探索者試験③
「な、なんだっ!?」
響き渡った轟音。
ビリビリとした振動を感じながら、音のした方向を見ると幾多もの火の弾が地上に降り注いでいた。ドカンドカンと爆発する音が響いている。闇夜には、無数の影が飛んでいた。
帰り道の方向だ。
「あ、あれは……?」
見たことないが、魔物だろうか? 暗すぎてどうにも見えない。
いったい何が起きているんだ? いまいち状況が掴めないでいると、門番が呟く。
「……
「
「火竜フレイヴァーン……ここいらで最も悪名高い巨大なドラゴンがいてね。そいつが子分の竜を集めて一晩中暴れまわるのさ。それを
火竜フレイヴァーンとその子分が夜通し暴れまわる。
……村と街の往復だけをしていた俺としては聞いたことない。だが、かなりヤバイ魔物なのだろう。顔が引きつった門番はポツリと言った。
「……運が悪かったね。
「……そんなにヤバイんですか?」
「ヤバイなんてもんじゃない。夜通し火竜どもが空から地上目掛けて火炎弾を吐いてくるんだ。地上はムチャクチャさ。今回は街から離れた場所で始まったのが不幸中の幸いかな……」
そこまで口にした門番は、もう一人の門番に「伝令を頼む」と街へと走らせて忙しそうにしだす。
これ以上相手をさせるのは申し訳ない。俺は門番に背を向け、帰路を見た。
空から無数の火の弾が降り注いで、まるでその光景が星が落ちて来たかのように遠目から見ている分には綺麗だ。
やはりどう見ても帰り道の方向に見える。とはいえ、大きく迂回なんてしたら時間までに帰ることは出来ないだろう。地理にも詳しくないので遭難する可能性も高い。
間に合わなければクビ。でも進めば死ぬかもしれない。
さて、どうする?
…………いや、答えは決まっていた。
「……博士のもとに居るには、どうしても今回で
親切な門番に挨拶して俺はもと来た道に振り返った。
これで受験をやめる判断はしたくなかった。顔が好みの女の下で働けるうえ、待遇も良い現状を捨てたくなかったからだ。
少なくとももっと近くで見ないと、行けるかどうかの判別も付かないし。
「ありがとうございます。じゃあまた」
俺は再び足に力を入れて走り出し、真っ暗闇を進んだ。
元の街に戻るには先ほど辿ってきた道をまた戻らなければならない。
すなわち丘を越え、巨大な川を渡り、切り立った山を越え、三つの丘を越え、谷間を抜け、平原を突き進む必要がある。
その最初の丘を越えたところで、俺は目撃した。
「これは……ヤバいな」
橋が、無残にも破壊されていた。
巨大な川を悠然と跨いでいた石造りの橋が、今では中央部分は完全に崩れ落ち、両端の橋脚が黒く焦げ、煙が立ち上っている。石片や瓦礫が散らばり、炎の残り火がくすぶっていた。
川の水面には、橋の破片と共に灰が漂い、所々で湯気が立ち上り、異様な光景だ。
「遠目から見たときよりも、思っていたよりも破壊痕がデカい」
くすぶっている炎に照らされているお陰でよく見えるが、橋の中心に開いた大穴は明らかにサイズが大きかった。また周囲の地面に着弾したとみられる場所も、人が数人は入りそうな破壊痕が残されており、その威力が感じられる。
風に乗って焦げた匂いが鼻をつき、薄暗く不穏な空気に支配されていた。
「下流を渡るのは破片で危なそうだ。橋も崩れそうだし、上流を泳ぐしかないか」
真上にはドラゴン達の姿はない。川を渡りきった先に空を舞う影が見える。
ひとまず川の温度を確かめるべく、触る。あたたかいが、問題ない温度だ。
今なら恐らく火炎弾も川に落ちることはない。
俺は息を吸って川に入り、泳ぎ始めた。
ほどなくして向こう岸に渡り切った。
渡りきった先はしばらく平原で、その先に切り立った山が待っている。
「……あそこ、確か吊り橋があったよな」
あの吊り橋が無いとかなりの遠回りが必要になってしまう。そうなれば試験期間中に街まで戻るのは難しいだろう。
とはいえあの炎の中を突っ切るのは、確かに門番も言う通り自殺行為には見えた。地響きなような振動を足から感じつつも、俺はジッと観察する。
「撃たれてから、落ちてくるまでの時間はそれなりにある……避けられる、気がする」
ゴクリと息を呑んで、決める。
「……行こう」
リスクはあるが、逃げ足だけは自信がある。
それにこういう危険地帯に飛び込まないといけないことは村の生活でこれまでにも何回かあった。
今回もその一つ、それだけの話だ。
走り出して、グングンと山へと近づいてくると熱気を感じ始める。
周囲ではドカンッ! と音を立てて火炎弾が着弾し、そのたびに衝撃をはしらせていた。森は既に火事になっており、ちらほらとだが、試験参加者らしい死体が転がっているのが見える。
そんな地獄の入り口に入った俺は、空を見上げた。
無数の巨大な影が空を舞い、地上に火の弾を放つ。火の弾一つ当たりのサイズは成人男性を優に超えるサイズだ。それがドカンバカンと地上目掛けて放たれているのだから、地獄としか表現しようがない。
地面はでこぼこで穴だらけだ。踏み外さないようにしつつ、一気に山に入っていく。燃え盛る炎によって地上にいると空からは丸見えなので、なるべく森に隠れるようなルートを選びながら、どんどんと登っていく。
「うおっ、と! あぶねえ!」
時おり空から降ってくる火炎弾はやはり避けれる速度だった。
常に上を気にしつつ足元も気にしつつ、目線は忙しいがどうにかやれないことはない。着弾時の爆風の範囲が思ったより広いので、大きめに避ける必要があるためスタミナは持っていかれるが、長年の運搬で鍛え上げられた身体はまだ動く。
「お次は火炎放射かよ!」
吹き付ける広範囲の熱風は流石に不味い。
咄嗟に火炎弾が着弾したあとの穴に飛び込むことで、どうにか難を逃れる。炎がやむと同時に飛び出し、また走り出す。
あちらこちらが火事で、焦げ臭い。やや姿勢を低くして煙を吸いすぎないようにする。
やがて、俺は吊り橋へと辿り着いた。
「良かった、吊り橋は無事だ!」
切り立った山を繋ぐ吊り橋。
行きの時も渡った今にも古い木製の吊り橋だったが、運の良いことにまだ被害にあっていなかったらしい。
ここが渡れないとかなりの遠回りが必要なので、助かった!
とはいえいつ崩れるかも分からない。一発でも火炎弾が当たれば燃え尽きることは間違いないだろう。
ここは力の使い時だ。足のギアを上げて、一気に駆けだす!
「お、おおお!」
全速力、不安定な吊り橋を駆けだした俺は大きく揺れる橋を踏み外さないよう一気に駆けていく。
だが、その時だった。
「ギャァアアアアアアッ!!!!」
なんだ! この爆音は!
聞こえてきたのは空から鼓膜が破れそうになるほどの雄たけびだった。音だというのに、橋が激しく揺れて、たまらず俺は立ち止まる。
吊り橋につかまり、揺れに耐えながら耳を塞いでいると、やがて音はやんだ。
バッと空を見上げるとドラゴン達の中でも一際大きなドラゴンがこちらをギョロリとした目で見降ろしている。
圧倒的な威圧感を感じた。ビッグ・ベアと相対した時も相当だったが、それすらも上回る。強烈な悪寒がした。
黒曜に輝く鱗が全身を覆い、山火事に照らされて鈍い光を放つ。筋肉質な体躯は遠目で見ても鋼鉄のように頑丈そうだ。
そんな巨大なドラゴンの口には燃え盛る炎が見えた。
「あれが火竜フレイヴァーンか? ……いや不味い、あれはっ!」
直後だった!
巨大な口から吐き出された火炎弾が吊り橋目掛けて放たれた。
他のドラゴンが吐くそれとは、明らかに速度が違う!
トップスピードで一気に駆けだしているが、俺には分かる。向こう岸までの距離と、火炎弾が着弾するまでの時間。これは明らかに着弾する方が早い。
渡っている吊り橋付近には逃げ道は無い。真下は気が遠くなりそうなほどの高さがあれば落ちれば命は無いだろう。
「ーーーー!」
これは、あれだ。打つ手がない。
逃げ道があればともかく、逃げ道がない場所だとどうしようもない。状況は完全に詰んでいた。
眼前に巨大な火炎弾が広がる。
「死ーーーー」
死を覚悟して、目を見開く。煌々と輝く炎はある種、美しさすらあるがそれが自分の死因となるのだから笑えない。
全身に熱を感じる。
やがて俺は炎に呑み込まれーーーー無かった。
「えっ?」
俺の目の前に迫った火炎弾が真っ二つに割れた。いや、正しくは違う。斬られたのだ。
二つに分かれた巨大な火炎弾は狙いを外し、そのまま橋の下に落ちていった。
「アンタ、は」
斬った人物は大きな男だった。
分厚い鎧に身を包み、巨大な大剣を握りしめている。その顔には一筋の傷跡があり、歴戦の戦士を思わせる大男だ。
男が俺の背後から現れて、火炎弾を一閃したのが俺には見えた。
彼の名は確か、ガルム・バルドリックだ。ビッグ・ベアを一撃で倒したとか言われていた。
「……ありがとう、助かったよ!」
大男ーーガルムに駆け寄ってお礼を言うと、ガルムは仏頂面のまま俺を見下ろして、言う。
「……
ドスの効いた声だった。
正直な話をすると怖い。だが、命を助けてもらったのだ。戦う力が無いのは否定できないし頭を下げて、素直に言うことを聞くことにする。
何より逃げ場のない場所で狙われるのは詰むのが分かったし。今回助かったのは単に運が良かったに過ぎない。
って、不味い!
「あのドラゴン、今度は吊り橋を狙ってるぞ! 渡らないとマズイ!」
「あ? んだと……ッ!!」
空を見上げると火竜フレイヴァーンが今度は吊り橋を狙っているのが見えた。
それも狙いを見るに、俺達を狙っているわけじゃない。俺達が斬ったり防いだり出来ないような位置を狙っている。
まさか、吊り橋ごと落とすつもりなのだろうか? 命を救われたお礼にそう伝えて走り出すと、ガルムもそれが分かったのだろう。俺の後を追うように走り出した。
全力で駆け抜けながら、フレイヴァーンを観察する。
ちっぽけな存在を追い詰めて楽しんでいるかのような表情だ。だが、先ほど見た炎の速度を見るに、恐らくギリギリ渡り切れるはずーーーー!
「飛び込めっ!!」
「クソがァッ!!」
吐き出された炎が吊り橋に直撃する寸前、 俺は叫んでガルムと共に吊り橋から向こう岸に飛び移る。
直後吊り橋に炎が直撃して、ロープが切れて橋が燃えながら落ちていった。
どうにか向こう岸まで辿り着いた俺は立ち上がると、どうにか崖にしがみつけたらしいガルムに手を貸して引っ張り上げる。
そうしている間にフレイヴァーンは子分を集めたらしい。再び空を見上げると、数多の竜たちが一斉に俺達目掛けて火炎弾を吐きかけてきていた。
「う、おおおおおっ!? ちょっと、数は卑怯だろ!」
ドドドドッ!!!! と次々と着弾する炎の弾をどうにか避ける。子分たちの炎の弾はフレイヴァーンのものよりも遅いが、数が多いと一苦労だ。
完全に俺達に狙いを定めているようで、走って避け、穴に飛び込み、飛び出し、転がるようにしてどうにか避けて走り出す。
ガルムはどうしているのだろうか、チラリとそちらを見ると巨大な大剣を振り回して、ズバズバと切り裂いていた。
……化け物か。だがそんなガルムも空を飛ぶ相手への反撃の手段は無いらしい。チッと舌打ちが響く。
と、そうこうしていたらまたこちらが狙われたようだ!
「熱っ! ごほごほ、あぶねっ! 同じ場所に居続けてると、不味いな」
呼吸が苦しくなってきた。煙を吸いすぎたのだろうか?
弾幕のように放たれると避ける隙間が少ないこともあって、炎が身体を掠って熱い。
「グルルルルルルルァアアアッ!」
と、今度はフレイヴァーンが急降下を仕掛けてきた!
鋭いかぎ爪で、貫こうとしてきたので全力でダイブして避ける。身体の僅か上を爪が通過するとともに、凄まじい風圧が発生した。
すぐ近くで見たが、改めてあれはヤバイ。炎も即死だが、爪で薙ぎ払われても即死だ。
「へえ」
そんなとき、低い声が響いた。
見るとガルムが俺のすぐ近くまでやってきていたようだ。
「素人かと思ったが……オマエ、中々良い逃げ足を持ってるじゃねえか」
そして彼はこんなことを口にした。
「このままドラゴン引き連れて街に帰れねえのはお互い様だろ? オマエの逃げ足、俺に貸せ」
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