタのお陰だ。本当にありがとう!」
お礼を言うと、ガルムは背を向けたまま片手をあげて去っていく。
ガルムと会えていなければ今頃、火葬死体になっていただろう。
そして、
「見込んだ通り、実技を合格してくれたね! お疲れさま、アッシュ君」
「……博士」
たった二日ぶりだってのに随分会ってないような気がする。
フィオラ博士がそこに立っていた。まさか待っていたというのだろうか? いつ帰ってくるか分からないのに?
信じられない気持ちで見つめていると、彼女は笑みを浮かべて俺を抱きしめた。
あっ。
「……随分と火傷してるねえ。頑張ったじゃあないか」
その瞬間に完全に思考停止した。
ふわりとした良い匂いがする。女の人に抱きしめてもらったことなんか初めてだろうか。
……もう、死んでも良いかもしれない。
「さて、帰ろうか……おーい、アッシュ君? アッシュくーん! おーい!」
博士が萌え袖白衣でパンパンしてくるが、もはや俺はそれどころではない。
「ちょっと、君重いって! ほら、帰るよ! 動いてよ! もー!」
抱きしめられただけで全てが飛んでしまった俺は、放心状態で博士に引きずられていったのだった。
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