探索者試験②
長距離を走る上で最も重要なのはペースを乱さない事だ。
大きく呼吸をして、無駄のない動きで走る。力み過ぎれば余計なエネルギーを使ってしまうので、自然体で走る。
今回のコースだと魔物が出ることもあるので、そこでいかにロスしないかも重要だ。
とにかく自分のペースで走り続ける。配達期限があるなら逆算して走る。
「ふっ、ふっ」
一定のタイミングで呼吸する。
周囲の受験者たちも流石に体力があるようで、ここまでのペースは中々の速度だ。
誰も彼もまだまだ余裕といった表情で平原を駆けている。
さて、改めておさらいだ。
実技試験は
しかも期限は明日の夜までというタイトなスケジュールだ。これは気が抜けない。
「……やっぱ、皆体力あるもんだな」
現在俺が走るのは受験者の中でも先頭集団だ。
誰も彼も鍛え上げた肉体で、まだまだ余裕といった顔つき。ペースを乱す様子もなく、ずーっと同じペースで走り続けて間もなく平原を抜けようかという頃だ。
平原はやはり街の近くということもあって整備されている。少なくとも街道があり、そこを走っているのでかなり走りやすい部類だ。
風に揺れる草花が一面に広がり、緑の絨毯のようだ。風も心地よく、走っていて気持ちいいくらいだった。
……とはいえ、周囲を走る者どもの大半は男で、それも鍛え上げた肉体の暑苦しい者たちが多いのだが。
「と、あれが谷間か」
平原の先に見えた谷間は両側を高くそびえる険しい崖に阻まれ、まるで地面が裂けたように続いている。崖の表面は岩肌がむき出しで、ところどころに木々や草がしがみつくように生えている。
「これは……ちょっと危ないかもな」
谷間は風が強く吹き抜けるようで、時折パラパラと砂や石ころが転がる音が響いている。
場合によっては岩肌にある大岩がゴロゴロと転がってきても違和感がない。
通っている間だけで良いから何事も起こらないでくれよ、という気持ちで駆けていく。
吹き付ける風が逆風なので、ややペースが乱される感じがあった。他の受験者を風よけに使いつつ、体力消費を抑えて進む。
そうして走り続けることしばらく。
「よし、谷間を抜けた!」
吹き付ける風にも負けず、谷間を越えた俺はペースを落とさずにそのまま走る。
その先は三つの丘だ。険しい地形でないためか、群れる魔物がちらほらと見える。
三つの丘の起伏は意外と緩やかだ。草が生い茂り、風にそよぐ音が心地よい。ぐんぐんと登っていくとやがて頂上へと到達し、そこからは少し高い次の丘と遠くの景色が広がっている。
その時だ。ウオオオオオン! という遠吠えが響いた。
「この声は……?」
聞き覚えのある遠吠えだ。
嫌な予感がしつつも走り続けていると、横合いの草むらから唐突に何かが飛び出してきた!
「うおっ、と! あぶねえ!」
間一髪、身をよじって避けると、そこにはヤマウルフがいた。群れが生活し、狩りをする魔物だ。目は悪いが鼻が効く。足もかなり早い。
「ぐ、おおお!」
ヤマウルフに奇襲をかけられたの俺だけではないようで、周囲を見ると噛みつかれている受験者もいた。
急いで狼を蹴り飛ばしてやると、キャイン! と悲鳴をあげて口を離す。
「す、すまない! 助かった!」
「気にすんな! ただ困ったな、囲まれたみたいだ……悪いけどこれ以上手助け出来ないぞ」
今回のヤマウルフはかなりの群れだ。二十匹くらいはいるだろうか。
俺たちに狙いをつけたようで、囲むように周囲を回っていた。
くそっ、時間がないというのに。
どうにかして囲いを突破できないものか。ジッと観察する。
「……来る!」
目の前にいたヤマウルフがこちらに向かってくる。
彼らの一匹あたりのサイズはそこまで大きくない。経験上だが、ヤマウルフが狩りをする時は群れで行い、獲物を追い詰めるイメージがある。
実際、他の受験者は腕を噛まれていたし。
……普通なら首筋に噛みついて、獲物を絶命させそうなものだが?
改めてこちらを狙うヤマウルフを見ると、どうやら足を狙っているようだ。
「……一匹で狩りをする必要がないからか」
恐らくは数匹で手や足に噛みついて、トドメとして首筋などをグサリ、というわけだろう。
確かに体格はそこまで大きくない。
それならば。
「ふっ」
飛びかかってきたヤマウルフをかわす。間髪入れずに次のヤマウルフが飛び込んでくるが、しゃがむことでどうにか避けて、俺は群れに突っ込むように駆け出した。
「いくぞ!」
ヤマウルフは体長はそこまで高くない。
まず狙ってくるのは手や足など、相手の動きを止めることだ。そこに逃げ道がある。
思いきりジャンプすることでヤマウルフ達の上を飛び越えると、そのまま一気に囲いを突破した!
まだまだ道のりは長いのだ、まともに戦っていられる時間も無ければ武器もない。
「ワオオオンッ!」
後ろを見ると数匹は狙ってついてきていた。
ある程度他の受験者から引き離したし、残りは自分たちで何とかもらおう。
というかこっちもフツーに命の危機だし。
俺はグンとペースを上げる。
このままでは捕まってしまうからだ。トップスピードはヤマウルフ達の方が分がある。
大事になるのはあいつらは匂いにつられる点だ。
水場でもあれば手っ取り早いんだが、周囲にはないのでひたすら避けながら進むしかない。
「! っと、危ない」
背後から飛びかかってくる雰囲気を感じ取った俺はするりと避ける。
二つ目の丘は一つ目よりもガタガタとしていて、石ころが目立つ。そんな道を一気に駆け上ると、その先にはさらに険しい丘が見えた。
後ろを見ればヤマウルフ達は諦める様子はなく、まだまだ追いかけてきているので、ペースは落とさないまま次の丘へと進んでいく。
「うああああ、くそっ。疲れるなこれは」
上り道はしんどい。特にヤマウルフはトップスピードに優れた魔物なので、開けた場所だとかなり辛い相手だ。
森の中なら木々を利用して撹乱出来るのだが。
とにかく一気に駆け上がって、駆け降りる。シンプルな鬼ごっこだが、シンプルゆえにキツい。
「すー、……はー」
息を吐く。そして吸う。
気がつけば三つ目の丘だ。急斜面なので滑らないようにしつつ、一気に駆け上がる。
途中にはそのままじゃ登れなさそうな斜度の地形も見える。
「……ふぅ、ふぅ。くそっ、これじゃジリ貧だ。どうにか逃げ道を……っ!?」
その瞬間、俺は反射的に身体をひねる。
すぐ真横でガチン! と牙が音を立てる。あっぶねえ! 横っ腹を噛みつこうとしたのだろうヤマウルフがすぐ近くまで迫っていた。
このままでは不味い。何かないかと周囲を探して、閃いた。
「そ、そうだ!」
目をつけたのは最も厳しい角度の斜面だ。
斜度がキツすぎて、登るには適していなさそうだが……それはヤマウルフにも言える。
そして俺の目線の先にあるのは崖に生えた一本の木だ。
僅かに突き出た木の幹は、全力で飛び上がればギリギリ届きそうな高さに見える。
迷う暇はなかった。
「お、おおおっ!」
急な斜面目掛けて駆けだすと、一気に飛び上がる。壁を蹴り上げて、更に上へ。
そして伸ばした指先が…………届いた!
「ふ、おおおおっ!」
指先に力をこめて、全身を持ち上げる。
そしてどうにか幹までよじ登った俺はそのまま幹を足場にした。
「「「ワオオオオオン!」」」
崖下ではヤマウルフ達が吠えている。彼らはどうやら登れないらしい。どうにか危機を脱した俺は、ふうと息を吐いた。
「……どーにかなったか」
とはいえ落ちたらまた襲われるのは間違いない。
崖の岩肌に手をかけて、慎重に一歩ずつ崖を登っていく。相変わらずヤマウルフの方向が下から響くが、振り返らない。
手が滑りそうになりながらも、汗をぬぐう余裕もなく、崖の上を目指す。
力を振り絞って手を伸ばし、崖の縁に手を伸ばしたのは間もなくだった。
全身の力で身体を引き上げて、ようやく安全な場所にたどりついた俺は呼吸を整える。
真下を見下ろすとヤマウルフ達は崖下に取り残され、俺に届かないところで唸り声を上げていた。
「さて。トライアルスの街は、っと……」
三つ目の丘の頂上から周囲を見回すと、先に切り立った山が見えた。
恐らくはあれが次の目的地だろう。この丘よりも高く、山自体もかなり大きい。目的は山を登るよりも、通り抜けることだ。
鬱蒼とした森、岩肌の露出した崖、そんな光景の中にふと道が見えた。
「あれだな」
山に続く道といえば登山道か、街に続く通り道と相場は決まっている。
何より踏み固められた地面は歩きやすい。
息を吐いて、再び俺は駆けだした。
思った通り、山の道は街に向かう通り道だったようだ。
夕方。沈みゆく太陽に背を向けて、切り立った山を駆けあがっていく。三つの丘からそのまま山とアップダウンが激しいので流石に疲れてきた。
この頃になると、あんなにいたはずの受験者の姿もあまり見なくなってきた。ちらほらと数人はいるが、まあかなりのハイペースで進んでいることは間違いない。
携帯用の食料を口に入れて、水を飲みつつ先へと進む。
「……森での野営は危険だし、街までは一気に行かないとな」
そもそも休んでいる時間があるか怪しいところだ。仮に休まずに行くとして、魔物に襲われずに順調に行けば明日の昼頃にはゴールに着くだろうか。
「……吊り橋か」
そんなことを考えながら登っていくと、吊り橋に差し掛かる。
眼下はかなりの落差のある崖だ。落ちたら命は無いだろう。真下には川が流れているが、流れも速くて危なそうだ。
「壊れたりしないよな……?」
吊り橋は木製でいかにもボロいが、少なくとも板が腐ったりはしていない。
歩いて渡ると、ギイギイと音を立てて揺れるが、無事に向こう岸まで渡りきれた。
ホッと息をついて、再び走り出す。
切り立った山を抜けたのはほどなくしての事だった。
時刻は完全に夜だ。空に浮かぶ"二つ"の月明かりを頼りに駆けていく。夜は視界不良なので、足元には特に注意が必要だ。
代わりに夜空には満点の星空が広がっていて、その景色は息を呑む美しさがある。
「でっけえ川だなあ……」
そんな中、山を駆け下りると目の前には大きな川が広がっていた。
石で出来た大きな橋が架かっているので、渡るのには不便しないが、これほど大きな川は人生でも初めて見た。
流れはやや急だ。流れる水音が耳に心地よい。とはいえ聞きほれている余裕もないのでさっさと橋を渡ってしまい、その先に見える丘へと走る。
試験官が言うには、この丘を越えれば街が見えるらしい。はやる気持ちを抱えながら、グングンと丘を登っていき、ついに頂上へ辿りついた!
「……街だ」
丘から見下ろした先にはちらほらとした明かり。
間違いない、人が住む街だ。あれこそが
あと少しだ!
目的地が見えてくると、力も湧いてくる。
一気に丘を駆け下りて、自然にペースも上がっていく。そうしてしばらく走って、ようやく俺はトライアルスの街へと辿り着いた。
街の入り口の門ではたいまつが煌々と辺りを照らし、夜分遅くにも関わらず門番が立っている。
彼らもこちらに気づいたようで声を掛けてきた。
「ここはトライアルスの街だ。身分証はあるか?」
「あの、俺。
「あぁ、試験者だな。受験証を確認した、ここに到着したのはキミが二番目だ」
俺が二番目。
つまり俺より早くここまで辿り着いた人が一人いるのか……一体誰だろうか?
まあでもレースをしているわけでもないし。指定された時間にさえ間に合えば良いのだ。
「身分証を持たないものを中に入れることは出来ないが、これを持っていきなさい。試験者に渡すことになっている」
そう言って門番は奥から本のようなものを渡してきた。
「ありがとうございます!」
本を受け取って大事に荷物に入れる。
後は明日の夕方、太陽が沈み切るまでに戻ることが出来れば実技試験合格だ!
そして、帰路に着こうとした時だった。
ドッカァアアアアアンッッ!!!! と轟音が響き渡ったのは。
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